無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その141:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その17

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「くそったれが――」

 オーティズ艦長は短く悪態をつく。
 それに続く吐きだしたい言葉は全てのみ込んだ。
 栄光あるアナポリス(アメリカ海軍兵学校)出身者が口にするは余りに下品で呪いに満ちた言葉だったからだ。

 飛行甲板上で廃棄されていく機体。多くは着艦に失敗し、機体を損傷したものだ。
 損傷した機体を、収容する余裕は「護衛空母アミール」にはなかった。

 オーティズ艦長は「護衛空母アルガト」から最新の「アミール」の艦長に転属となっていた。
 最新といっても、1万トンを超えるかどうかの小さな空母であることは変わらない。
 量産性を最優先したのか、武骨で直線的な構造が内部まで徹底されていた。

 搭載機数は戦闘行動をとれる運用限界で30機。以前の護衛空母と大差ない。 
 飛行甲板の広さも変わらず。カタパルトの信頼性は悪くない。
 
(大西洋でナチのUボートでも狩るなら、十分以上だがな――)

 合理性という名の手抜きの集合体のような空母であったが、今の合衆国にとっては貴重な戦力だった。

 機動部隊の正規空母3隻のうち、ヨークタウンの着艦が不能になっている。
 よって、帰還してくる余剰の機体は、護衛空母と、残りのエセックス級2隻で吸収する必要があった。
 思いのほか、機体の被害が少なく、帰還してくる機体は多かった。それが逆に収容を困難にしていた。

 ただ、夜間の空母への着艦――
 それは、敵との交戦より厄介だった。
 
 艦上爆撃機ドーントレスの廃棄が目立つ。艦爆としては優秀な機体だ。
 ただ、その着艦時の操縦性はそれほど良いとはいえない。
 
 一方で、新鋭艦上攻撃機として投入されたアベンジャーは、無事着艦するモノが多かった。
 自重に比べ、馬力が無いと言う評判もあったが、着艦性能はかなり優秀だった。

 本来であればドーントレスの後継機となる艦上爆撃機ヘルダイバーは、カタログ性能は悪くない。
 しかし、操縦性が致命的なほど悪く、とても夜間攻撃に使用できる機体ではなかった。

 護衛空母は正規空母に対し、横に広がるようにして展開していた。
 帰還してくる機が、どれかを発見できるように配置しているのだ。

 そのような配置、機動ができるのが、今までの護衛空母とは異なる部分となっている。
 船体も、運用できる機数も変わらない。
 ただ、機関だけが、大きく変わっていた。
 
 当初、この護衛空母は、量産性を考えレシプロ式の機関の搭載が検討されていた。
 ただ、量産可能なタービン機関の目途がついたため、1万馬力に満たないはずだった最高機関出力は1.7倍以上まで上がっていた。

 前の商船改造空母では20ノット出るかどうかの速度が、確実に24ノットを発揮できる空母となっていた。
 それは艦隊型正規空母と共に行動ができるということを意味していた。(辛うじてであるが)

 そして、実際それはなされている。
 新たな自分の艦となった「護衛空母アミール」のささやかな飛行甲板はミュージカルの舞台のように照明で照らされている。
 夜の上でそこだけが、昼間のようになっていた。
 舞台俳優たちは、天空から舞い降り、半分くらいがブチ壊れていく。

「正規空母群は、かなりやられたようですが、こちらもジャップにかなりのダメージを与えたはずです」
「ああ、そうだろうな――」

 士官の声に、オーティズは何の感情もこもらないような声で答えた。
 胸の内にある怒りと呪詛が口から噴き出さないよう耐えていたからだ。

 飛行甲板には、危なっかしい飛行で艦上機がよろよろと着艦していく。
 着艦を成功させる機体であっても、手加減された墜落のような感じだ。
 夜間着艦という難度の高い飛行を考えても、練度の低下は明らかに見えた。

 空母への着艦は、制動装置に着艦フックをひっかけることで行われる。
 しかし、ただ引っかればいいというものではない。
 制動装置の性能にも限界がある。

 飛行甲板に設置されているMK4型の制動装置は、時速約137キロメートルで着艦する7.2トンの機体を制御できた。
 アミールのような小型空母で、危険な夜間着艦ができるのは、その装置の性能の高さによるものだ。

 しかし、それでも着艦事故は続いている。
 ただ、これまでの昼間攻撃のように、ズタボロになっている機体は少なかった。

(夜間攻撃は、ジャップのゼロを避けるには、一定の効果はあったんだろうが……)

 オーティズ艦長は実戦の中で、ゼロの恐ろしさを骨髄の奥まで叩きこまれている。
 高高度でない限り、最新鋭のF4Uコルセアですら、厳しい戦いを強いられる。
 改造されたとはいえ、開戦以来の主力戦闘機であるF4Fワイルドキャットでは、もはや勝負することは困難だ。

 アメリカ海軍とて、手をこまねいているわけではない。
 徹底した2機編隊による連携と、一撃離脱の徹底。敵編隊を遠距離攻撃するロケット弾の使用。
 防空戦闘であれば、それなりに有効な方法だ。
 標的はゼロではなく、99式艦上爆撃機(ヴァル)や97式艦上攻撃機(ケイト)なのだから。

 しかし、こちらから攻撃を仕掛けた場合、一撃離脱一本やりでどうにかなる相手ではない。
 敵も、こちらの爆撃機、攻撃機を狙ってくる。
 空戦は乱戦となることが多い。そうなるとゼロの運動性は、手に負えないものとなる。

 畢竟(ひっきょう)――
 戦闘機の機動性とは自分が攻撃できる空間に機体をもってこれる能力のことだ。
 その点で、ゼロの方が選択肢を多く持っている。
 それが、今の状態だ。
 オーティズ艦長は、もし昼間攻撃であれば、着艦事故云々以前に戻ってこられない機体が多かっただろうと思った。

 ゼロとて完ぺきな戦闘機ではない。そもそも、この世に完全無欠の兵器などありはしない。
 実戦の中で、ゼロの弱点をも分析されていた。
 いまだに、完全な実機が入手できないのが、痛いと言えば痛いが、それでも分かることはある。

 新型のゼロでは降下性能は改善されているようであるが、まだ優位は米軍機(こちら)にある。
 2万5000フィート(約7500メートル)以上の高度の戦闘であれば、F4Uコルセアはゼロに決して劣ることはない。
 連携戦闘もそれほど上手くはない。

 パイロットの射撃技術は、一部を除いて相変わらずお粗末だった。
 砲弾を撃ちだすような機関砲を装備しているが、射撃精度はお世辞にも一流とはいえない。
 見事に機体を操る技量に比べ、それは不思議なことではあった。

 ただ、ジャップのゼロも以前のゼロではなくなっている。

 以前は一撃で四散したゼロも、最近の報告では「中々火を噴かねぇ」というパイロットの報告が多くなってきている。
 新型のゼロはかなり頑丈になってきているのであろう。
 まず、ゼロを相手に弾を当てる位置に機体をもってくることが、至難の業なのだ。
 ゼロの防弾性能の向上が本当だとすれば、厄介な問題だ。
 火力も増強されているようだった。命中精度の悪さを投弾量でカバーする気なのかもしれない。

 ゼロに対し、墜されないことに専念する。
 ペアの連携を崩さず、常に速度を維持する。常にチェックシックスだ。
 現時点では「勝利のため」ではなく「生き延びるため」の方策しか提示できない。

 ゼロは高速での機動に弱点があるのではという報告も上がっている。 
 ただ、巡航速度からの加速性能は、ゼロが数段上だ。
 そして、乱戦になれば、速度は自然に落ちる。飛行機は降下する以外の機動全てで速度が落ちるのだ。

(射撃精度、連携、機体強度に頼って、持ちこたえるしかないか……)

 オーティズ艦長は苦々しく、認めがたい現状を、再認識せねばならなかった。
 だからこそ、この夜間戦闘が実施されたのだ。

 それは現在の米海軍戦闘機が明らかにゼロに対し劣勢であるということをアメリカ海軍が認めてしまったためだ。
 現実、劣っているのだ――
 艦上爆撃機、艦上攻撃機を守りきれないのである。
 
(いいだろう。今は認める―― 我々が今を生き残るためならば)

 オーティズ艦長は、着艦(制御された墜落)をしてくる機体を見ながら、諦めとは無縁の思いを抱く。
 不屈であり不撓(ふとう)であり、決して膝を折る気などない決意がある。
 彼は思う。そして、アメリカ海軍の最強を信じる。揺るがぬ神への信仰以上にだ。

(ジャップも限界に近いはずだ)

 今、一機が着艦フックをかける事が出来ず、艦橋ない左舷に向け、旋回し海に落ちて行った。
 救助の駆逐艦が準備して動いているので、以前のようにオーティズ艦長がそのことで叫ぶことはない。
 今回の作戦では折りこみ済みのことだ。いやな事実ではあったが。

「ソロモン航空要塞」とアメリカ海軍内で呼ばれる、ラバウルを中心とした日本軍の航空勢力圏。
 
 反抗の足場として確保した、ガダルカナル周辺海域は「鉄底海峡」と呼ばれるように、船の墓場となっている。
 戦艦を陽動に使用したり、駆逐艦により補給したり、魚雷艇などの高速艇を使ったりの補給も実施されている。 

 それでも十全の補給が可能となっているわけではなかった。
 そして、アメリカ軍にとり、いかに出血しようが、ガダルカナルという反撃の橋頭保を放棄するわけにはいかない。

(ソロモンからトウキョウへの道か――)

 噂ではあったが、今回行われた作戦は、敵のガダルカナル基地侵攻に対し先手を打つためのものであったらしい。
 詳しいことは分からないが、暗号の解読が進んでいるのかもしれない。

(まあ、本当だとしてもそうなれば最高機密だ――)

 与太話かもしれないし、本当かもしれない。オーティズ艦長にはそれは分からない。
 ここで、ガダルカナルを放棄すれば、オーストラリアはどう出るか?
 オーティズ艦長などは「自分の尻に火がついて本気になるんじゃないか」と思っている。

 ただ、彼と同じ考えを持つ者ばかりでないことは確かだった。
 ガダルカナルの放棄はこの方面の戦況に与える影響が大きすぎた。
 オーストラリアは守勢を維持し、本土防衛を覚悟している。
 ニューギニアへの派兵も積極的ではない。
 今後の戦況次第では、連合国から離脱するのではないかという懸念すら生まれているのだ。
 
 ガダルカナルを日本に奪われることは絶対に避けねばならないことだった。

 海軍の人間であり、護衛空母艦長にしかすぎないオーティズ艦長の知らないこともある。
 いや、彼とて組織の末端であり、知らないことの多い、戦場の駒にすぎなかった。

 アメリカとオーストラリアの間では、ニューギニア方面での戦力増強には合意に至っている。
 あくまでも、欧州方面の兵力に影響が出ない範囲であるが。
 そのため、当面日本軍の動きが無いと思われるビルマ方面から、兵力が抽出されることになった。

 ただ、それは今の彼には知っていても意味のない情報であった。

「着艦完了――」
「収容急げ」

 護衛空母の小ぶりな艦橋内で、命令の声が響く。

 上空に待機していた機体の着艦は終わった。
 まだ、戻ってくる機体はあるかもしれないが、「護衛空母アミール」で収容出来る機体とすれば、もう限界に近い。

(後は、他の艦か―― 無事だった空母に収容するしかないだろう)

 4隻の同型艦である護衛空母と3隻の正規空母が、今回のラバウル奇襲に参加していた。
 正規空母群は、日本軍の夜間攻撃を受けた。
 前回とは逆に、前衛に突出し、日本の航空部隊の攻撃を受け止めたのだ。

「ヨークタウンを助けることができるか……」

 オーティズ艦長は、黒く染まった溟海の彼方を見つめ、小さくつぶやいた。

        ◇◇◇◇◇◇

「敵の勢力圏内に近すぎるか――」

 闘志と狂気とジャップへの敵意を煮詰めて結晶にしたような提督は、沈思するように言った。
 エセックスに座上する艦隊指揮官であるハルゼー中将だ。
 激昂するような声を上げてるわけではない。
 彼とて、四六時中、咆哮し、激昂しているわけではないのだ。
 
 ブルドッグを思わせる顔に獰猛な笑みすら浮かべ、彼は戦況について思考を巡らせていた。
 単なる戦争中毒で獰猛な狂人を中将にするほど、アメリカ海軍は人材不足ではない。

 暗号の解読。
 レーダーの改良。
 防空システムの構築。
 対空砲火の強化。
 
 太平洋における戦訓は、アメリカ海軍を大きく変化させていた。
 ハルゼーはそれを理解している。
 
 機動部隊には、艦隊用防空巡洋艦のアトランタ級(初期型の数隻は喪失していたが)が随伴している。
 まだ、数は少ないがその性能は、突出している。

 実際、今回の海戦では相当数のジャップをひき肉にして、魚のえさにしたことだろう。

 同級は、高性能な「MK12」5インチ両用砲16門、40ミリボフォース機関砲をハリネズミのように備えた艦だ。
 特に「MK12」5インチ両用砲は、1分間に最大18発の発射速度を誇る。
 その濃密な対空弾幕と、レーダー照準の精度。その対空攻撃能力は、1943年前半において間違いなく世界最強であると断言できるものだ。
 最新鋭空母エセックスも同じ砲を装備し、濃密な対空弾幕を張ることができる。

 合わせて、戦闘情報指揮所(CIC)にはレーダースコープと態勢表示板が整備された。
 これにより、より合理的な対空戦闘を実現するシステムが実現したはずだった。

 それでもなお、大日本帝国海軍は強大な敵であった。
 
(敵も新鋭機を投入してきやがったか―― いいじゃないか? とことんまでやろうじゃないか。ジャーップ)

 ハルゼーは、事実は事実として受け入れる。そこには、以前にはなかった感情が芽生えていた。
 
(強い敵を皆殺しにしてこそ、最強の証明になる。我が海軍の最強を証明できる――)

 彼の闘志は折れるどころではなかった。むしろ戦争の歓喜にどっぷりつかり、ウキウキとした気持ちにすらなっていたのだ。
 最終的な祖国の勝利を微塵も疑っていないハルゼーだった。
 であれば、その勝利は、最強の敵を打ち破ったものであるべきであった。

(敵の「ソロモン要塞」の要石には、良いパンチをいれてやったが――)

 ソロモン方面航空戦の最重要基地とも言えるラバウルは、空母艦上機の攻撃と、戦艦による艦砲射撃を喰らわせてやった。
 作戦の目的自体は、達成していた。おそらく、ソロモン方面の航空戦力バランスは崩れるはずだ。

 ただ、リー提督の指揮する戦艦部隊の方も無傷ではなく、こっちに向かっている。
 彼らを守るための防空の傘は必要だった。

 空母エセックスは日本軍の艦上爆撃機から2発の直撃弾を受けていた。
 1発は飛行甲板を斜めにぶち抜き、スポンソン下部、対空火器群の真下で信管を作動させた。
 より、深刻なのはもう一発の爆弾だった。
 
(ジャップのやつらの爆弾は、なんでクソみたいな貫通力を持っている?)

 日本軍の500キロ爆弾の内1発は、飛行甲板を貫き、その装甲板をぶち抜いて機関部の直上で炸裂した。
 高高度から投下された爆弾ではない。急降下爆撃で、装甲をぶち抜いたのだ。
 アメリカ海軍の持つ瞬発信管を持つGP爆弾とは戦術思想が全く異なる爆弾だった。

 それにより、機関がダメージを受け、出力を低下させている。
 なんとか、最大26ノットを出せるまでにはなっている。
 逆に飛行甲板自体には、大きなダメージは無かった。
 貫通力大きいが、そこで爆発したわけではないからだ。

 すでにダメコンチームによって、飛行甲板は、発着艦可能な状態になっている。
 戦闘行動の継続は無理ではない。無理ではないが、限界に近い状況であることは間違いない。

(この戦況で速度が落ちているのは痛い)

 ハルゼーは思う。日本艦隊は距離を詰めてくるだろう。
 そして、エセックスはまだマシな方であった。

 ヨークタウンの状況はそれより更に酷い。
 航空魚雷を2発、更に無数の至近弾が、細かいが多くの浸水を発生させていた。
 開戦以来の、歴戦の空母は十分な整備時間をとれず、満身創痍のまま戦い続けていたせいかもしれない。

 一見飛行甲板は大して被害を受けていないように見える。
 傾斜は一時10度を超えた。注排水によりなんとか、持ち直しているが、もはや空母としての戦闘力は無かった。

(巡洋艦に曳航させ、離脱するか)

 ハルゼーは、葉巻を取り出た。
 そして、火をつけようとしたが、その動きが止まる。
 ほぼ停止しているといっていいヨークタウンが水柱に包まれた。

「ヨークタウンに魚雷命中! 敵潜水艦です!!」

「見りゃ分かるわ! 間抜けが!! なにやってやがる、駆逐艦の奴らぁぁ!!」

 ハルゼーの叫びが、エセックスの艦橋内でビリビリと反響した。

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! ぶち殺す!! サル肉をどんどんサカナの餌にしてやる!! サル肉で、海を埋め尽くしてやるッ!」

 ハルゼーは手に持っていた、火のついていない葉巻を床に叩きつけていた。

■参考文献
防空艦 大内健二
艦艇防空 石橋孝夫
アメリカの空母 学研
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