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17.無敵で最強で優しい夫

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「ウェルガーの旦那の新婚愛妻弁当…… いつ見てもすげぇなぁ~」

 元勇者ウェルガーと一緒に作業をしている人の良さそうなおっさんがいった。

「まあ、結構腹が空くんだよ――」

 ウェルガーの弁当は量が桁違いだった。
 勇者の能力を失っても、その身体能力は人外レベル。
 基礎代謝だけでも、常人を遥かに上回る。
 
(まあ、ガキのころから、無理やり喰わされたからなぁ……)

 真の勇者になるためには「食事も修行」というのが変態師匠のニュウリーンの信念だった。
 よって、彼は、幼少期より毎回、胃が裂けそうになるほどの食事をさせられてきた。
 
「食事が楽しいってのは、いいよな」

 昼休みだ。
 木の伐採作業は中断し、皆が車座になって昼食をとっている。
 下草が短く刈り取られ、ちょっとした休憩所のようになっている場所だ。
 周囲は濃厚な緑の香りのする空気が満ちている。

「旦那は、そりゃ当たり前ですぜぇ~ 特にあんな別嬪の可愛らしい嫁さんの弁当だもんなぁ……」
「ちげぇねぇ。でも、俺んとこの古女房の弁当も悪かねーぜ」
「ああ、アンタの嫁さん、料理は上手いからなぁ……」

 仲間との会話をしながらの食事。
 彼にとってはその経験すら、異世界に来てからは新鮮だった。

 本当に気の良い人たちばかりだ。ウェルガーは思う。
 彼はこの島には人の良い者しかいないような気がしてきた。

 結婚式をしていないことを知った島のみんなが、ウェルガーとリルリルの為に祝いの宴をやってもくれた。
 それは、ささやかなものであったが、彼はマジ泣きしそうになったものだ。

 異世界に転生し一八年。前世の人生を入れれば五〇年を超える。
 しかし、こんなにほのぼのと、生活し人の輪の中に自分の居場所を実感したことはなかった。

 前世ではブラック企業の中間管理職という名の生贄の山羊。
 転生した異世界では、たった一人の勇者として「人間兵器」として育てられた。サイコの変態師匠にだ。

 ウェルガーは極彩色をした魚の煮つけを口に運ぶ。
 甘辛く味のついた煮つけは、一〇歳の少女が作ったとは思えない。

 エルフの幼妻の愛情が、極上の味を作りだしているのかもしれない。
 彼は、勿体なくなって、鉄のように固いウロコはですら一緒に飲み込んでしまった。

「パンの量もすげぇよなぁ―― 勇者様のパワーを考えれば、それくらい食ってもおかしかねぇけどよぉ~」

 パンとはいうが、小麦粉を水で溶かし焼いただけのものだ。
 大きさは、大人の手のひらくらい。それが二〇枚以上はあったのだ。
 今はもう、2枚を残すのみになっているが。

(アゴが疲れた…… しかし、本当になんで、こんなに硬いんだ? なぜだ? どうすればこんなに固くなる?)

 ウェルガーの幼妻、リルリルの作るパンは、異様な硬さを持っていた。
 彼女はそれをポリポリと平然と食べているので、彼も「このパン硬くね?」とは言い辛い状況なのだ。
 下手なことを言って、自分のために料理をがんばっているリルリルを傷つけたくないのだ。

 それに、まあ全力で噛めば、砕いて食えぬということはない。
 ただ、ウェルガーの身体能力をもってしても相当にアゴが疲れる。
 
(残り1枚か…… 残すことはできない――)

 弁当を残すということは、リルリルを悲しませるに違いない。
 だから、彼はいつも残さず全部食べる。
 しかし、そのせいか、パンの数が日に日に増えてくるのだ。

 リルリルの方は「お昼足らないのかしら?」と思っているのかもしれない。
 
(さすがに20枚は多すぎるよなぁ――)

 彼が最後の一枚を手にとったときだった。

「リルリル!! リルリルが!!」

 弾けるように立ち上がり耳を澄ます。

「アナタぁ~ ひ、ひぐぅ…… ウェルガーァァァ」

 聞こえた。はっきりとだ。
 自分を呼ぶ妻の声が聞こえたのだ。
 しかも泣いている――
 リルリルが泣いている。

「旦那、どうしたんですかい? いったい?」

「すまん、早退だ!」
 
 彼は、そう言うと、風のように山道を駆け下りていった。
 手に持っていたパンは、胸ポケットに放り込む。
 それを捨てるなんて、もったいない。できるわけがない。

「リルリルゥゥゥゥゥ!!」

 絶叫の尾を引き、弾丸のように山道を駆け下りるウェルガー。
 伐採をしていた仲間たちは、呆然とそれを見ていたが、すぐにその姿は見えなくなった。

        ◇◇◇◇◇◇

 いた。リルリルだった。
 山道を息をきらし、そして、大きな目からポロポロと涙を零しながら歩いていた。
 片足が裸足だった。
 膝がすりむけて、血がにじんでいる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!! リルリルゥゥ!! なにが! なにがあったんだぁぁ!」

 もはや発狂寸前の絶叫をあげ、ウェルガーはエルフの幼妻に駆け寄った。
 そして、ギュッと抱きかかえた。細く不思議なくらい柔らかい身体を。

「あ、あ、あ、あ…… 連れていかれちゃったぁ~ わぁぁあああああああ!!」

 リルリルは己の夫の胸に顔をうずめ泣きじゃくる。
 それで、声がくぐもっているが聞き取れる。

「え? 連れて行かれた?」
「えッ、えッ…… えっくぅ…… ラシャーラが悪い奴が三人来きて…… 連れて行かれちゃったのぉぉぉ~ わぁぁぁぁぁん~」
「なんだとぉぉ! リルリル! 怪我は、この怪我はそいつらがぁぁぁぁぁぁぁ!! ぶち殺す! 殺してやるぅぅ!!」
「え、え、え……  これは、途中で転んだのぉぉぉ~」
「同じだぁぁぁ! 死にこます――」

 泣きじゃくりながらも状況を説明するリルリル。
 彼女は、それをウェルガーに伝えようとして山道で転んだのだ。
 しかし、彼にとっては、同じことなのだ。
 己の大事な妻に、危害を加えたのと同じだった。
 
 そして、ラシャーラも助けねばらない。
 絶対にだ。
 
 要するに、リルリルを悲しませることの全ては排除せねばならないことなのだ。
 ウェルガーはギリギリと歯を食いしばる。
 怒りで頭が変になりそうだった。

 全人類を救うために戦ったときよりも、テンションはダダ上りだった。

「行くぞ!! リルリル! 俺が全部やっつけてやる。ラシャーラも助ける。泣かないでくれ! 泣かないで!」
 
 怒りの次に生まれた感情。
 辛さ――
 最愛の幼妻の泣き顔など、見たくないのだ。
 心が張り裂けそうになってくる。
 リルリルは24時間、365日、ニコニコ幸せに過ごさねばならない。

(そのために、俺はいる―― 俺はリルリルの為に生きている――)

「山を…… 降りて…… まだ、街のあたりにいるかもしれない――」
「分かった!」

 大気を切り裂き、その身が烈風と化したかのようにウェルガーは走った。
 リルリルを抱っこしながらの全力疾走。
 リルリルの金色の長い髪が後ろにたなびき、キレイな形の白いおでこが見える。

 山道を降りれば、街に行くしかない。
 他に道は無い。
 まずは、街に降りること。

(アナタ…… 好き…… やっぱり大好き…… 無敵だもん。私のウェルガーは無敵だし、優しいし――)
 
 夫の胸に抱かれ、自分でもギュッとしがみ付くリルリル。
 自分の夫である元勇者の温かい体温が身体に浸み込んでくるようだった。
 だんだんと、気持ちが落ちついてきた。
  
 元勇者――
 人類を救った英雄――
 そして、その力を封印までして、リルリルを生涯の伴侶として選んでくれた夫。

 彼女は信じていた。
 夫の最強――
 そして、言ったからには絶対にそれをやってのけることを。
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