ただひたすらゾンビを殺す終わり無き日常

中七七三

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4.屋上に畑を作る

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 ふと考える。いや、考えるというよりは「思う」の方が適当だろうか。

 もし「ゾンビがこの世界にいなかったら」という妄想だ。

 何もかもが欠落し、己の記憶さえ欠落したこの世界でゾンビだけが溢れんばかりに存在している。
 正確には「存在を認識」できるかもしれないけども。

 もし、ゾンビがいなければ、退屈と孤独で死んでいたかもしれない。
 明確な他者がいない場所で人は長く自我を保っていられないことは、二〇世紀末の心理学実験の結果分っていることだ。
 人は完全なる孤独の中で容易に死ぬ。
 有紀はガムを噛みながら思考を続けた。

 人生にはスパイスが必要だった。それがゾンビであろうともだ。
 有紀にとっては、ゾンビを殺すということはスパイスであるかもしれない。
 ガムを吐き出し、リュックから昼食を取り出す。

 今日はレトルトの肉団子と缶詰の漬物。そしてレトルトの白米だった。
 有紀は箸で突き刺した肉団子を口の中に放り込む。

「おいふぃッ」

 電子レンジで温めた肉団子は、美味かった。肉汁が口の中に広がっていき、口腔粘膜を甘く刺激する。
 一気に、白米をかき込み、咀嚼する。
 漬物を口に中にいれ、噛み切る。沢庵は少ししょっぱい感じがしたが、おかずには丁度良いのかもしれない。

 一五分程度で食事を終わらせ、タッパーなどをリュックにしまった。

「食料はあるけども、どうするかなぁ」

 コンクリートの床に、釘でガリガリと何かを書きながら、有紀は独り語ちた。
 削ってできた白い線を、靴でこすって消す。その上からまた何かを書きだす。
 早春の太陽は低い弧をを描き、南中に達していた。
 春の温かみと冬の透明感の混ざったような空気。風となって肌の上を流れていく。
 
 保存食、缶詰など日持ちのする食糧はある。
 けれども、それでも何年もというわけにはいかない。
 非常食で長持ちするものでも、一〇年はもたない。サバイバルキットにあるような乾パンなら二〇年くらい持つのだろうけど。
 
「やっぱり、自給自足した方がいいか……」

 有紀は後ろ手をついて、空を見た。
 人間がいなくなったことで青空は、どこまでも澄ん青色の光を網膜に送ってくる。
 一方で、脳内にはアラームのように「食料問題」という文字が明滅するかのようだった。

「気晴らしにもなるか」 

 有紀は呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
 土も作物の種もホームセンターには十分にあったのだ。

        ◇◇◇◇◇◇

「あはぁぁ~ 重たすぎる」

 コンクリートブロックを屋上に運んでいく。
 屋上まで階段でいくしかないので重い。重すぎる。
 レジャーシートで何個かをまとめて、担いで上がる方法を思いついたのだけど、それでも効率が上がったとは思えなかった。
 腰と二の腕の筋肉が痛くなってくる。
 ただ、この痛みそのものが「活きている」ことを有紀に実感させることも事実であった。

 必要と思えるだけのコンクリートブロックを屋上に運び込んだ。詰みあがったブロックの山を見やる。
 息が切れて、心臓がバクバクしてくる。

「これで、六畳くらいの広さが囲めるかな」

 コンクリートブロックを並べていく。
 確保する広さは六畳くらいだ。ここで、栽培して出来る野菜となると、根野菜は難しい。
 出来なくないが、深さが足りないのはどう影響するか分からない。
 ブロックの高さだけ、土を詰め込んだとしても、二〇センチ程度の深さしかない。

「なにがいいんだろう?」

 頭に色々な野菜を思い浮かべ、考える。
 見て選ぼうという結論に落ち着く。
 階下に降りて、種を見ることにした。

        ◇◇◇◇◇◇

「キャベツ、ほうれん草、モロヘイヤ、ニラ……」
 
 種は各種揃っている。春に撒ける種かどうかは、袋の裏面に書いてあった。
 野菜の栄養素については、よく分からなかった。が、キャベツがお腹にたまりそうな感じがする。

「キャベツと、ほうれん草でいいかな」

 同じ作物を植えて全滅するのは避けたかったが、何種類もの野菜を植えるには、面積が狭すぎるかもしれないと思う。
 このあたり、良くは分らないが、二種類か三種類が無難だろうと思う。
 万が一ダメでも、やり直しするだけの時間も食料の備蓄もあった。

「まあ、種の前に土入れしないといけないんだけど……。それは明日でいいかな」
 
 さすがに筋肉が痛い。
 これ以上、重労働するのは、有紀の趣味ではなかった。
 
 種をリュックに詰め込み、畑作りの作業は一段落させることにする。

 夕食前にゾンビを撃つ。
「AK-47」の銃口をゾンビの頭部に合わせるようにして、引き金を引く。
 撃ち下ろしであるし、弾丸の下落や風の影響を考慮する必要はない。
 それでも、「AK-47」の激しい衝撃がくると気になって、引き金を引いてしまうとダメだった。
 いわゆる「ガク引き」となって、銃弾が逸れてしまう。
 結局、一〇発の弾丸を消費して、三体のゾンビを葬った。
 相変わらず、上方からの銃撃に対し、ゾンビは無頓着だった。

 翌日――

 翌日というのは分る。
 けれども、今日が一体「何月何日」なのかは分らなかった。
 記憶を無くしているせいもあった。
 店に置いてある(売っていた)時計の類、それも電波時計を確認しても、日付がバラバラで確証が得られない。
 概ね三月上旬であることは分るし、それで今は十分だった。
 仮に今を三月一〇日ということにしても、三月十二日ということにしても、その違いになんら意味を見いだせない。
 
 有紀は朝食をとる。
 店内にあったシリアルを適当に選んで、手づかみで口の中に放り込んでいく。
 栄養価は十分なはずだ。
 喉が渇くと、ミネラルウォータを流し込む。

「さてと、今日は土入れをするか……」

 あまり気の進む作業ではなかったが、屋上に畑を作れば、新鮮な野菜が食べることができる。
 先々のことを考えれば、屋上に自給自足できるだけの畑を作ることも考えられる。
 疲れることであるけども、日常に変化をもたらし、ゾンビをひたすら射殺するだけの日常ではなくなるかもしれない。
 今の、日常が嫌というほどに、感情のざらつきは無いのだけども。

 有紀はビニールに詰まった二〇キログラム入りの園芸用土を屋上に運ぶ。

「クソ重い!」
 
 ガムを噛みながら、土の重さに文句を言った。
 ひとつひとつが、なにかを意味する重さであるとか、そんなことを散文的なことを考える余裕は無かった。

 三日後に、畑が完成。
 キュウリとほうれん草の種を撒いた。

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