無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

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その73:血戦! ポートモレスビー その15

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 ポートモレスビーから西のケレマ。
 大きな河に挟まれたデルタ地帯である。
 現在ここが、ニューギニアにおけるアメリカ軍の最大拠点となっていた。
 正確に言うならば、「なりつつ」であったが。
 
 兵力の増援が欧州戦線優先の状況下で困難であったこと。
 オーストラリアの政策がニューギニア放棄、本土防衛に切り替わったこと。
 1942年6月、ポートモレスビーへの圧力を高める日本軍。
 ポートモレスビーの防衛に拘泥することはアメリカにとってもオーストラリアにとっても大きな負担となることが予測されていたのだ。
 
 珊瑚海で発生した海戦は、双方空母部隊に大きなダメージを受け両軍が撤退。
 制海権には空白状態が生まれていた。
 いち早く立ち直ったのは、豪州北部に基地を持つ連合国であった。

 更に、ニューギニアでもポートモレスビーの兵力の一部をケレマに移動。
 1942年7月も終わろうとしていた時期、アメリカは、このデルタ地帯に航空基地を建設中であった。
 現在、戦闘機の中では最重量級と思われる、双発のP-38の離着陸までは可能となっていた。
 ただ、双発の爆撃機B-25クラスの運用を開始するまでにはまだ時間が必要だった。

 飛行場はただ、飛行機が飛べて着陸できる空き地があればいいのではない。
 敵の攻撃に対抗し得る復旧力。抗堪性(こうたんせい)が必須となる。
 
 そのケレマ基地に、ポートモレスビーから南西に展開する砲撃拠点からの連絡が入った。
 ケレマ基地の指揮官であるヒロッカ大佐は通信文を読んだ。
 その表情は、不機嫌を取り繕う気もないほど、険悪な物となっていた。

「莫迦が、援軍だと?」
 
 彼は、吐き捨てるように言った。
 そもそも、増援を送れるくらいなら、15サンチ砲による擾乱射撃などと言う姑息な手段を取る必要はない。
 上陸してきた、サルどもをミンチにしてやればいいだけのことだ。

「しかし、援軍といっても小隊規模の斥候を、河川域に――」

「それがバカなのだ。そんなものは必要ない。アイツに伝えろ、ひたすらサルどもに砲撃をお見舞いしろと」

 砲撃拠点の指揮官であるバレンタイン少佐とヒロッカ大佐は犬猿の仲といってよかった。
 この2人は双方とも似たところがある。2人とも莫迦ではない。 
 定量的な思考、論理的な思考を叩きこまれたプロである。
 ただ、バレンタイン少佐が「戦争職人」であり「芸術家」であるとすれば、ヒロッカ大佐は、組織の中の「軍人」という立場を崩さなかった。

 作戦指導や奇策で、近代戦をどうこうできる局面は少ない。
 このニューギニアのように、危険な任務で少数部隊を指揮しなければいけない局面であれば、バレンタイン少佐が適任であることもヒロッカ大佐は納得していた。
 その上で、彼の要請は莫迦げたものであると思っている。

「海軍には河川からの砲撃など無視して、突っ切れと圧力をかけておけ」

 バレンタイン少佐は、大嫌いな人間ではあったが作戦として輸送が必須なのは理解している。
 要はその対処の方法の違い。考え方の違いが決定的だった。

 バレンタイン少佐は、河川砲撃の排除を陸軍の仕事。つまり自分たちの職域として無理を言っている。
 そんなことをする必要はない。
 彼らはただ、ひたすら拠点を守り、鉄と火薬の嫌がらせをポートモレスビーに続ければいいのだ。

 このケレマ。そして、珊瑚海の島嶼にも複数の基地が建設中だ。
 時間を稼げば、確実にポートモレスビーの包囲体勢が出来あがる。
 確かに、ミルン湾を擁するラビを占領されたのは痛い。
 そのため、この包囲をもっても、完全な海上封鎖は出来ないと見込まれている。

 ヒロッカ大佐は、逆にそれが幸いしていると考えていた。
 ジャップにとって、中途半端に補給が可能な状況と言うのを残しておくこと。
 これは、ポートモレスビーでダラダラと出血を強いることが可能になるということだ。
 
 奴らにとっては、ポートモレスビーは撤退出来ない場所だ。
 撤退すれば、南西太平洋方面の戦力バランスは一気に崩れる。
 日本軍最大の拠点であるラバウルの航空要塞。
 そして、日本の真珠湾ともいえるトラック基地まで一気に崩壊する危険性があるのだ。

 現在、海軍はソロモン方面でジャップと殴り合いをしている最中だ。
 それに、ニューギニア方面からの圧力が加わったらどうなる?

 そして、資源地帯を守るためにも、奴らはニューギニアを絶対にあきらめない。
 だから、ここでジャップの血を大量に流させるのだ。
 河がサルどもの血で真っ赤になるまでだ。

「しかし、海軍も及び腰すぎる。負け癖が抜けぬのか……」
 
 河川への小規模な砲撃で任務を放棄した魚雷艇もそうだが、このニューギニア方面に艦艇を送り込んでこない海軍にも苛立ちを感じていた。
 確かに、ソロモン方面では連日、駆逐艦、巡洋艦による戦闘が繰り返されていると聞く。
 制空権も制海権もどちらともつかない状況なのは、このニューギニア方面以上なのかもしれない。
 
 しかし、それでもポートモレスビー沖から艦砲射撃の1回や2回は実施して欲しいと思っていた。
 ヒロッカ大佐は、不機嫌な顔のまま、思考する。そしてその思考の結果を口にした。

「なんで、俺の周りは莫迦ばかりなんだ……」

 彼がバレンタイン少佐以上に他人から好かれず、敵が多いのも、思ったことがすぐ口に出る癖故であった。

        ◇◇◇◇◇◇

「しかし、なんて砲撃だ……」
 
 松本少尉はタコツボからはい出ると、体に付いた土を払う。
 75ミリ級の野砲とは桁が違っていた。
 アメリカ軍が撃ちこむ15センチ級の砲撃により、現役の兵ですら精神がまいっている状態の者が出ている。
 こっちが1発撃つと、100発以上撃ち込んでくるのだ。
 
 四一式山砲の軽いという特性ゆえ、即場所を移動することは可能だった。
 一発撃つたびに砲撃拠点を移動することがなんとか可能なのも、この砲であるからだ。

「本当に、贅沢な戦ですね」

 弾薬分隊の分隊長である木村軍曹が呆れたような声で言った。

「こっちは、1発1発、爪に火をともすように撃っているというのに」

 諧謔を込めた声で彼は言った。
 砲弾はそれほど消費していないが、補給のくる気配はない。

「近くに砲が迫っていること。連絡線が寸断される可能性があると考えさせるための1発だからな」

 松本少尉はそう言うと、懐からホマレを出して、火をつける。
 湿ったタバコは、まずいものだったが、禁煙よりはマシだった。

「敵は来るのでありますか?」
 
 兵の一人が声を上げた。

「さあな、まあ派手な砲撃でも潰せないとなれば、人を出すしかなくなるだろう」

 近々にポートモレスビー本体から抽出された遊撃隊が切り込みをかけるという話を聞いている。
 米軍とて、密林内にそれほどの大部隊は展開できない。
 砲兵とそれを防衛するための少数の歩兵部隊が展開しているというのが、ポートモレスビー司令部の判断だ。

 松本少尉もその意見には賛成だった。
 実際、川に来たのは魚雷艇1隻だ。それほど大きな部隊を展開しているはずがない。
 また、それが出来るなら、ポートモレスビーを放棄する必要もないのだ。

「兵力を分散してきますかね――」

 斉藤軍曹は、そうあって欲しいという願望を滲ませた言葉を出した。
 ただ、それは、自分たちの部隊が本当に危なくなることも意味している。
 自分たちは、連隊砲小隊の第一分隊だ。砲一門だけの奇襲部隊と言っていい。
 逆に、歩兵部隊に襲撃されたら、どうにもならない。
 斉藤軍曹は、抜刀してアメ公を最低10人は道ずれにする気でいたが。

「どうだろうな」

 松本少尉はホマレの最後の一本を根元まで吸うと、それをもみ消しポケットにいれた。
 吸い殻の痕跡も残す気がなかった。

        ◇◇◇◇◇◇

「増援はなし。ただし、海軍のケツは叩いたということかね」

「まあ、大佐らしいんじゃないでしょうか」

「ふん、まああの石頭にできるのは、そんなもんだろうなぁ。脳に骨が浸食している石頭だ」

 バレンタイン少佐は副官のプポ中尉の言葉を聞き、苦笑を浮かべつつ毒を吐く。

「砲の移動は厳しいか?」

「まあ、無理ですね。陣地防衛の人員を総動員しても転換は不可能でしょう」

「そうだろうな――」

 そもそも、この拠点から砲を移動させるなど不可能なのは分かっていた。
 ただ、一応の検討は行う。検討せず無理と決めつけるのはもったいない話だ。
 戦は骨の髄まで楽しむべきなのだ。

「補給は来るでしょう。おそらく、その点は問題無いと思います」

「邪魔物はまだいるがな」

 バレンタイン少佐は、その点でプポ中尉ほど、楽観的ではなかった。
 負け戦を続ける海軍は、どうにも信用できないという。
 彼らしくない、感情に起因する不安感ではあった。

「『ピストル・チート』ですか」
 
 一発撃っては逃げ回るこずるい野砲。それは「ピストル・チート(ずる)」と呼ばれていた。

「ああ、あのサルどもだ」

「砲撃規模から見て、海軍が本気で補給を実行する気なら問題はないはずです。対抗策はいくらでもあります」

「君ほど優秀な軍人が海軍にいれば、このような密林で我々が楽しいことをしている現状はなかったろうがな」

 確かに、対抗策はいくらでも思いつく。
 複数の船艇を送り込み、1隻は砲拠点への攻撃に専念させることなどだ。
 これは、小型船に迫撃砲を積むだけで可能な話だ。
 複数の船艇を送り込み、確率論的な成功を狙うこともできる。
 それくらいの船はあるはずだ。

「補給は来ない。機銃弾は不足しているし、交換用の部品も厳しい。海軍はあてにならない。大佐は援軍を送る気はない」

 中々に楽しい状況がやってきたとバレンタイン中佐は考える。
 ある種の「戦争中毒者」である彼は、困難であればあるほど、脳が愉悦に震えるという軍人であった。
 
「防御面積を縮小して、弾幕密度を上げましょう」

「平凡だな」

 バレンタインは副官の提案に対し不満げに言った。挑発気味にだ。
 
「縮小したエリアには、トラップを仕掛けます。簡単なものでいいです。すぐできます」

「どんなものだ?」

「ここには15センチ砲だけは大量にあるんです。それを使えばいいんですよ」

 バレンタイン中佐の問いに対し、プポ中尉は悪魔のような計略を、淡々と数学者のように語った。
 そして、それはすぐに実行に移された。
 簡単であり、効果的な防御であったからだ。

        ◇◇◇◇◇◇

 密林内を進む真鍋少尉は焦っていた。
 敵砲撃拠点への夜間奇襲攻撃。その攻撃拠点への到達が困難になっているのだ。
 完全にはぐれていた。

 しかも、中隊本部との連絡を取る方法もない。

 明日21:00には、夜間突撃を実行する。
 遊撃隊として選抜された中隊が一方から、クサビを捻じ込むように突撃し浸透。
 砲の破壊を計画していた。

 中隊は3つの小隊で構成されていたが、真鍋少尉の第三小隊は第一、第二小隊とはぐれてしまっていた。
 そもそも、中隊本部がそのことを把握しているかどうかも怪しい。
 それだけ密林の闇は濃かった。

 河に出て、報告を受けていた渡河可能地点と思われる場所に出たが、中隊の存在は確認できない。
 しかし、進むしかない。
 敵拠点は分かっているのだから。
 
 攻撃開始時間までにはなんとか、攻撃可能位置につかねばならない。
 とにかく、時間が来たら攻撃する。
 それしかないのだ。

「各分隊は追従できているのか?」
 
 そもそも、自分たちの小隊ですら、きちんと全員が揃っているのかどうかが怪しいという状況だ。
 小隊は4つの分隊からなる。
 分隊の主力火器は軽機関銃である。
 彼の分隊は第一、第二分隊が九六式軽機関銃を装備。
 第三、第四分隊が八九式重擲弾筒という、世界的にみれば、小型迫撃砲に当たる兵器を装備していた。

「攻撃位置につくことだ。時間までに」

 攻撃時間に遅れるという強迫観念が真鍋少尉を襲っていた。
 それに比べれば、突撃位置がどこであってもいいという気分になっている。
 結果として、敵の砲を破壊できればいいのだ。

 渡河した遊撃中隊の第三分隊は、再び密林を突き進むのであった。

        ◇◇◇◇◇◇

「あまり調子がいいとはいえないですよ」
 
 機銃は点検、試射を行わなければ、不具合を起こす可能性のある機械だ。
 ブローニングM2重機関銃は傑作の名に恥じない兵器である。
 しかし、それは全くのメンテナンスを必要としないということではない。
 戦闘よりも、むしろそちらの方が重要であると考える者がいるくらいだ。

「確かに弾丸の集束がよくないようだ」

 機銃陣地の中で、報告を聞いたミンチー軍曹は手で顔を押さえた。
 指の間から見える目には疲労の色が濃かった。
 戦闘があったのは一回だけであったが、あれから機銃陣地に配備された者は凄まじい緊張感に晒されていた。

 歴戦と言っていい軍歴を持ちながら、素行の悪さから一等兵に止まっているウォーレンも気持ちは同じだった。

「銃身交換の時期がきてますよ。軍曹殿」

「交換部品が来ないからな。分かっているだろ? ウォーレン一等兵なら」

「そうですけどね」

 ウォーレン一等兵にもそれが分かっていた。
 そのため、ここ数日で、いっきに陣地の配置転換を行っている。
 
 そもそも、ここにきて、弾薬の不足の可能性が出てきたのだ。
 機銃弾幕射撃は凄まじい威力を発揮する。
 とくに、アメリカ軍の「突撃破砕射撃」による投射弾量はけた違いだった。

 その弾量があまりにも多すぎた。
 一回二回の攻撃ならともかく、連続した突撃に対応するには心もとない物があったのだ。

 夜勤(夜間砲撃)の兵隊たちは、今まで機銃のあった場所に何かを埋め込んでいた。
 まあ、戦場に埋めるものといえば、地雷か、死体のどちらかだ。
 ただ、この基地にそれほどの地雷があったのかどうかは、知らなかった。
 あったなら、早々に埋めておけと思っていた。
 
 ウォーレン一等兵は空を見上げた。
 すでに陽は沈み、闇が空間を支配している。
 密林のどす黒さが不気味だった。

 陣地内に引いた有線電話が鳴った。
 ドキリとする。
 彼は電話をとった。大きすぎる声が鼓膜を揺さぶった。

「マイク反応あり! 来ますそちらに来てます! ジャップの明瞭な複数の会話。相当規模の部隊です」

 ウォーレン一等兵は叩きつけるように野戦電話を置いた。
 
「軍曹!」

 彼の顔色を見て、すでにミンチー軍曹は理解していた。
 キャリバー50のグリップを握りこむ。
 その碧い瞳が、どす黒い密林に視線を送る。

 ドォォォーン
 
 凄まじい爆音が響いた。
 火柱が上がる。
 その火柱の中には、人間の体の一部だったものが舞い上がっているようだった。

「地雷か…… なんていう地雷だ……」

 ウォーレン軍曹がつぶやく。
 
 それは確かに地雷ではあった。
 しかし、普通の地雷では無かった。
 余裕のある15センチ砲の砲弾6発をワンセットにして地面に埋め込んだ狂気の地雷だった。
 それは、マイクロフォンからのプロット情報で、電気的に起爆させることができた。
 これも、過剰とも思える、マイクロフォンケーブル、システムから流用したものだった。

 50キロ近い砲弾が6発。それがワンセットになった。
 地球最強の対人地雷であった。

 その火柱が次々と日本兵を飲み込んでいった。
 
 そして天には人の作りし光が撃ちあがるのであった。
 照明弾と言う名の兵器であった。
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