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32.造られし者(ビーイング)
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「お前は自分を肉奴隷にしてもいい。家畜でもいい。自由にすればいい。自分はお前の物だ」
マリュオンと名乗った少女は澄んだ湖面のような視線で、ウェルガーを見つめて言った。
抑揚のない、平坦な言葉だった。
ウェルガーは、その黒ずくめ銀髪少女の「言っていること」は理解できたが、意味が分からず呆然。
リルリルは、その「言っていること」も状況も分からず濃藍の瞳で少女を見ているだけ。
「何だコイツ……」
辛うじてウェルガーの押しかけ弟子となったカターナが呟くように言った。
「自分の名はマリュオン。アナタは?」
視線だけがすっと動き、カターナに声を掛けた。
勇猛を通り越し「獰猛」と言ってもいいカターナも一瞬ひるむ。
「カターナ・キルキル。勇者様の弟子だ」
真紅の瞳をその不気味なまでに精緻な顔をした少女に向け言った。
「私は、ウェルガーの妻のリルリルです。で、肉奴隷? 奴隷に成りに来たのですか?」
ウェルガーは「肉奴隷」と「奴隷」はちょっと違うなぁと思いながらも、それをリルリルに説明する気はない。
マリュオンは、人形のように、瞳だけを動かしリルリルを見た。
そして、薄い桜色の唇を開く。
「自分の命を所有する―― 勇者にその所有者に成って欲しい」
「所有者?」
(なんだそれは…… 確かにこの世界に奴隷制度がないわけではないが…… 志願者? 聞いたことない? あるのか?)
元おっさんの引退勇者は「奴隷」になることが生きていくための最後のセーフティネットである社会のありようが存在しているのを知識では知っている。
この世界でもそうだし、元の世界の日本でもそういう時代があった。
しかし、この少女はどう見ても違う。
黒ずくめの飾り気のない服だが、生活に困っているようには見えない。
蝋でコーティングしたかのような白い肌の色は、一切の汚れがないのだ。
「自分の所有者は死んだ―― 病気だ。次の所有者が必要だ。お前は自分を助けた。自分を所有する義務がある」
「助けた? 俺が?」
「そうだ」
「権利じゃなく義務なの?」
「そうだ」
外見が人形めいて、人間離れしているだけではなく、その思考回路から紡ぎ出す言葉も人間離れしている。
「とにかく、中に入りましょう。お話は中でしましょう。アナタ」
リルリルは、勇者の妻の顔をしてそう言った。
一〇歳のエルフの美少女であるが、彼女は引退勇者の新妻、幼妻なのだ。
「ま、そうだな」
美しくはあるが、完全に人間離れした異形の訪問者。
それに対し、一番冷静だったのはリルリルだったかもしれない。
とにかく、新婚の愛の巣にふたりを招き入れることになった。
◇◇◇◇◇◇
事情は分かった。
淡々と抑揚のない、言葉であったがマリュオンの説明は理解できた。
ウェルガーにとって納得できるかどうかは、別問題であったが。
「あのとき、助けたもうひとりがねぇ……」
対魔族との最終決戦。
場所を間違え、遅刻したウェルガーは、それでも百万を超える魔族軍団を殲滅。
更に、山脈よりも巨大な魔王も一撃でぶち殺した。
ウェルガーに吹っ飛ばされ、今はこの星の3つ目の月として衛星軌道にのっている。
今でも、夜空を見上げれば、その死骸を見ることができるのだ。
その決戦でウェルガーはふたりの少女を助けた。
ひとりが、今この食堂のテーブルのイスに座っているカターナだ。
背負っていた大剣は壁に立てかけてある。床が抜けないか心配だ。
で、その隣に座っているマリュオンと名乗った人形のような美少女――
彼女もウェルガーが助けたひとりだった。
厳密に言えば「ひとり」という表現が正しいのかどうか微妙な存在であったが。
「自分には所有者が必要だ。命令を出す所有者が無ければならない」
「まあ、それは分かったけどね……」
ウェルガーはマグカップの取っ手に指をひっかけ、リルリルの入れてくれたお茶を飲んだ。
森で獲れた野草を使ったお茶で、ミントっぽい匂いがして、味は悪くない。
リルリルが入れてくれたという付加価値だけではなく、正味の評価だった。
「造られし者なんですね。そんな人と会うのは初めてです」
リルリルは感心したような声を上げる。
マリュオンは、自分を「造られし者」であると言った。
要するに彼女は、普通の生殖行為で生まれた人間じゃない。
この世界の錬金術師により、造られ魂を与えられた存在だ。
人造人間――
アンドロイド――
レプリカント――
ホムンクルス――
要するにそう言う類の存在だった。
この世界ではそれを「造られし者」と呼ぶらしい。
「自分は、所有者に危害を加えてはならない。また、その危険を看過してもならない。危険は速やかに排除すべし。
自分は、所有者に与えられた命令に絶対に服従しなければならない。いかなる物であっても。
自分は、所有者を失った場合、新たな自己の所有者を見つけ従わなければならない」
マリュオンは、SF界超大御所が発案した三原則みたいなことを言った。微妙に違っているが。
で、彼女を創りだした所有者は、病気で死んでしまったらしい。
そして、彼女は己に与えられた「呪詛」のような原則によって、ここにやって来たのだ。
「で、俺が新たな所有者?」
「そうだ。勇者が自分の命を救ったのだ。その時点でその義務を背負ったと解釈している」
「そうなのか……」
手前勝手な解釈であるが、どうするべきか――
彼は空になったカップを見やる。
「お茶お代わりいりますか? アナタ」
「いや、いいんだけど…… う~ん」
ウェルガーは悩む。
なんとも手前勝手な話であるが、対魔族戦争を戦った者だ。
最終決戦で生き残っていたという時点で、相当の力を持った存在だろう。
それを――
「あッ―― オマエ、あのとき飛んでいた魔法使いか!?」
「あのとき?」
「魔族との最終決戦のときだよ」
押しかけ弟子のカターナが、ウェルガーの思考を強制中断させた。
(魔法使い…… まあ、見るからにそうではあるけど)
錬金術師に「造られし者」でおそらくは魔法使いだ。空を飛ぶくらいはできるのだろう。
「魔族が落としてきた月の欠片を、結構ふせいでいたよな。あれ、なんだい?」
「魔力シールド」
「あと、爆炎攻撃は気持ちよかったぞ―― あれもオマエだろ?」
「そう」
(相当な力どころじゃねーよ。やべぇ、兵器だ―― コイツ、兵器だよ。俺と同じだ――)
ウェルガーはふたりの会話を聞いて心で呟く。
魔族はこの世界の三つあった月のひとつを破壊し、その破片を世界中に降らせた。
決戦の場でも、それが大量に降ってきたらしい。(ウェルガーは遅刻したので、リアルタイムで見ていない。聞いた話だ)
強力な魔族(全盛期のウェルガーから見ればザコだが)を爆炎で吹き飛ばし、落下する月の破片の攻撃を魔力シールドで防ぐ少女。
造られし魔法使い――
それが所有者を失い、この世界をウロウロしているというわけだ。
新たな所有者を探してだ。
それは、制御する者のいない大量破壊兵器が世界をうろつているようなものだった。
マリュオンと名乗った少女は澄んだ湖面のような視線で、ウェルガーを見つめて言った。
抑揚のない、平坦な言葉だった。
ウェルガーは、その黒ずくめ銀髪少女の「言っていること」は理解できたが、意味が分からず呆然。
リルリルは、その「言っていること」も状況も分からず濃藍の瞳で少女を見ているだけ。
「何だコイツ……」
辛うじてウェルガーの押しかけ弟子となったカターナが呟くように言った。
「自分の名はマリュオン。アナタは?」
視線だけがすっと動き、カターナに声を掛けた。
勇猛を通り越し「獰猛」と言ってもいいカターナも一瞬ひるむ。
「カターナ・キルキル。勇者様の弟子だ」
真紅の瞳をその不気味なまでに精緻な顔をした少女に向け言った。
「私は、ウェルガーの妻のリルリルです。で、肉奴隷? 奴隷に成りに来たのですか?」
ウェルガーは「肉奴隷」と「奴隷」はちょっと違うなぁと思いながらも、それをリルリルに説明する気はない。
マリュオンは、人形のように、瞳だけを動かしリルリルを見た。
そして、薄い桜色の唇を開く。
「自分の命を所有する―― 勇者にその所有者に成って欲しい」
「所有者?」
(なんだそれは…… 確かにこの世界に奴隷制度がないわけではないが…… 志願者? 聞いたことない? あるのか?)
元おっさんの引退勇者は「奴隷」になることが生きていくための最後のセーフティネットである社会のありようが存在しているのを知識では知っている。
この世界でもそうだし、元の世界の日本でもそういう時代があった。
しかし、この少女はどう見ても違う。
黒ずくめの飾り気のない服だが、生活に困っているようには見えない。
蝋でコーティングしたかのような白い肌の色は、一切の汚れがないのだ。
「自分の所有者は死んだ―― 病気だ。次の所有者が必要だ。お前は自分を助けた。自分を所有する義務がある」
「助けた? 俺が?」
「そうだ」
「権利じゃなく義務なの?」
「そうだ」
外見が人形めいて、人間離れしているだけではなく、その思考回路から紡ぎ出す言葉も人間離れしている。
「とにかく、中に入りましょう。お話は中でしましょう。アナタ」
リルリルは、勇者の妻の顔をしてそう言った。
一〇歳のエルフの美少女であるが、彼女は引退勇者の新妻、幼妻なのだ。
「ま、そうだな」
美しくはあるが、完全に人間離れした異形の訪問者。
それに対し、一番冷静だったのはリルリルだったかもしれない。
とにかく、新婚の愛の巣にふたりを招き入れることになった。
◇◇◇◇◇◇
事情は分かった。
淡々と抑揚のない、言葉であったがマリュオンの説明は理解できた。
ウェルガーにとって納得できるかどうかは、別問題であったが。
「あのとき、助けたもうひとりがねぇ……」
対魔族との最終決戦。
場所を間違え、遅刻したウェルガーは、それでも百万を超える魔族軍団を殲滅。
更に、山脈よりも巨大な魔王も一撃でぶち殺した。
ウェルガーに吹っ飛ばされ、今はこの星の3つ目の月として衛星軌道にのっている。
今でも、夜空を見上げれば、その死骸を見ることができるのだ。
その決戦でウェルガーはふたりの少女を助けた。
ひとりが、今この食堂のテーブルのイスに座っているカターナだ。
背負っていた大剣は壁に立てかけてある。床が抜けないか心配だ。
で、その隣に座っているマリュオンと名乗った人形のような美少女――
彼女もウェルガーが助けたひとりだった。
厳密に言えば「ひとり」という表現が正しいのかどうか微妙な存在であったが。
「自分には所有者が必要だ。命令を出す所有者が無ければならない」
「まあ、それは分かったけどね……」
ウェルガーはマグカップの取っ手に指をひっかけ、リルリルの入れてくれたお茶を飲んだ。
森で獲れた野草を使ったお茶で、ミントっぽい匂いがして、味は悪くない。
リルリルが入れてくれたという付加価値だけではなく、正味の評価だった。
「造られし者なんですね。そんな人と会うのは初めてです」
リルリルは感心したような声を上げる。
マリュオンは、自分を「造られし者」であると言った。
要するに彼女は、普通の生殖行為で生まれた人間じゃない。
この世界の錬金術師により、造られ魂を与えられた存在だ。
人造人間――
アンドロイド――
レプリカント――
ホムンクルス――
要するにそう言う類の存在だった。
この世界ではそれを「造られし者」と呼ぶらしい。
「自分は、所有者に危害を加えてはならない。また、その危険を看過してもならない。危険は速やかに排除すべし。
自分は、所有者に与えられた命令に絶対に服従しなければならない。いかなる物であっても。
自分は、所有者を失った場合、新たな自己の所有者を見つけ従わなければならない」
マリュオンは、SF界超大御所が発案した三原則みたいなことを言った。微妙に違っているが。
で、彼女を創りだした所有者は、病気で死んでしまったらしい。
そして、彼女は己に与えられた「呪詛」のような原則によって、ここにやって来たのだ。
「で、俺が新たな所有者?」
「そうだ。勇者が自分の命を救ったのだ。その時点でその義務を背負ったと解釈している」
「そうなのか……」
手前勝手な解釈であるが、どうするべきか――
彼は空になったカップを見やる。
「お茶お代わりいりますか? アナタ」
「いや、いいんだけど…… う~ん」
ウェルガーは悩む。
なんとも手前勝手な話であるが、対魔族戦争を戦った者だ。
最終決戦で生き残っていたという時点で、相当の力を持った存在だろう。
それを――
「あッ―― オマエ、あのとき飛んでいた魔法使いか!?」
「あのとき?」
「魔族との最終決戦のときだよ」
押しかけ弟子のカターナが、ウェルガーの思考を強制中断させた。
(魔法使い…… まあ、見るからにそうではあるけど)
錬金術師に「造られし者」でおそらくは魔法使いだ。空を飛ぶくらいはできるのだろう。
「魔族が落としてきた月の欠片を、結構ふせいでいたよな。あれ、なんだい?」
「魔力シールド」
「あと、爆炎攻撃は気持ちよかったぞ―― あれもオマエだろ?」
「そう」
(相当な力どころじゃねーよ。やべぇ、兵器だ―― コイツ、兵器だよ。俺と同じだ――)
ウェルガーはふたりの会話を聞いて心で呟く。
魔族はこの世界の三つあった月のひとつを破壊し、その破片を世界中に降らせた。
決戦の場でも、それが大量に降ってきたらしい。(ウェルガーは遅刻したので、リアルタイムで見ていない。聞いた話だ)
強力な魔族(全盛期のウェルガーから見ればザコだが)を爆炎で吹き飛ばし、落下する月の破片の攻撃を魔力シールドで防ぐ少女。
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それが所有者を失い、この世界をウロウロしているというわけだ。
新たな所有者を探してだ。
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第11回恋愛小説大賞にノミネート中です
ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました
面白いと思ったら、投票してくれるとうれしいです!こっちのお話も頑張ります!
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WEB小説執筆や書評(小説、漫画、一般書)などあれこれ書いています
ネット小説書きの戯言
よろしければどうぞ。
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