上 下
5 / 41

5.褐色エルフの少女を拾った

しおりを挟む
「リルリル――」
 
 元勇者のウェルガーは自分の幼妻の名を口にし、彼女を抱きかかえる。
 そのまま、桟橋の上をダッシュし、陸地まで戻った。

 かつて、衝撃波を発し、極超音速の疾走を可能とした勇者の速さは失っていたが、人としては十分以上に速かった。

 「アナタ、いったい? なんで?」
 
「ここで、待ってろ。危ない、あの船が危ない」

「え? アナタ……」

「大丈夫、すぐに戻ってくる」

 トンと大きな手をふわりとした金色の髪の毛の上においてウェルガーは言った。
 まずは、リルリルの安全が第一だ。

(くそ…… 俺ひとりだったら、こんな面倒な――)

 リルリルの前で、船がサメに襲われ人が死ぬのを見せるわけにいかない。
 それは、彼女を確実に悲しませる。

 であれば、やることは決まっていた。

 彼は再び桟橋の上を走り、その先でジャンプ。
 弾丸のように海の中に飛び込んだのだった。

「死にこます。サメ―― シャチかもしれんが」

 凄まじい速度で腕が回転する。
 クロールなのか、なんなのかよく分からん泳ぎ方だ。
 しかし、それは速かった。
 
 魔力をベースとする勇者の力を失っていたが、幼少期から鍛えられた人としての肉体の強靱さは健在なのだ。
  
「ウェルガー様ぁぁ!! あぶねぇだぁぁ! 逃げてくれぇぇ――」

 ザバザバと海をかき分ける音の中に、漁師の声が聞こえた。
 サメだ――
 それも、前世の地球にはいなかったサイズのやつだ。
 いや、大昔に滅びた「メガロドン」という巨大なサメがいたが、それに近いかもしれない。

 メガロドン級のサメは、船を狙うのを止め、凄まじい波飛沫を上げて向かってくる存在に顔を向ける。
 尾びれが、海水を叩き、ウェルガーの方に突っ込んできた。

「わぁぁぁ!! なんじゃぁ。あの大あごはぁぁ――」

 漁師の叫びが聞こえた。
 そして、彼もその顎が見えた。
 ビッシリとジャックナイフの生えたような巨大な口が海面上に突き出る。 
 
(車でも飲み込みそうじゃねーか! アホウがぁぁ!)

 そして、元勇者の人間と巨大なサメが水中で交差した。
 巨大な、水柱が上がる。

 勝負は一撃でついた――

 真っ白な腹を海面に出して、サメが断末魔の痙攣を起こしていた。
 
「筋肉に魔力を流さないとこんなもんか…… まあ、倒せたからいいが――」

 元勇者のウェルガーは巨大サメの顎に、パンチを放ったのだ。
 その一撃が、サメを瀕死の状態にしたのだった。

 ザラリしたサメの肌の感触と熱が拳にまだ残っている。
 
 人間の尺度でみれば、こんなことが出来るのは規格外だ。
 しかし、勇者であったころは、山脈よりも巨大な魔王をド突いて、第一宇宙速度で吹っ飛ばし、衛星軌道に乗せたのだ。
 
 それに比べれば、屁のようなパンチだ。
 やはり、彼の勇者の力は封印されていたのだった。

「よう、ロープかなんかあるかい?」

 彼は驚きで船の上で呆然としている漁師たちに言った。
 
 サメは船に有ったロープで縛り上げられ、船で陸に運ばれる。
 巨大なサメは、島の食糧事情に貢献することになったのだった。

「アナタ…… 凄いです―― 勇者さま…… アナタはやっぱり勇者です♡――」

 リルリルは濃藍の瞳を潤ませ、夫を見つめる。 
 エルフの長い耳は激しくパタパタしていた。

 元々勇者であるウェルガーに対し、結婚する前から憧れとガチ惚れ状態のリルリルなのだ。
 更に、結婚して妻になってからは、幼い肉体まで開発され心も体も彼のモノとなっている。
 もう、トロトロに蕩けていると言っていい。

 そんな、リルリルが、夫の活躍に感動するのは当然だった。

 そもそも、サメ程度に彼がやられるなど、全然思っていないのだから心配もしない。
 
 そして、危なくなった漁師を助けたことがうれしかった。
 自分の夫がまだ、勇者の魂を失っていないことに感動していたのだ。
 その力を失ったとしても夫はまだ勇者だった。彼女の中では――

 彼女の心の中のウェルガーに対するガチ惚れパラメータはカンスト状態に近い。
 それを更に突き破ってオーバーフローしそうだった。
 心がバグりそうな程にウェルガーが大好きになりそうだった。

 そんな幼妻の様子とは好対照にウェルガーはどんよりした顔をしていた。

「ああ…… でも、やっぱ衰えたわ~。全盛期なら、あの程度のサメなんか海に飛び込む必要すらなかったと思うよ……」

 夫の強さに単純にガチ惚れメータを限界以上に振り切るエルフの幼妻に対し、ウェルガーの方はちょっとテンションが下がっていた。
 
 彼は、勇者の力が封印されるときは、それをどうとも思っていなかった。
 むしろ、気楽でいいと思っていた。
 しかし、戦って力が激減しているのを実感すると、ちょっとへこむモノがあった。

 それでも、巨大サメを一撃で葬るのである。
 今でも人外レベルの身体能力の持ち主であることは間違いない。
 ただ、この異世界にはその「人外レベル」の存在がゴロゴロしていたのだ。

 対魔族戦争で多くが死んだかもしれないが、生き残っている者はいるだろう。
 つまり、彼はこの世界で最強ではなくなっていたのだ。

 人外レベルで強い人間の一人という位なものだろう。

 巨大なサメを倒したことが、皮肉にもその事実を彼に着きつけたのであった。

        ◇◇◇◇◇◇

「すぐ乾くさ、それともここで脱いだ方がいいかい?」

「もう、エッチなんだからぁ♡」

 濡れた服を着たままのウェルガーに対し心配したリルリルに対し、ウェルガーはそう切り返す。
 リルリルと一緒にいるので、すぐに気分は回復。ウキウキだった。

 リルリルの方は、夫の逞しい上半身を想像し、長い耳を真っ赤にしてパタパタさせた。
 南洋の照りつける日差しと海の風は、ウェルガーの服の水分を飛ばしていく。

 ふたりはデートの続きをする。

「あ、キレイな貝が……」
「ほう…… 本当だ」

 宝貝に似た、真っ赤な色をした貝殻だった。
 一種の宝石のように見える。

「あ、小さなカニ―― ふふふ、生き物がいっぱいね」

 砂浜を小さなカニが走った。
 そして、人の気配を感じ、指先程の巣穴の中に入って行った。

「これだけの島が、魔族に襲われなかったのは、ラッキーだったよな……」

 彼は一応、自分の所領となった島の自然の豊かさに感謝していた。
 今の島の人口は三〇〇人程度だ。
 きちんと、自然との調和を持って開発していけば、もっと多くの人間を養えるだろう。

「あ…… おい! リルリル、あれ、なんだ? もしかして人じゃないか?」

 今度は先に見つけたのは、夫のウェルガーだった。
 波打ち際に、黒っぽい何かがうずくまっているような感じだった。
 海藻が丸まって打ち上げられたものかと思ったが、どうも違うようだった。
 
「え…… あ、確かに……」

 ふたりはその存在に駆け寄った。
 ウェルガーには「水死体どざえもんだったら、リルリルに見せたくないなぁ~」という思いがあったが、とりあえず彼女の速度に合わせて走った。
 
「人…… おい…… エルフだ……」

 それは、エルフだった。
 エルフであることを示す長い耳が濡れた髪をかき分け突き出ていた。

 しかし――

「アナタ、まだ、生きています!!」

「おっ、確かに…… 息はしている」

 呼吸をしているのが、その胸の動きで分かった。
 目をつぶっているせいか、銀色のまつ毛が妙に長く見える。
 リルリルと同じかそれ以上あるかのようだった。

「治癒魔法―― 教会か……」

 とにかく、この島唯一の治癒魔法の使い手、教会にいる尼さんのとこまで連れていくしかない。
 ウェルガーとリルリルに出来るのはそれだけだった。
 幸い、距離はさほどではない。

「母上以外のエルフ―― まだ、この世界のどこかで、エルフは生きているのですね」

「ああ、死なせるわけにはいかねぇ」

 魔族に蹂躙されたこの世界。もしかしたら、生き残っている人間は他にもいるのかもしれない。

 彼は倒れたエルフを抱かげた。
 肌が冷たい。

 ウェルガーは抱きかかえたエルフの顔を見た。
 一瞬、ハッとした。

 顔立ちがなぜか、妻のリルリルに似ている気がしたからだ。
 普通の人間はよく「エルフは皆綺麗に見えて見分けがつかん」と言うが、エルフを娶ったウェルガーは流石にそうではない。

 美形揃いのエルフの中でも飛びぬけているリルリルに似ているのは不思議な感じだ。

 歳はかなり上なのだろう。人間でいえば一八歳前後。
 この世界のウェルガーと同じくらいに見える。

 そして、決定的にリルリルと違っていたこと。

 褐色肌――
 長い髪銀色――

 それは、彼女の肌と髪の色だった。  
 
「行くぞ! 急ぐ!」

「キャッ♡ アナタ」

 元勇者ウェルガーは、肩の上に褐色エルフを乗せ、小柄な妻も脇に抱き上げ抱え込んだ。
 彼は砂浜を蹴った。大量の砂塵が舞い上がる。

 彼は海風を切り裂き、教会に向け走り出した。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

処理中です...