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3.淫らな大年増が狙う万之介の貞操
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その日の江戸はやけに暑かった。
もう陽は西に傾いているにもかかわらず、ムッとする熱気が風と共に流れてくる。
息を吸えば、臓腑に熱が流れ込んでくる心地になる。
それでも、不栗万之助の機嫌は悪くはなかった。
懐に銭があるというのは、多くの人間の心地を良くするものだ。
「二〇〇文か…… さて」
万之介は、風の中に消えるほどの声で独りごちた
大工の手間として働いた日当であった。
久留里藩より江戸に出て2年。江戸で万之介は十八となった。
病死した父が養子だった。跡取りのいない本家筋の家に入ったのだ。
しかし、その後にその家に嫡子が生まれた。
要するに、父の死後は、その子が家を継ぐということだ。
結局、万之介は家をなくした。母はすでに亡くなっている。
弟姉が三人いたが、全員が成人する前に死んだ。
さほど、珍しいことでもない。
三両一人扶持という最底辺での小録で仕官もできたのだが、万之介は武士が嫌だった。
久留里藩という中途半端な江戸からの近さと、中途半端な田舎ぶりも嫌だった。
性に合わない。
画か文で身を立てたかった。
そして江戸に出たのだ。
長屋を借りるにあたって本家筋に世話になったが、それきっりだ。
不栗万之介は、住処である浅草寺近くの裏長屋に向け歩を進める。
途中の煮売屋で夕餉買うつもりだった。
特に、行きつけの店などない。長屋に向かう道で目についた店に入ればよかろうと万之介は思う。
(貸本はいらんな。しばらくはあの本で、よいであろう――)
万之介は、もうひとつの「オカズ」について思いを馳せる。
数日前に買った黄表紙だった。安かったのだ。
栗林堂というあまり聞かぬ書肆が版元で、彫も甘く、刷も今一つだった。
しかしだ――
そこに描かれた春画は「猥雑」であり「淫靡」であり「淫乱」であり妖しい魅力があったのだ。
顔は大きく、人間の手足もどうにも、理に合っていないグニャグニャとした感じがある。
おそらく、この絵の人間が立ちあがったら、胴がやたら短く、手足が妙にちくりんに長い人間になると思った。
ただ「手すさび」の友として使うには十分以上の魅力があったのだ。
驚いたのは、交合する男女の、陽根が、淫道の中でうねる様子を描いていた絵があることだった。
肉を切り落とし、淫道の内部を描きだしていたのだ。
その絵を眺めているだけで、金まらの周囲の「五人娘(五本指)」は激しく動き出す。
肉の内から、熱が生じ、血流が体中を駆け回るのだった。
淫らに手足を絡めあい、女の乳を男が加え、濡れ岡を男の手がまさぐり、淫液が溢れ出している画。
荒い彫が逆に妙な迫力をそこに作りだしているかもしれない。
それは、分からない。
もし、この絵師が、腕のいい彫師、刷り師を備えた書肆と組んだらどうなるかとも考えた。
万之介はその絵に惹かれながらも、どこか胸の奥でチクリとした何かを感じてはいた。
それがなにかは分かってたが、それを認めることは、彼には出来ない相談であった。
今はとりあえず「手すさび」の良き友であればよかった。
◇◇◇◇◇◇
長屋に着いた。万年床に、反故紙が散らばっている。
万之介はとりあえず、煮売屋で買ってきた飯を喰らう。
大盛りの飯とイワシの煮付けと大根の汁。
彼は下戸であり、酒は飲まない。
煮売屋では酒も売るが彼は飯だけで十分なのだ。
二〇〇文の日当うち四〇文が消えた。
家賃の支払いもあるので、無駄な銭は使えない。
浪人の身であり、仕官する気もない。
よって、月代を剃るのもやめた。
中途半端に剃って、無精ひげのようになるより「総髪」の方が銭もかからないし見栄えもマシだと思ったのだ。
(自炊の方が安いのだろうが…… 時間がかかる)
一升五〇文程度の米を買って、飯くらいは己で炊いた方がいいかと思う。
同じ長屋に飯を一緒に炊いてくれる者でもいれば、米を買って炊いてもらう。
しかし、そのような者もいない。
だいたい、この長屋は男所帯ばかりなのだ。
ひとりを除いてだ――
飯を喰らうと彼は、万年床に横になり、お世話になっている黄表紙を引き寄せた。
まずは「手すさび」だった。反故紙は吐きだした精汁を受け止めるのに使用できる。
万之介は絵を描く前には、必ず「手すさび」で何度も精汁を吐き出さねばならなかった。
画帳を開き、筆をとるのはいいのだが、己の描いた絵を思案するうちに劣情を催すのだ。
あっという間に、カチカチの金まらができあがる。
下帯を突き抜けそうなほどの逸物。八寸(約二四センチ)を超えるモノであった。
そうなると、画を描くところではなく、別のものをかかねば、どうにもならなくなるのだ。
どの画を使用すべきか、万之介は、思案するのであった。
「さて…… どの絵を使うかだが……」
右手で逸物を握り、左手で丁をめくる。
「やはり、女犯淫道断面図であろうかな――」
丁をめくる方の手が止まる。もう一方の手は激しく動いている。
彼はその斬新な絵を見つめるのだ。真剣な眼差しだ。
絵師の名は刷が悪いので、掠れて判然としないものだった。
「〇水淫乱卍〇〇」と判別できない文字がある。思い当たる絵師は無かった。
有名な絵師が「ワ印」という淫乱、猥雑な画を「陰号」という別名で描くこともある。
しかし、有名な絵師が無名の版元に自分の画を出すとも思えない。
だからこそ、彼の胸の内の奥深くには小さな、細いトゲが刺さっているのだ。
それでも、彼はこの画の淫靡な吸引力のある妖しい魅力には勝てなかった。
万之介はこの絵を脳裏の中でグリグリと動かす。
そして、猥雑で淫猥な言葉を女子に言わせるのだ。思念の中でだ。
(ああ、肉割れを舌で、かき分け、淫液をすすり、おさねを舐りまわしてぇぇ。ああ、本手から茶臼の形で、そのモノを淫道にズブリと挿しこんでぇぇぇ―― あああ~」
と、そのときであった――
「あら、万之介様ぁ、お忙しかったかしらぁ~ ふふ」
「ああッ! なんで! おふなさん! 勝手に入ってきて!」
万之介はあわてて着物の前を隠す。
「戸も叩いたし、名前も呼んだのよぉぉ。返事がないんですもの、心配になって――」
長屋の隣に住む妾をやっている大年増(三〇歳少し上)だ。
以前は何処かの商家に嫁いだらしいのだが、淫蕩さが酷く、旦那が衰弱し離縁されたらしい。
そして、今は旦那を持つ妾となっていた。
万之介もそれを聞き及んでいた。
このおふなという大年増は、ことあるごとに万之介に色目を使い、ここにやってくるのだ。
妖艶な色香をもった女であり、以前は彼も「筆おろしを――」と思っていたこともある。
しかし、今の万之介は、そうは思っていない。
正確に言えば、彼女を前にすると情欲と身の危険を天秤にかけた、せめぎ合いになるのだ。
危険極まりない大年増だ。「毒婦」といってもいいだろう。
「ああ~ なにかしら? この匂い…… ふふ、万之助さんの匂い?」
「いいから! 出て行ってくれ! 頼むから」
叫ぶ万之介を無視し、こちらに迫ってくる。
土間から、上り框に腰をかける。煽情的なだらしのない格好をしている。
「ここのところ、ずっと熱いわぁ~」
しなを作り、切れ長の妖艶な眼差しを万之介に向けるのだった。
細帯はただ、そこに巻いてあるだけ。
腰ひもはゆるゆるに結わいてあるのだ。
胸元が大きく開き、豊満な白い乳が半ば見えている状態だった。
淫靡で猥雑で淫乱。
存在そのものがまるで「歩くご禁制・ご法度」であるが、取り締まりはされていない。
(アンタと一緒にいるところを、誰かに見られたらどうすんだ――)
毒を持った危険な華が、万太郎を誘っている。
万太郎の中では、情欲と理性がせめぎ合い、ぐっとこらえるのだった。
このおふなの危険性――
それは、淫乱・淫蕩な性癖が生み出したものともいえる。
普通、妾であれば旦那はひとりだ。
しかし、このおふなは、数人の旦那を入れ代わり立ち代わり招き入れていた。
そして、男同士が鉢合あって、刃傷沙汰にまでなったことがあった。
喧嘩として処理され、人死にが出なかったのが幸いだ。
おふなも、特に咎められることもなかった。
そしていまも旦那をとっかえひっかえして淫売のような生活をしている。
淫乱、猥雑、卑猥が大好きな万之介であった。
早く目合いたい。女子の淫道に己が逸物をブッ挿したいという思いも人一倍強い。
そして、無垢(童貞)であるがゆえに、その望みも無駄に高かった。
大年増の色香も嫌いではない。
おふなという存在は「女」単体で見れば、十分に魅力的だ。欲情する。
その肉を想像し「手すさび」使ったことも一度や二度ではない。
しかし、いかに精力に溢れ、女体を求める心もちが強い万之介といえど「理性」はあるのだ。
このおふなは「筆おろし」の相手としては周辺の事情が危険すぎた。
下手をすれば、何人もいる情夫(いろ)に刺される可能性もあるのだ。
中にはどう見ても、堅気ではない情夫もいた。
如何に情欲をそそられようと、手を出してはまずい女なのである。
「これから、画を描くんだ! 邪魔だから出て行ってくれ」
万之介は情欲を抑え込み、その胸元に視線をやりつつも、拒否の姿勢をなんとか貫く。
「あら~ つれないねぇ…… でも、簡単になびかないとこが、可愛らしいわ」
そんな、万之介をからかうかのように、おふなは吐息のような余韻を残す言葉を吐きだす。
万之介は、危険な毒婦の淫売をなんとか追い出した。
戸を閉め、しんばり棒を入れる。
(ぬぅぅ―― 危うい…… 耐えきれぬ)
万之介は万年床に上に座り込み頭を振った。
浅草寺の鐘の音が響いた。
もう、いつの間にか時間は暮れ六つだった。
「描くか……」
手すさびは後回しするしかなかった。
今、やれば、その想念はおふな一色になりそうだった。
あの、白い胸乳を思い、やってしまいそうだ。
そして、それはなにか敗北感を万之介に感じさせるものとなる。
万之介は、文机に向かい、画帳を開き、筆をとった。
そして、描きだした。
そして「自分はやはり、かなり上手いのではないか」と思う。
独学で、描き続けてきたが、そこそこなモノが描けている気がする。
「どうするか…… 見せたい……。見せたら『天才』と言われるかもしぬなぁ」
そしてチラリと万年床の上においた黄表紙を見た。「手すさび」使おうかと思っていた物。
その画、そして絵師のことを思う。
胸の奥に刺さったトゲのようなものが、チロチロを燃える火のようになっていた。
(負けぬ…… 淫乱、卑猥、猥雑、下卑、淫靡、淫気、それで負けるわけにはいかぬ)
その思いが強くなっていく。
彼は以前から考えていたことを実行するかどうか考えた。
己の描きためた画を本物の絵師に見せること――
できれば、弟子入りをすること。
「葛飾北斎先生――」
彼は当代一といえる、絵師の名をつぶやいていた。
もう陽は西に傾いているにもかかわらず、ムッとする熱気が風と共に流れてくる。
息を吸えば、臓腑に熱が流れ込んでくる心地になる。
それでも、不栗万之助の機嫌は悪くはなかった。
懐に銭があるというのは、多くの人間の心地を良くするものだ。
「二〇〇文か…… さて」
万之介は、風の中に消えるほどの声で独りごちた
大工の手間として働いた日当であった。
久留里藩より江戸に出て2年。江戸で万之介は十八となった。
病死した父が養子だった。跡取りのいない本家筋の家に入ったのだ。
しかし、その後にその家に嫡子が生まれた。
要するに、父の死後は、その子が家を継ぐということだ。
結局、万之介は家をなくした。母はすでに亡くなっている。
弟姉が三人いたが、全員が成人する前に死んだ。
さほど、珍しいことでもない。
三両一人扶持という最底辺での小録で仕官もできたのだが、万之介は武士が嫌だった。
久留里藩という中途半端な江戸からの近さと、中途半端な田舎ぶりも嫌だった。
性に合わない。
画か文で身を立てたかった。
そして江戸に出たのだ。
長屋を借りるにあたって本家筋に世話になったが、それきっりだ。
不栗万之介は、住処である浅草寺近くの裏長屋に向け歩を進める。
途中の煮売屋で夕餉買うつもりだった。
特に、行きつけの店などない。長屋に向かう道で目についた店に入ればよかろうと万之介は思う。
(貸本はいらんな。しばらくはあの本で、よいであろう――)
万之介は、もうひとつの「オカズ」について思いを馳せる。
数日前に買った黄表紙だった。安かったのだ。
栗林堂というあまり聞かぬ書肆が版元で、彫も甘く、刷も今一つだった。
しかしだ――
そこに描かれた春画は「猥雑」であり「淫靡」であり「淫乱」であり妖しい魅力があったのだ。
顔は大きく、人間の手足もどうにも、理に合っていないグニャグニャとした感じがある。
おそらく、この絵の人間が立ちあがったら、胴がやたら短く、手足が妙にちくりんに長い人間になると思った。
ただ「手すさび」の友として使うには十分以上の魅力があったのだ。
驚いたのは、交合する男女の、陽根が、淫道の中でうねる様子を描いていた絵があることだった。
肉を切り落とし、淫道の内部を描きだしていたのだ。
その絵を眺めているだけで、金まらの周囲の「五人娘(五本指)」は激しく動き出す。
肉の内から、熱が生じ、血流が体中を駆け回るのだった。
淫らに手足を絡めあい、女の乳を男が加え、濡れ岡を男の手がまさぐり、淫液が溢れ出している画。
荒い彫が逆に妙な迫力をそこに作りだしているかもしれない。
それは、分からない。
もし、この絵師が、腕のいい彫師、刷り師を備えた書肆と組んだらどうなるかとも考えた。
万之介はその絵に惹かれながらも、どこか胸の奥でチクリとした何かを感じてはいた。
それがなにかは分かってたが、それを認めることは、彼には出来ない相談であった。
今はとりあえず「手すさび」の良き友であればよかった。
◇◇◇◇◇◇
長屋に着いた。万年床に、反故紙が散らばっている。
万之介はとりあえず、煮売屋で買ってきた飯を喰らう。
大盛りの飯とイワシの煮付けと大根の汁。
彼は下戸であり、酒は飲まない。
煮売屋では酒も売るが彼は飯だけで十分なのだ。
二〇〇文の日当うち四〇文が消えた。
家賃の支払いもあるので、無駄な銭は使えない。
浪人の身であり、仕官する気もない。
よって、月代を剃るのもやめた。
中途半端に剃って、無精ひげのようになるより「総髪」の方が銭もかからないし見栄えもマシだと思ったのだ。
(自炊の方が安いのだろうが…… 時間がかかる)
一升五〇文程度の米を買って、飯くらいは己で炊いた方がいいかと思う。
同じ長屋に飯を一緒に炊いてくれる者でもいれば、米を買って炊いてもらう。
しかし、そのような者もいない。
だいたい、この長屋は男所帯ばかりなのだ。
ひとりを除いてだ――
飯を喰らうと彼は、万年床に横になり、お世話になっている黄表紙を引き寄せた。
まずは「手すさび」だった。反故紙は吐きだした精汁を受け止めるのに使用できる。
万之介は絵を描く前には、必ず「手すさび」で何度も精汁を吐き出さねばならなかった。
画帳を開き、筆をとるのはいいのだが、己の描いた絵を思案するうちに劣情を催すのだ。
あっという間に、カチカチの金まらができあがる。
下帯を突き抜けそうなほどの逸物。八寸(約二四センチ)を超えるモノであった。
そうなると、画を描くところではなく、別のものをかかねば、どうにもならなくなるのだ。
どの画を使用すべきか、万之介は、思案するのであった。
「さて…… どの絵を使うかだが……」
右手で逸物を握り、左手で丁をめくる。
「やはり、女犯淫道断面図であろうかな――」
丁をめくる方の手が止まる。もう一方の手は激しく動いている。
彼はその斬新な絵を見つめるのだ。真剣な眼差しだ。
絵師の名は刷が悪いので、掠れて判然としないものだった。
「〇水淫乱卍〇〇」と判別できない文字がある。思い当たる絵師は無かった。
有名な絵師が「ワ印」という淫乱、猥雑な画を「陰号」という別名で描くこともある。
しかし、有名な絵師が無名の版元に自分の画を出すとも思えない。
だからこそ、彼の胸の内の奥深くには小さな、細いトゲが刺さっているのだ。
それでも、彼はこの画の淫靡な吸引力のある妖しい魅力には勝てなかった。
万之介はこの絵を脳裏の中でグリグリと動かす。
そして、猥雑で淫猥な言葉を女子に言わせるのだ。思念の中でだ。
(ああ、肉割れを舌で、かき分け、淫液をすすり、おさねを舐りまわしてぇぇ。ああ、本手から茶臼の形で、そのモノを淫道にズブリと挿しこんでぇぇぇ―― あああ~」
と、そのときであった――
「あら、万之介様ぁ、お忙しかったかしらぁ~ ふふ」
「ああッ! なんで! おふなさん! 勝手に入ってきて!」
万之介はあわてて着物の前を隠す。
「戸も叩いたし、名前も呼んだのよぉぉ。返事がないんですもの、心配になって――」
長屋の隣に住む妾をやっている大年増(三〇歳少し上)だ。
以前は何処かの商家に嫁いだらしいのだが、淫蕩さが酷く、旦那が衰弱し離縁されたらしい。
そして、今は旦那を持つ妾となっていた。
万之介もそれを聞き及んでいた。
このおふなという大年増は、ことあるごとに万之介に色目を使い、ここにやってくるのだ。
妖艶な色香をもった女であり、以前は彼も「筆おろしを――」と思っていたこともある。
しかし、今の万之介は、そうは思っていない。
正確に言えば、彼女を前にすると情欲と身の危険を天秤にかけた、せめぎ合いになるのだ。
危険極まりない大年増だ。「毒婦」といってもいいだろう。
「ああ~ なにかしら? この匂い…… ふふ、万之助さんの匂い?」
「いいから! 出て行ってくれ! 頼むから」
叫ぶ万之介を無視し、こちらに迫ってくる。
土間から、上り框に腰をかける。煽情的なだらしのない格好をしている。
「ここのところ、ずっと熱いわぁ~」
しなを作り、切れ長の妖艶な眼差しを万之介に向けるのだった。
細帯はただ、そこに巻いてあるだけ。
腰ひもはゆるゆるに結わいてあるのだ。
胸元が大きく開き、豊満な白い乳が半ば見えている状態だった。
淫靡で猥雑で淫乱。
存在そのものがまるで「歩くご禁制・ご法度」であるが、取り締まりはされていない。
(アンタと一緒にいるところを、誰かに見られたらどうすんだ――)
毒を持った危険な華が、万太郎を誘っている。
万太郎の中では、情欲と理性がせめぎ合い、ぐっとこらえるのだった。
このおふなの危険性――
それは、淫乱・淫蕩な性癖が生み出したものともいえる。
普通、妾であれば旦那はひとりだ。
しかし、このおふなは、数人の旦那を入れ代わり立ち代わり招き入れていた。
そして、男同士が鉢合あって、刃傷沙汰にまでなったことがあった。
喧嘩として処理され、人死にが出なかったのが幸いだ。
おふなも、特に咎められることもなかった。
そしていまも旦那をとっかえひっかえして淫売のような生活をしている。
淫乱、猥雑、卑猥が大好きな万之介であった。
早く目合いたい。女子の淫道に己が逸物をブッ挿したいという思いも人一倍強い。
そして、無垢(童貞)であるがゆえに、その望みも無駄に高かった。
大年増の色香も嫌いではない。
おふなという存在は「女」単体で見れば、十分に魅力的だ。欲情する。
その肉を想像し「手すさび」使ったことも一度や二度ではない。
しかし、いかに精力に溢れ、女体を求める心もちが強い万之介といえど「理性」はあるのだ。
このおふなは「筆おろし」の相手としては周辺の事情が危険すぎた。
下手をすれば、何人もいる情夫(いろ)に刺される可能性もあるのだ。
中にはどう見ても、堅気ではない情夫もいた。
如何に情欲をそそられようと、手を出してはまずい女なのである。
「これから、画を描くんだ! 邪魔だから出て行ってくれ」
万之介は情欲を抑え込み、その胸元に視線をやりつつも、拒否の姿勢をなんとか貫く。
「あら~ つれないねぇ…… でも、簡単になびかないとこが、可愛らしいわ」
そんな、万之介をからかうかのように、おふなは吐息のような余韻を残す言葉を吐きだす。
万之介は、危険な毒婦の淫売をなんとか追い出した。
戸を閉め、しんばり棒を入れる。
(ぬぅぅ―― 危うい…… 耐えきれぬ)
万之介は万年床に上に座り込み頭を振った。
浅草寺の鐘の音が響いた。
もう、いつの間にか時間は暮れ六つだった。
「描くか……」
手すさびは後回しするしかなかった。
今、やれば、その想念はおふな一色になりそうだった。
あの、白い胸乳を思い、やってしまいそうだ。
そして、それはなにか敗北感を万之介に感じさせるものとなる。
万之介は、文机に向かい、画帳を開き、筆をとった。
そして、描きだした。
そして「自分はやはり、かなり上手いのではないか」と思う。
独学で、描き続けてきたが、そこそこなモノが描けている気がする。
「どうするか…… 見せたい……。見せたら『天才』と言われるかもしぬなぁ」
そしてチラリと万年床の上においた黄表紙を見た。「手すさび」使おうかと思っていた物。
その画、そして絵師のことを思う。
胸の奥に刺さったトゲのようなものが、チロチロを燃える火のようになっていた。
(負けぬ…… 淫乱、卑猥、猥雑、下卑、淫靡、淫気、それで負けるわけにはいかぬ)
その思いが強くなっていく。
彼は以前から考えていたことを実行するかどうか考えた。
己の描きためた画を本物の絵師に見せること――
できれば、弟子入りをすること。
「葛飾北斎先生――」
彼は当代一といえる、絵師の名をつぶやいていた。
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