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8.少年

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 有紀はしばらくの間、少年を抱きかかえていた。
 荒い呼吸。
 幼い汗の匂い。
 仄かな温もり。
 相手が「命」を持った存在であることを実感できた。

 少年は一〇代の中盤くらいに見える。
 よほどの童顔だとしても十八歳以上ということはないだろう。
 砂埃で汚れたやや茶色の髪。とても整った顔をしていた。
 目、鼻、口と印象に残るようなゆがみ、ズレが一切ない感じだ。
 ある種、人工的な印象さえ受ける美しい容貌だった。 

 ゆっくりと抱きかかえていた手を離す。
 少年の瞳の奥底に怯えの色があった。
 有紀は思いの外優しい笑みを浮かべる。 

「どこから来たの?」

「遠くから、ずっと遠く……」

「怪我は、大丈夫?」

「大丈夫。だけど……」
 
 少年の声音は硬く強張っていた。
 砂利を口に含んで呟いているようだった。

「だけど?」

「怪我はしていないけど、喉が渇いて」

「ああ、そうね。ちょっと待って」

 有紀はミネラルウォーターのペットボトルを取ってくると、少年に渡した。
 少年は、ひったくるようにして受け取る。
 蓋を開け、一気に体内に流し込んでいく。
 ペットボトルから口を離すと、大きく息を吸い込んだ。

「落ち着いた?」

「は、はい。ありがとうございます」

 ぴょこんと頭を下げる少年。

「わたしは、小林有紀」

「さ、佐藤一郎です」

「佐藤一郎君ね…… まるで、氏名記入のサンプルみたいな名前ね」

「よく、言われます」

 少年が笑みを浮かべた。安堵という二文字が張り付いたような笑み。
 ようやく恐怖、緊張、怯えといっか感情から解放されたようだった。
 
 聞きたいことは山ほどあった。

 ――他に生き残っている人がいるのか?
 ――今、世界はどうなってしまっているのか?
 ――そもそも、ゾンビとは何なのか?

 ただ、一郎は生死の境界を潜り抜けてきたばかりだ。
 いきなり、質問攻めにするのはどうかと有紀は思う。
 
        ◇◇◇◇◇◇
 
 電力がまだ生きているのがありがたかった。
 有紀はポットで沸かした湯で少年の身体を拭いた。
 身体を拭くウェットティシュもあったが、お湯で身体を拭く方が気持ちよかろうと思った。
 
 汚れた衣服はホームセンター内にあった服に着替えさせた。
 小柄な一郎にはどの服も大きすぎたが、これはどうしようもなかった。

 一郎は丁寧にお礼を言う。
 有紀と一郎はベッドにしているソファーの上に座り、話を始めた。

「じゃあ、はぐれて迷っていたってことなのね」

 一郎はここから西の方にある大都市から逃げてきたらしい。
 大人と一緒に逃げてきたのだが、途中ではぐれて迷っている中、偶然ここにたどり着いたとのことだった。
 齢は十二歳。整った顔からもう少し年上という印象があったが、言われてみれば年相応の外見なのかもしれない。

 すっと、有紀は息を吸い込み、意を決したように口を開く。

「わたし、記憶喪失なの」

「え? 記憶喪失……」

 初対面の人間に記憶を失っていることを告白するのは気が引けた。
 が、それを避けては先の質問ができない。

「地震で頭を打ったみたいで、その前の記憶がないのよ」

「地震ですか」

 戸惑うような表情を浮かべ、少年は視線を下にそらす。

「だから、教えて欲しいの? この世界は一体何が起きたの?」

 有紀の質問に対し、一郎の端正な顔は思案気になった。

「ウィルスです。突然変異したウィルスが人を死んだまま活動させているんです」

「それは、どんなウィルス」

「詳しくは分りません。けども、耐性を持っている人と持っていない人がいて、ほとんどの人は耐性をもっていなくて…… それで、みんなゾンビに……」

「そうなの」
 
 相手は子どもだ。この辺りを突っ込んで聞くのは躊躇われた。
 これ以上は身の上に起こった不幸な記憶を穿ほじくり返しそうな気がした。
 
「ボクたちは安全な場所まで避難する途中だったんです」

「安全な場所? そんなところ……」

「あります。あると聞いたんです」

 一郎は語勢を強め言い切った。
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