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11.新婚夫婦の寝室は見ないでください

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 よく言えばログハウス。
 端的に言って、丸太を雑に組み合わせた掘っ立て小屋。
 ウェルガーとリルリルの視点からは「愛の巣」。

 そこへ侵入者がやってきたのだった。
 長い黒髪が、窓から玄関へ吹き抜ける風の中で、ブワッと舞い上がった。
 まるで髪の毛一本一本が意志をもっているかのような存在感があった。

「エルフが…… 褐色のエルフ? ん?」
 
(奴の嫁は色の白い金髪の幼女エルフと訊いていたが……)

 自分の弟子が自分の知らぬ間にエルフの妻を娶り、南の島を与えられたというのは、王室の関係者から訊いている事だった。

 しかも、勇者を引退したというトンデモない話である。
 ふたりで築き上げた最高で最強の力を放棄しやがったのである。
 その然るべき報いと、対策を携え、彼女はこの島に来たのだ。

 しかし、なぜそこに、褐色銀髪のエルフがいるのかという疑問が、ニュウリーンに隙を作った。
 その間、気配を断った弟子の元勇者は窓から外に抜けていた。

 山道が続き、大きな森が近くにあるのだ。

「あの…… 失礼ですが、夫、ウェルガーの先生でしょうか? 私は妻のリルリルです」

 白い方のエルフが丁寧で、礼儀正しく訊いてきたのだった。

「そうです。ニュウリーンと言います。ウェルガーの師匠にして、育ての母であり、また『お姉さま』です」

「お姉さま?」

 そう言ってリルリルは鋭い視線を放つニュウリーンを見つめる。

(凄くキレイな人だけど…… お姉さまって????)

 彼女は一〇歳のエルフだ。
 新婚の幼妻となり、ベッドやお風呂で、ウェルガーといちゃラブ生活を続けているとはいえ、まだまだ純真な心の持ち主だ。

 嗜虐本能の塊でサイコで変態であるニュウリーンの言っていることが今一つ理解できなかった。

「ウェルガーはどこですか?」
「えっと…… さあ、出かけましたけど――」
「いつ戻ってきますか?」
「んっと…… 多分、しばらく戻ってこないと思います」
「そうですか――」

 そう言うと口元に「ニィィ」っと笑みを浮かべた。
 目だけは相変わらず鋭く笑っていない。
 
 リルリルはどうしていいか分からずそこで固まっていた。

「人の家に上がり、あまりにも失礼ではないでしょうか。貴方がどこのだれかは存じませんが―― 礼を失しています」

 凛とした声が響いた。

 それは、褐色銀髪エルフのラシャーラだった。
 悪者に捕まり、船で運ばれている最中、海に飛び込み逃げ出したのだ。
 そして、この島に打ち上げられ、ウェルガーとリルリルに助けられた。
 今まで、衰弱し、弱々しい感じがしていたが、それを感じさせない強い語勢だった。 
 語勢の強さだけではない。
 その声音にはどこか高貴なモノを感じさせるものがあった。

 彼女は立ち上がり、リルリルとニュウリーンの間に立った。
 リルリルを庇い、ウェルガーを助けるためだった。

「オマエも、あの子の嫁ですか? あの子ったら、ふたりも…… 嫁を…… まったく……」

 ニュウリーンは、バラ色をした唇を開き、親指の爪を噛んだ。
 キツイ表情が更にきつくなる。その双眸から今にも血が流れそうなほど目が血走ってきた。 

「違います! 私は彼の妻ではありません。彼は命の恩人です」

「え? そうですか」

 すっと表情が元に戻った。それでも怜悧な印象のままであったが。

「貴方が彼の師匠であるとして、なぜここに来たのですか? その目的を、妻であるリルリル様にご説明するべきです」

  家の中では、ニュウリーンの兇悪変態オーラとラシャーラの凛とした高貴なオーラがギシギシと音を立て、空間を削りあっているようだった。

 その間で、この家の主婦というか新妻のリルリルは「えーどうすればいいんですか? これ」状態で固まるしかなかった。
 スッと先に力を抜いたのは意外にも、ニュウリーンの方だった。
 顔の表情から鋭さがすっと抜けた。

 ややクールな美人という感じの表情になったのだった。

「理由は、あの子が勝手に勇者を引退した点について、確認したいことがあったからです。師匠であり、親代わりであった私に何相談もなく、勇者を引退。そして結婚―― ちなみに、結婚式にもよばれていません――」

 そう言って、視線をリルリルに向けた。

「いえ…… あの、式は挙げてないです。だって、みんな苦しい生活で――」

 対魔族戦争直後―― 
 戦勝記念の祝賀パーティは有った(ふたりはそこで出逢った)が、それもささやかな物だった。
 当然、式を挙げる話はあったが、ふたりはそれを断った。

「え? アナタは王家に連なる者だと聞いていましたが、そして相手は勇者ですよ。式を挙げないなど――」

 確かにリルリルは王の側室の娘だった。
 ただ、王の血は引いてない。
 王は人間、彼女は生粋のエルフ。

「母が王の側室でしたから、私は母の子で連れ子です。王族とは言い難い存在でした――」

 見るからに子供にしか見えないエルフをみて「ふむ」と納得の声を上げるニュウリーンだった。
 悪魔のように嗜虐性が強く、変態ではあったが、弱い立場の人間を思う人情はもっているのである。
 まあ、刃傷の方が好きであったが。

「それに、式といいますか…… 島の人たちがお祝いしてくれました―― それが嬉しかったです」

「なるほど、式の件は分かりました。それはいいでしょう――」

 彼女は先ほど風で乱れた長い黒髪をたくし上げた。 
 艶のある黒髪が流れるようにしてハラハラと落ち、その形を整えて行く。

「やはり、育ての母として聞いておかねばなりません。なぜ、勇者の力を封印したのか、あの子からちゃんと説明を聞かないと私も納得できないのです」

 ニューリーンは変態性癖の持ち主であったが、頭はキレキレだった。
 真正面からダメなら、真面目な師匠&母代わりを演じて突破口を開けばいいと考えたのだ。
 そして、それは成功する。

「なんか…… いい人みたいですけど。ラシャーラさん、どうしましょう?」
 
 肌の色と髪の色以外、自分に良く似たラシャーラに彼女は訊いた。
 リルリルは自分に雰囲気が似ている、彼女に元々好意を持っていた。

 物心ついてから、人間の国で育った彼女には母以外のエルフの存在は憧れに近い物があったのも事実だ。

 そして、ラシャーラは、先ほど自分を助けてくれた。
 このおっかない師匠に真正面からぶつかったのだ。

 リルリルの中では、ラシャーラに対する好感度は急上昇していた。

 それゆえ、部外者ともいえるラシャーラに意見を求めたのだ。

「まあ、探すのは自由に探させればいいのではないでしょうか。私たちではどの道止められませんし」

 ラシャーラは、勇者ウェルガーはもう森の中に逃げ込んだと思っていた。
 であれば、そう簡単に見つかるはずもない。
 陽が暮れれば諦めて帰るだろう。今日はそこまでで、その後の対策は後で考えればいいかと思った。

「まあ、最初からそう言ってもらえればよかったのですけどね…… ただ、私も少し、興奮しすぎていたかもしれません」

「じゃあ、好きに探してください―― あ、でも……」

「でも?」

「寝室はあんまり見ないでください―― そこにいないと思いますから」

 リルリルは耳を赤くして言った。
 新婚夫婦の寝室、まだ昨日の乱れたままの状態を片付けてないのを思い出したのだ。
 新婚のいちゃラブエッチのありさまを見られるようで恥ずかしかったのだ。

「分かりました。寝室は最後に見ましょう―― あの子が隠れそうな場所はだいたい想像がつきますから」

 ニュウリーンは、バラ色の唇を吊り上げ、笑みを浮かべたのであった。
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