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7.生き残り

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 有紀は屋上に立っていた。
 風が強い。銀色ホワイトアッシュの髪がバサバサと舞う。
 風に逆らってガムを膨らませようとするが、直ぐに弾けた。

「当たらないなぁ~」

 ぼやきは声となる。
 今日はホームセンター至近までやってくるゾンビが少なかった。
 よって、比較的遠目の獲物を狙って撃つのだけど、コンクリートを削るだけの弾が多かった。

「こう風が強いと、難しいわ」

 連射フルオートで掃討しようかと一瞬思う。が、却下だ。
 弾不足という程ではないが、節約するに越したことはない。
 有紀は噛んでいたガムを吐き捨てる。
 頭の中でダース単位の悪態をついてみるが、それで当たるなら苦労はしない。
 むしろ焦って「ガク引き」が多くなってきた気がした。

「はぁ~ 一旦中断」

 ペタリと座り込み、リュックから保存食の乾パンを取り出し、貪るように食べた。
 薄い塩味。氷砂糖が混ざっているのが、アクセントになっていて中々美味しい。
 ミネラルウォーターで胃の中に流し込む。
 
 食事が終わり、歯を磨く。口を濯いで終わりだ。
 とにかく、この先虫歯だけにはなりたく無いと思っている。
 今まで以上に歯には気をつかう。

「さてと」

 パンパンとジーンズを叩いて、有紀は立ち上がった。
 屋上から地上を見渡す。相変わらずゾンビは少なくない。
 しかし、強風の中必中距離にいる物はなかなかいなかった。
 それでも、弾倉一個を消耗して、三体のゾンビを斃した。
 一〇発で一体の交換レートで過去最悪だった。

「このコンディションじゃ弾が無駄になるだけかなぁ」

 空を見ると、流れていく雲も目に見えて速い。
 弾丸も流されるのだけど、誤差を補正するだけの技量は有紀にはなかった。
 ふぅっとため息をつくと、風でぼさぼさになった髪を手ぐしで整える。
 荷物を手にとって一階へ降りた。

        ◇◇◇◇◇◇

 夜になっても、店内の照明は落さない。
 寝床は、家具売り場に置いてある濃紺のソファーベッドだった。
 そこで寝袋を被って寝ている。寝心地は悪くない。
 何があっても、対応できるように「AK-47」は手元に置いてある。

 ゾンビはシャッターの下りたホームセンターの中まで侵入してこようとはしない。
 それでも、万が一の事態には備えておく必要があった。

 元々寝つきの良いほうではないが、この頃は起きているのか、寝ているのかよく分らない状態でいることが多かった。
 記憶が無いはずなのに「自分の家に帰ろうとする夢」をよく見る。
 その家がどこにあるのか、夢の中では分っているつもりになっているのが、不思議だった。
 
 ――未来に対する漠然とした不安かな……。

 そんな夢を見る理由を考えてみるが、心理学者でもない(おそらく)有紀には分るはずもなかった。
 夢と現実、睡眠と覚醒の狭間を揺蕩たゆたっているときだった。

 激しくシャッターを叩く音が響く。
 夜中だ。
 まずは、ゾンビの襲撃ではないか――と、思うのは当然だった。
 有紀は「AK-47」を手にとって出入り口の方へ駆けていった。
 ガン、ガンとシャッターを叩く音が続く。

「誰か、誰かいないんすかぁ!!」

 それは、久しく聞いたことのない、自分以外の人の声だった。
 
「誰!」

「開けて! 開けて! 開けて! 早く! お願い!」

 ――子ども?

 その声は、声変わりをしていない少年の響を持っていた。
 有紀はシャッターを開ける。が、油断無く「AK-47」を構えておくのを忘れない。

「早く入って!」 

「あ、ありがとうございます!」

 
 低く開いたシャッターの下を小さな体が滑り込む。
 中に入ってきたのは、間違いなく人間だった。
 ボロボロの服を身につけた少年だった。
 有紀は念のため「AK-47」で闇に向け一連射し、シャッターを閉じる。
 そして、少年を見やった。
 
「君、いったい?」

 その後に続く言葉はでてこない。
 君は何者なのか?
 ここまで、どうやってきたのか? 
 ゾンビに襲われなかったのか?
 あまりにも疑問が多すぎた。

「ボク、はぐれてしまったんです。避難中にはぐれてしまって……」

「え? はぐれた? 避難中?」

「はい」

「いるの? 他に人がいるの!?」

 有紀は少年の肩を掴むと問うた。鋭く激しい語勢だった。

「はい…… お姉さんは、ここにはひとり?」

「そうよ。それよりも、他に人は生きてるのね? いるのね? 本当」

「います。でもはぐれて……」

 有紀は全身の力が抜けた。
 自分が、この世界に独りきりの人間でないという事実を知った。
 そのとき生じた感情は「安堵」といえるものだったかもしれなかった。

 気がつくと有紀は少年をギュッと抱きしめていた。
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