上 下
3 / 3

その3:シンデレラは童貞ではない

しおりを挟む
 魔法でドレスアップする?
 それは魔法に負けたことを意味するのか。
 いいや違うね。

 血破・覇極流五〇〇年の歴史に敗北は無い。不敗である。
 この世に存在するあらゆる技術体系、それを吸収する。成長する格闘技体系である。

 魔法――
 魔法でドレスアップ。それは負けではない。
 そもそも敗北とは何か?
「死」一つはそれがあるだろう。
 そして、もう一つだ。心が負けを認めることだ。

 戦闘の勝敗には「物質面」「精神面」の両面がある。
 クラウゼビッツの「戦争論」第四編「戦闘」には、勝敗に関する定義がなされている。
 物質的には、被害、損害の量的な面だ。定量的に勝敗を断じる物である。
 その考え方は正しい。
 闘って死ねば、それは敗北である。

 ただ、それが全てではない。
 クラウゼビッツの「戦争論」は精神面を論じてもいる。 

 負けと思わねば、負けではない――

 そう、負けを認めなければ、いいのである。
 生きて負けを認めない。
 無敗である。
 血破・覇極流は無敗、無敵であった。
 魔法でドレスアップも負けではない。
 俺がそう思えばいいのだ。

 俺にかかった魔法は既にその時点で血破・覇極流の物である。
 その体系に取り込まれているのである。
 
 つまり、俺のことをバカと言った魔法使いは、分かっていないのである。
 無知なるものは、無知なるがゆえに、己の尺度で他人を測ろうとする。
 バカはそちらだ。

 脳内で論破する俺だ。
 血破・覇極流五〇〇年――
 脳内理論武装にも死角は無い。最強であり不敗であった。

 ネットでは数多くの相手を涙目にさせている俺だ。
 ネットの煽り、論破―― スルー力――
 それすらも、血破・覇極流の技術体系の中に存在する。
 リアルの煽りなど、どうということもない。

 五〇〇年不敗の歴史は半端ではないのだ。

「まあ、いいのじゃ」
 魔法使いは言った。
 それは、奴の敗北宣言だ。
 俺はそう判断した。また、俺は勝利してしまった。
 さすが、俺である。

「いいのかい」
「ああ、シンデレラがそう言うなら、それをかなえるのが魔法使いの務めなのじゃ――」
 魔法使いは嘆息まじりに言った。

「かぼちゃの馬車はどうするのじゃ?」
「いらんな」
 そんな奇矯な物に乗っていく気などさらさらなかった。
 
「馬を出せるかい?」
「馬か? 馬車を出せるのだ、馬は出せるのじゃ」
「でかい馬がいいな。色は黒だ」
「分かったのじゃ」
「装甲をつけさろ」

 
 美しきシンデレラが、黒き馬にまたがり、王子を目指す。
 圧倒的である。
 いつでも、求婚できる。そう、すればいい。
 俺は逃げない。
 いつでもそれを受ける。玉の輿に乗る。

 ああ、そうだ、靴だ。
 シンデレラと言えばガラスの靴だ。
 しかしガラス製の靴など履けるのか?
 足が痛いくなるのではないか?
 俺は思った。

「ガラスの靴はいらん。普通の…… そうだな、通学用の革靴。色は黒でいい」
 俺はドレスアップに追加注文した。

「じゃが、靴はな……」
 魔法使いはつぶやくように言った。

「靴に何かあるのかい?」
「まあいい、オマエの言ううとおりにしてやるのじゃ」
 その時の魔法使いは、あるかなしかの笑みをその口元に浮かべていた。

「王子はどこに居る?」
 俺は魔法使いに訊いた。
「城じゃな」
「城はどこだ」
「この街の中心じゃ。外に出れば嫌でも目に付くのじゃ。ほれ、その窓からも見えるじゃろ」

 俺は窓から外を見た。
 青い月明かりを背景に、巨大な城が浮き上がっていた。
 摩天楼ごとき、巨大な城。圧倒的であり、荘厳な存在であった。

 ほう、あれか? あそこに王子が居るのか。
 いいねぇ、いいねぇ。
 シンデレラの俺は、口元に獰猛な笑みを浮かべていた。
 超絶美少女の獰猛な笑みを、青い月明かりが照らす。

 ちらりと、魔法使いを見る。
 超絶的に美しいシンデレラの俺を見て、欲情しているのかい?
 いいぜ、女でもいい。
 女同士で始まってもいいんだぜ?

「く、く、く、く……」
 俺は笑っていた。
 女同士、それは終わりが無いと聞く。
 いいねぇ、いい――。
 
「魔法使いよ――」
「なんじゃ?」
「シンデレラの体、知りたくはないか?」
「何を言ってるのじ――」

 魔法使いは語尾の「じゃ」を言うことはできなかった。

 一気に間合いを詰める、シンデレラの俺。
 無拍子、縮地という技法だ。
 俺は魔法使いを抱きかかえた。
 そのまま、倒す。頭を打たないように注意深くだ。

 俺が上になった。魔法使いは下だ。
 驚きの表情で俺を見つめつ魔法使い。
 黒い瞳。口調はババァぽかったが、まだ幼さの残る少女であった。
 いいね。普通に美少女だ。
 
「シンデレラの体、どこまでものか、オマエで試させてもらう」
 俺は言った。

 魔法使いは観念したように、目をつぶる。

「痛くしないで欲しいのじゃ、初めてなのじゃ――」
 ピンク色に頬を染め、俺から目をそらし、そう言った。
 魔法使いであった。

 そして、魔法使いは、俺に身を任せた。

 俺は、シンデレラ以外の女の体を知った。

        ◇◇◇◇◇◇
 
 この世界にも雀がいた。
 チュン、チュン鳴いている。
 朝であった。
 一晩過ぎた。
 ベッドの上で俺は目を覚ます。

「シンデレラは下手くそでキモイのじゃ」

 ベットの上で毛布にくるまっている魔法使いが言った。
 ジト目で俺を、シンデレラを見つめる。

 俺にその言葉は届かない。いかなる罵倒も0.1秒で快感に変える。
 完璧な防御である。このイメージコントロール能力がある限り、言葉は届かない。
 その言葉では俺は傷つかない。

 もっと言っていい。言えばいい。
 罵倒すら気持ちいいのだ。

「美少女なのに、中身は童貞のおっさんみたいじゃ――」
「ど、ど、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
「『乳首いいぃぃぃ!!! おっぱいきもちぃぃぃ~』とか、シンデレラの喘ぎ声は少しキモイのじゃ」

 無敵であった――
 不敗であった――

 そう、血破・覇極流五〇〇年の歴史に敗北は無い。
 負けを認めなければ、負けぬのである。
 それが、血破・覇極流である。

 0.1秒で俺はダメージを回復する。
 全く平気だ。
 だって、俺はシンデレラだから。
 童貞のおっさんじゃないからね。

 そう、考えてみればいい。
 気持ちよかったのはどちらであったかを?
 俺は、気持ちよさに何度も絶叫して、果てた。
 勝ちえた快感の総量に置いて、俺は勝利していたのである。
 さすが、俺である。

 シンデレラまず一勝であった。
 転生後、初勝利である。
 これから、山のように積み上げる、俺の勝利の第一歩だ。

 俺は無言でベッドから立ち上がる。
 毛布が俺の肌を滑り降りる。
 シンデレラである俺の輝くような肢体が露わとなった。

「ドレスアップだ――」
 俺は言った。胸の奥から絞り出すような言葉であった。
 何かに耐え、そして俺はこの言葉を言った。

「いくのか? 城へ? 王子のところへ?」
 魔法使いが言った。

「ああ、行くよ。玉の輿乗るからね」
 俺は裸のまま、魔法使いを見つめて言った。

 魔法使いは、じっと俺を見た。
 そして、テラテラと滑るような唇が動いた。
 昨晩、シンデレラの体のあらゆるところを這った唇であった。

「天下一嫁決定武闘会――」
 口の中でころがすように、その言葉を言ったのである。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...