無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その94:雷鳴よソロモンの空に響け その1

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「しかし、あのリヤカーみたいなの、よく働くな」

 B-17の夜間爆撃で抉(えぐ)られた滑走路が埋め立てられていく。
 鷹羽二飛曹はその光景を見て言った。
 彼はラバウルからここに、赴任しまだ日が浅かった。
 ソロモン諸島、ブーゲンビル島のブイン基地。
 ここは、大日本帝国海軍のソロモン方面の最前線であり、最重要な航空基地となっていた。

 アメリカ軍から鹵獲(ろかく)したブルドーザに混じり、子どもの工作のような六輪車が仕事をしていた。
 自転車のタイヤを束ねたような車輪。
 ワイヤーでつながった排土板で土をどかす。

 1台あたりの能力ではどう見ても、アメリカ製の鹵獲品(ろかくひん)の方が上に見えた。
 機械としても高級そうだ。
 しかし、それでもこのリヤカーのような排土車は意外に活躍していた。
 
 アメリカ製ブルドーザの3分の1の能力しかなくとも、人手に頼るよりは数倍マシだ。
 おそらく、値段が調達しやすいんじゃないかと思った。
 ブイン基地の第一滑走路だけで、2ケタを超えるリヤカーブルドーザが稼働していた。

 この車両と設定隊の努力によって、ブインでは航空機用の掩体(えんたい)も揃っている。
 B-17の夜間爆撃も滑走路に穴をあけるのと、安眠妨害にしか成果を上げていない。今のところはだが。

「お、帰って来たな」

 鷲宮二飛曹の声だった。
 鷹羽二飛曹と同じく、彼もブイン基地に来て日が浅い。

「ああ、戻ってきたようだ」

 鷹羽二飛曹も、上空を見やった。突き抜けるような真っ青な空にゴマ粒のような点が見えた。
 ガダルカナルへの航空攻撃を行った零戦だ。
 出撃した数に比べ欠けているように見えなかった。

「俺たちには、いつお鉢が回ってくるんだろうな……」

 上空を見ながら、鷲宮二飛曹が呟く。
 鷹羽二飛曹にしたところで、思いは同じであった。

 1942年も終わろうとしているが、ここ赤道に近いソロモンの島は常夏だった。
 最前線に年の瀬も正月もない。季節感すらない。
 更に、彼らは最前線にあって、お茶を引いている状態だった。つまり、仕事が回ってこないのだ。

「台南空の猛者が敵さんを全部喰らっちまうんじゃないか」
 
 零戦の機影がはっきりしてきた。
 それを見つめて、鷲宮二飛曹は言った。

「今は251空って言うんだろ」

「ああ、そうか」

 海軍の中でも音に聞こえた猛者揃いといわれた台南空。
 一度、本土に戻り再編され、「海軍251航空隊」と名前を変え、再びソロモンにやって来た。
 生え抜きの搭乗員の中には、教員配置となった者も多いらしい。
 その分、新人が多く配属されているとは聞いている。

 太平洋に名を轟かした台南空のイメージ程に「猛者揃い」というわけではなくなっている。
 それでも、基幹搭乗員には、「手練れ」どころではない、「怪物(ばけもの)」のような搭乗員が何人かいる。
 魔王とか、サムライとか…… もう、彼らは人間以外のなにかだと思っていた。

 零戦が高度を低くしてきた。
 現在補修作業中の第一滑走路ではなく、第二滑走路に着陸するのだ。

「俺ら遊覧飛行ばかりだからな……」

 もはやボヤキにしか聞こえない鷲宮二飛曹の言葉であった。
 彼らの所属は204空。本土防空隊として結成された第六航空隊より改称した航空隊だ。

 本来であれば、ニューギアのポートモレスビーに配置される予定であった。
 しかし、戦況の変化がそれを許さなかった。
 ポートモレスビーも航空戦力を欲していた。
 むしろ、ソロモン方面よりも必要であったかもしれない。
 しかし、アメリカ・オーストラリア軍の抵抗により、基地の拡充が思うに任せない状況だった。
 現在の基地機能を維持するだけでも精一杯。
 航空戦力は、陸軍航空隊と海軍の水上機部隊が展開するに留まっている状況だった。
 
「乗れるだけマシってもんだろ」

 鷹羽二飛曹は懐からホマレを出して咥えた。火をつける。
 そして、鷲宮二飛曹にも勧めた。

「いただくよ」

 鷲宮二飛曹はタバコを口に咥えた。鷹羽二飛曹が自分の火をそれに移した。

「まあ、かなりガタが来ているとはいえ零戦だしな。大陸じゃまだ九六戦が飛んでるらしいからな」

「しかし、ガタガタの一号零戦だぞ。振動酷くて、ケツが痛くなる」

 彼らの言う「遊覧飛行」とは上空警戒のための飛行のことであった。
 本隊から先行して、ブインに進出したはいいが、機材の追及が追い付いていなかった。
 基地にあった余剰の機体を借りて、上空警戒をするくらいしか仕事がなかった。

 それは、この戦場におけるいくつかの事実を反映したものだった。
 まず、ソロモン方面の戦況が日本にかなり優位に推移しているということだった。

 ガダルカナルに上陸した米第一海兵隊を中心とする戦力は苦境に陥っている。
 交通線が遮断され、まともな輸送は出来ない状況だった。
 今では、駆逐艦や、重巡洋艦までも動員して必死の補給を続けていた。
 それに対する阻止行動に出る日本海軍。
 多くの艦艇がガダルカナル沖に沈んでいた。

 それでも、状況は日本に優位であるといえた。
 米海軍はガダルカナルを占領してはいたが、航空戦力を展開するに至っていなかった。
 ただ、その代替えとして、護衛空母を活用し粘り強い抵抗をしている。

「二号零戦改っていいらしいな」
 
 鷲宮二飛曹は、着陸態勢に入っている零戦を見ながら言った。
 一号零戦より大分翼が短く、全体に引き締まった印象があった。
 そして、機首が太い。それが力強さを感じさせていた。

「噂は聞いている」

 鷹羽二飛曹は短く言った。新型の零戦のことは知っていた。
 このブインに優先的に配備されている最新鋭機だ。
 こっちはガタの来た旧式の一号零戦だが。

「機首が太くなっていないか?」

「分かるか」

 彼は、鷹羽二飛曹の感想を首肯した。
 そして続けて口を開いた。
 
「積んでいるのは金星らしいからな。新型のだ。で、1300馬力出るって話だ」

「1300? 本当か?」

「整備員に聞いたんだがな」

 一号零戦は1000馬力に満たない。
 2号零戦で1130馬力。
 1300馬力はかなりの馬力アップに思えた。

「310ノット(時速574キロ)を超えるらしいぜ」

「そりゃ、速いな」

 彼らが話題にしているのは零戦53型と呼ばれる機体だ。
 現在の主力といえる零戦32型を上回る性能の機体といえた。
 エンジン換装による出力向上、推力式単排気管の採用。翼外板の強化。
 それにより、零戦の眷属の中でも最高のスピードを叩き出す機体となっていた。

 そして、馬力の向上はその武装の強化も可能とした。
 翼に初速をアップした20ミリ機銃。
 更に、陸軍との協定により、提供されることになった12.7ミリ機銃が機首に装備されている。

 10秒間の投射弾頭重量では零戦32型が約25キログラム。53型は32キロを超える。
 これは、米軍の標準的な武装である12.7ミリ機銃×6の場合の10秒間投射弾頭重量である38キロ以上に近い。
 米軍戦闘機の火力はかなり強力といえた。ただ、最新鋭の零戦は一撃でそれに近い弾頭重量を叩きこむことができた。
 しかも、一発の威力では遥かに大きい20ミリ機銃弾でだ。

 そして、どうも最近の米海軍機――
 グラマンF4Fは、零戦の機動に対抗するため、機銃を下ろして4丁にしているという噂もあった。
 機動力は侮れないレベルに上がっており、ジャク(未熟練者)の乗る一号零戦では危ういという評価があった。
 それでも、二号零戦ならば優位に戦えるという話だし、更に新型になれば、その優位は広がるだろう。

 しかしだ――

「で、俺たちの機体はいつ来るんだよ……」

 鷹羽二飛曹は焦りのこもった声で言った。
 下手をすれば、獲物は全て狩られてしまうのではないかという気がしたのだ。
 後から考えれば、それがいかにバカな考えだったか思い知るのであるが。

「早く、新型の零戦に――」

「いや、なんでも俺たちの受領する機体は、零戦じゃないらしい」

 鷹羽二飛曹の言葉を、鷲宮二飛曹が遮る。
 その言葉の意味を頭の中で数秒間咀嚼する鷹羽二飛曹だった。
 そのまま、首を動かし、彼の方を見た。

「はぁ?」

 ポカーンと口をあけてマヌケな言葉がでた。
 火のついたタバコがそのまま落ちた。

「本土から追及してくる残りの隊の者と、いっしょに空母で運んでいるらしい」

「戦闘機じゃないのか?」

 鷹羽二飛曹の頭にあったのは「戦闘機乗りをクビになったのか」という想念だった。
 ここでお茶を引いている現実がそれを補強する。

 なに?
 爆撃機か?
 偵察機?
 あれか? 俺が零戦をあまりにも無茶苦茶に扱うからか?

 鷹羽二飛曹は手練れであった。すでに5機以上の敵機を葬っており、他国であればエースの末席に坐するパイロットだ。
 ただ、上官からの評判は良くなかった。
 零戦の翼にしわを走らせ、リベットを吹っ飛ばす。
 機体に無茶苦茶な機動をさせる搭乗員という評価があったのだ。

 彼は目の前の男を見つめた。
 思えば、この鷲宮二飛曹もそうだ。
 機体の扱いが荒っぽいのだ。
 ダイブアンドズーム大好きで、狂気じみた飛行をする男だ。

 他の搭乗員はどうだったか……
 いや、違うか。
 全員が自分やこの男のような「雑で荒っぽい搭乗員」でないことに思い当たる。

「なんでそうなる?」

 オマエはアホウなのか?
 と言いそうな顔で、鷲宮二飛曹は言った。
 咥えていたタバコをプッと捨てた。

「零戦じゃないなら、戦闘機って――」

「零戦だけが戦闘機じゃねーよ」

「もしかして、陸軍機?」

「俺たち、海軍だよな? いくら陸海で機材の統合が進んでも、いきなり陸軍機に乗れとかないだろ。普通に考えて」

「なるほど…… しかしだ」

「新鋭機だよ。零戦53型以上の新鋭機だ!」

「新鋭機だって!」

「声がでかい!! 機密だ! まだ機密なんだよ!」

 搭乗員待機所にいた他の人間の視線が集まる。
 笑ってごまかす2人。

 しかし、鷹羽二飛曹は思う。
 なんで機密をこの男が知っている?
 鷹羽二飛曹は、どうやってこの男はそんな情報を仕入れてくるのかと不思議になった。
 しかし、軍にはこういった訳の分からん情報網を持った人間というのが少なからずいるということも知ってはいた。

 彼らは再び話しはじめた。

「いいか…… 大きな声じゃいえないが、俺たちは選ばれたんだ。新鋭機による精鋭部隊だ」

「そ、そうなのか……」

「重戦闘機だ」

「じゅうせんとうき?」

 一瞬、意味が分からず、鷹羽二飛曹は頭をひねる。
 間が開いて「じゅうせんとうき」が「重戦闘機」と繋がる。

「火力、速力、上昇力―― 最新の零戦がおもちゃに見えるレベルって話だ」

「本当か?」

「ああ、なんでも335ノット(時速620キロ)を軽く超えたらしい」

「凄いなそれは……」

 その話をきいて、興味が沸いてきた。希望も出てきた。
 戦闘機乗りの本能として、新型の機体に興味を持つなという方が難しい。
 しかも高性能機だ。最高335ノット以上なのだ。
 興味を持つなという方が無理ということだ。
 鷹羽二飛曹は身を乗り出した。 

「凄いことに、エンジンが1800馬力以上でるらしいな」

「なんだって?」

「1800馬力だ。千八百だよ」

「はぁ? バカな。最新の53型でも金星で1300馬力だろ?」

 さすがにそれは、あり得ないと思った。
 一年前の最新鋭機の倍。1800馬力とはそういう意味だ。それはさすがに盛り過ぎだ。
 疑わしそうにしている同僚を前にし、鷲宮二飛曹は得意そうに言った。

「火星を積んだんだよ」

「火星…… ってあの火星か?」

「あの火星が、どの火星を言っているのかしらんが、海軍のエンジンで火星といえば火星しかない」

「一式陸攻のエンジンの?」

「そうだな。ちなみに二式大艇も積んでいる」

「えーーーーー!!」

 ヤバいと思った。
 まず、その戦闘機の形状が思い浮かばない。
 無理して想像する。
 一式陸攻の馬鹿でかいエンジンを想像する。
 でかい―― 半端なくデカイ。
 陸攻の太い胴体に負けず劣らずデカイエンジンだ。

 そんなものを戦闘機につけてどうするんだ?
 いや、どうやってつけるんだ?
 グラマンを不格好なビヤダルみたいな戦闘機と思っていたが、あれより太いだろう。
 どうなんだそれは……

「どんな機体だよ……」

 鷹羽二飛曹は力なく言葉を漏らした。
 今までの期待や夢が急速に萎んでいった。
 彼は、やはり零戦53型の方に乗ってみたいと思った。

        ◇◇◇◇◇◇

 ガタのきた零戦21型に乗っての上空警戒任務が終わった。
 鷹羽二飛曹は、搭乗員に割り当てられた部屋で寝転んで休憩する。
 内地から運ばれてきた古雑誌を手に取った。

「おい! 来たぞ!」

 声が響いた。
 鷹羽二飛曹は声の方を見た。
 読んでいた古雑誌を置いた。
 視線の先にニコニコした鷲宮二飛曹がいた。

「なにが来た?」

「俺たちの乗る新鋭機だ」

「来たのか!」

 バッと鷹羽二飛曹は立ち上がった。
 
「第一滑走路だ。今着陸したばかりだ」

 鷹羽二飛曹は上空警戒中に、ブイン基地に接近する味方の空母を確認していた。
 あの、空母から発進したのかと思い至る。

 滑走路の一角に人だかりができていた。
 やはり新鋭機は珍しいのだ。搭乗員でなくとも興味を引かれて当然だった。
 彼の頭の中には、「ぶっとい火星エンジン搭載」で失望したことなど忘却の彼方になっていた。
 
 人をかき分け、その機体の前に出た。

「これが、新鋭機―― 俺たちの」

 それは太いといえば、確かに太いのかもしれない。
 しかし、絞り込まれた機首から、尾部にいたるまで計算されつくされた美しい曲線で造られた機体だった。
 三菱直系の芸術品のようなライン。しかし、零戦のように繊細ではない。力強さを感じさせるボディライン。
 弾丸か砲弾に翼を付けたような無駄のないフォルムに見えた。

 翼からは太い銃身がつきだしている。20ミリが4門あることが分かった。
 機首の4枚プロペラが、この機体のパワーを担保しているようであった。

「すごいな……」

 鷲宮二飛曹が言った。目が釘付けになっていた。
 同感だった。
 零戦を華麗な技を誇る美麗の剣士とするならば、この機体はなんだ?
 怪力無双の豪傑ではないかという感じだ。

「おい、貴様らどうした」

 2人は声の方を向くと反射的に敬礼をする。
 彼らの航空隊の小福田隊長だった。
 この機体といっしょに、このブインに追及してきたのだった。

「どうだ、いいだろ。この『為』は」

 小福田隊長は言った。

「為?」

「ああ、あだ名だよ。この機体の――」

 笑みを浮かべ小福田隊長が言った。

「正式名『雷電――』 乙戦・雷電。それがコイツだ。為ってのは『雷電為右衛門』からな……」

 上官のうんちくが耳に入ってこない。
 2人は目の前の戦闘機を見つめていた。


「雷電――」

 鷹羽二飛曹はその名を口の中で転がすように言った。

 やがて米軍を恐怖のどん底に叩き落す恐るべき戦闘機。
 その初陣の日が近づいていた。
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