無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その146:孔雀はソロモンの空を飛ぶ その4

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 1943年3月――
 ワシントンD.C。

 その中央部を流れるポトマック川の荒川堤の桜はまさに満開だった。
 熾烈極まり苛烈で、太平洋を血で染める戦いの時代の中。
 その桜は散った花びらでポトマック川の川面を薄紅うすくれないに染めている。

 アメリカ合衆国第32代大統領。フランクリン・デラノ・ルーズベルト――
 彼は出先から、ホワイトハウスへ戻る途中で、車内からその光景を見つめた。
 
(桜の季節は今が盛り―― 後は散るだけだ)

 ふと、この桜を送ってきたかつての友好国、今は最も恐るべき敵となった存在のことを思った。

 大日本帝国――
 
「くっ……」
「どうされました? 大統領プレジデント
「いや、なんでもない」

 一瞬、右目の視界が暗転し、同時にめまいを感じていた。
 ルーズベルトはメガネを外し、目をおおおううように手のひらを当てる。
 3年前に手術した、左眉ひだりまゆの上にある傷がうずいたような気がした。

「気のせいだ。大丈夫だ」

(敵はジャップだけじゃない。ナチだけでもない――)
 
 彼は胸の内でつぶやく。口に出すことなどできない。
 1944年の大統領選、共和党が自分の健康に疑惑を持った場合。
 それは、自分の指導力への疑義につながる。

(国内経済は回っている―― 戦争こそ、最大の公共事業だったか)

 ルーズベルトは皮肉な思いを浮かべた。
 現在、東西の強敵に対抗するため、合衆国の産業はフル稼働している。
 合衆国の経済状態は、皮肉なことに戦争という巨大な公共事業で立ち直っていた。
 ニューディール政策では成しえなかった効果を上げているのだ。

 経済情勢を示す各種指数は、悪くはない。
 アメリカ合衆国は巨大な兵器生産工場として、若者の血を吸いながら、拡大し成長している最中だった。
 
(問題は、それが「政策」ではないということか――)

 満開の桜から散った花びらが風の中に舞い、そしてポトマック川に落ちていく。
 ジャップが自分たちの「命の軽さ」をこの花になぞらえたならそれでいい。
 しかし、自国の若者を死地に追いやることは、ルーズベルト政権にとっても、国家にとってあまりにも危険だった。

(勝てるだろう―― ナチにもドイツにもだ。しかし、勝ち方というものがある。戦い方というものがある)

 フランクリン・デラノ・ルーズベルトは1944年の大統領選に出馬する決意をしていた。
 戦争の趨勢すうせい――

 特に太平洋側の対日戦争において、アメリカ合衆国は苦境に立たされている。
 決して負けはしない。ルーズベルトにはその確信がある。
 しかし、それも、自分が政権を握り続け、最後まで……

(う…… なぜだ? なぜ、私はそこまでこだわる? 大統領の職になぜ――)
 
 かつて自分は1944年の大統領選に出馬することなど考えていなかった記憶がある。ぼんやりした記憶だ。
 しかし、今は違う。
 どのような手段を使っても、大統領でいなければならない。そう思う。
 この、アメリカ合衆国という神の恩寵を受けた国家の危機――
 危機で―― 自分だけはこの危機を――

 あの、計画を――

(いや、危機なのか…… これは―― 何が――)

 一瞬意識が途切れ、その思考活動の根源たる脳という器官が停止したかのようだった。
 手に持ったメガネがポトリと落ちた。

大統領プレジテント!」

 横に座る合衆国シークレットサービス(USSS)警護官の声―― 彼には遠くに聞こえた。

「どこかお具合でも悪いのでは? 顔色が優れませんが」
 
 そう言って、警護官はメガネを拾う。大統領は震える右手でそれを受け取った。

「あ、いや―― なんでもないよ。考え事をしていただけだ」
 
 ルーズベルトは再びメガネをかける。
 車いすを利用する彼のために改造された車だ。
 彼は背もたれにゆっくりと体重を預け、再び思考をめぐらす。

(勝たねばならない。ジャップにも、ナチにも、そして選挙にもだ――)

 ルーズベルトは断片化しそうになる思考を元の形に戻す。
 合衆国最高権力者を乗せ、黒塗りの車は散る桜の中を走っていた。

        ◇◇◇◇◇◇

破城槌ガンハンマーでも『ソロモン航空要塞』の突破は困難ではありましたが、敵のガダルカナルへの攻勢の動きは止められました」

 ホワイトハウスの会議室。
 顔の妙に長い、海軍の情報分析官だった。表情というのもが一切見えない。
 どこか人間離れした機械的な雰囲気を持った男だった。

「暗号の解読ができるというのも、善し悪しだな」
 
 ルーズベルトは、レポートに目を通し不機嫌そうに言った。いや実際に機嫌は悪かった。

「避けきれぬ災厄を回避するために生贄いけにえか――」

 ルーズベルトは続けていった。
破城槌ガンハンマー」と呼ばれたラバウルへの強襲攻撃作戦。

 空母2隻「サラトガ」、「レンジャー」の搭載機を全て戦闘機とし制空権の傘を作る。
 そして、40センチ砲搭載の戦艦6隻をラバウルに突っ込ませる。
 さらに、北方から最新鋭正規空母エセックス級のネームシップ「エセックス」、そして「エンタープライズ」(開戦序盤で戦没した空母の名を継いだ)。
 そして開戦以来の歴戦空母「ヨークタウン」を中心とした機動部隊だ。
 機関交換を行い、速度を28ノットまで上げた商船改造・護衛空母(事実上軽空母)4隻も周囲を固めた。
 
 高性能のMK.37「砲射撃指揮装置」に管制された38口径5インチ砲を16門搭載した防空巡洋艦「アトランタ」級の生き残りもかき集められた。
 さらに、フレッチャー級など、「ニューヨークライナー」と呼ばれたガダルカナル輸送戦で、消耗の激しかった駆逐艦も増勢され、艦隊に組み込まれた。

 この機動部隊で、戦艦砲撃呼応して、ラバウルに対するヒットアンドアウエイを仕掛ける。
 
 簡単に言ってしまえば「破城槌ガンハンマー」とはそのような作戦だった。

 つまり、これだけの戦力をもってしても、今の日本海軍機動部隊、そして航空戦力と真正面からぶつかるのはリスクが大きすぎたからだ。
 
 日本海軍の聯合艦隊は、最大で三群の機動部隊を編成し、航空機の性能、搭乗員の錬度も高い水準を維持していると分析されていた。

 そして「破城槌ガンハンマー」作戦はあくまでも日本海軍の主動を制するための作戦だった。

 ソロモン方面の「要石」であるラバウルを叩き、ガダルカナル島への攻勢を遅らせること、もしくは断念させることが目的だった。
 そして、作戦目的は達成した。しかし、こちらの艦隊兵力の被害も予想以上であったが。

 最新鋭のエセックス級空母・エセックス級「エセックス」のうち1隻が長期の修理が必要なほど破壊された。
 3万トンを超え、90~100機以上の一線級機を運用できるアメリカの技術の粋を集めたと言える空母だ。
 その長姉の「エセックス」は生まれて間もないにもかかわらず、長期入院になった。
 さらに、旧式とはいえ、大西洋にもって行けば、まだまだ使い道のある中型空母「レンジャー」が沈んだ。
 
 更には、開戦以来の歴戦空母であり、機動部隊の中核をになっていた正規空母「ヨークタウン」を喪った。
 三姉妹の長姉である「彼女」は妹たちである「エンタープライズ」「ホーネット」の後を追った。

 アメリカ海軍の誇った鋼の三姉妹はもうこの世界から消えて無くなった。



 そして、この戦争でも有力であることを証明している戦艦という兵器。その戦艦を失った。
 16インチ砲搭載の戦艦ノースカロライナを喪失。

 16インチ砲9門の破壊力は、敵の懐に入った場合、航空攻撃など問題にならない破壊力を発揮する。
 そして、その機会を作ることは両軍にとって、決して不可能ではなかった。 
 制空権の傘かあり、奇襲が可能であればという前提においてだ。

「日本は、本当にガダルカナル占領までは考えていないのか――」
 
 ルーズベルトは自分の言葉がのどにひっかかるように感じた。舌が重かった。
 喉と口腔内をガリガリと軋ませながら言葉が出て行ったような感じだった。

「情報解析の結果です」

 結論だけを告げるかのように情報分析官がいった。
 無表情なままだった。その結論にいたる説明はすでに何度もされていることだった。

「そうだな―― まあ、いい」

 ルーズベルトは言った。先ほどから右手がしびれていた。
 どうにも、右目の視界が歪(ゆが)む―― 思考も一瞬だが断片化する。

(今日はどうも体調がよくない――)とルーズベルトは思う。

「情報組織統合の成果か―― ま、実際のところ『成果』でないかもしれんがな」
 
 キング海軍艦隊司令長官は皮肉っぽく言った。
 自分以外は、全て莫迦ばかか無能者か禁治産者だと思い込んでいる男だ。

 ハワイの情報解析部隊は、完全にワシントンの情報解析組織に統合されていた。
 キングは、そのことについて文句があるわけでは無い。

 確かにマンパワーの集中という意味では合理的な判断だ。
 しかし、組織が一つになっても完全に、意見が一本化されるわけではなかった。

 日本軍の「暗号が解読されている」といってもマニュアルを読むように相手の出方が分かるわけじゃない。
 情報解析の精度は格段に上がるが、手間もかかる。
 
 今ではIBM製の情報解析機も投入されている。

 それでもだ――

 巨大化した組織には様々な意見が生まれた。
 組織の主導権を握っているワシントン派とハワイ派の対立もあった。
 組織の統合は、ただ単に人をひとつの場所に集めればいいというわけではない。

 当初、統合情報組織が出した結論が「日本はガダルカナル基地の占領を意図している」であった。
 すでに、日本軍の暗号は解読されている。しかし、乱数表の更新頻度が上がっていた。

 今回、日本軍による「ガダルカナル破壊」の動きを掴めたのは敵失でありラッキーだった。

 それゆえの「『成果』でないかもしれんがな」というキングの皮肉だった。

 日本海軍は乱数表を頻繁ひんぱんに変更している。
 まるで、こちらが暗号解読をしているのを掴んでいるかのようにだ。

 しかし、運用の切り替えは処理を煩雑化はんざつかさせる。
 どうしても、ミスを発生させる。
 そのミスにより情報は漏洩ろうえいする。

 すでに使用を停止していたはずの「波一乱数表第二号」。
 この乱数表を使用した通信した基地があった。それも複数の基地でだ。
 その通信を掴み、情報の解析が進んだ。主にハワイ派の人材が中心だった。

 結果、日本海軍は、がダルカナル「占領」ではなく「破壊」を狙っているのではないかという意見が有力となる。

(本当はもっと早く結論が出せたはずだ。が、しかし――)

 アホウどものらちもない議論で時間を浪費したことには腹が立つ。殺意すら覚える。
 キングは思う。
 
 彼は身内であっても容赦のない思いを描く。
 なぜならば「それがキングという男であった」からとしか言いようがなかった。
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