翼をもった旭日の魔女 ~ソロモンの空に舞う~

中七七三

文字の大きさ
上 下
6 / 8

5.日本の魔女VS米海兵の黒山羊

しおりを挟む
 アメリカ、ガダルカナル基地の航空隊司令部。
 そのスピーカーが雑音混じりに、音を立てていた。

「また、魔女か……」

 基地司令官のレスリー少将はつぶやく。
 苦虫をかみつぶしたような顔だ。

 アメリカ・ガダルカナル基地の航空隊司令部は騒然となっていた。
 基地内のスピーカーが乗っ取られ、魔女の歌声が響いているのだ。

 透明感のある声だった。
 しかし、それはいつもの日本語ではなく、たどたどしくはあるが英語だった。
 それも、酷い英語だ……

『バーカ、バーカ、売春婦の息子ども♪
 ケツの穴舐めてろマヌケのウスノロで♪
 ドアホウのチ〇コ頭のチ〇コ吸い♪
 母親に突っ込む最低野郎だよ~♪
 最低クズのウンコたれだから死ね、鬼畜米!
 悔しかったらそっちから出てくればいい♪
 バーカ、バーカ!
 黒山羊死ね。
 殺すぞ米海兵! 飛んで来い。腰抜け野郎♪』

 ありとあらゆる英語の罵倒語を網羅し、並べた歌が、美しい旋律とともに流れてくる。

 基地内のレーダーサイトは全て沈黙。
 通信も不能になっている。
 
「来ます! 双発機です! "アシュレー"です! ジャップの新鋭機」

 アシュレーとは双発複座攻撃機「爆星」の米軍コードネームだった。

 対空監視所からの伝令員が司令部にすっ飛んできた。
 電子装備が全てイカれてしまうため、有線電話すら使用ができなくなる。
 まさに「魔女の歌」だ。

「対空戦闘は! 高射砲は?」
「光学測距による諸元伝達ができません」
「くそが!!」

 ガダルカナル基地からは辛うじて、散発的な対空機銃が撃ち出されるだけだった。
 戦闘機のスクランブルなどできない。
 また、出来たとしても、最高速度400マイルを軽く超えると思われる「爆星(アシュレー)」の迎撃は今からでは間に合わない。
 
「敵! 降下してきます! 退避! 退避!」

 声が上がる。
 日本製の優美でありながら鋭角的なシルエットを見せている双発機はパワーダイブを開始。
 滑走路目掛けて突っ込んできた。
 細い対空機銃の火箭が伸びるが、それでジャップの機体を止めることはできそうになかった。

「投弾! 敵機投弾!」
 
 爆星からは礫のような黒い物体が切り離された。
 それは真っ直ぐに、滑走路のど真ん中に命中。
 瞬発信管だったのだろうか。
 暴力的な空気の塊が辺り一帯に吹き荒れる。
 1500キログラムの大型爆弾が着弾したのだ。

 凄まじい爆発音と爆風で周辺施設までビリビリと揺れる。

「ジャップの奴、ダムでも破壊するつもりかよ!」

 タコツボの中に身を隠した米兵の1人が叫ぶ。ただ耳がワンワンと唸り、自分の声もよく聞こえなくなっている。

「ジーザス……」

 司令部から、滑走路を見たレスリー少将がつぶやく。
 ブスブスと地面が焦げ付き。隕石が突っ込んできたようなクレーターが出来あがっていた。
 どこの三流パルプ・マガジンのSFの描写なんだと思うくらいだ。
 
        ◇◇◇◇◇◇

「少尉! 滑走路のど真ん中に大穴です!」

 伝声管を通じて一花の声が聞こえる。

「そうだな」
 
 久遠少尉は短く答えた。

 念話ではないが、キンキンとした高い声は変わらない。
 別に耳触りと言うわけではないが、攻撃機の操縦桿を握りながら聞く声としては違和感がある。
 彼はまだそれに慣れなかった。

「しかし、こんな穴なぞ、奴らすぐ埋めちまうからな――」

 米軍の土木作業の機械力については、士官レベルであれば周知の事実といってもいい。
 そして、ガダルカナルには、滑走路が複数本存在していることも明らかになっている。
 1500キログラムの大型爆弾を1個くらい落としてもあまり意味が無い。
 本当は多数機で、小型爆弾をばらまくのが常道だ。

 ただ、対艦攻撃に特化した「爆星」には、小型爆弾を搭載する場所が無い。増槽を外せば、250キロ爆弾を両翼に1発づつ搭載できる。
 しかし、それでは長距離侵攻は不可能になるのだ。
 そして、対地攻撃には250キロ爆弾ですら大型といっていい。

 50キロ程度の爆弾を多数ばらまくという陸軍の方式が飛行場攻撃では正しいといえた。
 久遠少尉にも、上官の桃園少佐もそんなことは100も承知だ。
 ただ、機材的に出来ない物はできないのだ。よって、1500キロの爆弾を叩きこむしかない。
 まあ、敵の恐怖感は半端ではないだろうとは思う。

「少尉! 私の発音どうした? 英語になってました? 桃園少佐の原稿を、三恵ちゃんと一生懸命練習したから」

 一花が明るく言った。一応の任務成功で、気分が高ぶっているのかもしれない。
 敵電子機器を無効化する一花の歌声。
 いつもはただの鼻歌のようなものだ。
 今回は、英語の歌を作ってアメリカに聞かせるという方法をとった。

 英文の歌詞は桃園少佐が書いた。
 なんで、こんなに英語の罵倒語を知っているのか? と思わせる歌詞だった。
 それを、英語の発音が一番正確な、日独ハーフの三恵が指導。

 歌・作曲:白風一花一等飛行兵
 作詞:桃園零子少佐
 英語指導:三恵・ドライシュテイン二飛曹

 と言う人員で、米軍を挑発する魔女の歌が完成したのだ。
 
「ねー、少尉」

「ん、なんだ? キャラメルか? 好きに食っていいぞ」

 航空機搭乗員には、航空熱糧食として、甘いものが機内に搭載されている。
 一花は、キャラメルとかチョコとか甘い物が大好きなのだ。
 でかい練乳の缶詰を抱えて混んで、それを一気に食べたことがある。
 
「それも、もらうけど。少尉。この歌の日本語の意味ってなに? "ふぁっく" とか"こっくさっかー"とか?」

「すまんな。俺は数学専門で、軍隊専門用語は詳しくないんだ」

「そっかぁ~、帝大でも習わないよね。軍隊の専門用語は……」

「意味が知りたければ、三恵か少佐にでも聞いてくれ」

「うんそうする」

 明るい声で一花は答えた。久遠少尉は何とも言えない気分となった。

        ◇◇◇◇◇◇

「く、く、く、く……」

 椅子に座った桃園零子少佐が、抑えきれない愉悦を漏らすような笑い声を上げていた。
 軍服の寸法が合っていないのではないかと思わせるくらい、胸はパンパンになっている。
 ただ、この少佐を前にして、そんなところに視線を固定する勇気は久遠少尉にはなかった。

「少佐、なにが――」

 久遠少尉は、不発弾の前に立つような気分で、言葉を発した。

 桃園少佐は、口に加えていたホマレを一気に吸いこむ。
 一瞬で吸い口近くまで灰になる。
 それを灰皿に捨て、紫煙を吐きだした。
 煙に包まれた顔が、刃物が笑ったように見える。

「奴ら、平文で発信しやがった」

 そう言って、少佐はテーブルの上にその電文が書かれた紙を置いた。

「読んでみろ。少尉。ちゃんと日本語に翻訳済だ」

 久遠少尉は、言われるまま手に取った。
 そして目を通す。そして、もう一度読んだ。

(おいおい、ヤクザの喧嘩か? これは戦争だろ?)

 久遠少尉が真っ先に抱いた感想だった。

「どうだ、色々やってみるもんだな」

「しかし、司令部はなんと…… これは軍事作戦と言うより『私闘』では?」

「それを言うなら『決闘』だろう。いいじゃないか。面白い」

 その電文には、日時場所が指定され、そこにやってこいと書いてあった。
 日本軍の魔女航空隊と正々堂々、同じ機数で勝負してやるとある。
 そして、叩き落してやると――
 以前の通信筒にあった「黒山羊(ブラック・ゴーツ)」の名前があった。

 戦争はスポーツじゃない。
 なんだ? これは。
 
「ラバウルには、報道カメラマンもいたな…… 撮影させるかぁ」

 背もたれに身をあずけ、天井を見ながら、とんでもないことを言い放つ少佐。
 この女は戦争をなんだと思っているのか? 娯楽か? 

「しかし、少佐、これは危険です」

 久遠少尉は言った。
 そんな少尉を釣り目気味の目を更に鋭く釣り上げ見やる桃園少佐。
 その目の光だけが暗黒の中に浮きあがっている印象を受ける。

 ソロモンは日米航空戦の真っ最中なのだ。
 ガダルカナルからは、ラバウル方面に夜間爆撃が続いている。
 前衛の日本軍基地には昼間の時間に戦爆連合の洗礼もあるくらいだ。

 ただ、このモノ島の基地は、完全に秘匿され、米軍の攻撃は無い。
 下手なことをして、基地が露見してしまうことが一番危険だった。
 こちらの燃料切れを待って、追跡されたらどうするのか?

 実際に、基地の露見を防ぐため、ラバウルを攻撃する米軍機に対する迎撃すら控えている。
 この基地の独立中隊にいる異能の彼女たちの役割。
 第一に、それは強大な敵艦隊の殲滅だからだ。
 
 陸上攻撃はともかく、真正面からアメリカ機動部隊に航空攻撃を敢行できる戦力は少ない。
「爆星」も量産されつつあるが、数がまだ少ない。
 しかも、一花のような存在は、我が軍には彼女一人だ。
 彼女無しでは、いかに「爆星」が高性能で、「ロ式大和弾」が圧倒的破壊力を持っていても、攻撃は簡単ではない。

 既存の攻撃隊は、米軍の輸送ラインが主な目標になっているのが現実だ。
 こんなつまらないことで――

「総力戦なんだよ。今次大戦は――」

 まるで、久遠少尉の思考を読んだかのように少佐は言った。 
 ピンク色をした唇が動く。
 
「フィルムに収めてやれ。奴ら、米海兵隊の精鋭が無残に死んでいくところを―― 皇国の魔女が、無敵であることを証明するんだよ。
 中立国経由で全世界に公開してやる!! 我らに挑んだことを後悔させ、後世にまでその恥を刻みこんでやるッ!」

 笑みを浮かべ叫ぶように言葉を発する少佐。まさしく、戦争中毒者の言葉だ。

「久遠少尉!」

「はい!」

 直立不動になる少尉。本能的にこの上官に逆らえないのだ。
 思うことは色々あったが、口に出すことはできなかった。

「確か、機体に取り付けるカメラがあったなぁ…… ラバウルにあるかもしれん。取り寄せろ。烈風に取り付けるぞ」
 
「はい、ラバウルの航空廠に至急確認します」

 久遠少尉はそんな機材が無いことを願った。
 ただ、カメラをつけると言ったら、二葉、三恵あたりは逆に喜びそうだ。
 四織は、ちょっと反応の予測ができない。
 頭が痛い。

 要件が済んだと判断した久遠少尉は敬礼する。
 そして、外に出ようとした。

「少尉――」
 
 少佐の声が彼を呼び止める。

「なんでしょうか?」

「なあ、戦争とは斯(か)くあるべきだ。そう思わないか? 派手に行こうじゃないか」

 その言葉は、ある種戦争のバカバカしさの本質を理解した者の言葉だったのかもしれない。
 ただ、戦争好きの、戦争中毒者の戯言なのかもしれない。
 
 久遠少尉にはその判断はできなかった。 
しおりを挟む
トークメーカーでトークメーカー方式のリライト作品を公開しています
翼をもった旭日の魔女 ~ソロモンの空に舞う~
小説と漫画と脚本を混ぜたような面白い表現形式です。ぜひこちらもご覧ください。

WEB小説執筆や書評(小説、漫画、一般書)などあれこれ書いています
ネット小説書きの戯言
よろしければどうぞ。
感想 4

あなたにおすすめの小説

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

戦争はただ冷酷に

航空戦艦信濃
歴史・時代
 1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…  1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

処理中です...