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その159:ガダルカナル遊撃戦 その1
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屠龍の二機編隊は航速度である時速三三〇キロに達した。
ブインの既知を発しガダルカナルの米軍基地への夜間攻撃を企図したものであった。
「高度六〇(六〇〇〇メートル)、雲量三―― 進路維持」
偵察員席に座る古谷飛曹長からの声が伝声管を通じて聞こえた。
操縦員の飯塚二飛曹は、短く「了解」を伝えた。
陽は大きく西に傾き、雲はオレンジ色に染まっている。進行方向には雲はない。視界は良好だった。
「よく見張れ。特に右に回り込まれたら厄介だ」
「了解」
西陽を背景にして敵機に接近を許すと非常に厄介だ。その意味で古谷飛曹長の命令は妥当であった。
が、そちらばかりを見てては眩しすぎて目が焼かれてしまいそうだった。
飯塚二飛曹はそれでも目を細めて見張る。生きて帰るためには何よりも見張りが重要なことは十分に知っていた。
古谷飛曹長も、飯塚二飛曹も水上機部隊から異動になった搭乗員だった。
海軍の戦闘機搭乗員は基本的に夜間飛行の訓練を受けていなかった。
最近になり、機動部隊を中心に夜間攻撃訓練をするようになっている。
が、基地航空隊では、十分な技量を持った者は多くはなかった。
そこで、夜間飛行の経験の多い搭乗員が異動になったりしている。
古谷、飯塚の両名もその流れの中で異動し、屠龍搭乗員となった者だった。
二式複座戦闘機・屠龍。キ四五改と呼ばれる機体――
元々は陸軍戦闘機だ。
陸海軍の機材統合の中で、真っ先に対象となった機体でだった。
海軍では、遠隔動力操作の銃座プラットフォームとして開発の進んでいた十三試双発陸戦というものがあった。
この機材の開発が中止となり、屠龍に統合されたのである。
海軍内、開発を進めていた企業の反発はあったが、似たような機材を陸海軍別途でそろえるのは不合理であった。
主力機材ではないということ。
十三試双発陸戦が搭載する予定の動力銃座の性能が期待したほどでなかったこと。
機体性能が明らかに屠龍が上であったということ。
そもそもが、双発複座戦闘機は、一九三〇年当時、フランスに端を発する「双発機でエンジン出力を上げ、戦闘機、爆撃機、偵察機を統合したら、経費が削減できて便利じゃね?」という「都合のいい万能機」を夢想したところから始まる。
欧米がやっているので、日本もやらねば!ということで、やってはみたのだ。
軍用機史を俯瞰したとき、この「万能双発戦闘機構想」は完全に失敗だった。
万能機というのは、どの任務もそこそこできるが、ある任務に特化した専門機相手では劣る物のなってしまったのだ。
エンジンを離床千百三〇馬力の栄二一型に換装し最大速度は高度六〇〇〇メートルで五六〇キロに達している。
上昇力は五〇〇〇メートルまで七分――
機首には二〇ミリ機銃を四門備え、その火力は日本軍でも最大級だ。
武装は様々なバリエーションがあり、中には三七ミリ砲を備えた機体もある。
それでも単発単座戦闘機相手には、分が悪かった。
今までの戦闘結果でもそれは証明されていた。
が、屠龍は決して役立たずというわけではない。
十徳ナイフは単機能では専門の道具に劣るが、その利便性は一定水準で発揮されるものだった。
要は運用の仕方であった。
屠龍は、夜間戦闘機、対大型機迎撃、偵察、哨戒、爆撃などの任務に使用することが可能であった。
対戦闘機戦闘は「出来なくはない」程度で連合軍機に対し不利は否めない。
が、双発複座の利点を生かし、夜間対地攻撃には威力を発揮した。
ラバウルからの一式陸攻の攻撃の間を埋めるように、小規模の屠龍編隊が夜間攻撃を行うことになった。
小規模なものであるが、擾乱攻撃としては十分なものだ。
屠龍は最大で二五〇キロ爆弾を二発搭載できる。
軽爆としてならその打撃力は結構なものだ。
最大速度五六〇キロは、新鋭爆撃である「銀河」に劣らない。
おまけに、爆弾投下後は、ある程度の自力戦闘が可能である。
双発複座であることで、航法能力も高い。
夜間戦闘において、非常に使い勝手のいい機材だった。
「この辺りでも敵機は出てくるかもしれんからな」
古谷飛曹長は呟くようにして言った。
「確かに」
答えを求めたものではなかったが、飯塚二飛曹から返答があった。
山本長官がブインへ向かう途中で、通り魔のような奇襲に合った。
敵の攻撃は、宇垣参謀長の尻に軽症を負わせた以外失敗に終わった。
ただ、その攻撃が可能であった背景は大問題となっているようだった。
暗号が解読されているのでは?
敵性原住民が情報を伝えているのでは?
様々な問題が洗い出されてきたらしい。
今はまだその問題に対する対策はなんら立てられていない。
だから、自分たちがここで、攻撃を受ける可能性も捨てきれない。
「既に、日が落ちかけていることで、どこまで効果があるかだな」
「帰還するときには完全な夜間になるからな。照明にも限界はある」
夜間飛行の中でも夜間着陸は非常に難易度が高い。
今までも夜間の小規模攻撃には、敵は手を出してこなかった。
迎撃するよりも、下手に出撃させ事故を起こすのを恐れているのかもしれない。
ただ、今までそうであったから、今日もそうであるという保障は何もない。
「電信あり。符牒『青』」
それは、ガダルカナル敵基地に動きがないということだった。
敵がこちらの基地を見張っているように、ガダルカナルの米軍基地も我軍が監視していた。
「ガ島遊撃隊から電信ですね」
「ああ、敵の動きはない。が、引き続き見張りは続ける」
「了解」
飯塚二飛曹は計器を一瞥し、燃料を確認。順調だ。
機体の状態も安定していた。
彼はその後、見張りを続ける。
空は青から濃紺の色彩へと変化しつつあった。
◇◇◇◇◇◇
水平線近くに辛うじてガダルカナル島らしき、島影を確認した。
「ガ島前方。進路そのまま」
古谷飛曹長の声が響く。
すでに、高度は下げていた。海面五〇メートル。
夜間飛行でこの高度は危険ではあったが、敵電探に捉えられる危険性を考えると選択肢は無かった。
飯塚二飛曹は背後を振り返る。僚機はきちんと追従してきていた。彼らもまた水上機部隊出身のものだった。
ガ島上空へ侵出する。高度を上げる。もう電探を警戒する距離ではない。
敵機はいないが、完全に敵勢力圏内である。油断はできない。
「速度を上げる。戦闘準備」
「了解」
スロットルを叩き込み速度を上げる。
一気にブーストが上がり。推力式単排気管から勢いよく焔が噴出す。
屠龍はグンっと加速する。
この機動力、加速力は、屠龍の戦闘機としての血の濃さを示すものであった。
屠龍には、飛行場攻撃用に、六〇キロ爆弾六発が搭載されていた。
小型爆弾の多数搭載は、爆弾重量だけ見れば、効率が悪い。
ただ、飛行場攻撃には、多くの小型爆弾による攻撃の方が有効であった。
爆弾は対地攻撃用の「タ弾」であり、一〇〇〇個以上の小型弾子を六〇メートルの範囲にばら撒くクラスター爆弾だ。
部隊によっては、三〇キロ爆弾を空対地だけでなく、空対空攻撃に使っているともいう。
通称「タコ爆弾」(タコの脚のように爆煙が伸びるので)である。
「飛行場 一〇時の方向――」
古谷飛曹長の声と同時に、飯塚二飛曹も飛行場を発見していた。
密林の中で切り開かれた、広々とした空間が闇の底に浮き上がっていた。
飯塚二飛曹は、屠龍を操り侵入経路を探る。
対空砲火はない。敵からの反撃は一切なかった。沈黙が不気味であった。
(くそ! 焦るな!)
逸る気持ちを押さえ込み、眼下をみやる。
複数の掩体が確認でき、曝露されている機体は見つからない。
貫通力のないタ弾搭載は失敗だったのではないかと飯塚二飛曹は思う。
思っても詮無いことであり、すぐに頭から振り払う。
「掩体入り口を狙って投下する!」
「え!」
「降下爆撃だ」
「……了解」
非常に危険であった。
夜間で視界が明瞭でないところでの降下爆撃。
高度計が頼りであるが、一歩間違えれば地面に激突してしまう。
また、沈黙を守っている敵砲火も不気味だった。
(やるべきことをやるだけだ)
グッと操縦桿を握りこみ、飯塚二飛曹は覚悟を極める。
慎重に侵入経路を選定する。
対空砲火の火箭に捉えられればお仕舞いだ。
屠龍は決して脆弱な機体ではないが、集中砲火を喰らってはたまらない。
一瞬、地上が光った。
凄まじい光芒の束が投げつけられ来る。
「対空砲火!」
掩体周辺に隠蔽されていた対空機銃が火を吹いたのだ。
二〇ミリか?
火箭の太さからいって十二.七ミリではない。40ミリの発射速度でもなかった。
スロットルを叩き込む、一気に加速し降下する。
「投下!」
滑り込むような降下角度で侵入した屠龍は六〇キロ爆弾をばら撒いた。
慣性運動のまま、爆弾は、滑り込むようにして、掩体入り口周辺ばら撒かれた。
そして、爆発。
クラスター弾子が効果を発揮したのか、掩体が焔に包まれた。
しかし、屠龍も真っ赤な火箭に包まれる。
「うぉぉぉぉ!!」
飯塚二飛曹は反射的に、機首の二〇ミリ四門を発射していた。
敵砲火に向けたつもりであったが、どちらかといえばめくら撃ちだった。
「機首上げろ!」
古谷飛曹長が叫ぶ。
飯塚二飛曹は、目いっぱい操縦桿を引いた。
凄まじいGを感じて、屠龍は反転上昇する。
双発機とは思えぬ、切れのある機動であった。
ガ、ガガン!
機体に衝撃が走る。
続いて、背後が明るくなった。
振り返ると大きな焔が上がっていた。密林からだった。
タ弾が、秘匿された燃料か、弾薬、そのような物を爆破したのであろうか。
「右発動機被弾!」
右発動機から黒煙が噴出していた。
「消火!」
レバーを引く。二酸化炭素が充満した石鹸水が噴出されエンジンの炎を消し止める。
しかし、もはや銃弾を喰らったエンジンは死重以外の何者でもなくなった。
「飛曹長!」
古谷二飛曹は声を上げた。ここに至っては「自爆」以外の選択肢は無さそうだった。
その意味を込めた「飛曹長」という悲壮な呼びかけだった。
死に対する恐怖はあった。操縦桿を握る手が震える。が、それ以外に何があるのか?
「まて! 通信だ。ガ島遊撃隊より通信が入った。不時着―― いや落下傘降下する」
「え?」
こんな敵地で落下傘降下など、わざわざ俘虜になるようなものだと、飯塚二飛曹は思う。
が、古谷飛曹長の決心は変わりそうになかった。
「高度を上げるんだ。方位三時の方向へ、その後大きく迂回する!」
「了解!」
飯塚二飛曹は答えた。
自爆による一〇〇パーセントの死よりも、落下傘降下の方がましであった。
が、それにしてもだ……
(ガ島遊撃隊とは、何者なんだ?)
その疑問が不安とともに、胸の奥からわきあがるのであった。
ブインの既知を発しガダルカナルの米軍基地への夜間攻撃を企図したものであった。
「高度六〇(六〇〇〇メートル)、雲量三―― 進路維持」
偵察員席に座る古谷飛曹長からの声が伝声管を通じて聞こえた。
操縦員の飯塚二飛曹は、短く「了解」を伝えた。
陽は大きく西に傾き、雲はオレンジ色に染まっている。進行方向には雲はない。視界は良好だった。
「よく見張れ。特に右に回り込まれたら厄介だ」
「了解」
西陽を背景にして敵機に接近を許すと非常に厄介だ。その意味で古谷飛曹長の命令は妥当であった。
が、そちらばかりを見てては眩しすぎて目が焼かれてしまいそうだった。
飯塚二飛曹はそれでも目を細めて見張る。生きて帰るためには何よりも見張りが重要なことは十分に知っていた。
古谷飛曹長も、飯塚二飛曹も水上機部隊から異動になった搭乗員だった。
海軍の戦闘機搭乗員は基本的に夜間飛行の訓練を受けていなかった。
最近になり、機動部隊を中心に夜間攻撃訓練をするようになっている。
が、基地航空隊では、十分な技量を持った者は多くはなかった。
そこで、夜間飛行の経験の多い搭乗員が異動になったりしている。
古谷、飯塚の両名もその流れの中で異動し、屠龍搭乗員となった者だった。
二式複座戦闘機・屠龍。キ四五改と呼ばれる機体――
元々は陸軍戦闘機だ。
陸海軍の機材統合の中で、真っ先に対象となった機体でだった。
海軍では、遠隔動力操作の銃座プラットフォームとして開発の進んでいた十三試双発陸戦というものがあった。
この機材の開発が中止となり、屠龍に統合されたのである。
海軍内、開発を進めていた企業の反発はあったが、似たような機材を陸海軍別途でそろえるのは不合理であった。
主力機材ではないということ。
十三試双発陸戦が搭載する予定の動力銃座の性能が期待したほどでなかったこと。
機体性能が明らかに屠龍が上であったということ。
そもそもが、双発複座戦闘機は、一九三〇年当時、フランスに端を発する「双発機でエンジン出力を上げ、戦闘機、爆撃機、偵察機を統合したら、経費が削減できて便利じゃね?」という「都合のいい万能機」を夢想したところから始まる。
欧米がやっているので、日本もやらねば!ということで、やってはみたのだ。
軍用機史を俯瞰したとき、この「万能双発戦闘機構想」は完全に失敗だった。
万能機というのは、どの任務もそこそこできるが、ある任務に特化した専門機相手では劣る物のなってしまったのだ。
エンジンを離床千百三〇馬力の栄二一型に換装し最大速度は高度六〇〇〇メートルで五六〇キロに達している。
上昇力は五〇〇〇メートルまで七分――
機首には二〇ミリ機銃を四門備え、その火力は日本軍でも最大級だ。
武装は様々なバリエーションがあり、中には三七ミリ砲を備えた機体もある。
それでも単発単座戦闘機相手には、分が悪かった。
今までの戦闘結果でもそれは証明されていた。
が、屠龍は決して役立たずというわけではない。
十徳ナイフは単機能では専門の道具に劣るが、その利便性は一定水準で発揮されるものだった。
要は運用の仕方であった。
屠龍は、夜間戦闘機、対大型機迎撃、偵察、哨戒、爆撃などの任務に使用することが可能であった。
対戦闘機戦闘は「出来なくはない」程度で連合軍機に対し不利は否めない。
が、双発複座の利点を生かし、夜間対地攻撃には威力を発揮した。
ラバウルからの一式陸攻の攻撃の間を埋めるように、小規模の屠龍編隊が夜間攻撃を行うことになった。
小規模なものであるが、擾乱攻撃としては十分なものだ。
屠龍は最大で二五〇キロ爆弾を二発搭載できる。
軽爆としてならその打撃力は結構なものだ。
最大速度五六〇キロは、新鋭爆撃である「銀河」に劣らない。
おまけに、爆弾投下後は、ある程度の自力戦闘が可能である。
双発複座であることで、航法能力も高い。
夜間戦闘において、非常に使い勝手のいい機材だった。
「この辺りでも敵機は出てくるかもしれんからな」
古谷飛曹長は呟くようにして言った。
「確かに」
答えを求めたものではなかったが、飯塚二飛曹から返答があった。
山本長官がブインへ向かう途中で、通り魔のような奇襲に合った。
敵の攻撃は、宇垣参謀長の尻に軽症を負わせた以外失敗に終わった。
ただ、その攻撃が可能であった背景は大問題となっているようだった。
暗号が解読されているのでは?
敵性原住民が情報を伝えているのでは?
様々な問題が洗い出されてきたらしい。
今はまだその問題に対する対策はなんら立てられていない。
だから、自分たちがここで、攻撃を受ける可能性も捨てきれない。
「既に、日が落ちかけていることで、どこまで効果があるかだな」
「帰還するときには完全な夜間になるからな。照明にも限界はある」
夜間飛行の中でも夜間着陸は非常に難易度が高い。
今までも夜間の小規模攻撃には、敵は手を出してこなかった。
迎撃するよりも、下手に出撃させ事故を起こすのを恐れているのかもしれない。
ただ、今までそうであったから、今日もそうであるという保障は何もない。
「電信あり。符牒『青』」
それは、ガダルカナル敵基地に動きがないということだった。
敵がこちらの基地を見張っているように、ガダルカナルの米軍基地も我軍が監視していた。
「ガ島遊撃隊から電信ですね」
「ああ、敵の動きはない。が、引き続き見張りは続ける」
「了解」
飯塚二飛曹は計器を一瞥し、燃料を確認。順調だ。
機体の状態も安定していた。
彼はその後、見張りを続ける。
空は青から濃紺の色彩へと変化しつつあった。
◇◇◇◇◇◇
水平線近くに辛うじてガダルカナル島らしき、島影を確認した。
「ガ島前方。進路そのまま」
古谷飛曹長の声が響く。
すでに、高度は下げていた。海面五〇メートル。
夜間飛行でこの高度は危険ではあったが、敵電探に捉えられる危険性を考えると選択肢は無かった。
飯塚二飛曹は背後を振り返る。僚機はきちんと追従してきていた。彼らもまた水上機部隊出身のものだった。
ガ島上空へ侵出する。高度を上げる。もう電探を警戒する距離ではない。
敵機はいないが、完全に敵勢力圏内である。油断はできない。
「速度を上げる。戦闘準備」
「了解」
スロットルを叩き込み速度を上げる。
一気にブーストが上がり。推力式単排気管から勢いよく焔が噴出す。
屠龍はグンっと加速する。
この機動力、加速力は、屠龍の戦闘機としての血の濃さを示すものであった。
屠龍には、飛行場攻撃用に、六〇キロ爆弾六発が搭載されていた。
小型爆弾の多数搭載は、爆弾重量だけ見れば、効率が悪い。
ただ、飛行場攻撃には、多くの小型爆弾による攻撃の方が有効であった。
爆弾は対地攻撃用の「タ弾」であり、一〇〇〇個以上の小型弾子を六〇メートルの範囲にばら撒くクラスター爆弾だ。
部隊によっては、三〇キロ爆弾を空対地だけでなく、空対空攻撃に使っているともいう。
通称「タコ爆弾」(タコの脚のように爆煙が伸びるので)である。
「飛行場 一〇時の方向――」
古谷飛曹長の声と同時に、飯塚二飛曹も飛行場を発見していた。
密林の中で切り開かれた、広々とした空間が闇の底に浮き上がっていた。
飯塚二飛曹は、屠龍を操り侵入経路を探る。
対空砲火はない。敵からの反撃は一切なかった。沈黙が不気味であった。
(くそ! 焦るな!)
逸る気持ちを押さえ込み、眼下をみやる。
複数の掩体が確認でき、曝露されている機体は見つからない。
貫通力のないタ弾搭載は失敗だったのではないかと飯塚二飛曹は思う。
思っても詮無いことであり、すぐに頭から振り払う。
「掩体入り口を狙って投下する!」
「え!」
「降下爆撃だ」
「……了解」
非常に危険であった。
夜間で視界が明瞭でないところでの降下爆撃。
高度計が頼りであるが、一歩間違えれば地面に激突してしまう。
また、沈黙を守っている敵砲火も不気味だった。
(やるべきことをやるだけだ)
グッと操縦桿を握りこみ、飯塚二飛曹は覚悟を極める。
慎重に侵入経路を選定する。
対空砲火の火箭に捉えられればお仕舞いだ。
屠龍は決して脆弱な機体ではないが、集中砲火を喰らってはたまらない。
一瞬、地上が光った。
凄まじい光芒の束が投げつけられ来る。
「対空砲火!」
掩体周辺に隠蔽されていた対空機銃が火を吹いたのだ。
二〇ミリか?
火箭の太さからいって十二.七ミリではない。40ミリの発射速度でもなかった。
スロットルを叩き込む、一気に加速し降下する。
「投下!」
滑り込むような降下角度で侵入した屠龍は六〇キロ爆弾をばら撒いた。
慣性運動のまま、爆弾は、滑り込むようにして、掩体入り口周辺ばら撒かれた。
そして、爆発。
クラスター弾子が効果を発揮したのか、掩体が焔に包まれた。
しかし、屠龍も真っ赤な火箭に包まれる。
「うぉぉぉぉ!!」
飯塚二飛曹は反射的に、機首の二〇ミリ四門を発射していた。
敵砲火に向けたつもりであったが、どちらかといえばめくら撃ちだった。
「機首上げろ!」
古谷飛曹長が叫ぶ。
飯塚二飛曹は、目いっぱい操縦桿を引いた。
凄まじいGを感じて、屠龍は反転上昇する。
双発機とは思えぬ、切れのある機動であった。
ガ、ガガン!
機体に衝撃が走る。
続いて、背後が明るくなった。
振り返ると大きな焔が上がっていた。密林からだった。
タ弾が、秘匿された燃料か、弾薬、そのような物を爆破したのであろうか。
「右発動機被弾!」
右発動機から黒煙が噴出していた。
「消火!」
レバーを引く。二酸化炭素が充満した石鹸水が噴出されエンジンの炎を消し止める。
しかし、もはや銃弾を喰らったエンジンは死重以外の何者でもなくなった。
「飛曹長!」
古谷二飛曹は声を上げた。ここに至っては「自爆」以外の選択肢は無さそうだった。
その意味を込めた「飛曹長」という悲壮な呼びかけだった。
死に対する恐怖はあった。操縦桿を握る手が震える。が、それ以外に何があるのか?
「まて! 通信だ。ガ島遊撃隊より通信が入った。不時着―― いや落下傘降下する」
「え?」
こんな敵地で落下傘降下など、わざわざ俘虜になるようなものだと、飯塚二飛曹は思う。
が、古谷飛曹長の決心は変わりそうになかった。
「高度を上げるんだ。方位三時の方向へ、その後大きく迂回する!」
「了解!」
飯塚二飛曹は答えた。
自爆による一〇〇パーセントの死よりも、落下傘降下の方がましであった。
が、それにしてもだ……
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