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15.法越、二天と交わる。北斎、鬼狂を語る
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「おお、おう、おう、二天殿…… それは――」
ジュポ、ジュポという湿った音――
それだけがその場に響いていた。
そこは、主を失った廃寺だった。
屋根は名もなき雑草が生え、中からは空を見ることもできた。
雨風を凌ぐことすら困難な建物だった。
埃と、腐りかけた木の匂い。
そして、今はそれよりも濃厚な匂いがその気の中に流れ出していた。
男女の交合の匂いである。
濃厚な蜜を思わせ、頭の芯を痺れさせるような匂いがゆるゆると流れ出しているのだった。
「善次郎―― どうだ?」
荒い呼気の中で男は言った。
先ほど「二天様」と呼んだ女に股間をしゃぶられながらであった。
女は貪るように、男の股間の物を口に咥えていた。
それは、「口取り」「尺八」「吸茎」そのような名でよばれる行為。
交わりの形でいうならば「千鳥の曲」というものだろう。
時折、加えた法越の竿を口から放し、豊満な乳房で包み込み、愛撫をする。
乳房の先から突き出た紫の凶器に舌を這わせ、その小便穴にまで舌先を捻じ込むのだった。
真っ赤な血の色をした女の舌が、男の茎を下から上に舐り上げる。
ゆっくりと血の管の隆起までを感じるようにようにだった。
紫がかった膨らんだ切っ先、その肉の折り返し部分を舌先で切り刻もうとするかのような動きに変わる。
男は「おう、おう」と声を上げ、女の口に竿を預けたまま、喘ぐような声を上げるだけだった。
法越――
その名でよばれる男だった。
男とは思えぬような妖艶な白い肌を震わせ、女の送り込む快楽の中に耽溺していた。
それは、ただ恐ろしいまでに淫靡であり、美しい光景であった。
善次郎は、ジッとそれを見つめ思う。
すでに、法越は何度も精を放っていた。
そしてその度に、女は精を放つ茎に舌を這わせ、何度も肉の味を求めていた。
女の顔にはその淫水の残滓がナメクジの這った後のようなてかりを見せていた。
解け、乱れた長い髪が法越の白い肌に絡みつき、その身を縛り上げるかのように見える。
「善次郎、見ているのかい?」
「ええ、見ています」
「画けているのかい?」
「はい――」
善次郎は短く返事をする。それに満足したかのように、法越は女との交わりを続ける。
しかし、善次郎は絵筆を握っていなかった。
ただそこに座っている。
その光景を己が心に焼きつけるがごとき視線で見つめながらだった。
「おう、おぉぉ―― これが、女身の…… 己が肉を割って―― ヌシのモノが中に…… お。おぉ。おぅぅうううう~」
女が声を上げた。口取により、剛直さを取り戻した法越の紫の肉の槍が、女の股間に突き立っていた。
肉のひだを割り、ズブズブと音をたて、淫道の奥に沈み込んでいく。
そしてそれが抽送を開始する。
白く濁った淫液が、ふたりの結合部より流れ出していた。
それは、向かい合っての交合に変わる。
「茶臼」といわれる男女の交わりの形だった。
女は大柄だった。6尺近くの背があるだろう。
そしてその背に負けぬ、豊満な乳房を揺さぶり、己から腰をぶつけていた。
「あ、あふぅぅ―― これが女の身が生む快楽か……」
「左様にございます。二天様」
「よい、気をやるぞ―― お、お、お、おぅぅ~」
法越に貫かれ二天が震える。
二天――
新免宮本武蔵。
法越の「淫鬼女体反魂の呪法」によりこの世に蘇った剣豪である。
それも、女の肉をもってだった。
(真言・立川流―― 男女交合の快楽により、涅槃に至るか…… 狂っておるなぁ、ああ、狂っておるよ)
善次郎は思う。狂っていると。
いかなる道理で、死人となった剣豪を蘇らせるのか?
なぜ、蘇らせたその肉を女の身とするのか?
そして、狂ったように、お互いの肉が溶けあうかのように交わり続ける。
それが涅槃の道――
つまり「覚」につながるのだろうか?
善次郎は思う。これは狂っているのだと。
そして、その狂い様に「美」を感じている己もまた狂っているのだろうと思う。
狂うこと、それは荒れ狂うことではない。
止水のような穏やかに、静かにただ狂うのだ。ゆっくりと自然に、美しく狂う。
そして、狂いの中にある美――
変化朝顔のように狂いの中にある美――
それを掴む。己が筆でそれを現世に作りだすのだ。
美しかったのだ。
覚り、覚者、涅槃の道――
そのような法越の事情など、善次郎にとってはどうでもいいことだった。
この邪教を伝承する、法越という存在が何を望んでいるかなどどうでもよかったのだ。
ただ「美」を創る。己が手でだ―― 狂気を内包した圧倒的な美だ。
(北斎、お栄…… 越える―― 俺はお前たちを超える……)
善次郎は、その名と姿を思い浮かべた。
「お、おぉぉぉ――」
「あ、あ、ああ、おほぉぉ」
同時にふたりが気をやった。
震え、肌を合わせ、口を吸いあう。
ふたりの交わりの形は「乱れ牡丹」と呼ばれるものとなっていた。
法越の膝の上に、二天が乗り貫かれていたのだ。ふたりは同じ方を向いている。
二天――宮本武蔵――が、首をひねり、後ろを向き法越の口を吸っていた。
法越は、その豊かな武蔵の乳房を白い指で揉みしだいていた。
長い黒髪が肢体に絡み妖しげな光を放つ。
「ぬぅ……」
善次郎は声を上げていた。
その目が二天――
女体化した宮本武蔵の股間に釘付けとなる。
本来であれば小豆程の大きさ――
そして、包皮に包まれているはずのモノが、槍の穂先のように突き出ていたのだ。
股間から伸びたそれは優に四寸(12センチ)はあったであろう。
「ほぉぉ、さねが伸びたか――」
快楽の余韻の中。荒い呼気を交え武蔵が言った。
女体化した己が肉体の変化をジッと見つめていた。
その妖しく淫蕩な視線は、元は男であり「天下無双」と呼ばれた剣豪とは思えなかった。
ただ、淫靡で美しい男の与える快楽に酔った女性のものであった。
「ほぉぉ―― 二天様。見事な『さね』です」
「これは『さね』か?」
「はい」
法越はすっと抱きかかえていた武蔵から身を離した。
そして己の身を横たえたのだった。
「二天様、私の顔の上に乗ってください」
「何をする気だ?」
「さねを舐ります。舐りたいのです。二天様――、武蔵様のさねを」
「そうか」
そう言って、武蔵は横になった法越の顔にまたがった。
法越は、鋭い切っ先のように伸びた「さね」を握ると己が口に咥え込んだのだった。
「おほぉぉぉ―― お、お、お、おぉぉぉ、これは、なんとぉぉ――」
女体化した武蔵が身悶えするのだった。
乳房が揺れ、長い髪が乱れ、空を舞う。
法越は激しくさねを吸うのだった。血の色をした舌を絡めるのであった。
天下無双――
生涯無敗の剣士。
江戸の世においても、多くの武者絵に描かれた存在。
すでにその存在は「伝説」の中にある者である。
二天流・新免宮本武蔵は、女体化した肉が生み出す歓喜の中で、心が牝の肉の中に溶け堕ちていくような感触を感じていた。
この男――
法越無しではいられぬ……
女体転生した剣豪は、湧きだすような快楽の中でそう思ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
「先生――」
「ああ、なんでぇ」
北斎は大福を喰らう手を止め、己の弟子を見た。
彼は酒を飲まぬが、甘いモノに目が無かったのだ。
「私の画の評判は……」
万之介は訊いた。
北斎の口利きによって、万之介は初めて絵の仕事を受けたのだ。
さして有名ではない戯作家による黄表紙本の挿絵の仕事であった。
それでも彼は必死に画いたのだ。
その出来については北斎は特に何も言わなかった。
画を見たときはただ「ふぅん」と言っただけだ。
万之介の画きたいと望んだ画ではない。
淫蕩で淫靡で淫乱で下卑た想念を見る者に起こさせるような物ではない。
そういった読み物の挿絵ではなかったからだ。
室町時代の剣豪が、「傍ら」と呼ばれる怪異、妖怪の類を退治する読み物だった。
版元は万之介の画を見て「淫靡」なものより「怪異」的な物を感じたのであろう。
おどろおどろしい物の怪の画を描き納めた。
そして、それは書となったのだ。
己が望む、心の底で画きたいと願った画ではない。
それでも、己の画が刷られ、書となるのは嬉しかったのだ。
「まあ、悪くはねぇんじゃねぇか」
北斎は、最後の大福を飲み込むとそう言った。
そして、茶を口に含む。いつ洗ったのか分からない様な碗でだ。
座敷は相変わらず、反故紙と得体の知れないクズの山だった。
今、食べ終わった大福の包みも、北斎はそこらにホイと投げるだけだ。
こうやって、「画」以外の存在。
北斎にとって、無駄なもの。
それが、そぎ落とされ座敷に積み上がっていくのである。
「ま、飯食っていくとなりゃ、こういう仕事も必要だろうぜ」
「はい」
「だがよぉ、忘れちゃならねぇんだよ。己が何を描きてぇのか?」
「画きたいモノ――」
万之介は以前、北斎に言っていた。
彼は「春画」、「ワ印」と呼ばれる画が描きたいのだった。
淫蕩であり、淫靡であり、淫らで下卑で下品で、見る者に激しい劣情を催し肉を焼き尽くす画だ。
風紀を乱すとして、お上に手鎖とされることも覚悟している。
画の外道――
本来の人の道からは逸れた画だ。
しかし、彼はそのような画が描きたいのだ。
「いいかい。そいつだけは忘れちゃなんねぇんだ。別の画を描くのは良いがな――」
北斎は言った。万之介が弟子となってから、北斎がこのようなことを言うのは珍しかった。
万之介は黙ってそれを聞いていた。
「それを、忘れたとき――」
北斎は、薄汚れた碗を置き、言葉を続けた。
「テメェは、死ぬんだよ。絵師として死ぬ――」
血の色、匂いがする様な言葉だった。
万之介はただ、その言葉を受け入れるしかなかった。
「まあ、逆に言えばだ――」
珍しく今日は、北斎の言葉が多かった。
「それを忘れねェ限り、オメェは絵師として終わらねェ。どこまでも行けるぜ――」
「け、珍しく褒めるじゃねぇかよ! クソ鉄ジジィがよぉ」
北斎の言葉に間髪入れず、お栄が口を挟んできた。
「うるせぇ、テメェは、厠で黒大根でもぶっこんで『ひぃ、ひぃ』言ってろぉ。アゴぉぉ! ひひひひひ!」
北斎は立ち上がり、お栄を見やって言った。
「なんだとぉ、死にぞこないの耄碌ジジィがぁ!」
お栄もぬっと立ち上がる。
その背は父親である北斎よりも大きい。
彼女は着物の袖をまくり上げ、腕を見せつけた。
まるで、ヒグマを思わせる太さと肌の色の腕だ。
要するに太く黒い腕だった。
「つったく、そんなふってぇ腕で、自分の淫戸に太い『黒大根』ぶっこんでよぉ、痛くねぇのかよぉ。アゴぉぉ!」
「うるせぇ!! 大きなお世話だ! オレが気持ちよけりゃ、それでいいんだよ!」
北斎の言う「黒大根」とはお栄の愛用する張型のことだった。
普通であれば父娘の会話に出てくるものではない。
しかし、この父娘には、そのようなことを言える関係があった。
絵師として対等な関係だ。
そして、心の奥でつながった親子の関係だ。
万之介は一瞬、それを羨ましく思う。
絵師となる前――
武士であった時の己の家のことを思った。
剣を捨てたときのことを思った――
「てめぇ、萎びた魔羅で、まだ画けるのかよ? その内、万之介に抜かれるぜ。八寸(24センチ)の鉄マラによぉぉ!」
「ワ印は、マラの硬さや大きさで描くんじぇねぇよ。ああ? オメェの…… ああ、オメェ、淫道で描くのかい? ひひひひひ」
「うるせぇ! 鉄ジジィ! テメェの画なんざ、まずオレが抜いてやるからよぉ!」
「ひひひひ、俺に200まで生きろってのかい?」
「んだとぉぉぉ!! 殺すぞ! ジジィ!!」
ふたりのいつものじゃれ合いが続く。
北斎の娘であり、父の才を色濃く受け継いだ天才絵師だ。
画以外の全てを切り捨てる生活や、浮世離れした性格は、父親そっくりだった。
ただ、その肉体は女とは思えぬほどに大きかった。
そして、それ以上にアゴが大きい。
お世辞にも「美人」とは言えない相貌である。
しかし、人を惹きつける磁力のような魅力をその身から溢れださせているような存在だった。
しかし、長屋でこれ以上騒ぐのは迷惑だろうと万之介は思う。
「北斎先生――」
「ああ? なんだ?」
北斎は、お栄から万之介に視線を移した。
それを見て、お栄も「フン」と鼻息を吹いて、自分の文机に向かった。
脇に置いてある水くみ桶に碗を突っ込み水を飲む。
「訊きたいことがあります」
万之介は言葉を続けた。
「あ? 画のことたぁ、何にもねぇぜ」
北斎は画の描き方については、一切教えないと宣言し、万之介を弟子にしているのだ。
「違います。鬼狂様です」
「鬼狂―― ああ……」
北斎は「とうとう、それを訊くのかよ」というような観念した感じで言った。
「いったい、あの方は―― 北斎先生との関係はいったい?」
「ああ―― まあ、いつか訊かれるとは思っていたしな……」
北斎はそう言うと、トンとゴミの中に座り込んだ。
その辺の頓着は全くなかった。
「先生……」
「おせぇてやるよ。ま、俺の知っている範囲での事だがな――」
そう言って、北斎は語り始めた。
鬼狂――
さねを吸い、淫鬼を喰らう、童女のような姿見。
そして、常夜にあるような妖しき美麗な女との出会いの話を――
ジュポ、ジュポという湿った音――
それだけがその場に響いていた。
そこは、主を失った廃寺だった。
屋根は名もなき雑草が生え、中からは空を見ることもできた。
雨風を凌ぐことすら困難な建物だった。
埃と、腐りかけた木の匂い。
そして、今はそれよりも濃厚な匂いがその気の中に流れ出していた。
男女の交合の匂いである。
濃厚な蜜を思わせ、頭の芯を痺れさせるような匂いがゆるゆると流れ出しているのだった。
「善次郎―― どうだ?」
荒い呼気の中で男は言った。
先ほど「二天様」と呼んだ女に股間をしゃぶられながらであった。
女は貪るように、男の股間の物を口に咥えていた。
それは、「口取り」「尺八」「吸茎」そのような名でよばれる行為。
交わりの形でいうならば「千鳥の曲」というものだろう。
時折、加えた法越の竿を口から放し、豊満な乳房で包み込み、愛撫をする。
乳房の先から突き出た紫の凶器に舌を這わせ、その小便穴にまで舌先を捻じ込むのだった。
真っ赤な血の色をした女の舌が、男の茎を下から上に舐り上げる。
ゆっくりと血の管の隆起までを感じるようにようにだった。
紫がかった膨らんだ切っ先、その肉の折り返し部分を舌先で切り刻もうとするかのような動きに変わる。
男は「おう、おう」と声を上げ、女の口に竿を預けたまま、喘ぐような声を上げるだけだった。
法越――
その名でよばれる男だった。
男とは思えぬような妖艶な白い肌を震わせ、女の送り込む快楽の中に耽溺していた。
それは、ただ恐ろしいまでに淫靡であり、美しい光景であった。
善次郎は、ジッとそれを見つめ思う。
すでに、法越は何度も精を放っていた。
そしてその度に、女は精を放つ茎に舌を這わせ、何度も肉の味を求めていた。
女の顔にはその淫水の残滓がナメクジの這った後のようなてかりを見せていた。
解け、乱れた長い髪が法越の白い肌に絡みつき、その身を縛り上げるかのように見える。
「善次郎、見ているのかい?」
「ええ、見ています」
「画けているのかい?」
「はい――」
善次郎は短く返事をする。それに満足したかのように、法越は女との交わりを続ける。
しかし、善次郎は絵筆を握っていなかった。
ただそこに座っている。
その光景を己が心に焼きつけるがごとき視線で見つめながらだった。
「おう、おぉぉ―― これが、女身の…… 己が肉を割って―― ヌシのモノが中に…… お。おぉ。おぅぅうううう~」
女が声を上げた。口取により、剛直さを取り戻した法越の紫の肉の槍が、女の股間に突き立っていた。
肉のひだを割り、ズブズブと音をたて、淫道の奥に沈み込んでいく。
そしてそれが抽送を開始する。
白く濁った淫液が、ふたりの結合部より流れ出していた。
それは、向かい合っての交合に変わる。
「茶臼」といわれる男女の交わりの形だった。
女は大柄だった。6尺近くの背があるだろう。
そしてその背に負けぬ、豊満な乳房を揺さぶり、己から腰をぶつけていた。
「あ、あふぅぅ―― これが女の身が生む快楽か……」
「左様にございます。二天様」
「よい、気をやるぞ―― お、お、お、おぅぅ~」
法越に貫かれ二天が震える。
二天――
新免宮本武蔵。
法越の「淫鬼女体反魂の呪法」によりこの世に蘇った剣豪である。
それも、女の肉をもってだった。
(真言・立川流―― 男女交合の快楽により、涅槃に至るか…… 狂っておるなぁ、ああ、狂っておるよ)
善次郎は思う。狂っていると。
いかなる道理で、死人となった剣豪を蘇らせるのか?
なぜ、蘇らせたその肉を女の身とするのか?
そして、狂ったように、お互いの肉が溶けあうかのように交わり続ける。
それが涅槃の道――
つまり「覚」につながるのだろうか?
善次郎は思う。これは狂っているのだと。
そして、その狂い様に「美」を感じている己もまた狂っているのだろうと思う。
狂うこと、それは荒れ狂うことではない。
止水のような穏やかに、静かにただ狂うのだ。ゆっくりと自然に、美しく狂う。
そして、狂いの中にある美――
変化朝顔のように狂いの中にある美――
それを掴む。己が筆でそれを現世に作りだすのだ。
美しかったのだ。
覚り、覚者、涅槃の道――
そのような法越の事情など、善次郎にとってはどうでもいいことだった。
この邪教を伝承する、法越という存在が何を望んでいるかなどどうでもよかったのだ。
ただ「美」を創る。己が手でだ―― 狂気を内包した圧倒的な美だ。
(北斎、お栄…… 越える―― 俺はお前たちを超える……)
善次郎は、その名と姿を思い浮かべた。
「お、おぉぉぉ――」
「あ、あ、ああ、おほぉぉ」
同時にふたりが気をやった。
震え、肌を合わせ、口を吸いあう。
ふたりの交わりの形は「乱れ牡丹」と呼ばれるものとなっていた。
法越の膝の上に、二天が乗り貫かれていたのだ。ふたりは同じ方を向いている。
二天――宮本武蔵――が、首をひねり、後ろを向き法越の口を吸っていた。
法越は、その豊かな武蔵の乳房を白い指で揉みしだいていた。
長い黒髪が肢体に絡み妖しげな光を放つ。
「ぬぅ……」
善次郎は声を上げていた。
その目が二天――
女体化した宮本武蔵の股間に釘付けとなる。
本来であれば小豆程の大きさ――
そして、包皮に包まれているはずのモノが、槍の穂先のように突き出ていたのだ。
股間から伸びたそれは優に四寸(12センチ)はあったであろう。
「ほぉぉ、さねが伸びたか――」
快楽の余韻の中。荒い呼気を交え武蔵が言った。
女体化した己が肉体の変化をジッと見つめていた。
その妖しく淫蕩な視線は、元は男であり「天下無双」と呼ばれた剣豪とは思えなかった。
ただ、淫靡で美しい男の与える快楽に酔った女性のものであった。
「ほぉぉ―― 二天様。見事な『さね』です」
「これは『さね』か?」
「はい」
法越はすっと抱きかかえていた武蔵から身を離した。
そして己の身を横たえたのだった。
「二天様、私の顔の上に乗ってください」
「何をする気だ?」
「さねを舐ります。舐りたいのです。二天様――、武蔵様のさねを」
「そうか」
そう言って、武蔵は横になった法越の顔にまたがった。
法越は、鋭い切っ先のように伸びた「さね」を握ると己が口に咥え込んだのだった。
「おほぉぉぉ―― お、お、お、おぉぉぉ、これは、なんとぉぉ――」
女体化した武蔵が身悶えするのだった。
乳房が揺れ、長い髪が乱れ、空を舞う。
法越は激しくさねを吸うのだった。血の色をした舌を絡めるのであった。
天下無双――
生涯無敗の剣士。
江戸の世においても、多くの武者絵に描かれた存在。
すでにその存在は「伝説」の中にある者である。
二天流・新免宮本武蔵は、女体化した肉が生み出す歓喜の中で、心が牝の肉の中に溶け堕ちていくような感触を感じていた。
この男――
法越無しではいられぬ……
女体転生した剣豪は、湧きだすような快楽の中でそう思ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
「先生――」
「ああ、なんでぇ」
北斎は大福を喰らう手を止め、己の弟子を見た。
彼は酒を飲まぬが、甘いモノに目が無かったのだ。
「私の画の評判は……」
万之介は訊いた。
北斎の口利きによって、万之介は初めて絵の仕事を受けたのだ。
さして有名ではない戯作家による黄表紙本の挿絵の仕事であった。
それでも彼は必死に画いたのだ。
その出来については北斎は特に何も言わなかった。
画を見たときはただ「ふぅん」と言っただけだ。
万之介の画きたいと望んだ画ではない。
淫蕩で淫靡で淫乱で下卑た想念を見る者に起こさせるような物ではない。
そういった読み物の挿絵ではなかったからだ。
室町時代の剣豪が、「傍ら」と呼ばれる怪異、妖怪の類を退治する読み物だった。
版元は万之介の画を見て「淫靡」なものより「怪異」的な物を感じたのであろう。
おどろおどろしい物の怪の画を描き納めた。
そして、それは書となったのだ。
己が望む、心の底で画きたいと願った画ではない。
それでも、己の画が刷られ、書となるのは嬉しかったのだ。
「まあ、悪くはねぇんじゃねぇか」
北斎は、最後の大福を飲み込むとそう言った。
そして、茶を口に含む。いつ洗ったのか分からない様な碗でだ。
座敷は相変わらず、反故紙と得体の知れないクズの山だった。
今、食べ終わった大福の包みも、北斎はそこらにホイと投げるだけだ。
こうやって、「画」以外の存在。
北斎にとって、無駄なもの。
それが、そぎ落とされ座敷に積み上がっていくのである。
「ま、飯食っていくとなりゃ、こういう仕事も必要だろうぜ」
「はい」
「だがよぉ、忘れちゃならねぇんだよ。己が何を描きてぇのか?」
「画きたいモノ――」
万之介は以前、北斎に言っていた。
彼は「春画」、「ワ印」と呼ばれる画が描きたいのだった。
淫蕩であり、淫靡であり、淫らで下卑で下品で、見る者に激しい劣情を催し肉を焼き尽くす画だ。
風紀を乱すとして、お上に手鎖とされることも覚悟している。
画の外道――
本来の人の道からは逸れた画だ。
しかし、彼はそのような画が描きたいのだ。
「いいかい。そいつだけは忘れちゃなんねぇんだ。別の画を描くのは良いがな――」
北斎は言った。万之介が弟子となってから、北斎がこのようなことを言うのは珍しかった。
万之介は黙ってそれを聞いていた。
「それを、忘れたとき――」
北斎は、薄汚れた碗を置き、言葉を続けた。
「テメェは、死ぬんだよ。絵師として死ぬ――」
血の色、匂いがする様な言葉だった。
万之介はただ、その言葉を受け入れるしかなかった。
「まあ、逆に言えばだ――」
珍しく今日は、北斎の言葉が多かった。
「それを忘れねェ限り、オメェは絵師として終わらねェ。どこまでも行けるぜ――」
「け、珍しく褒めるじゃねぇかよ! クソ鉄ジジィがよぉ」
北斎の言葉に間髪入れず、お栄が口を挟んできた。
「うるせぇ、テメェは、厠で黒大根でもぶっこんで『ひぃ、ひぃ』言ってろぉ。アゴぉぉ! ひひひひひ!」
北斎は立ち上がり、お栄を見やって言った。
「なんだとぉ、死にぞこないの耄碌ジジィがぁ!」
お栄もぬっと立ち上がる。
その背は父親である北斎よりも大きい。
彼女は着物の袖をまくり上げ、腕を見せつけた。
まるで、ヒグマを思わせる太さと肌の色の腕だ。
要するに太く黒い腕だった。
「つったく、そんなふってぇ腕で、自分の淫戸に太い『黒大根』ぶっこんでよぉ、痛くねぇのかよぉ。アゴぉぉ!」
「うるせぇ!! 大きなお世話だ! オレが気持ちよけりゃ、それでいいんだよ!」
北斎の言う「黒大根」とはお栄の愛用する張型のことだった。
普通であれば父娘の会話に出てくるものではない。
しかし、この父娘には、そのようなことを言える関係があった。
絵師として対等な関係だ。
そして、心の奥でつながった親子の関係だ。
万之介は一瞬、それを羨ましく思う。
絵師となる前――
武士であった時の己の家のことを思った。
剣を捨てたときのことを思った――
「てめぇ、萎びた魔羅で、まだ画けるのかよ? その内、万之介に抜かれるぜ。八寸(24センチ)の鉄マラによぉぉ!」
「ワ印は、マラの硬さや大きさで描くんじぇねぇよ。ああ? オメェの…… ああ、オメェ、淫道で描くのかい? ひひひひひ」
「うるせぇ! 鉄ジジィ! テメェの画なんざ、まずオレが抜いてやるからよぉ!」
「ひひひひ、俺に200まで生きろってのかい?」
「んだとぉぉぉ!! 殺すぞ! ジジィ!!」
ふたりのいつものじゃれ合いが続く。
北斎の娘であり、父の才を色濃く受け継いだ天才絵師だ。
画以外の全てを切り捨てる生活や、浮世離れした性格は、父親そっくりだった。
ただ、その肉体は女とは思えぬほどに大きかった。
そして、それ以上にアゴが大きい。
お世辞にも「美人」とは言えない相貌である。
しかし、人を惹きつける磁力のような魅力をその身から溢れださせているような存在だった。
しかし、長屋でこれ以上騒ぐのは迷惑だろうと万之介は思う。
「北斎先生――」
「ああ? なんだ?」
北斎は、お栄から万之介に視線を移した。
それを見て、お栄も「フン」と鼻息を吹いて、自分の文机に向かった。
脇に置いてある水くみ桶に碗を突っ込み水を飲む。
「訊きたいことがあります」
万之介は言葉を続けた。
「あ? 画のことたぁ、何にもねぇぜ」
北斎は画の描き方については、一切教えないと宣言し、万之介を弟子にしているのだ。
「違います。鬼狂様です」
「鬼狂―― ああ……」
北斎は「とうとう、それを訊くのかよ」というような観念した感じで言った。
「いったい、あの方は―― 北斎先生との関係はいったい?」
「ああ―― まあ、いつか訊かれるとは思っていたしな……」
北斎はそう言うと、トンとゴミの中に座り込んだ。
その辺の頓着は全くなかった。
「先生……」
「おせぇてやるよ。ま、俺の知っている範囲での事だがな――」
そう言って、北斎は語り始めた。
鬼狂――
さねを吸い、淫鬼を喰らう、童女のような姿見。
そして、常夜にあるような妖しき美麗な女との出会いの話を――
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