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16.北斎、鬼狂と出会う
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「この話ゃ、アゴにしかしたことぁねぇ話なんだがな――」
北斎の視線――
その鋭さに万之介は、スッと背筋を伸ばした。
この時代の人間としてはかなり長身の部類に入るだろう。
「他言無用ってほどもでねぇが…… まあ、あれだ――」
「誰に話したって与太っ言れんだろうなぁ。クソ鉄ジジィ」
文机に前で、上半身だけをこちらに向け、お栄が言った。
彼女はすでにこの話を聞かされているのかと、万之介は思う。
「化アゴは、テメェの画でも画いてろぉ」
「へいへい」
北斎の言葉に、お栄はそう言って再び文机に向かった。
「万之介」
「はい先生」
「若けぇころだ。最初の師匠のとこぉ、破門されたんだよ、俺ゃよ――」
「え?」
「まあ、画には合う、合わねぇってのが、どうしてもある。まあ、そんなもんだ。大したこっちゃねぇ」
「はい」
「で、俺はよぉ、ある噂聞いてなぁ――」
「噂?」
「すげぇ画があるってな。俺ゃそれを見たくなってなぁ。仕事もねぇしよ――」
そして北斎は反故紙とゴミで埋まった座敷に座り語り始めたのだった。
◇◇◇◇◇◇
北斎は鬱蒼たる緑の海の底にいるかのような錯覚に陥っていた。
季節は夏――
しかし、分厚く重なり合った木々の葉が日差しを遮っていた。
それゆえだろうか、さほど暑さは感じない。
箱根の近く。湯治に行く者が足を入れないような場所だ。
道とは言ってもケモノも道に毛が生えた程度のものだ。
そこを北斎は歩いていた。
この先にあると聞いていたからだ。
画だ。
見る者の心を吸い取るような絵があるというのだ。
それは、絵師の間での噂であった。
その画を見に行き、筆を折った絵師も多く居るという話もある。
そのような画が、この山の中の廃寺にあるらしいのだ。
真偽のほどの分からぬ、かなり昔から流れている噂だった。
ただ、北斎はそのような画があるならば、見たいと思った。
思ったので行動した。
色々な者から話を聞き、北斎はその画のおおよその場所を突き止めたのだ。
それが、この山中だった。
すでに、師匠からは破門されていた。
北斎自身の意識としては「俺が師匠を破門にしてやった」とうものであったかもしれない。
首の角度がどうの、筆の入りかたがどうの――
些事だ。
北斎は思う。
ただ画を描くということなのだ。描けばいい。
そして、それが売れれば食える。食えなきゃ野垂れ死にだ。
それでいいと思っている。
ただ、誰よりも画きたい。上手くだ。
いや、違うか…… 北斎は思う。
「上手い」という言葉の中にある「技術」の匂い。
それが、北斎の思いとの間に不協和音を起こす。
画とは何か?
目で見たモノをそのまま描くのか?
北斎は野に咲く名も知らぬ花を見た。白い花であった。
この花を描く場合、見たままに描くだけでいいのか?
そもそも、己の眸子で見ている「花」は他の奴にも同じ見ているのか?
(俺の見ている「白」と他の奴の見ている「白」は同じなのかい?)
ふと、そんなことを思う。
技術を否定するわけではない。ただ、技術の上達だけが画ではないと北斎は思っていた。
では「技術以外の何なのか?」という問いに対し、今の北斎にはそれが「何か」を明確に言葉にすることができなかった。
ただ、ある。その思いが胸の内に有ることだけは間違いない。
「あれがそうか……」
下生の雑草の中に、沈んでいるような建物だった。
廃寺と聞いていたが、それが寺であったのかどうかも今となっては分からぬような代物だ。
森の中に半分溶けかかっているようなものだと北斎は思った。
草をかき分け、北斎は廃寺に近づいた。
近づいてみると、屋根は雑草が生え放題であり、全体に傾いでいる。
それでも、戸だけは閉まっており、簡単に入れそうな感じは無かった。
この廃寺には、人が住んでいるという話もあったし、無人であるという話もあった。
中には、妖しい美女が住んでおり、画を餌にして、やって来た者にとり憑き、喰らうという話まであった。
戸板を前にして、北斎は立ち止まっていた。
戸板は固く閉じられていた。
北斎は大きく呼吸をした。緑色をした大気が臓腑の中に流れ込んでくる。
戸板に手をかけた。中から閂でもされていれば、開くものではない。
その時は、他の入り口を探せばいいと北斎は思った。
これだけボロボロなのだ。どこかしら、入り口は有るだろうと思ったのだ。
「妙に固いじゃねぇか――」
ギシギシと軋み音を上げる戸板。
閂などで固定されているような感じはない。
ただ、建物全体が傾いでいるため、動かなくなっているようだった。
それでも、何度か力を込めるうちに、ギ、ギ、ギ、ギ――と軋みながらも戸板は開いた。
どうにか、人ひとりが通れる程度には開く。
異様な気を感じた。
(いるのかよ、何かが――)
北斎はそう思う。とても、人が暮らしているような場所には思えない。
であれば、狐狸の類であろうか。
ただ、北斎が考えたのは一瞬であった。
その身を、戸板が開いた空間に捻じ込み、足を踏み入れた。
異様な気配を色濃く感じる。
真っ当な神経の持ち主であれば、すぐに踵を返すような気配だ。
決して立ち入りたくなるような種類のモノではない。
だが、北斎は「当たり」だと思った。
この異様な気配こそが、噂となっている「画」の存在の証明ではないかと思ったのだ。
廃寺の中は、薄暗かったが、辛うじて外の光が流れ込んでいる。
目が慣れれば、どうということはなかった。
「どこにあるんだろうな……」
北斎はそう呟くと、北斎は土間から上に上がった。
床板は、所々腐ってはいるが、なんとか人が進めそうな部分もあった。
中も朽ち果ててはいるのだ。
しかし、造りからして、ここが元は寺だという噂は正しいのだろうと結論した。
北斎は異様な気配を濃く感じる方へと進んでいた。
自然と足は廃寺の奥へと北斎を運ぶ。
崩れた柱や、腐った床を回避し、足元に注意しながらだった。
濃厚な気配が塊となって全身を叩いた気がした。
北斎は一瞬目をつぶり、そしてゆっくりと開けた。
そして北斎は出会ったのだ。
その画にだ。
壁に掛けられた巨大な画だった。
この廃寺を包み込む異様な気配。それはやはりこの画から出ていたのだ。
どれほどの時間か、北斎は無言で魅入られるようにその画の前に立っていた。
呼吸をすることすら忘れているかのようにだ。
「うっ…… なんだこりゃ――」
やっと北斎は、言葉を口にしていた。まるで肺腑に残った最後の空気を絞り出すような声だった。
「仏画か…… 曼荼羅図か? 分からねェが…… こりゃ……」
北斎は、画を描くことに全てを賭けている男だった。
そして、そのためには、あらゆる絵も見てきた。
その中には当然、仏画もあった。
しかし、仏画の様であって、この画はそのどれとも違って見えたのだ。
その画の中央には血まみれになりながら、人を喰らう鬼――
いや、鬼を喰らう人が描かれていたのだ。
鬼の腕を引きちぎり、手に握り、臓腑を口で引きちぎり、顔を上げている。
その下には喰われている鬼の姿が描かれていた。
周囲には、黒い髑髏をもった、何かがいくつも描かれていた。
鬼を喰らう存在――
女か? 北斎はそのとき、鬼を喰らっている者が女を描いているのではないかと気づく。
そして、画全体を俯瞰する。
髑髏を持った存在が、その鬼を喰らう女を中心に宴を催しているかのようにも見える。
女は笑いながら、鬼を喰らっているのだ。まるで菩薩のような笑みで。
「どこから入ってきたのじゃ――」
いきなり背後から冷たい風に吹きつけられたかのように感じた。
北斎は振り向いた。
「どこから来たのじゃ? 聞こえぬのか」
気だるそうでいて透明感のある言葉が響く。
それは、子ども――
童女――
そう見えるモノではあった。
しかし、その声音と身に纏った空気が、それが、そのような存在でなはないことを北斎に教える。
「画を、画を見に来たんだがよぉ。へへへへへ」
北斎は言った。恐怖と言っていい感情がその心を支配しつつあった。
それでも、妙に笑ってしまったのだ。
噂の画を見に来たら、こんなモノに出会ってしまう。
そのような異様な状況に対し、妙におかしさがこみあげてくるのだ。
「ほう、何故じゃ」
「絵師なんでな。噂で聞いたからよぉ」
「噂?」
「ここにすげぇ絵があるってよぉぉ――」
北斎の言葉を聞くとその童女は、何か思案気な表情を見せる。
そのとき、北斎はこの童女が凄まじい美貌の持ち主であることに気づいた。
更に寒気がした。
それは人間の持つ美貌にしては、あまりにも完ぺき過ぎたからだ。
「その噂…… 二〇〇年ほど前に、来た者が流したか?」
「二〇〇年?」
北斎はその言葉を聞き返す。
あり得ないことだったからだ。
「そうじゃ、オヌシが二〇〇年ぶりよ。ここに来た者は」
「アンタいったい……」
北斎はその言葉が嘘でないことを本能的に感じていた。
膝が震える。しかし、逃げようなどという気は微塵もなかった。
知りたかった。何なのだと、オマエとこの画はいったいなにかと――
「ワラワは鬼狂――」
「鬼狂?」
「そうよ、鬼狂じゃ。オヌシは?」
「鉄蔵だ――」
北斎は画号でなく本名を名乗った。
「鉄蔵というか…… 絵師なのか」
「ああ、そうだ。アンタ…… いや鬼狂さんはなんだい?」
北斎は真正面から鬼狂を見つめ「オマエは何者か」問うたのだった。
その北斎を妙に優しげで淫蕩さを帯びた妖しい双眸で鬼狂は見つめた。
「ワラワは、この寺に封印されておる者よ」
「封印?」
「どうやら五〇〇年ほどは経っているのであろうな」
そのような時間などまるで大した問題ではないというような感じで鬼狂は言った。
後の狂気の天才絵師、葛飾北斎――
そして、淫ら鬼喰らい師、鬼狂――
そのふたりの出会いであった。
北斎の視線――
その鋭さに万之介は、スッと背筋を伸ばした。
この時代の人間としてはかなり長身の部類に入るだろう。
「他言無用ってほどもでねぇが…… まあ、あれだ――」
「誰に話したって与太っ言れんだろうなぁ。クソ鉄ジジィ」
文机に前で、上半身だけをこちらに向け、お栄が言った。
彼女はすでにこの話を聞かされているのかと、万之介は思う。
「化アゴは、テメェの画でも画いてろぉ」
「へいへい」
北斎の言葉に、お栄はそう言って再び文机に向かった。
「万之介」
「はい先生」
「若けぇころだ。最初の師匠のとこぉ、破門されたんだよ、俺ゃよ――」
「え?」
「まあ、画には合う、合わねぇってのが、どうしてもある。まあ、そんなもんだ。大したこっちゃねぇ」
「はい」
「で、俺はよぉ、ある噂聞いてなぁ――」
「噂?」
「すげぇ画があるってな。俺ゃそれを見たくなってなぁ。仕事もねぇしよ――」
そして北斎は反故紙とゴミで埋まった座敷に座り語り始めたのだった。
◇◇◇◇◇◇
北斎は鬱蒼たる緑の海の底にいるかのような錯覚に陥っていた。
季節は夏――
しかし、分厚く重なり合った木々の葉が日差しを遮っていた。
それゆえだろうか、さほど暑さは感じない。
箱根の近く。湯治に行く者が足を入れないような場所だ。
道とは言ってもケモノも道に毛が生えた程度のものだ。
そこを北斎は歩いていた。
この先にあると聞いていたからだ。
画だ。
見る者の心を吸い取るような絵があるというのだ。
それは、絵師の間での噂であった。
その画を見に行き、筆を折った絵師も多く居るという話もある。
そのような画が、この山の中の廃寺にあるらしいのだ。
真偽のほどの分からぬ、かなり昔から流れている噂だった。
ただ、北斎はそのような画があるならば、見たいと思った。
思ったので行動した。
色々な者から話を聞き、北斎はその画のおおよその場所を突き止めたのだ。
それが、この山中だった。
すでに、師匠からは破門されていた。
北斎自身の意識としては「俺が師匠を破門にしてやった」とうものであったかもしれない。
首の角度がどうの、筆の入りかたがどうの――
些事だ。
北斎は思う。
ただ画を描くということなのだ。描けばいい。
そして、それが売れれば食える。食えなきゃ野垂れ死にだ。
それでいいと思っている。
ただ、誰よりも画きたい。上手くだ。
いや、違うか…… 北斎は思う。
「上手い」という言葉の中にある「技術」の匂い。
それが、北斎の思いとの間に不協和音を起こす。
画とは何か?
目で見たモノをそのまま描くのか?
北斎は野に咲く名も知らぬ花を見た。白い花であった。
この花を描く場合、見たままに描くだけでいいのか?
そもそも、己の眸子で見ている「花」は他の奴にも同じ見ているのか?
(俺の見ている「白」と他の奴の見ている「白」は同じなのかい?)
ふと、そんなことを思う。
技術を否定するわけではない。ただ、技術の上達だけが画ではないと北斎は思っていた。
では「技術以外の何なのか?」という問いに対し、今の北斎にはそれが「何か」を明確に言葉にすることができなかった。
ただ、ある。その思いが胸の内に有ることだけは間違いない。
「あれがそうか……」
下生の雑草の中に、沈んでいるような建物だった。
廃寺と聞いていたが、それが寺であったのかどうかも今となっては分からぬような代物だ。
森の中に半分溶けかかっているようなものだと北斎は思った。
草をかき分け、北斎は廃寺に近づいた。
近づいてみると、屋根は雑草が生え放題であり、全体に傾いでいる。
それでも、戸だけは閉まっており、簡単に入れそうな感じは無かった。
この廃寺には、人が住んでいるという話もあったし、無人であるという話もあった。
中には、妖しい美女が住んでおり、画を餌にして、やって来た者にとり憑き、喰らうという話まであった。
戸板を前にして、北斎は立ち止まっていた。
戸板は固く閉じられていた。
北斎は大きく呼吸をした。緑色をした大気が臓腑の中に流れ込んでくる。
戸板に手をかけた。中から閂でもされていれば、開くものではない。
その時は、他の入り口を探せばいいと北斎は思った。
これだけボロボロなのだ。どこかしら、入り口は有るだろうと思ったのだ。
「妙に固いじゃねぇか――」
ギシギシと軋み音を上げる戸板。
閂などで固定されているような感じはない。
ただ、建物全体が傾いでいるため、動かなくなっているようだった。
それでも、何度か力を込めるうちに、ギ、ギ、ギ、ギ――と軋みながらも戸板は開いた。
どうにか、人ひとりが通れる程度には開く。
異様な気を感じた。
(いるのかよ、何かが――)
北斎はそう思う。とても、人が暮らしているような場所には思えない。
であれば、狐狸の類であろうか。
ただ、北斎が考えたのは一瞬であった。
その身を、戸板が開いた空間に捻じ込み、足を踏み入れた。
異様な気配を色濃く感じる。
真っ当な神経の持ち主であれば、すぐに踵を返すような気配だ。
決して立ち入りたくなるような種類のモノではない。
だが、北斎は「当たり」だと思った。
この異様な気配こそが、噂となっている「画」の存在の証明ではないかと思ったのだ。
廃寺の中は、薄暗かったが、辛うじて外の光が流れ込んでいる。
目が慣れれば、どうということはなかった。
「どこにあるんだろうな……」
北斎はそう呟くと、北斎は土間から上に上がった。
床板は、所々腐ってはいるが、なんとか人が進めそうな部分もあった。
中も朽ち果ててはいるのだ。
しかし、造りからして、ここが元は寺だという噂は正しいのだろうと結論した。
北斎は異様な気配を濃く感じる方へと進んでいた。
自然と足は廃寺の奥へと北斎を運ぶ。
崩れた柱や、腐った床を回避し、足元に注意しながらだった。
濃厚な気配が塊となって全身を叩いた気がした。
北斎は一瞬目をつぶり、そしてゆっくりと開けた。
そして北斎は出会ったのだ。
その画にだ。
壁に掛けられた巨大な画だった。
この廃寺を包み込む異様な気配。それはやはりこの画から出ていたのだ。
どれほどの時間か、北斎は無言で魅入られるようにその画の前に立っていた。
呼吸をすることすら忘れているかのようにだ。
「うっ…… なんだこりゃ――」
やっと北斎は、言葉を口にしていた。まるで肺腑に残った最後の空気を絞り出すような声だった。
「仏画か…… 曼荼羅図か? 分からねェが…… こりゃ……」
北斎は、画を描くことに全てを賭けている男だった。
そして、そのためには、あらゆる絵も見てきた。
その中には当然、仏画もあった。
しかし、仏画の様であって、この画はそのどれとも違って見えたのだ。
その画の中央には血まみれになりながら、人を喰らう鬼――
いや、鬼を喰らう人が描かれていたのだ。
鬼の腕を引きちぎり、手に握り、臓腑を口で引きちぎり、顔を上げている。
その下には喰われている鬼の姿が描かれていた。
周囲には、黒い髑髏をもった、何かがいくつも描かれていた。
鬼を喰らう存在――
女か? 北斎はそのとき、鬼を喰らっている者が女を描いているのではないかと気づく。
そして、画全体を俯瞰する。
髑髏を持った存在が、その鬼を喰らう女を中心に宴を催しているかのようにも見える。
女は笑いながら、鬼を喰らっているのだ。まるで菩薩のような笑みで。
「どこから入ってきたのじゃ――」
いきなり背後から冷たい風に吹きつけられたかのように感じた。
北斎は振り向いた。
「どこから来たのじゃ? 聞こえぬのか」
気だるそうでいて透明感のある言葉が響く。
それは、子ども――
童女――
そう見えるモノではあった。
しかし、その声音と身に纏った空気が、それが、そのような存在でなはないことを北斎に教える。
「画を、画を見に来たんだがよぉ。へへへへへ」
北斎は言った。恐怖と言っていい感情がその心を支配しつつあった。
それでも、妙に笑ってしまったのだ。
噂の画を見に来たら、こんなモノに出会ってしまう。
そのような異様な状況に対し、妙におかしさがこみあげてくるのだ。
「ほう、何故じゃ」
「絵師なんでな。噂で聞いたからよぉ」
「噂?」
「ここにすげぇ絵があるってよぉぉ――」
北斎の言葉を聞くとその童女は、何か思案気な表情を見せる。
そのとき、北斎はこの童女が凄まじい美貌の持ち主であることに気づいた。
更に寒気がした。
それは人間の持つ美貌にしては、あまりにも完ぺき過ぎたからだ。
「その噂…… 二〇〇年ほど前に、来た者が流したか?」
「二〇〇年?」
北斎はその言葉を聞き返す。
あり得ないことだったからだ。
「そうじゃ、オヌシが二〇〇年ぶりよ。ここに来た者は」
「アンタいったい……」
北斎はその言葉が嘘でないことを本能的に感じていた。
膝が震える。しかし、逃げようなどという気は微塵もなかった。
知りたかった。何なのだと、オマエとこの画はいったいなにかと――
「ワラワは鬼狂――」
「鬼狂?」
「そうよ、鬼狂じゃ。オヌシは?」
「鉄蔵だ――」
北斎は画号でなく本名を名乗った。
「鉄蔵というか…… 絵師なのか」
「ああ、そうだ。アンタ…… いや鬼狂さんはなんだい?」
北斎は真正面から鬼狂を見つめ「オマエは何者か」問うたのだった。
その北斎を妙に優しげで淫蕩さを帯びた妖しい双眸で鬼狂は見つめた。
「ワラワは、この寺に封印されておる者よ」
「封印?」
「どうやら五〇〇年ほどは経っているのであろうな」
そのような時間などまるで大した問題ではないというような感じで鬼狂は言った。
後の狂気の天才絵師、葛飾北斎――
そして、淫ら鬼喰らい師、鬼狂――
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