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18.人類最強の最終兵器
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街に着いた。
ウェルガーは住民に訊いて回った。
ラシャーラを連れていった奴らの風体は、走りながらリルリルに確認した。
筋肉でパンパンの女言葉の奴。
ひょろりと背が高く、黒い服を着て、魔道具らしきものを持っている奴。
その魔道具で、家の水がめを叩き割ったらしい。くそが――
そして、チビのデブ。
そして、褐色エルフのラシャーラも一緒だ。
目立たないはずがない。
しかし――
(まだ、この島は人口が少ない…… 人目を避けようと思えばできるか――)
それだけ、目立つ風体なのに、見たという人はいなかった。
ここは島だ。船でなければ来ることはできない。
「くそ!! 海岸に出るか!」
近くの海岸になにかあるかもしれない。
彼はそう考え、走りだそうとした。
その瞬間彼は「背に刃を突っ込まれたような」寒気を感じた。
ウェルガーは振り向いた。
「あら、そんなに殺気だって―― どうしたのですか? 殺気を外に漏らしたところで、戦闘力は上がりませんよ。それを魔力核に―― ああ、封印中でしたね」
立っていたのは彼の師匠――
ニュウリーンだった。
地に着きそうな長い髪を揺らし、重力無視の巨大な双丘が前に突きでている。
「師匠――」
「どうしたのです。いったい?」
「ラシャーラが連れて行かれた! 彼女は追われているんだ!」
「ラシャーラ…… え? ラシャーラ‥…」
年齢不詳の美麗な姿を持つ、ニュウリーンだったが、記憶力の方が年齢相応になっているのかもしれなかった。
彼女はぶつぶつと「誰だっけ? 最近は人の名前が出てこなくて……」と小さな声で言っていた。
「昨日、家にいた褐色エルフの女の子ですよ! 師匠」
「ああ! あの子ね。はいはい! 思い出した!」
思い出したということ自体、記憶がかなりヤバい。
「連れて行かれた。三人組の男だ。筋肉デブに、ひょろりとした男。後はチビのデブに! 師匠、見ていないですか!」
彼女は「はっ」とした顔になる。
(あ、やばいわね―― あの時、言おうとしたこと。それだ―― 褐色エルフちゃんを追ってるのがいるって教えるつもりだったんだ…… 忘れてた――)
「何で黙ってるんですか! 見たんですか!」
勇者の力は封印されている。
しかし、結婚したことで、人間として成長した感じの弟子が彼女に詰め寄ってくる。
(街の近くで会った―― えっと…… 確かあっちか…… つまりあっちに行った可能性が高い)
彼女は早急に自分の失態を隠ぺいするための絵図を頭で組み立てた。
記憶力は衰えていたが、そっち方面の頭の回転はまだ健在だった。
「見たわ―― 多分…… そうかもしれない」
「え!! どこで、どっちに!」
「落ちつきなさい―― ウェルガー 呼吸を整えなさい」
彼女は氷のような視線と温度の無い声音で言った。
内心では、結構ビクビクしながらであったが。
その演技は成功する。
ウェルガーはその言葉で、冷静さを取り戻した。
常に冷静であることは大事なことだ。
特に、非常事態であれば、あるほどに――
「師匠―― すいません」
「いいのよ。もう、アナタは勇者ではない―― でも、守るべきものはある……」
「はい」
「こっちです。この方向に歩いてきました」
彼女はそう言って、彼らと出会った場所の方向を指さした。
「ありがとうございます!!」
ウェルガーは師匠に対し、深く頭を下げる。
そして、彼女の指さした方向を見やった。
森というほどではないが、疎林がある場所だ。
そして――
(入り江だ…… 入り江があった――)
そちらは、入江があった。
水源か少し離れているので、街の建設には向かないと思われた場所。
しかし、船を停泊させるなら、絶好のポイントだ。
「そこだ! 入り江だ! そこに船を!」
彼はそう言うと大地を蹴った。
「ウェルガー、私も行きましょう―― 昨日一度会ったばかりとはいえ、知らぬ者ではないのですから」
そう言って、彼女もウェルガーの後に続いた。
(師匠が…… エルフのために……)
心の中で驚くウェルガー。
決して、非情というわけではないが、ドライで冷徹な性格と思っていた彼女から出た言葉は意外だった。
更に付け加えるならば、サイコで変態的な性的嗜好を持ち、嗜虐性の塊のような女性だ。
(そうだ―― 師匠の異様に尖った正義感…… 悪人は自由にいたぶれる……)
ウェルガーは彼女の心理をそのように理解する。
彼の中での師匠の評価は「外道」以外のなにものでもない。
しかし、ニュウリーンは、物忘れした罪悪感から、行動を起こしていただけだった。
ふたりは走った。
人外の速度。
ふたつの倶風が、大地を削るように突き抜けて行った。
「あ…… 船――」
入り江に差し掛かった時、最初にそれを見つけたのはウェルガーに抱っこされていたリルリルだった。
海を見ることに神経を集中できたからだろうか。
「見たことない船だ…… 王国の船じゃないな」
複数の帆を張った帆船であるが、それほど大きな船ではない。
この島に定期的にやってくる王国の船よりは全然小さい。
「師匠! あれを! あれを貸してくれ」
「あれ?」
「勇者の力を封印している術式を解除するチョーカーだ!」
「ああ、あれね! もう、ちゃんといいなさい」
ニュウリーンは彼の家にそれを持ってきたが、結局、渡さず帰った。
そのチョーカーを大きく開いた胸元から、取り出した。
「リルリルの首にかけて、で、血を舐めればいいんですよね」
「そうよ。それで一〇分の一の力が解放されるわ―― でも……」
ニュウリーンは船を見やって「クッ」小さく言った。
「一〇分の一の力じゃあそこまでは飛べないわ」
「泳げば――」
「アンタの力任せの泳ぎじゃ、一〇分の一の力でもあの帆船と同程度でしょ―― あれは高速タイプの帆船よ」
物忘れの酷い割にそんなことは知っているのかとウェルガーは思った。
しかし、反論する材料はない。
確かに、帆に風を受け、相当な速度を出しているようだ。
船首で海面を切り裂き、砕かれていく波の量が多い。
「この風…… アンタの泳ぎじゃいいとこ同じくらいの速さ。追いつけないわ―― 力の解放は一〇分しか持たないのよ」
「あッ…… そうか――」
ニュウリーンに自分が失念していたことを、指摘されるのは、なんか複雑な思いがあった。
ただ、それは事実だ。
「ラシャーラァァァ!! ラシャーラァァァ!! ラシャーラァァァ!!」
ウェルガーに抱きかかえられたリルリルが叫んだ。
その叫びは海風と波の音の中に溶けてくようだった。
「師匠、漁師を―― 港の漁師に説明して船を出してくれるように。俺の名を出せば大丈夫だ」
「この島の船で追いかけるの? 無理だわ――」
ウェルガーはニッと笑った。
「止める。俺があの船を止める――」
元勇者――
無双無敵を誇った人類最強の最終兵器が静かに断言した。
◇◇◇◇◇◇
「リルリル? リルリルなの……」
船倉のひと区画に監禁されていたラシャーラが呟いた。
リルリルが自分の名を呼んだ。そんな気がした。
「ん? なに言ってやがる? ああん?」
見張りの男が、ラシャーラを見やって言った。
口調は粗暴だったが、心底粗暴で兇悪という感じには見えない。
虚勢を張っているようにラシャーラには思えた。
「なんでもありません」
「そうかよ―― ふん。また、逃げられたら、俺も姐さんにやられちまう」
男はそう言ってイスに座り見張りを続ける。
カタカタと貧乏ゆすりを続け、ジッとラシャーラを見続けていた。
それが見張ることだと言わんばかりにだ。
「うおっ!!」
「キャッ!!」
ふたりは声を上げた。
上の方から、何かがへし折れるような音が響き、船が大きく揺れたのだった。
「な、なんだよ…… いってぇ……」
男はイスから転げ落ちたときに打ったのか、腰をさすりながら立ち上がった。
そして、船底に近い船倉から上を見やった。そんなことをして何かが見えるわけではない。
(来た―― ウェルガーが…… リルリル――)
何かが起きた。そしてそれは、元勇者ウェルガーが自分を助けるために動き出した――
それを褐色エルフのラシャーラは確信していた。
ウェルガーは住民に訊いて回った。
ラシャーラを連れていった奴らの風体は、走りながらリルリルに確認した。
筋肉でパンパンの女言葉の奴。
ひょろりと背が高く、黒い服を着て、魔道具らしきものを持っている奴。
その魔道具で、家の水がめを叩き割ったらしい。くそが――
そして、チビのデブ。
そして、褐色エルフのラシャーラも一緒だ。
目立たないはずがない。
しかし――
(まだ、この島は人口が少ない…… 人目を避けようと思えばできるか――)
それだけ、目立つ風体なのに、見たという人はいなかった。
ここは島だ。船でなければ来ることはできない。
「くそ!! 海岸に出るか!」
近くの海岸になにかあるかもしれない。
彼はそう考え、走りだそうとした。
その瞬間彼は「背に刃を突っ込まれたような」寒気を感じた。
ウェルガーは振り向いた。
「あら、そんなに殺気だって―― どうしたのですか? 殺気を外に漏らしたところで、戦闘力は上がりませんよ。それを魔力核に―― ああ、封印中でしたね」
立っていたのは彼の師匠――
ニュウリーンだった。
地に着きそうな長い髪を揺らし、重力無視の巨大な双丘が前に突きでている。
「師匠――」
「どうしたのです。いったい?」
「ラシャーラが連れて行かれた! 彼女は追われているんだ!」
「ラシャーラ…… え? ラシャーラ‥…」
年齢不詳の美麗な姿を持つ、ニュウリーンだったが、記憶力の方が年齢相応になっているのかもしれなかった。
彼女はぶつぶつと「誰だっけ? 最近は人の名前が出てこなくて……」と小さな声で言っていた。
「昨日、家にいた褐色エルフの女の子ですよ! 師匠」
「ああ! あの子ね。はいはい! 思い出した!」
思い出したということ自体、記憶がかなりヤバい。
「連れて行かれた。三人組の男だ。筋肉デブに、ひょろりとした男。後はチビのデブに! 師匠、見ていないですか!」
彼女は「はっ」とした顔になる。
(あ、やばいわね―― あの時、言おうとしたこと。それだ―― 褐色エルフちゃんを追ってるのがいるって教えるつもりだったんだ…… 忘れてた――)
「何で黙ってるんですか! 見たんですか!」
勇者の力は封印されている。
しかし、結婚したことで、人間として成長した感じの弟子が彼女に詰め寄ってくる。
(街の近くで会った―― えっと…… 確かあっちか…… つまりあっちに行った可能性が高い)
彼女は早急に自分の失態を隠ぺいするための絵図を頭で組み立てた。
記憶力は衰えていたが、そっち方面の頭の回転はまだ健在だった。
「見たわ―― 多分…… そうかもしれない」
「え!! どこで、どっちに!」
「落ちつきなさい―― ウェルガー 呼吸を整えなさい」
彼女は氷のような視線と温度の無い声音で言った。
内心では、結構ビクビクしながらであったが。
その演技は成功する。
ウェルガーはその言葉で、冷静さを取り戻した。
常に冷静であることは大事なことだ。
特に、非常事態であれば、あるほどに――
「師匠―― すいません」
「いいのよ。もう、アナタは勇者ではない―― でも、守るべきものはある……」
「はい」
「こっちです。この方向に歩いてきました」
彼女はそう言って、彼らと出会った場所の方向を指さした。
「ありがとうございます!!」
ウェルガーは師匠に対し、深く頭を下げる。
そして、彼女の指さした方向を見やった。
森というほどではないが、疎林がある場所だ。
そして――
(入り江だ…… 入り江があった――)
そちらは、入江があった。
水源か少し離れているので、街の建設には向かないと思われた場所。
しかし、船を停泊させるなら、絶好のポイントだ。
「そこだ! 入り江だ! そこに船を!」
彼はそう言うと大地を蹴った。
「ウェルガー、私も行きましょう―― 昨日一度会ったばかりとはいえ、知らぬ者ではないのですから」
そう言って、彼女もウェルガーの後に続いた。
(師匠が…… エルフのために……)
心の中で驚くウェルガー。
決して、非情というわけではないが、ドライで冷徹な性格と思っていた彼女から出た言葉は意外だった。
更に付け加えるならば、サイコで変態的な性的嗜好を持ち、嗜虐性の塊のような女性だ。
(そうだ―― 師匠の異様に尖った正義感…… 悪人は自由にいたぶれる……)
ウェルガーは彼女の心理をそのように理解する。
彼の中での師匠の評価は「外道」以外のなにものでもない。
しかし、ニュウリーンは、物忘れした罪悪感から、行動を起こしていただけだった。
ふたりは走った。
人外の速度。
ふたつの倶風が、大地を削るように突き抜けて行った。
「あ…… 船――」
入り江に差し掛かった時、最初にそれを見つけたのはウェルガーに抱っこされていたリルリルだった。
海を見ることに神経を集中できたからだろうか。
「見たことない船だ…… 王国の船じゃないな」
複数の帆を張った帆船であるが、それほど大きな船ではない。
この島に定期的にやってくる王国の船よりは全然小さい。
「師匠! あれを! あれを貸してくれ」
「あれ?」
「勇者の力を封印している術式を解除するチョーカーだ!」
「ああ、あれね! もう、ちゃんといいなさい」
ニュウリーンは彼の家にそれを持ってきたが、結局、渡さず帰った。
そのチョーカーを大きく開いた胸元から、取り出した。
「リルリルの首にかけて、で、血を舐めればいいんですよね」
「そうよ。それで一〇分の一の力が解放されるわ―― でも……」
ニュウリーンは船を見やって「クッ」小さく言った。
「一〇分の一の力じゃあそこまでは飛べないわ」
「泳げば――」
「アンタの力任せの泳ぎじゃ、一〇分の一の力でもあの帆船と同程度でしょ―― あれは高速タイプの帆船よ」
物忘れの酷い割にそんなことは知っているのかとウェルガーは思った。
しかし、反論する材料はない。
確かに、帆に風を受け、相当な速度を出しているようだ。
船首で海面を切り裂き、砕かれていく波の量が多い。
「この風…… アンタの泳ぎじゃいいとこ同じくらいの速さ。追いつけないわ―― 力の解放は一〇分しか持たないのよ」
「あッ…… そうか――」
ニュウリーンに自分が失念していたことを、指摘されるのは、なんか複雑な思いがあった。
ただ、それは事実だ。
「ラシャーラァァァ!! ラシャーラァァァ!! ラシャーラァァァ!!」
ウェルガーに抱きかかえられたリルリルが叫んだ。
その叫びは海風と波の音の中に溶けてくようだった。
「師匠、漁師を―― 港の漁師に説明して船を出してくれるように。俺の名を出せば大丈夫だ」
「この島の船で追いかけるの? 無理だわ――」
ウェルガーはニッと笑った。
「止める。俺があの船を止める――」
元勇者――
無双無敵を誇った人類最強の最終兵器が静かに断言した。
◇◇◇◇◇◇
「リルリル? リルリルなの……」
船倉のひと区画に監禁されていたラシャーラが呟いた。
リルリルが自分の名を呼んだ。そんな気がした。
「ん? なに言ってやがる? ああん?」
見張りの男が、ラシャーラを見やって言った。
口調は粗暴だったが、心底粗暴で兇悪という感じには見えない。
虚勢を張っているようにラシャーラには思えた。
「なんでもありません」
「そうかよ―― ふん。また、逃げられたら、俺も姐さんにやられちまう」
男はそう言ってイスに座り見張りを続ける。
カタカタと貧乏ゆすりを続け、ジッとラシャーラを見続けていた。
それが見張ることだと言わんばかりにだ。
「うおっ!!」
「キャッ!!」
ふたりは声を上げた。
上の方から、何かがへし折れるような音が響き、船が大きく揺れたのだった。
「な、なんだよ…… いってぇ……」
男はイスから転げ落ちたときに打ったのか、腰をさすりながら立ち上がった。
そして、船底に近い船倉から上を見やった。そんなことをして何かが見えるわけではない。
(来た―― ウェルガーが…… リルリル――)
何かが起きた。そしてそれは、元勇者ウェルガーが自分を助けるために動き出した――
それを褐色エルフのラシャーラは確信していた。
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