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その162:ガダルカナル遊撃戦 その4
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アメリカ軍ガダルカナル基地。
情報部の一室であった。
壁にはガダルカナルの地図が貼られてていた。
更に、赤いペンでなにかの動静が書き込まれている。
「奴らは、基地周辺の各地に出没し、我々の動きをラバウル・ブイン方面に伝えています」
「厄介だな―― ハーマン中佐」
ハーマン中佐は言葉を続けた。
「迎撃、侵攻、その両作戦において、少なくない影響を与えております」
「そんなことは分っている」
苦虫を噛み潰した顔で上官はハーマン中佐を見やる。
「この島のジャップは少数なのだろう?」
「多くとも一個小隊(五〇~六〇前後)と見られます」
「たかが、一個小隊程度、どうにかできんのか?」
「そいつらは――」
中佐は机に手をつき、身を乗り出す。
「特殊部隊。日本軍の中でも精鋭。密林戦に特化した連中であると思われます」
「日本兵への過大評価は聞き飽きたよ」
上官と思しき男は、吸っていた紙巻タバコをグッと灰皿に押し付けた。
実際問題として、今まで密林戦に部隊を投入することはなかった。
日本兵と同じ土俵に上がり勝負するのは分が悪いと思われていたからだ。
それよりも、基地周辺を固め、接近を許さないという方法がとられていた。
が、それも限界を露呈しつつあった。
「結局のところ、対応策はあるのかね? 中佐」
「あります」
「あるのかね」
「こちらも、密林戦のプロを送り込みます。南米でゲリラ掃討を経験しているプロが到着しております」
「いつ投入できる」
「二週間後」
上官はトンと指先で机を叩く。
「一週間―― それでやれ」
「はい」
「メンバーの選定も作戦も君に任せる。とにかく、小うるさいジャップを殺せ。殲滅だ。皆殺しだ。ひとりも生かさずこの島から出すな」
上官は席を立ち、部屋を出て行った。
ガダルカナル島における日本軍特殊部隊に対する掃討戦が開始されようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
一週間後――
密林の中を進む、一〇名の米軍兵がいた。
草を掻き分け、二列縦隊で進む。
精悍を通り越し獰猛な面構えの連中だった。
が、その表情はよほど注意して見なければ分らなかったであろう。
全身に草木の葉を括りつけ、緑の地獄の中にその身を溶かしこむかのようであった。
指揮官と思しき者が「M3A1」サブマシンガンを装備していた。
高い発射速度と低い反動を持ち装弾数三〇発。
弾丸の収束率も高く、密林戦に適した武器であった。
その他の兵は「M1ガランド」小銃を装備している。
セミ・オートマチック小銃としては、唯一全軍に装備された傑作小銃であった。
米軍の潤沢な補給が、消費弾数の多い、セミ・オートマティック小銃の装備を可能としていた。
「ジャップが墜ちた機体に向かっているのは確実なんでしょうかね」
「間違いなかろう。わざわざ、西の警戒線を侵して進んできているんだ」
西の警戒線を掠めるように真っ直ぐ進めば、日本機が落ちた場所に行き着くことになる。
日本軍も最短距離で機体に向かっていることは間違いなかった。
「時間との勝負になりますな」
「焦ったからといってどうにかなる物でもあるまいよ」
結局のところ、当初の作戦計画の通りに進軍すること。
それが最善であると信じるしかなかった。
不安はある。
あるが、分隊指揮官としてそれを表情に出すことはできなかった。
日本兵が生まれながらの超人的な密林戦のプロというのは与太話とはしても、これから自分たちが相手にするのが戦争のプロであることは間違いなかった。
でなければ、長期に渡り、ガダルカナルの情勢を送り続け、尻尾をつかませないということはありえなかった。
作戦目標は、日本軍遊撃部隊の殲滅。
そして、墜落した機体の確保であった。
(楽ではないが、不可能ではない――)
分隊指揮官は緑の底を沈黙を持って進み続けた。
◇◇◇◇◇◇
沢井の小指を切断して遺骸を埋めた。
あれだけの弾丸を浴びて当たったのは頭への一発だけだった。
そして、関根中尉に率いられた兵と共に、古谷飛曹長、飯塚二飛曹は密林の中を進んでいた。
緑の底がぼんやりと明るくなってくる。
太陽は見えない。が、光が辛うじて周囲を明るく染めていく。
「夜が明けましたね」
「密林の底にいても朝は来るもんだ」
光が緑に染まる暁であった。
漆黒よりも黒い闇を進んでいた夜間から、濃緑よりも濃い緑の中を進むことになった。
古谷飛曹長にとって、どにに進んでいるのか分からないのは同じだった。
「小休止だ」
暫く進み、植生が比較的疎になっている場所で休憩を取ることになった。
古谷飛曹長はへたり込むようにして座った。
航空機であれば、一瞬の距離を二本の脚で進む。
なんと、大変なことであるかと思う。
「腹に入れておけ」
関根中尉に乾麺麭を渡される。
「ありがとうございます」
「水だ」
水筒も渡された。
乾麺棒を口の中に放り込み、ガリガリと噛み砕く。
固くて顎が痛くなった。
それを水で流し込んでいく。
空っぽの胃に者が入ったことで、今まで感じなかった空腹が感じられるようになる。
貪るようにして、残りの乾麺棒も食べた。
「中尉」
「何だ、飛曹長」
「敵は出てきますか?」
夜中に敵の警戒線に触れ、機銃の猛射を喰らった。
地上であのような目に合うのはもう御免であった。
空で死ぬのなら、覚悟はできている。
が、地上で意味もなく死んでしまうというのは我慢ができなかった。
搭乗員という特殊な立場ゆえの傲岸な思いであると理解していてもだ。
「敵基地の警戒も厳しくなっているが、昨夜のようなことはないだろう」
「敵の捜索隊に遭遇する可能性は」
「さあな」
言葉を区切ると、関根中佐は懐からタバコを取り出し、一本口に咥えた。
「今まで奴らが本格的な部隊を送り込むことは無かった。が――」
「が?」
「これからも無いと断言できる要素はないな」
濃厚な緑の空気が震えた。
敵機――
エンジン音だ。航空機のエンジン音。
古谷飛曹長は上空を見上げるが、密林の底からは、覗き窓を通して空を見るようなものであった。
「友軍機だよ」
腕時計を見て、関根中尉は言った。
「ラバウルからの定期便だろう」
「陸攻?」
「だろうね」
よく聞けば聞きなれた火星エンジンの音だ。
友軍機に間違いなかった。
高高度、八〇〇〇メートル以上を飛行する一式陸攻だった。
「この島には、友軍機がよく落ちるのですか?」
飯塚二飛曹が口を開いた。
「島に直接墜ちるのは、無いとは言わないが数は多くないな」
「その多くないという墜落機はどうされるのですか?」
「行ける場所なら行って、破壊する今回のようにな」
中尉はそう言って、タバコを捨てる。
つま先で土を掘り返し吸殻を埋めた。
「行くぞ、小休止終わり」
そして、断続的な、爆発音が響きだした。
陸攻の高高度からの爆撃であった。
昼も夜も、この島は明らかに戦場であり続けていた。
■参考文献
歩兵の戦う技術:かのよしのり著
世界の銃最強ランキング:キャプテン中井著
情報部の一室であった。
壁にはガダルカナルの地図が貼られてていた。
更に、赤いペンでなにかの動静が書き込まれている。
「奴らは、基地周辺の各地に出没し、我々の動きをラバウル・ブイン方面に伝えています」
「厄介だな―― ハーマン中佐」
ハーマン中佐は言葉を続けた。
「迎撃、侵攻、その両作戦において、少なくない影響を与えております」
「そんなことは分っている」
苦虫を噛み潰した顔で上官はハーマン中佐を見やる。
「この島のジャップは少数なのだろう?」
「多くとも一個小隊(五〇~六〇前後)と見られます」
「たかが、一個小隊程度、どうにかできんのか?」
「そいつらは――」
中佐は机に手をつき、身を乗り出す。
「特殊部隊。日本軍の中でも精鋭。密林戦に特化した連中であると思われます」
「日本兵への過大評価は聞き飽きたよ」
上官と思しき男は、吸っていた紙巻タバコをグッと灰皿に押し付けた。
実際問題として、今まで密林戦に部隊を投入することはなかった。
日本兵と同じ土俵に上がり勝負するのは分が悪いと思われていたからだ。
それよりも、基地周辺を固め、接近を許さないという方法がとられていた。
が、それも限界を露呈しつつあった。
「結局のところ、対応策はあるのかね? 中佐」
「あります」
「あるのかね」
「こちらも、密林戦のプロを送り込みます。南米でゲリラ掃討を経験しているプロが到着しております」
「いつ投入できる」
「二週間後」
上官はトンと指先で机を叩く。
「一週間―― それでやれ」
「はい」
「メンバーの選定も作戦も君に任せる。とにかく、小うるさいジャップを殺せ。殲滅だ。皆殺しだ。ひとりも生かさずこの島から出すな」
上官は席を立ち、部屋を出て行った。
ガダルカナル島における日本軍特殊部隊に対する掃討戦が開始されようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
一週間後――
密林の中を進む、一〇名の米軍兵がいた。
草を掻き分け、二列縦隊で進む。
精悍を通り越し獰猛な面構えの連中だった。
が、その表情はよほど注意して見なければ分らなかったであろう。
全身に草木の葉を括りつけ、緑の地獄の中にその身を溶かしこむかのようであった。
指揮官と思しき者が「M3A1」サブマシンガンを装備していた。
高い発射速度と低い反動を持ち装弾数三〇発。
弾丸の収束率も高く、密林戦に適した武器であった。
その他の兵は「M1ガランド」小銃を装備している。
セミ・オートマチック小銃としては、唯一全軍に装備された傑作小銃であった。
米軍の潤沢な補給が、消費弾数の多い、セミ・オートマティック小銃の装備を可能としていた。
「ジャップが墜ちた機体に向かっているのは確実なんでしょうかね」
「間違いなかろう。わざわざ、西の警戒線を侵して進んできているんだ」
西の警戒線を掠めるように真っ直ぐ進めば、日本機が落ちた場所に行き着くことになる。
日本軍も最短距離で機体に向かっていることは間違いなかった。
「時間との勝負になりますな」
「焦ったからといってどうにかなる物でもあるまいよ」
結局のところ、当初の作戦計画の通りに進軍すること。
それが最善であると信じるしかなかった。
不安はある。
あるが、分隊指揮官としてそれを表情に出すことはできなかった。
日本兵が生まれながらの超人的な密林戦のプロというのは与太話とはしても、これから自分たちが相手にするのが戦争のプロであることは間違いなかった。
でなければ、長期に渡り、ガダルカナルの情勢を送り続け、尻尾をつかませないということはありえなかった。
作戦目標は、日本軍遊撃部隊の殲滅。
そして、墜落した機体の確保であった。
(楽ではないが、不可能ではない――)
分隊指揮官は緑の底を沈黙を持って進み続けた。
◇◇◇◇◇◇
沢井の小指を切断して遺骸を埋めた。
あれだけの弾丸を浴びて当たったのは頭への一発だけだった。
そして、関根中尉に率いられた兵と共に、古谷飛曹長、飯塚二飛曹は密林の中を進んでいた。
緑の底がぼんやりと明るくなってくる。
太陽は見えない。が、光が辛うじて周囲を明るく染めていく。
「夜が明けましたね」
「密林の底にいても朝は来るもんだ」
光が緑に染まる暁であった。
漆黒よりも黒い闇を進んでいた夜間から、濃緑よりも濃い緑の中を進むことになった。
古谷飛曹長にとって、どにに進んでいるのか分からないのは同じだった。
「小休止だ」
暫く進み、植生が比較的疎になっている場所で休憩を取ることになった。
古谷飛曹長はへたり込むようにして座った。
航空機であれば、一瞬の距離を二本の脚で進む。
なんと、大変なことであるかと思う。
「腹に入れておけ」
関根中尉に乾麺麭を渡される。
「ありがとうございます」
「水だ」
水筒も渡された。
乾麺棒を口の中に放り込み、ガリガリと噛み砕く。
固くて顎が痛くなった。
それを水で流し込んでいく。
空っぽの胃に者が入ったことで、今まで感じなかった空腹が感じられるようになる。
貪るようにして、残りの乾麺棒も食べた。
「中尉」
「何だ、飛曹長」
「敵は出てきますか?」
夜中に敵の警戒線に触れ、機銃の猛射を喰らった。
地上であのような目に合うのはもう御免であった。
空で死ぬのなら、覚悟はできている。
が、地上で意味もなく死んでしまうというのは我慢ができなかった。
搭乗員という特殊な立場ゆえの傲岸な思いであると理解していてもだ。
「敵基地の警戒も厳しくなっているが、昨夜のようなことはないだろう」
「敵の捜索隊に遭遇する可能性は」
「さあな」
言葉を区切ると、関根中佐は懐からタバコを取り出し、一本口に咥えた。
「今まで奴らが本格的な部隊を送り込むことは無かった。が――」
「が?」
「これからも無いと断言できる要素はないな」
濃厚な緑の空気が震えた。
敵機――
エンジン音だ。航空機のエンジン音。
古谷飛曹長は上空を見上げるが、密林の底からは、覗き窓を通して空を見るようなものであった。
「友軍機だよ」
腕時計を見て、関根中尉は言った。
「ラバウルからの定期便だろう」
「陸攻?」
「だろうね」
よく聞けば聞きなれた火星エンジンの音だ。
友軍機に間違いなかった。
高高度、八〇〇〇メートル以上を飛行する一式陸攻だった。
「この島には、友軍機がよく落ちるのですか?」
飯塚二飛曹が口を開いた。
「島に直接墜ちるのは、無いとは言わないが数は多くないな」
「その多くないという墜落機はどうされるのですか?」
「行ける場所なら行って、破壊する今回のようにな」
中尉はそう言って、タバコを捨てる。
つま先で土を掘り返し吸殻を埋めた。
「行くぞ、小休止終わり」
そして、断続的な、爆発音が響きだした。
陸攻の高高度からの爆撃であった。
昼も夜も、この島は明らかに戦場であり続けていた。
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