無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その120:鬼よ我が魂の前に哭け 東部ニューギニア戦線 その12

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「まずいなぁ…… くそ、これは当然想定しておくべきだったのに……」

 俺が見ているのは商船喪失データだった。
 史実の通り、この太平洋戦争でも商船の消耗は月7万トン内外と予想されていた。
 1942年の中盤までは、これを下回ることが多かった。
 それが、1943年に入り急増している。1月などは速報値であるが13万トンもやられている。
 思えば、1942年の後半あたりから兆候は出ていたはずだった。

「魚雷の不良はそう簡単に解決できないと思っていたんですけどね」
「実際に、今でも不発魚雷は多いらしいじゃないか」
「そうですけどね…… しかし、あんな対策たててくるとは……」

 聯合艦隊司令部。長官私室で、俺と本物・山本五十六大将が言葉を交わす。
 
 アメリカ海軍のMk14魚雷は不良集積品のような兵器だ。
 深度調整に問題があり、直進性に問題があり、磁気信管に問題があった。
 磁気信管の問題を回避しようと、触発信管のだけを使用するように、通達したら、それも不良品。
 垂直に近い角度で命中すると不発となる可能性が非常に高い。
 こするように斜めに当たらないと爆発しないのだ。

 おまけに、フィリピンで魚雷を大量に喪失しているので、量的な不足状態にもあった。
 そして、オーストラリアも日本軍の攻撃を招きかねないという懸念から、積極的な支援を行っているとはいえない。
 
 それでも、アメリカというチート国家は、対策を立ててきやがるのである。
 その結果、目に見えて、作戦輸送の商船に被害が増加していた。

「機雷か…… やっかいといえばやっかいな兵器だが」

 山本五十六がごま塩頭をかきながら言った。
 この人が経験している日露戦争では、機雷が日露両軍で猛威を振るったのである。
 しかし、日本の機雷はその後、あまり機能的に進歩していない。
 
 日本では九三式機雷という100キロの炸薬が詰った機雷が主力だ。
 一般人がイメージする機雷そのもの。イガグリとかウニを想起させる形状のやつだ。

 これは係維式の触発機雷になる。起爆装置に電流を流す突き出た触覚に船が当たらなければ爆発しない。
 第二次世界大戦レベルでも十分使える武器ではあるが、アメリカの機雷はもっと兇悪だったのだ。

「まだ、磁気機雷ですからね…… なんとかできますけど。これで前線の港湾封鎖をしてくるとは……」

 魚雷が不良品で、数もないからかもしれないからか、アメリカの潜水艦が機雷をばら撒いている。
 ソロモンの島嶼周辺やら、ニューギニアの輸送航路を狙ってだ。
 最近では、航空機による投下まで始まっている。

 今は木造船に、磁界を生じさせる掃海具を引っ張らせ掃海作業をさせている。
 磁気機雷はなんとか、これで対応できる。
「音響機雷」にも対応して技術的に掃海可能だった。
 しかし「水圧感応式」の機雷が出現したら、こちらはお手上げに近い。
 
 どうにも、日本海軍の勝利とアメリカの潜水艦作戦の不調が、機雷開発の速度を速めている気がする。
 B29から投下され、日本の港湾を埋め尽くした機雷が、作戦レベルで、ガンガン投入される可能性があるということだ。
 史実では、その投下数は1万発―― 機雷戦とすれば、それほど規模が大きくない。
 それでも、日本は大きなダメージを受けた。

 どうする……
 アメリカが本格機雷戦に入り、島嶼封鎖を行った場合……
 対抗措置はなにがあるんだ?

「水圧の変化に感応するだけじゃなく、航過計数機まで加わったら……」

 口の中で押し殺すような声で俺は言った。
 アメリカの機雷は最終的に、恐ろしいレベルに進化する。
 海面を船が通過する水圧の変化を感知して爆発する機雷になる。そして、何回目に通過した船を爆発させるか、航過計数機で設定できるのだ。これを10としておけば、9回上を通過した船は無事。10回目の船がドカンとやられることになる。誠に嫌らしく、性格的に最悪の兵器だ。

 ただ、さすがに現時点ではアメリカもそこまでの機雷はまだ開発していないだろう。
 報告もない。
 史実では1945年から投入されているはずだ。
 しかし、1943年中に投入されないという保証はない。要はあちらが優先順位をどう考えるかというだけだ。

 そうなった場合、どうするか――
 
 アメリカの恐ろしいところ。
 戦争に勝つために、あらゆる方法を検討して、恐ろしいほど効率的な方法をとることが多いことだ。
 確かに、アメリカだって失敗する。しかし、その失敗から学んで対策を立てるのも早いことが多い。
 
 戦いながら恐ろしい速度で成長を続ける怪物を相手にするようなものだ。

「対抗策はないのかい?」

「磁気機雷、音響機雷はなんとかできます。でも、船が航行する水圧の変化を感知して起爆する機雷は、掃海が困難ですね。今から対策しないと……」

「疑似的な水圧を作ることは可能だろう」

 さすがに、山本五十六は、その解答にたどり着く。しかし、言うのは簡単だが、船が通過する水圧を疑似的に造るのは困難極まりない。
 
「絶対に掃海出来ない機雷はないですが…… そのために、戦線への輸送は凄まじい困難を伴うことになります」

 俺は断言する。
 そこに機雷が撒かれたというだけで、船は航行できなくなる。少なくとも掃海が完了するまでは。

 これは、不味い。
 海上護衛というかシーレーン防衛に関しては、史実より悪い道を進んでいるような気がする。
 今のところ、本土からトラック、ラバウル、そしてソロモン、ニューギニアという作戦輸送のラインが集中して狙われている。
 月間13万トンの喪失も、ほとんどがこのエリアだ。
 その分、門司とシンガポールを結ぶ、資源輸送に関しては、大きな被害がでていない。
 でも、商船はどこで消耗しようが、日本の足腰を弱くしていくのが確実なことだ。

 日本は制空権を失い、制海権を失い、そして商船を失い、止めを刺された。
 その商船は、潜水艦と機雷に徹底的にやられた。
 だから、戦後の自衛隊は、対潜能力と、掃海能力が異常に高い組織となっている。
 それだけ、酷い目にあって、骨身にしみているわけだ。

 それなのに俺はどこかで機雷戦を軽視していた。
 本土を封鎖されていた事実を知っていながらだ。
 それは、本土に限らず、ニューギアやソロモンでだってできることだったのに……

「制空権を奪ってしまえばいいのだ! 空を制す者は海も制す! そして機雷など撒かせない鉄壁の体制を作ればいいのだ! 沈めるのだ、アメ公の空母を! バカスカ沈めるのだッ!」

 女神様だった。キンキン声で絶叫する。
 普段は「無茶言うなよ」と思う女神様の言葉であるが、なんとなく正鵠を射ているような気がしてくるから怖い。俺は弱気になっているのか…… くそ……

 アメリカ空母を排除して、海上戦力において優位を保つ期間をできるだけ長くする。
 確かにそれは正しいんだ。

「確かに空の戦いに負けたら、その後は話になりませんからね」
「うむ、そうなのだ。無敵の機動部隊でアメ公の空母は沈め、基地は破壊しまくるのだ。そうすれば勝てるのだ!」
「まあ、そうですね……」

 反論するほどでもないので、とりあえず同意する。どーやりゃそれができるかとか、味方の被害はどうかとかは今は考えない。
 脳のリソースを女神様相手に使うのがもったいないというわけではないが。

「潜水艦の活動は、緊急増産している海防艦で何とか抑えこむしかないだろうよ」

 山本五十六が腕を組んで言った。すでに緊急予算が確保され、海防艦30隻が建造に入っている。
 これも、俺の後知恵情報と、山本五十六の政治力によって史実の海防艦とは少し違ってきている。
 艦製本部には「ブーブー」言われたらしいが。

「あとは、とにかく補給、補給、補給…… ってことですかね」

 俺は机に広げているニューギニア方面の地図を見ながら言った。
 血を流しながらでも補給を続ける。今できるのはそれしかなかった。
 とにかく、海上輸送・戦闘のことしか頭になかった。俺は形だけかもしれないが、「聯合艦隊司令長官」なのだ。
 当然、そうなっても仕方ない。
 
 だから、この時の俺はニューギニアの陸上で連合軍が何を企図しているのか、全く予想もしていなかったのである。

        ◇◇◇◇◇◇

「商船はラビだけではなく、ラバウルあたりでも相当やられているらしい」

 古瀬技術中尉は、水上機部隊の参謀から言葉を聞いていた。
 ポートモレスビーへの輸送を行っていた大発も何隻が被害にあっていた。
 その流れで、この方面の海上輸送に関する話題となっていた。

 どうも最近、敵の攻撃方法が変わってきたらしい。
 連合軍は機雷戦を積極的に展開し始めたらしい。
 潜水艦や、航空機がラバウルやブナ周辺海域に機雷をばら撒いているらしいのだ。
 
 ラバウルはソロモン方面。ラビはニューギニア方面の物資輸送の要といえる港を抱えている。

「敵の動きも活発化しているということですか」
「まあ、掃海すればいいだけの話ではあるが…… 我が軍には掃海艇はそれなりにあるはずだからな」
「ここに来るはずの大発もやられたらしいですが。磁気機雷ですかね」
「それは技術者のキミのほうが詳しいのではないか」

 参謀の言葉に「う~ん」という顔をする古瀬技術中尉だった。
 確かに技術者であるが、専門は「土木」なのだ。
 船体の発生させる磁気に反応する機雷があるというのは、話に聞いたことがある程度だった。

 大発は小さな船とはいえ鉄製である。
 喫水は浅い。となれば、沈降式の磁気機雷ではないかと思っただけだ。
 陸に近い浅い海域を移動することで、潜水艦の脅威はある程度排除できる。
 しかし、浅い場所には磁気機雷が撒かれているとすれば、状況はかなり厳しいと言わざるを得ない。
 
 とにかくそれがどんな機雷にせよ、導き出せる結論はひとつだ。
 ポートモレスビーに対する輸送は更に厳しくなる。これしかない。
 今までですら、十分といえなかったものが、更にきつくなってくるだろう。
 すでに、比較的に物資に恵まれた海軍側でもコメの消費は一日二合に抑えられている。
 
 作業中の兵が、イモらしきものを掘り当て、それを食べたこともある。
 口の中に電撃を喰らったような衝撃だった。思わず吐いた。それでも口の中がビリビリと痺れたのだ。
 最前線にやってきて、最も「死」というものを実感した瞬間だった。
 それは「電撃イモ」と呼ばれ、誰も食べる者がいないということは後から聞かされたことだ。

「800トンクラスの海トラなら、今の桟橋ができればかなり状況は改善すると思うのですが」

 海トラとは「海上トラック」のことだ。小型の輸送船をそのように称していた。
 荷揚げのできるクレーンのある桟橋の存在は、輸送の効率を大きくあげる。
 更に、桟橋はマングローブの突き出している海域に建造している。
 うまい具合に、海トラクラスの船であれば、なんとか入れるだけの深さを確保できそうだった。
 それでも、一部は十分な深さを確保するため、大量の爆薬で工事を行っている。

「陸軍と協力して、ブナから陸路輸送するって話もあるが……」
「効率的な話ではないですね」

 古瀬技術中尉は軍と言う組織にいながらもあまりに率直に感想を言った。技術者としての娑婆っ気が抜けていない一面を露呈した形だ。
 それでも参謀はとくに変な顔はしなかった。彼も同感だったのだろう。

 ふたりの会話に、エンジン音が混じりだした。
 水上機基地の機体が、発進するため、海上を滑走している。
 マングローブがうまく擬装となり、ポートモレスビーの水上機基地の機体はそれなりに稼働機数を維持していた。

「あれ? あの機体は?」

 古瀬技術中尉は視界に捉えた機体を見てつぶやいた。
 零式水上偵察機と呼ばれる双フロートの機体だ。
 それは知っていた。
 この基地には何機か同じ機体がある。

 彼が疑問に思ったのは、双フロートの間、機体にぶら下げている大きな物体のことだった。
 それは初めて見る物だった。
 まるで、フロートが3つになったような感じだ。
 ただ、そのフロートは水面にはついていない。

「ああ、あれか…… 搭乗員救難用に改造された機体だな。まあ、改造した機体でも、通常の哨戒はできるからな」
「搭乗員救難用?」
「フロートの間にあるだろ。あの大きなの。ん~ あれに最大4人を乗せて飛べる。海に落ちた搭乗員の救難に使う機体だ」

 参謀は淡々と説明した。改造に対し内心では疑問に思っていることが古瀬技術中尉に感じられた。

「海に落ちた搭乗員の救助ですか」

 古瀬技術中尉にはそれはかなり重要なことのような気がした。
 救える搭乗員を救えることは、戦力を維持することにつながる。
 技術者的な合理性を持った彼はその重要性の本質を捉えていた。

「アメちゃんも、飛行艇をひっきりなしに飛ばすからな。ま、こっちは飛行艇ってわけにはいかないが、やらんよりいいだろって感じだな」

 参謀はやらないより、やった方がマシかもしれないという程度に評価をしているという感じだった。

 空の戦いは続いていた。
 ポートモレスビーには昼夜、敵戦爆連合が爆撃を行っている。
 それに対する、本格的な迎撃ができず、未だに地べたを這いつくばっている状況だ。
 
 それでも、アメリカ、オーストラリアの連合軍がポートモレスビー奪還に動いているということはないらしい。
 内陸では、ゲリラ戦のような戦いが続いている。どうも陸路建設を妨害する動きがあるようだった。

 ただ、ポートモレスビーには、小規模な遊撃部隊が、迫撃砲を撃ちこんでくるくらいだった。
 爆撃に比べれば、どうということもなかった。
 しかも、東側で海辺に近い海軍基地は、大きな被害を受けていない。

「いつまでも、アメちゃんに大きな顔をさせるわけにはいかんのだがな……」

 水上機基地の参謀が呟くように言った。
 それには、基地の復旧が必須だ。陸軍も海軍もない。
 そのために、自分たちがここにいる。桟橋ができれば、輸送の効率が上がり、危険エリアに商船をとどめておく時間は短くなるのだ。

「私は、自分のなすべきことをやるだけです」
「ああ、そうだな」

 ポートモレスビーがどうなるのか?
 そもそも、この戦争がどうなるのか?
 彼らには分からない。ただ、自分のできること其れに全力を尽くす。
 それは共通した思いであった。
 
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