無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その122:【閑話】帝國陸軍・決戦兵器F

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 第一四師団。宇都宮師団と呼ばれる精鋭師団だった。
 満州の対ソ国境であるハンダガヤを拠点としている。
 陸軍の第一仮想敵国は今もってソビエト連邦であった。
 太平洋戦争終盤でも陸大の卒業試験が対ソ戦の演習であったというのは有名な話だろう。

 1943年、この時期のソ満国境はそれほどの緊張感はない。
 ただ、巨大な陸上兵力と鉄道による太い兵站能力を持つソビエトが脅威であることは間違いなかった。故に、それに対峙する師団が最精鋭の部隊であることは言をたない。

 すでに陸軍では、宇都宮師団の南方への転出が決定していた。
 ただ、巨大な組織ゆえ簡単に右から左へと動かせるものでもない。
 その準備は行いつつも、師団内では日々の訓練、国境への警戒は続いていた。

 この精鋭師団を南方に送りこむまでには、陸軍内部でも紛糾があったらしい。
 この決定は、陸軍の内部の人材の豊富さ。その証左でもあった。
 陸軍内部でもニューギニア戦線が今次大戦の最重要戦域であると理解する者が少なくないということだった。

 陸軍内部では「重慶攻略作戦」を最優先に考える者が多かった。
 海軍が特殊鋼を含む鉄材、約六万トンを融通してくれたおかげで、作戦実施の可能性は広がっている。
 蒋介石・国民党政府の屈服は、帝国の戦争方針とも合致しているのだ。
 しかし、重慶陥落により、国民党が瓦解、もしくは降伏することに疑問を持っている陸軍軍人も多い。そのため、作戦計画は進まないでいた。
  
 大陸問題が今次大戦を招いたという認識を持つ者は多い。
 南部仏印進駐も、蒋介石への援助を断ち切るという名目で行われ、日米の関係を決定的に悪化させたのだ。

 逆に言えば、大陸問題の解決は、今次大戦の解決につながる可能性もあるということだった。
 大陸における力攻めはもはや限界であると認識し、謀略的な方法で一気に、大陸問題を片付ける動きも陸軍内にはあった。 
 国家体制的には相いれないと思われる毛沢東率いる共産党軍に接近している陸軍関係者もいた。
 
 陸軍中枢部としては、なし崩しに始まってしまった大陸での戦争(かつての事変)は早々に終結させたかったのである。
 それが、世界大戦にリンクし、今やアメリカ相手に海軍が大活躍と言う状況だ。いや、海軍が踏ん張っているから戦争がなんとかなっていると理解している者も多い。

 しかし、世間では海軍がもてはやされる中で、陸軍がいい気持になるのも難しかった。
 陸軍とて、活躍していないわけではない。
 むしろ大日本帝國が必要としている資源地帯を早急に占領下に置いたという点で、陸軍の果たした役割は大きかった。

 陸軍と言う組織は巨大であり、その中は複雑怪奇といっていい。
「奥の院」と呼ばれる作戦部第一課など、なにを考え、なにをやろうとしているのか、陸軍上層部ですら分からないというくらいなものだった。

 組織の中の様々な方向を目指すベクトルが入り乱れている。
 現段階、その中でも陸軍中枢が、最も恐れたのは「対ソ戦」だった。
 海軍は「陸軍は対ソ戦を望んでいる」と見ていたが、組織としての陸軍は現段階ではそれを恐れていたのだった。
 
 だからこそ、ドイツの要請も無視し、対ソ援助物資が輸送されていくのも看過している。
 大陸での国民党、中共軍との戦争。
 アメリカ、イギリスなどの連合軍との戦争を抱え、対ソ戦までやらかして勝てると思うほど、陸軍中枢部は狂っていない。
 しかし、対ソ戦を支持する勢力もまた陸軍の中に存在しているのも事実だった。
 狂った人間はどこにでもいるという意味で。

 欧州におけるドイツの勢いは失われているという、そのような中立国の駐在武官からの報告が数多く存在している。
 ただ、今の陸軍内部で、その情報を全面的に支持する人間がそれほど多いわけではない。
 しかし、対ソ戦を主張していた者にとっても、懸念材料の一つであることは確かだった。
 日本の対ソ戦はドイツ頼みな部分が大きいのだ。いや、この大戦そのものがドイツ頼みであると考えている者も少なくない。

 重慶攻略による国民党の屈服。
 謀略戦による大陸問題の最終解決。
 対ソ戦開始によるソ連の脅威の排除。
 海軍との協力で対米戦持久戦重視。

 大雑把であったが、陸軍内部はこのような思い思いのベクトルが働いていた。
 その結果が「宇都宮師団」の満州からの抽出という作戦形態として出現する。
 その他にも2つの師団が南方に抽出される。

 実際に鉄と火薬の炎を浴びることになる下士官兵にとっては、知るべくもない理由であった。

        ◇◇◇◇◇◇

 直径15センチの流線形をした弾頭が飛んでいくのが見えた。
 煙を吹きながら飛ぶ姿は、「龍勢」という祭りで打ち上げられる花火を想起させるものだった。
 放物線を描き、800メートルほど先に着弾し、盛大に煙を上げた。

 広大な満州の大地。
 凍てつくような空気の中、爆発音が響いていく。
 
「威力は大きいようだが、バラつきが大きすぎないですか」

 宇都宮師団、第59連隊に所属する擲弾筒分隊の分隊長・舩坂弘軍曹は「この兵器はダメじゃないか」と思いつつも、相手を傷つけない様な感想を言った。

「まだ改良の余地ありですね。まあ、構造が単純ですから。何か方法があるでしょう」

 メーカーから派遣された技術者は、機械のように淡々と言葉を返すだけだった。 

「それが間に合うならいいですけどね」

 分隊長・舩坂弘軍曹は答えた。
 柔らかな声とは裏腹に、彼の身にまとった雰囲気は独特のモノがあった。常人ではない何かを感じさせるものだ。例えて言うならば、兵器を人間の形にしたような雰囲気をもった男――
 それでいて、地方人(民間人)に横柄な態度をとる軍人とはかけ離れた丁寧な言葉。
 そこには、ある種の高い知性を感じさせるものがあった。

 舩坂軍曹は、次の弾丸を持ってくるように部下に命令する。
 彼の分厚い胸板は重戦車を思わせた。
 見た目だけのこけおどしではない。
 彼は射撃も銃剣術も超一流という帝国陸軍の中でも稀有な存在だった。

 一般に「射撃もっさり」と言われ、射撃に優れた者は動作が鈍いことが多いという話が陸軍には定着していたのだ。
 そのような中で、舩坂軍曹は数少ない例外のひとりだった。
 銃剣術においても俊敏極まりない。

 白兵戦のメッカ「陸軍・戸山学校」の教官をして「真剣でやりあったら、俺はコイツに一瞬で殺される」と言わしめた存在だ。

 そして、専門の擲弾筒に関しても最上級の熟練者と言えた。
 だからこそ、新兵器の運用試験射手として抜擢されたのだった。

「従来の榴弾の数を増やした方が有用だと思います。威力のある弾頭を遠くまで飛ばせても公算躱避こうさんだひが大きすぎるのは、兵の負担を増すことになります」

 舩坂軍曹は、ただ勇猛なだけではなく、知的な部分でも優れていた。
 公算躱避こうさんだひとは、発射された砲弾や銃弾の半分が、落ちる範囲のことだ。
 その面積が大きいというのは、要するに命中率が悪いということだ。
 命中率の悪さは弾数でカバーするしかない。それは、重くなった砲弾が大量に必要となるということだ。手軽にそこそこ破壊力の大きい弾丸を運用できる擲弾筒の良さが削がれてしまう、

 そもそも、擲弾筒は命中率を求める兵器ではないが、それでもこの新兵器は酷いと船坂軍曹は思ったのだ。

「こんな風に使うより、もっと使い方があるような気がしますけどね」

 舩坂軍曹の口から不意にその言葉が出た。
 弾頭の威力は大きい。擲弾筒から発射できるのも悪くない。
 ただ、なにか運用の方法が違うのではないかと彼は直観的に感じていた。

 民間から来た技術者は「ほう」と感心したような顔で彼のことを見つめていた。
 舩坂軍曹は、試験中の「噴進爆雷(仮)」の欠点を的確に見抜いていた。
 ドイツからもたらされた情報を元に、本邦で作り上げた新兵器だった。
 
 八九式重擲弾筒という、歩兵用軽迫撃砲をプラットフォームとして、発射するロケット弾だ。
 擲弾筒で発射した後に、ロケット推進用の固体燃料(つまり火薬)に点火。
 翼を展張して、飛距離を伸ばす。
 今は800メートル付近を目標としているが、最大で1200メートルまで火制できるという謳い文句らしい。

 本当ならすごいことだが、実際そう話はうまくいかない。
 それに、威力の大きな砲弾は分隊にとって運用が厳しい。

「噴進爆雷(仮)」は弾頭重量が10キログラム以上ある。
 今までの八九式榴弾の10倍以上だ。
 命中率の悪さを破壊力でカバーするにしても、1発が重すぎる。
 分隊で数発しか持てないのでは、実用性は無いと判断するしかない。
 舩坂軍曹はメーカーからの技術者を見つめた。

「これは元々は対戦車兵器で、擲弾筒や迫撃砲のような曲射弾道を想定した兵器ではないのです」

 技術者が口を開く。今までにない口惜しさの色を感じさせる声音だった。
 ドイツからもたらされた兵器情報をそのまま対戦車兵器としてだけ使えばいいのに、ロケットと擲弾筒を組み合わせて、曲射弾道でも使える兵器にしようとしたのだ。

 日本陸軍の兵器開発にときどき出てくる悪癖。貧乏性だった。
 ひとつの兵器に複数の機能を持たせようとする試みは、今に始まったことではなかった。
 
「対戦車兵器ですか……」

 ソ連は有力な機甲部隊を備えている。
 それに対し、歩兵師団が使用できる対戦車兵器は限られていた。
 大隊レベルで運用できる「九二式歩兵砲」では、なんとも頼りない。
 37ミリ速射砲は、軽戦車には有効であるが、装甲厚が20ミリを超える戦車相手には厳しい。
 重速射砲といわれる47ミリ速射砲はまだ数が少ない。

 結局、連隊レベルで運用している山砲部隊のお下がりである連隊砲。つまり「四一式山砲」でなんとか出来るかどうかという感じだ。500メートル/秒程度の初速の75ミリ砲だが、弾道低伸性も悪くなく、野砲より軽いので、使い勝手のいい砲だと聞いている。
 
 いざとなれば、破甲爆雷を持って肉弾攻撃となるわけだが、しないで撃破できるならその方がいいに決まっている。
 こいつが、対戦車兵器になるのか? 舩坂軍曹は重擲弾筒を見つめる。
 
「分隊長! 弾頭であります!」

 兵の声で、舩坂軍曹が我に返る。重そうに弾頭を抱えていた。
 舩坂弘はひょいとその柄のようになっている端の部分を掴み軽々と扱う。
 尋常な握力ではなかった。 

 そして、柄の部分を八九式擲弾筒に挿し込み発射する。
 途中までは同じような弾道で飛んでいくが、風の影響なのか、設計の問題なのか、またしても弾着位置は大きくズレた。

「被害半径が30メートルになったといっても、これでは、ちょっと厳しい」

「放物軌道である擲弾運用の場合、有翼弾をやめ、回転運動をさせた方がいいのかもしれません」

 技術者は何かメモを取りながら言った。

「これは対戦車兵器になるという話だが、戦車の装甲を貫けるのか?」

 舩坂軍曹は訊いた。水平に撃ったとしても、速射砲のような初速は望めない。
 15センチの弾頭の爆発威力を使ったなにかがあるのか?
 そのように思った。彼は知的好奇心から質問をしていた。

「中空式成形炸薬弾は、モンロー/ノイマン効果を使います。火薬を円錐状にへこませた形で充填し、それを鉄板でカバーした弾頭を使用します」
「ほう…… そのモンロー/ノイマン効果とはなんだ。それでどうなる」

 元来好奇心が強い舩坂軍曹は訊いた。

 技術者は乾いた大地に、石をもって図を描きはじめた。



 そして説明する。

「火薬をこのように凹ませて充填することで、爆発威力を一点に集中できます。火薬を覆っていた鉄板が瞬間的に流体化して、前方の装甲板を撃ちぬくのです。火薬の爆発速度をもった金属粒子(メタルジェット)が、鉄板に大穴を空けると考えてください」

「なるほど…… となると、火薬量が多ければ多いほどいいということか。だからでかいのか――」

 舩坂軍曹はその説明で、中空式成形炸薬弾の大まかな仕組みを理解してしまった。
 なにげなく集まり説明を聞いていた兵はポカーンとしている者が多かった。

「どれくらいの装甲を抜ける?」
「垂直に命中した場合、直径と同じです。15センチの装甲を抜きます」

(15センチの装甲? どこの世界にそんな戦車がある? 本当ならすごい兵器だ)

「それは本当なのか?」

 目を輝かせ舩坂弘は言った。
 鬼の分隊長が少年に戻ったような表情だった。

「計算上間違いはないはずです」
「なあ、水平射撃の実験はやらないのか?」
「予定はありますが…… 標的となる装甲板も用意しています。ただ、今回は擲弾筒としての運用データを……」

「無理無理、無理だ。これを擲弾筒と同じように使うのはダメだ。それより対戦車砲として使った方がいい。絶対に」
 
 彼は「少年倶楽部」の愛読者だったのかもしれない。
 そこに載っていた科学兵器特集に胸をときめかせていた少年だったのかもしれない。
 少なくとも、舩坂軍曹は武辺一辺倒の男でなく、読書家でもあった。

「であれば、準備をします」

 メーカーの技術者は短く、しかし自信たっぷりに返事をした。

 対戦車ロケット兵器である「三式噴進爆雷」と不死身の分隊長FUNASAKAの組み合わせ。
 ふたつの「F」。
 その恐怖に、アメリカ軍が出会うのは、今しばらく先のことであった。
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