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6.髑髏本尊とさね吸いを求める鬼狂――
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「髑髏とは…… 頭の骨の?」
「それ以外の髑髏なんざねぇだろ」
万之介の言葉に、お栄が伝法な口っぷりで返す。
「つったく、気味の悪(わり)ぃ、モンを持ってきやがって、あっちの家に置いとけよ」
大きなアゴを突き出しお栄が言った。
アッチの家とは、北斎の妻と小さな子が住む本宅であった。
この長屋は、言ってみれば北斎とお栄の「アトリエ」のようなものであった。
「オメェのアゴだって相当なもんだぜ。なあ、アゴォォォ。ひひひひひひ」
「うっせぇ、くたばりやがれ、糞じじィがぁ!」
口汚く親娘で言い合う北斎とお栄。
しかし、どこかじゃれ合っているようにも見える。
(しかし、髑髏…… 人骨を持っているのか? 先生は……)
万之介は、北斎の「人を描きたい」という言葉を思い出した。
魂を絞り出しながら呻ような言葉だった。
彼は、人の顔の骨を見るためにそのようなモノを持っているのかと思ったのだ。
「よい。分かったのじゃ」
父娘のじゃれ合いを見ていた鬼狂が呟くように言った。
その瞬間、ピタッとふたりは口を閉じた。
「本当ぉかい?」
「もう一度、髑髏を見せい。ここに、あるのじゃろ?」
「ああ、ある」
「見せい―― まずは、見るだけじゃ」
「分かったよ」
北斎は「この辺りに…… あれ?」とか言いながら座敷のゴミをひっくり返して髑髏を探す。
「全く、昔から身の回りのことは無頓着じゃ」
鬼狂はそう言うと、白い胸元に手をいれ、懐から漆黒の煙管を取り出した。
童女の姿をした女がゆったりと煙管を吸い始めた。
「アゴ、オメェ、どこにあるか知ってるか?」
「知ってるわきゃねぇだろぉがよぉ」
「捨ててねぇよな――」
「その、しっ散らかった辺りに、転がってんだろぉ」
お栄は立ち上がり、ゴミを足でかき分ける。
反故紙やら、脱ぎ捨てた着物、下帯、先ほど万之介が持ってきた菓子の包みもあった。
菓子は跡形もない。
とにかく、そういった座敷を埋め尽くした暮らしの残滓ともいえるものが宙を舞ってく。
黒く長く逞しいお栄の足で容赦なくかき分けられていった。
ゴロン――
なにか黄色く光るモノがゴミの間から転がり出た。
「おお、あったか、そこに置いてあったか」
北斎はそう言うと、それを手に取っていた。
金色に光る何か――
いや、それは髑髏だった。
(赤子の髑髏なのか……)
怖気が走るともに、万之介はトンデモないモノを見たと思った。
赤子の髑髏に、金箔を貼ったものなのか――
万之介はそう思った。悪趣味どころの話ではないと思った。
「ひひひひ、これはすげぇぜ。なあ、まんすけよ、分かるかい?」
「んな、気色の悪ぃモンを、弟子になったばかりの若けぇのに見せるんじゃねよ、ジジイ」
お栄の言葉を無視し、北斎は万之介の目の前にそれを突き出した。
北斎が手に持った金箔の髑髏。万之介はそれを見やった。
その造作に、なにか違和感を感じた。
(これは…… 違う……)
「先生、これは細工…… 作りモノですか」
「おお、良い眼をしてるじゃねぇか。その通りさ」
そのやり取りを見て、鬼狂が「ほう」と感心するかのような声を上げた。
「作りモンにしても、気色悪ぃんだよ」
「だぁら、テメェの『画』は表面だけの薄っぺれぇもんなんだよ。アゴ」
「あ~あ、なんだとぉ、クソ鉄じじィィィィ!」
腕まくりし、アゴを突き出し、己のオヤジに向かってく娘。
それをニヤニヤ笑いながら見ている親父。
「見せるのじゃ――」
深く静かなその言葉がまたしてもふたりの動きを止める。
眠そうな目をして、鬼狂がふたりを見ていた。
「見せるだけだからよぉ。見たら、コイツのことを教せぇてもらうぜ。ひひひひひ」
金箔の髑髏を持って笑う北斎。
それを鬼狂に渡した。
鬼狂はクルクルと、手の中でそれを回して見つめていた。
「何が見えるんだい? 鬼狂の目にはよ」
「さてのぉ…… まあ、未完成じゃな―― 途上で放りだしたかよ」
「未完成だ? これがか?」
「ああ、これは未完成じゃ」
そう言って、鬼狂はそれを北斎に返した。
「買うても良いが、まあ、売らぬのであろう」
「売らねェよ」
「一〇〇両でもか?」
「銭じゃねェぜ―― さて、話せよ。鬼狂―― コイツはなんだい?」
いきなり飛び出す「一〇〇両」という言葉に万之介は息を飲む。
そして、それを問題にしない北斎にも驚いた。
「銭なんざ、画を描きゃいくらでも入るんだからな。それよりも、コイツの由来を聞かせろ。知っているなら聞かせろ。話次第じゃくれてやってもいい」
「売りゃいいじゃねぇか…… 五〇両で買って、一〇〇両で売れれば、悪かねぇだろうが……」
お栄がブツブツと言葉を漏らす。
先ほどのような語勢が無いとこを見ると、彼女もこの金箔髑髏がなんであるのか――
それに対し、興味を持っているようだった。
「真言・立川流じゃ」
「立川流? なんだ? 抹香かい?」
「邪教―― まあ、そう言われたものじゃな」
そう言って、鬼狂は煙管の先端を灰吹の中にいれ「ふっ」と吹いた。
燃え尽きた灰がポロリと零れ落ちる。
真言・立川流とは鎌倉時代に成立した密教の一派である。
その特徴は、男女の交合により生きながら、大日如来と一体化し、悟りを開くというものだ。
そして、どの髑髏は「髑髏本尊」と呼ばれるモノであろうと鬼狂は説明した。
「へッ、骸骨を拝むってか? 莫迦じゃねぇのか」
「邪教じゃからな」
お栄の言葉に鬼狂が言った。
そして、説明を続けた。
「骸の頭蓋の頭頂部を砕き、粉にし練り上げる。男女の混合液でじゃ。それで髑髏を作る―― さらに、出来上がったモノの前で男女が交わり、その混合液を塗り、金箔を貼ったモノ。それが『髑髏本尊』じゃ」
「ほう…… いいねぇ。そりゃ、いいじゃねぇか。コイツにはそんなものが染み込んでいやがるのかよ。ひひひひひひひ」
北斎は嬉しそうに言った。
「『髑髏本尊』は外法のための呪術具よ――」
「外法? なんだいそりゃ?」
「反魂法。不死の法よ――」
「不死だぁ?」
北斎は眉間にしわを寄せ、明らかに不愉快な顔となった。
明らかに「不死」という言葉に対し不快を示していたのだ。
「死なねぇってことは、生きてもいねぇってことだぜ―― そりゃ、人じゃねぇ」
「ほう、鉄蔵は時々鋭いことを言いよるのぉ」
鬼狂はスッと口の端を吊り上げ笑みを見せた。
「これを持っていると、しゃらクセェ「反魂法」とかで死ななくなっちまうのか?」
「そいつを持っているだけで、そうなるのなら『アヤツ』も苦労はせんだろうよ」
「ふーん…… ま、いいか――」
そう言って北斎は髑髏本尊を見つめ、また「ひひひひ」と笑う。
「反魂法とか、不死とか関係ねェ。コイツを作った奴は人が見えていたかもしれねぇ――」
北斎はそう言って、ポイッと無造作に髑髏本尊を鬼狂に放った。
鬼狂はそれをトンと片方の小さな手のひらで受けとめる。
「やるよ。鬼狂―― 面白れぇ話だった。なんとなく、見えた―― もう、いらねェよ」
「おい、くれてやるのかよ。鉄じじィ」
「ああ」
「五〇両したんだろ? 莫迦かテメェ」
「俺の銭だ、俺がどうしようと、俺の勝手だ――」
北斎の言葉に、お栄は「チッ」舌打ちし黙った。
そして、北斎は万之介を見やった。
北斎のその目の中。この「画狂老人」と自らを称する天才の目。
そこには、常人では計り知れない「狂気」ともいえる色があった。
「まんすけ」
「はい」
「おめぇ、何して食ってる?」
「日雇いです」
「弟子にするといったが、まあこんな感じだよ。俺んとこはよぉ」
「はい」
「俺ゃ、俺の銭は俺の『画』のために使う。だから、自分の食い扶持は自分で何とかしろ」
北斎はそう言い放った。
気もち良いくらいに己中心の言い様だった。
「ま、画を持ってくりゃ見てやる。思ったことを言ってやる。それを聞いてどうするかはオメェが決めろ」
「分かりました」
北斎の弟子にはなれた。画も見てくれる。
ただ、これからも日雇いをしながらの画の修行となる。
ふと、思う――
彼は、ふてくされた様にデンと座ってるお栄を見た。
(それで、俺は、お栄さんを超えられるか――)
そのようなことを万之介は思ったのだ。
修行のため、画を描く時間は、どうしても限られてしまう。
一方、この女絵師は、すでに号を持ち、それを生業としているのだ。
トンと北斎の骨ばった手が、万之介の肩に置かれた。
「才がある奴は―― 目玉が腐り落ちても描き続ける。止まらねぇんだよ。おめぇはどうだい?」
「はい。止まりません」
万之介は即答する。時間が許すならば、卑猥で猥雑なグズグズの画をいくらでも描きたかった。
描いて「手すさび」―― 描いて「手すさび」―― 描いて「手すさび」――
それであれば、いくらでも出来る。淫猥で猥雑な画を描き、己で劣情を催しそれを処理する。
その繰り返し。万之介にとては極楽のようなものだ。
しかし――
「でだ。時間だな―― 日雇いじゃ時間が持ったいねぇ」
北斎はそう言うと、浅黒い足を放り投げて座っているお栄を見た。
「アゴ―― なんか」
「オレが知るか、鉄じじぃテメェの弟子だろうがッ!」
北斎の言葉を最後まで言わせず、お栄が吼えた。
「そうだな…… 俺の弟子だったな……」
北斎は「うーん」と天井を見て思案する。
「ワラワが雇うても良いぞ――」
「ほう、鬼狂の…… ん、悪くねェか」
ポンと北斎が手を叩く。
しかし、当事者の万之介にはなんのことか、さっぱり分からない。
「のう―― まんすけ」
「万之介です」
「万之介か…… まあ、よいわ」
鬼狂は幼女では絶対にありえないような妖艶な眼差しを万之介に向けた。
妖しい光を放つ瞳だった。その視線の絡められると、正気を失いそうになる。
犯したくなるのだ――
この童女のような姿をした美麗な女に、己が逸物をぶち込みたくなる。
そして、舐りたい。全身を―― 特に、その股間をだ。
狂おしい思いが奔流のようになって、肉の内から流れ出してくるようだった。
(とりあえず、帰ったら「手すさび」だ―― 黄表紙はいらぬ)
万之介は狂人ではない。
いかに、精力が人並み外れ、お栄に「ど助平ぇ」と言われたとて、この場で、鬼狂に襲い掛かるわけがなかった。
しかし、万之介は鬼狂を見て固まる――
「『試し』をして、使えるようなら―― 仕事をやろう」
そう言いながら、鬼狂はスルスルと着物を脱いでいるのだ。
衣擦れの音と共に、真っ白い肌が露わとなる。
「な、なにを――」
万之介は事態を飲み込めず動転した。
「おおお! 久しぶりかい―― ひひひひ。描いていいだろぉ、鬼狂ぉぉ。ひひひひひ」
「おい、ここで見れるのか? やるのかよぉ、オレも描く。描かせろ、おい!」
「画」に魂を売り渡し、他の一切合財を切り捨てた、父娘が、画帳と筆を持って構える。
そうしている間にも、鬼狂は一糸まとわぬ姿となった。
「な、なんですか! 先生これは」
「まんすけよぉ、舐めるんだぁ、鬼狂のおさねをよぉ舐めるんだよぉ。ひひひひひひひひ」
「鉄蔵の言う通りじゃな―― ワラワの、さねを舐ってもらう。それが『試し』じゃ――」
そう言って、鬼狂はその幼く見える肢体をさらしすっと、足を開いた。
幼い肢体は、妖艶な気に包まれているかのようだった。
白く滑るような肌――
仄かに翳りのある、股間を万之介は凝視していた。
すでに、彼の八尺のマラはそそり立っている。
「ここでは、寝ながらという訳にはいくまいよ――」
鬼狂は乱雑に散らかっているゴミを見やった。
寝る場所がない――
つまり、鬼狂は立っているから、その体勢で、万之介に舐めろと言っているのだ。
「鬼狂が立って、まんすけが、しゃがんで舐るかよぉ。ひひひひ。それも良いな。ほら、まんすけ、行け。しゃがんで舐れ! ひひひひひぉぉぉぉ~!!」
「こういうのはよぉ、あまり見て描く機会がねぇんだよッ。ほら、男だろぉ。おさねぐれぇ、舐めまくれよ。鬼狂に気をやらせちまえよ。お立ててんじゃねぇか、デカマラをよぉ!」
北斎、お栄が万之介に言った。
「着物は脱がずとも好いわ―― とにかく、舐るるのじゃ、ワラワのさねを舐めるのじゃ」
鬼狂は更に足を開き、万之介を誘う。
今、万之介がやらねばならぬこと。
それは、この鬼狂と呼ばれる美麗の女――
そのおさねを、舐ることであった。
理由などどうでもよかった。
舐る――
ああ、舐りたい。
俺は舐りたい――
そして、万之介はしゃがみこみ、鬼狂のおさねに吸いついたのであった。
「場所は分かっておるのじゃろう? んん―― ほうぉ、あ、あ、あ、あ、おおおお――ッ よ、よぃのぉぉ~」
熱をもった十八の無垢の男の舌が、肉割れを突き抜け肉の芽をほじくり返していた。
一心不乱に舐り、吸っていた。
美麗の童のような肉をした女がその身体を震わせ、万之介の舌を味わっていた。
その後ろでは、狂気の父娘―― 絵師ふたりが筆を走らせていたのであった。
「それ以外の髑髏なんざねぇだろ」
万之介の言葉に、お栄が伝法な口っぷりで返す。
「つったく、気味の悪(わり)ぃ、モンを持ってきやがって、あっちの家に置いとけよ」
大きなアゴを突き出しお栄が言った。
アッチの家とは、北斎の妻と小さな子が住む本宅であった。
この長屋は、言ってみれば北斎とお栄の「アトリエ」のようなものであった。
「オメェのアゴだって相当なもんだぜ。なあ、アゴォォォ。ひひひひひひ」
「うっせぇ、くたばりやがれ、糞じじィがぁ!」
口汚く親娘で言い合う北斎とお栄。
しかし、どこかじゃれ合っているようにも見える。
(しかし、髑髏…… 人骨を持っているのか? 先生は……)
万之介は、北斎の「人を描きたい」という言葉を思い出した。
魂を絞り出しながら呻ような言葉だった。
彼は、人の顔の骨を見るためにそのようなモノを持っているのかと思ったのだ。
「よい。分かったのじゃ」
父娘のじゃれ合いを見ていた鬼狂が呟くように言った。
その瞬間、ピタッとふたりは口を閉じた。
「本当ぉかい?」
「もう一度、髑髏を見せい。ここに、あるのじゃろ?」
「ああ、ある」
「見せい―― まずは、見るだけじゃ」
「分かったよ」
北斎は「この辺りに…… あれ?」とか言いながら座敷のゴミをひっくり返して髑髏を探す。
「全く、昔から身の回りのことは無頓着じゃ」
鬼狂はそう言うと、白い胸元に手をいれ、懐から漆黒の煙管を取り出した。
童女の姿をした女がゆったりと煙管を吸い始めた。
「アゴ、オメェ、どこにあるか知ってるか?」
「知ってるわきゃねぇだろぉがよぉ」
「捨ててねぇよな――」
「その、しっ散らかった辺りに、転がってんだろぉ」
お栄は立ち上がり、ゴミを足でかき分ける。
反故紙やら、脱ぎ捨てた着物、下帯、先ほど万之介が持ってきた菓子の包みもあった。
菓子は跡形もない。
とにかく、そういった座敷を埋め尽くした暮らしの残滓ともいえるものが宙を舞ってく。
黒く長く逞しいお栄の足で容赦なくかき分けられていった。
ゴロン――
なにか黄色く光るモノがゴミの間から転がり出た。
「おお、あったか、そこに置いてあったか」
北斎はそう言うと、それを手に取っていた。
金色に光る何か――
いや、それは髑髏だった。
(赤子の髑髏なのか……)
怖気が走るともに、万之介はトンデモないモノを見たと思った。
赤子の髑髏に、金箔を貼ったものなのか――
万之介はそう思った。悪趣味どころの話ではないと思った。
「ひひひひ、これはすげぇぜ。なあ、まんすけよ、分かるかい?」
「んな、気色の悪ぃモンを、弟子になったばかりの若けぇのに見せるんじゃねよ、ジジイ」
お栄の言葉を無視し、北斎は万之介の目の前にそれを突き出した。
北斎が手に持った金箔の髑髏。万之介はそれを見やった。
その造作に、なにか違和感を感じた。
(これは…… 違う……)
「先生、これは細工…… 作りモノですか」
「おお、良い眼をしてるじゃねぇか。その通りさ」
そのやり取りを見て、鬼狂が「ほう」と感心するかのような声を上げた。
「作りモンにしても、気色悪ぃんだよ」
「だぁら、テメェの『画』は表面だけの薄っぺれぇもんなんだよ。アゴ」
「あ~あ、なんだとぉ、クソ鉄じじィィィィ!」
腕まくりし、アゴを突き出し、己のオヤジに向かってく娘。
それをニヤニヤ笑いながら見ている親父。
「見せるのじゃ――」
深く静かなその言葉がまたしてもふたりの動きを止める。
眠そうな目をして、鬼狂がふたりを見ていた。
「見せるだけだからよぉ。見たら、コイツのことを教せぇてもらうぜ。ひひひひひ」
金箔の髑髏を持って笑う北斎。
それを鬼狂に渡した。
鬼狂はクルクルと、手の中でそれを回して見つめていた。
「何が見えるんだい? 鬼狂の目にはよ」
「さてのぉ…… まあ、未完成じゃな―― 途上で放りだしたかよ」
「未完成だ? これがか?」
「ああ、これは未完成じゃ」
そう言って、鬼狂はそれを北斎に返した。
「買うても良いが、まあ、売らぬのであろう」
「売らねェよ」
「一〇〇両でもか?」
「銭じゃねェぜ―― さて、話せよ。鬼狂―― コイツはなんだい?」
いきなり飛び出す「一〇〇両」という言葉に万之介は息を飲む。
そして、それを問題にしない北斎にも驚いた。
「銭なんざ、画を描きゃいくらでも入るんだからな。それよりも、コイツの由来を聞かせろ。知っているなら聞かせろ。話次第じゃくれてやってもいい」
「売りゃいいじゃねぇか…… 五〇両で買って、一〇〇両で売れれば、悪かねぇだろうが……」
お栄がブツブツと言葉を漏らす。
先ほどのような語勢が無いとこを見ると、彼女もこの金箔髑髏がなんであるのか――
それに対し、興味を持っているようだった。
「真言・立川流じゃ」
「立川流? なんだ? 抹香かい?」
「邪教―― まあ、そう言われたものじゃな」
そう言って、鬼狂は煙管の先端を灰吹の中にいれ「ふっ」と吹いた。
燃え尽きた灰がポロリと零れ落ちる。
真言・立川流とは鎌倉時代に成立した密教の一派である。
その特徴は、男女の交合により生きながら、大日如来と一体化し、悟りを開くというものだ。
そして、どの髑髏は「髑髏本尊」と呼ばれるモノであろうと鬼狂は説明した。
「へッ、骸骨を拝むってか? 莫迦じゃねぇのか」
「邪教じゃからな」
お栄の言葉に鬼狂が言った。
そして、説明を続けた。
「骸の頭蓋の頭頂部を砕き、粉にし練り上げる。男女の混合液でじゃ。それで髑髏を作る―― さらに、出来上がったモノの前で男女が交わり、その混合液を塗り、金箔を貼ったモノ。それが『髑髏本尊』じゃ」
「ほう…… いいねぇ。そりゃ、いいじゃねぇか。コイツにはそんなものが染み込んでいやがるのかよ。ひひひひひひひ」
北斎は嬉しそうに言った。
「『髑髏本尊』は外法のための呪術具よ――」
「外法? なんだいそりゃ?」
「反魂法。不死の法よ――」
「不死だぁ?」
北斎は眉間にしわを寄せ、明らかに不愉快な顔となった。
明らかに「不死」という言葉に対し不快を示していたのだ。
「死なねぇってことは、生きてもいねぇってことだぜ―― そりゃ、人じゃねぇ」
「ほう、鉄蔵は時々鋭いことを言いよるのぉ」
鬼狂はスッと口の端を吊り上げ笑みを見せた。
「これを持っていると、しゃらクセェ「反魂法」とかで死ななくなっちまうのか?」
「そいつを持っているだけで、そうなるのなら『アヤツ』も苦労はせんだろうよ」
「ふーん…… ま、いいか――」
そう言って北斎は髑髏本尊を見つめ、また「ひひひひ」と笑う。
「反魂法とか、不死とか関係ねェ。コイツを作った奴は人が見えていたかもしれねぇ――」
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鬼狂はそれをトンと片方の小さな手のひらで受けとめる。
「やるよ。鬼狂―― 面白れぇ話だった。なんとなく、見えた―― もう、いらねェよ」
「おい、くれてやるのかよ。鉄じじィ」
「ああ」
「五〇両したんだろ? 莫迦かテメェ」
「俺の銭だ、俺がどうしようと、俺の勝手だ――」
北斎の言葉に、お栄は「チッ」舌打ちし黙った。
そして、北斎は万之介を見やった。
北斎のその目の中。この「画狂老人」と自らを称する天才の目。
そこには、常人では計り知れない「狂気」ともいえる色があった。
「まんすけ」
「はい」
「おめぇ、何して食ってる?」
「日雇いです」
「弟子にするといったが、まあこんな感じだよ。俺んとこはよぉ」
「はい」
「俺ゃ、俺の銭は俺の『画』のために使う。だから、自分の食い扶持は自分で何とかしろ」
北斎はそう言い放った。
気もち良いくらいに己中心の言い様だった。
「ま、画を持ってくりゃ見てやる。思ったことを言ってやる。それを聞いてどうするかはオメェが決めろ」
「分かりました」
北斎の弟子にはなれた。画も見てくれる。
ただ、これからも日雇いをしながらの画の修行となる。
ふと、思う――
彼は、ふてくされた様にデンと座ってるお栄を見た。
(それで、俺は、お栄さんを超えられるか――)
そのようなことを万之介は思ったのだ。
修行のため、画を描く時間は、どうしても限られてしまう。
一方、この女絵師は、すでに号を持ち、それを生業としているのだ。
トンと北斎の骨ばった手が、万之介の肩に置かれた。
「才がある奴は―― 目玉が腐り落ちても描き続ける。止まらねぇんだよ。おめぇはどうだい?」
「はい。止まりません」
万之介は即答する。時間が許すならば、卑猥で猥雑なグズグズの画をいくらでも描きたかった。
描いて「手すさび」―― 描いて「手すさび」―― 描いて「手すさび」――
それであれば、いくらでも出来る。淫猥で猥雑な画を描き、己で劣情を催しそれを処理する。
その繰り返し。万之介にとては極楽のようなものだ。
しかし――
「でだ。時間だな―― 日雇いじゃ時間が持ったいねぇ」
北斎はそう言うと、浅黒い足を放り投げて座っているお栄を見た。
「アゴ―― なんか」
「オレが知るか、鉄じじぃテメェの弟子だろうがッ!」
北斎の言葉を最後まで言わせず、お栄が吼えた。
「そうだな…… 俺の弟子だったな……」
北斎は「うーん」と天井を見て思案する。
「ワラワが雇うても良いぞ――」
「ほう、鬼狂の…… ん、悪くねェか」
ポンと北斎が手を叩く。
しかし、当事者の万之介にはなんのことか、さっぱり分からない。
「のう―― まんすけ」
「万之介です」
「万之介か…… まあ、よいわ」
鬼狂は幼女では絶対にありえないような妖艶な眼差しを万之介に向けた。
妖しい光を放つ瞳だった。その視線の絡められると、正気を失いそうになる。
犯したくなるのだ――
この童女のような姿をした美麗な女に、己が逸物をぶち込みたくなる。
そして、舐りたい。全身を―― 特に、その股間をだ。
狂おしい思いが奔流のようになって、肉の内から流れ出してくるようだった。
(とりあえず、帰ったら「手すさび」だ―― 黄表紙はいらぬ)
万之介は狂人ではない。
いかに、精力が人並み外れ、お栄に「ど助平ぇ」と言われたとて、この場で、鬼狂に襲い掛かるわけがなかった。
しかし、万之介は鬼狂を見て固まる――
「『試し』をして、使えるようなら―― 仕事をやろう」
そう言いながら、鬼狂はスルスルと着物を脱いでいるのだ。
衣擦れの音と共に、真っ白い肌が露わとなる。
「な、なにを――」
万之介は事態を飲み込めず動転した。
「おおお! 久しぶりかい―― ひひひひ。描いていいだろぉ、鬼狂ぉぉ。ひひひひひ」
「おい、ここで見れるのか? やるのかよぉ、オレも描く。描かせろ、おい!」
「画」に魂を売り渡し、他の一切合財を切り捨てた、父娘が、画帳と筆を持って構える。
そうしている間にも、鬼狂は一糸まとわぬ姿となった。
「な、なんですか! 先生これは」
「まんすけよぉ、舐めるんだぁ、鬼狂のおさねをよぉ舐めるんだよぉ。ひひひひひひひひ」
「鉄蔵の言う通りじゃな―― ワラワの、さねを舐ってもらう。それが『試し』じゃ――」
そう言って、鬼狂はその幼く見える肢体をさらしすっと、足を開いた。
幼い肢体は、妖艶な気に包まれているかのようだった。
白く滑るような肌――
仄かに翳りのある、股間を万之介は凝視していた。
すでに、彼の八尺のマラはそそり立っている。
「ここでは、寝ながらという訳にはいくまいよ――」
鬼狂は乱雑に散らかっているゴミを見やった。
寝る場所がない――
つまり、鬼狂は立っているから、その体勢で、万之介に舐めろと言っているのだ。
「鬼狂が立って、まんすけが、しゃがんで舐るかよぉ。ひひひひ。それも良いな。ほら、まんすけ、行け。しゃがんで舐れ! ひひひひひぉぉぉぉ~!!」
「こういうのはよぉ、あまり見て描く機会がねぇんだよッ。ほら、男だろぉ。おさねぐれぇ、舐めまくれよ。鬼狂に気をやらせちまえよ。お立ててんじゃねぇか、デカマラをよぉ!」
北斎、お栄が万之介に言った。
「着物は脱がずとも好いわ―― とにかく、舐るるのじゃ、ワラワのさねを舐めるのじゃ」
鬼狂は更に足を開き、万之介を誘う。
今、万之介がやらねばならぬこと。
それは、この鬼狂と呼ばれる美麗の女――
そのおさねを、舐ることであった。
理由などどうでもよかった。
舐る――
ああ、舐りたい。
俺は舐りたい――
そして、万之介はしゃがみこみ、鬼狂のおさねに吸いついたのであった。
「場所は分かっておるのじゃろう? んん―― ほうぉ、あ、あ、あ、あ、おおおお――ッ よ、よぃのぉぉ~」
熱をもった十八の無垢の男の舌が、肉割れを突き抜け肉の芽をほじくり返していた。
一心不乱に舐り、吸っていた。
美麗の童のような肉をした女がその身体を震わせ、万之介の舌を味わっていた。
その後ろでは、狂気の父娘―― 絵師ふたりが筆を走らせていたのであった。
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にのみや朱乃
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(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
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