無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その119:鬼よ我が魂の前に哭け 東部ニューギニア戦線 その11

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「レーダー(電波屋)の情報通りだな」

 メルケル大尉は酸素吸入器に隠れた口に獰猛な笑みを浮かべていた。
 その灰色がかった瞳は、敵編隊を捉えていた。
 20機はいない―― 18機か……

 そして彼が率いる戦闘機隊は24機。
 数の優位はこちらにあった。

 日本機の機影がはっきりしてくる。双発の小型の機体。
 ダイナ(百式司令部偵察機)ともリリィ(九九式双発軽爆撃機)とも違う。
 まだ識別帖には性能分析などは、掲載されていない機体。
 ただ、高速で20ミリ砲を4門以上搭載したP-38レベルの高性能な双発機があるという噂はあった。
 おそらく、双発機はその機体だろうと思われる。

 しかし、あくまで噂の段階だ。過小評価をする気もないが、過大評価はもっと危険だ。
 そうそう双発機が単発機に勝てる物ではない。
 単機の空戦になれば、P-40でもP-38を翻弄することは、模擬空戦で証明されている。
 
『第4中隊。上空の双発機を狙え。叩き落とせ!』

 メルケル大尉の声が電波となり空中に広がっていく。
 そして、命令を受けた機体が上昇を開始する。
 不利な高度になるが、それは仕方ない。戦場で100%を望むわけにはいかない。

 そして、編隊の多くを占める機体。その機影をメルケル大尉は見やった。
 見慣れた日本機とは全く違うような気がした。
 
(液冷エンジンか――)
 
 ジーク(零戦)ともオスカー(隼)とも違う。尖った機首。
 それは、空冷ではなく、液冷エンジンを搭載していることを示している。
 そのような機体がニューギニアに存在することなど、知らされてなかった。

 ジャップの新鋭機――
 いや…… もしや……

「おいおい、メッサーか? ナチの戦闘機を持ちだしてきやがったのか?」
 
 メルケル大尉は、戦慄する。ルフトヴァッフェ・ドイツ空軍の主力戦闘機。

 メッサーシュミット Bf109――
 
 欧州の空で猛威を振るうドイツ製の猛禽の名を脳裏に浮かべる。
 目の前の機体は、それなのか?
 日本がコピー生産を行ったのか?
 ドイツから運んできたのか?

 メルケル大尉は恐れを振り払う。

 欧州の戦訓を思い出す。P-40による対メッサーシュミットの戦法は確立している。
 P-40の低空での旋回性能は、メッサーをしのぐ。
 低空戦闘に引きずり込んで、旋回戦闘に巻き込めば勝てる。負けることはない。

「なにがメッサーだ。なにがドイツ空軍だ! こっちだって、連日、悪魔のようなジークを相手にしているんだ―― 叩き落としてやる」

 メルケル大尉は、誰にも届くことのない叫びをあげる。
 それは太平洋戦線を甘くみて、痛い目に遭い続け、今の惨状を引き起こした誰かに向かってのものだった。
 その元凶がいったい誰なのかは、彼にも分からなかったが。
 
『突っ込め! 高度をあげるな。低空の旋回戦闘で戦え、相互援助、チェックシックス!(背後を注意しろ)』

 アリソンエンジンが唸りを上げる。
 蒼空の鮫たちが、獲物の血を求め、牙をむいていた。

        ◇◇◇◇◇◇

『敵! P-40、24、一時方向、高度50(5000メートル)―― 突っ込んで蹴散らせ。屠龍隊は高度を上げろ』

 中隊長の声が、九九式飛三号無線機から聞こえる。雑音混じりだが、十分に聞き取れた。
 上沢軍曹はその声を待たず、機体を突っ込ませている。中隊長の命令は「上沢軍曹に続け」言ってるのと同じだった。
 そして、屠龍がジリジリと高度を上げていくのが見える。
 
 敵は? 金子伍長は敵の方をみやった。
 真っ直ぐとこっちに向かってくる。ほぼ同高度だ。

 これで、機数は12対24。丁度、倍の数になる。
 屠龍も戦闘機ではあるが、今回は爆撃任務が主体だ。高度を上げ、進撃を続ける。
 そもそも、屠龍では単発機相手の戦闘行動はかなり厳しいという評価はすでに固まりつつあった。

 ただ、それでこの機体の評価自体が下がったわけではない。
 機種に揃えた4門の20ミリ機関砲は、対爆撃機戦闘だけではなく、地上掃討にも威力発揮した。
 航続距離も長く、複座ゆえに航法能力も高い。
 今回のように、軽爆としての運用も可能だ。決して抜群の高性能機ではないが、汎用性の高い万能機といっていい存在になっている。

 やっとの思いで上沢機に追従しながら、金子伍長は燃料圧計、潤滑油油圧計などを一瞬視界に入れる。
 幅84センチの細いコクピット。しかし計器類は見やすく配置されていた。
 問題はない――

 スロットルを叩きこむ。
 精緻な液冷発動機「ハ41」は硬質な金属音を奏でる。それは、この気難しいエンジンがしっかり整備されていることを証明していた。

 機体が加速する。ぐんぐんと敵が大きくなってくる。
 百式光像照準器の反射ガラスを立て、スイッチをいれる。
 光源用抵抗器を回しレチクルを浮き上がらせていく。
 オレンジの光の輪がくっきりと浮かび上がる。

 金子伍長は意外に落ちついていた。
 前を飛ぶ上沢機にとにかく追従し離れない。それだけを考えていた。
 死ぬことよりも、ぶざまな闘い方をする方が怖かった。

『各機、高度を下げ過ぎるな。3000より下にいかせるとやっかいだ』

 中隊長機からの命令が響く。

『敵、分散。6機、上昇中。そいつらは追うな、目の前の敵をやる。それからだ』
 
 更に、中隊長の声。P-40が翼をひるがえし、蒼空を翔け上がっていく。

「屠龍を狙って、分散したのか」

 酸素マスクの中に金子伍長の声が響く。
 それでも機数の優位は敵にある。まだ18機がこちらに向かってくる。
 
 残りの敵は現状の高度を維持し、こちらを迎え撃つつもりだ。
 定石であれば、爆弾を搭載した機体を狙ってくるはずだ。
 ただ、高高度性能に問題のあるP-40ということで、全機が不利な高度に上がるのを避けたのかもしれない。
 対戦闘機戦闘では、有利な高度を維持。更に数の優位を確保し戦うつもりだろうか。

 P-40の搭載するアリソンエンジンは、低空で馬力を発揮する。
 しかし、高度5000を超えるあたりから急激にその性能を低下させる。
 すでにその特性は分かっていた。

 ただ、低高度における高速旋回性能は、連合国軍機の中でも最上位に位置するとされている。
 このキ61に対してどうか?
 最高時速590キロの速度は、明らかにP-40を上回る。
 高アスペクト比の翼は、結果的に誘導抵抗を減らし高速を実現した。
 しかし、その本当の目的は、旋回性能の向上だった。
 
 中高度での旋回性能でP-40に後れをとるとは思えなかった。

 緩やかな弧を描くように、キ61とP-40が真正面から突っ込んでくる。
 ヘッドオン――
 金子伍長は身を丸め、操縦桿頂部にある12.7ミリ機関砲の発射釦に指をおいた。
 
「編隊が!」

 P-40は編隊を2つに分けた。
 半分の機体が、機体を傾け、横腹を狙うように回り込んでこようとする。

『無視しろ、編隊を崩すな。そのまま突き抜けろ』

 ぐんぐんと正面のP-40が大きくなってくる。
 横に回り込む機動をみせた敵がどうなっているか気になる。
 一瞥する。そちらはまだ距離がある。

 前を行く上沢機の翼が赤い火箭を吐き出した。
 12.7ミリ機関砲。
 敵も撃ってきた。ほとんど同時。まるで、翼全体から炎を噴き出すような射撃だ。
 キ61は12.7ミリ4門。P-40は6門。火力の優位は敵にある。

「くそ!」

 金子伍長も発射釦を押しこむ。しかしなんの反応もない。
 更に押す。弾が出ない。無我夢中で足元の胴体砲の装填用押しボタンを蹴り飛ばす。
 アイスキャンデーのような形をした火の玉が吹っ飛んでくる中に機体が突っ込む。

「がぁぁぁあああ!!」

 金子伍長は思いきり装填用ボタンを蹴った。蹴った。また蹴った。脚が痺れるほどの強さだ。

 ダダダダダダダダ――

 唐突に胴体内機銃が発射される。照準器を覗く必要もない。P-40の空中勤務者の顔すら見えるような距離だった。
 敵が機体を捻り、上昇する。その翼と胴体の中心部に、弾丸が収束していった。
 
 爆発――
 風防ごしに、爆風と熱風を感じたかのような錯覚だった。
 危なかった。危ないなどというものではない。
 
 何らかの理由で機関砲に弾丸が装填されていなかったのか?
 その結果、危険なまでに距離が詰ったのだ。慌てた敵機が回避し、無防備な腹を見せたのが幸運だった。

 両翼の機関砲はまだうんともすんとも言わない。
 ただ機首の機関砲が撃てるなら戦える。十分だ。

「軍曹は? 軍曹の機体は?」

 彼はキョロキョロと空域を舐めるように見ていく。

 いた――
 高度がかなり下がっていた。
 高度計の数値は4000メートルを切りそうだった。
 
 その更に下に上沢軍曹機がいた。
 遁走しているP-40を追いこんでいるようだった。
 彼は、フットバーを蹴飛ばし、横転から降下を開始する。
 機体強度に優れたキ61は、突っ込みが鋭く、降下時の最高速度は時速850キロを超えてもびくともしないといわれる。
 ただ、ここでそれを試す気はないし、試す必要もない。

 P-40が機体を滑らせ、上沢軍曹の射撃をかわした。
 敵も手練れなのか―― そう簡単には落とされてくれそうにない。
 
 金子伍長は高度計を確認する高度は3500あたりだ。
 上沢機の高度はそれより500は下だろうか。

 この高度は、まずい――
 P-40が一番性能を発揮できる高度だ。
 
 機体性能で後れをとるとは思えないが、わざわざ敵の土俵で戦ってやる必要はない。
 P-40が垂直旋回に入った。敵ながら鋭い機動だ。
 上沢軍曹は難なくそれについていく、余裕すら感じさせる。
 断続的に火箭が伸び、バラバラとP-40のアルミ外板を削っていく。

 アメリカ機らしい頑丈な機体だった。
 何発もの12.7ミリ弾を喰らいながらまだ戦闘飛行が可能だった。

 そのときだった、彼の右下に光る機体があった。かなりの速度。
 垂直旋回でP-40を追い詰めていた上沢機にかぶさるような形で、別のP-40が突っ込んできていた。
 降下加速を利用し、距離を詰めてくる。旋回で速度の落ちた上沢機を狙い撃ちにする気だ。

「軍曹!」

 金子伍長は叫んでいた。無線は使えない。
 彼の機体の無線機は「受信」専用になっている。
 中隊長からの命令は聞こえるが、こちらから発信することはできなかった。

 金子伍長はスロットルを叩きこみ。そのまま降下する。
 強烈なマイナスGが内臓を持ち上げる気がした。

 射撃をさせない。それが精一杯だった。
 距離は遠いが、彼は12.7ミリ機関砲を発射する。
 12.7ミリ弾が虚空にばらまかれる。

「オマエを狙っている敵がいる」これを知らせるためだけの射撃だった。

 P-40がそれに気づいた。横転降下し、戦域から離脱する。判断が早かった。
 彼は機体の降下角を緩める。

 上沢機が敵を仕留めた。銀色の破片を青い空に飛散させ、黒い煙の尾を引き吸いこまれるように大地に向かって落ちていく。
 濃い緑の海のような密林に、何本もの黒い煙が立ちあがっていた。
 すでに、多くの機体が、落ちたことを物語っていた。
 
 そのときであった。

「ガン、ガン、ガン」と機体をハンマーでたたかれたような衝撃が走る。
 背骨がビリビリと痺れた。

 反射的に後ろを見た。

「敵―― いつの間に」

 いつの間にもクソもない。自分がバカなのだ。味方に落とされた敵機を眺めているからこんなことになる。
 失態だった。

 高度は3000を切りそうだ。P-40の土俵だ。
 左右に機体を振るが、振り切ることができない。
 逆に、旋回の度に速度が落ち、距離を詰められているような気がした。

 なんどか銃撃を喰らい、その度に、ハンマーで殴られたような衝撃が走る。
 キ61に備えられた防弾板がなかったら、最初の一撃で自分は落とされていたのではないか?
 金子伍長はそう思い、唇をかみしめる。

 機体のせいではない。自分の不用意な行動が今の危機を招いたのだ。
 それでも、この機体は、自分を守ってくれている。

 更に高度が下がる。
 この高度では降下しての離脱は危険だった。
 しかし、背に腹は代えられなかった。
 自爆覚悟で突っ込む。この高度なら、敵も追ってこないかもしれない。
 引き起こしができなかったら、それはそのときだ。

 彼が覚悟を決めた瞬間だった。

 背後がバッと明るくなったのを感じた。
 振り返る。敵機が飛散していた。

 P-40と呼ばれていた戦闘機はアルミと鉄くずに変わり、重力に従い地上に落ちていった。 

「上沢軍曹……」

 彼を助けたのは、上沢軍曹だった。いつの間に、高度を上げ――
 いや、こっちが下がりすぎていたのか。彼は高度計を確認してそう思う。

 上沢軍曹のキ61が併走するように、金子伍長の機体に接近する。
 操縦席の中で、彼は上空を指さす。上昇するという意味だ。
 なにか、怒っているようなそぶりは一切なかった。
 むしろ、その顔には笑顔すら見えている。

 彼は上沢機に追従し、上空へ翔け上がっていく。

 後に「飛燕」と呼ばれることになる機体。その2機が熱帯の太陽の光を受け、蒼空に光を放っていた。 
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