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その18:東京空襲! 小笠原沖海戦 2
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日の出まではまだ時間があった。海面はドロドロとした墨汁を流し込んだように見える。
横須賀の海軍基地は深い闇につつまれている。
月明かりが、青白く波頭を照らす。浮かびあがる濃緑色の機体。巨大な機体だった。
二式飛行艇、通称二式大艇だった。
「峰長大尉、風が強いですね」
副操縦士である岡本一飛曹が言った。計器の点検は既に終わっている。機体には問題はない。
「なんとかなるだろ」
大した問題ではないという風に峰長大尉が言った。
「分かりました」
それ以上話すことは無かった。やるべきことをやるだけだった。
二式大艇は太平洋戦争中の飛行艇の中では、異形ともいえる水準の機体だ。
450km/hを超える最高速度は同時代の4発爆撃に対しそん色がない。海軍の主力である双発攻撃機、一式陸攻よりも速い。しかも航続距離は1.5倍だ。
2トンの爆弾が搭載可能。20ミリ機銃5門の火器を備え、防弾、消火装置も備えつけてある。雷撃すらその運用視野に入って開発された機体だった。
空中に浮かんでしまえば、まさに「空中戦艦」ともいえる存在だった。
B-17やB-24といったアメリカの大型4発重爆と互角に銃撃戦ができる飛行艇だった。
もはや、開発思想が他国の飛行艇とは根本から違っていた。そして、それを実現してしまった技術者の執念を感じさせる機体だ。
しかしだ――
この機体は空中性能の高さゆえの欠点があった。
離水が非常に難しいのだ。
とくに、今回のように25番(海軍では250Kg爆弾を「25番」という)を2発吊るし、燃料も限界まで搭載している場合などは特にだ。
二式大艇は、空中での高性能との引き換えに、離着水性能が悪かった。海面滑走時の安定性が非常に悪い。
満載過荷重の機体を浮上できれば、それだけで技量Aと評されるほどだ。
大尉の技術は信頼していた。
しかし、海面コンディションが良いに越したことは無い。
機体のチェックが終わった。四基の火星エンジンが起動する。轟轟と音を上げる。
二式大艇はスルスルと海面を進む。やはり揺れる。とにかく水平を保つこと。
二式大艇には、機首のピトー管の先に、水平の棒が付けられている。
これと、風防に書かれたラインと水平線を重ねあわせ、機体の水平を維持するのだ。
岡本一飛曹は、副操縦席座っている。自然に手に力が入った。
火星エンジンが咆哮の尾を引く。そして、暗い海面を移動する二式大艇。
やがて、その巨体をふわりと空に浮かばせてた。
4月に入り連日のように行われている、空中哨戒任務だった。
全行程が1500海里以上。10時間以上の任務となる。
このような任務がこなせるのは、二式大艇の他にはなかった。
星明りの空を、空中戦艦が飛ぶ。潤んだような月明かりがその機体をヌルヌルと光らせていた。
◇◇◇◇◇◇
すでに、ホーネットからは16機のB-25が飛び立っていた。
本来の計画よりもかなり遠いところからの発艦となってしまった。
「クソ忌々しい、クソ、ジャップのチンケな船が!」
ハルゼーは葉巻を握り潰し、叩きつけた。
彼の機動部隊は、そのチンケな船のため、大きく作戦内容を変更せざるを得なかった。
護衛の軽巡、駆逐艦による掃討と、エンタープライズから発艦した艦上戦闘機F4Fと艦上爆撃機ドーントレスによって、日本側の哨戒艇は駆逐された。
艦上機が順番に、エンタープライズに着艦している。
この着艦作業が終わらねば、どのような行動もとれなかった。
ちっぽけな船を叩き潰すために、米機動部隊は貴重な時間を浪費していた。
すでに、哨戒艇は打電を行っている。最初の打電から2時間以上が経過している。
「ジャップの爆撃機はここまで来るかもしれん」
彼は、嫌な予感に襲われる。
ここで、貴重な空母を傷つけるわけにはいかなかった。
レディ・サラ(空母サラトガ)は潜水艦の雷撃で戦線を離脱している。復帰までまだ2ヶ月はかかるだろう。
太平洋艦隊は空母の数、航空機の性能、搭乗員の練度において劣勢にあった。
「本土から1000キロ以上ですよ。それほどの脚が……」
「情報部から報告じゃ、奴らの双発爆撃機の行動半径は、それを軽く超える」
「しかし、本土の基地からでも巡航で3時間以上、おそらく4時間はかかります。時間は十分にあります」
「最初の打電から何時間たっている?」
「おそらくは2時間は……」
「クソが!」
ハルゼーは貴重な時間が、消費されたことを後悔していた。
攻撃などせず、振り切って逃げればよかったか。
しかしだ――
「敵らしきもの、10時の方向に大型機とみられます。距離20海里」
レーダ手からの報告が上がる。
その報告によって、ハルゼーの思考が寸断された。一瞬ではあったが。
なぜ、こんなに早くやってくるのか。
「叩き落せ!」
「今、上空警戒機はいません。先ほどの攻撃隊を収容中です。収容作業が終わらないと発艦できません」
「捨てろ! 飛行機は捨てろ、甲板を開けるんだ!」
「はい?」
「二度言わせるな、捨てちまえ! いいか、とっとと戦闘機を上げるんだ。叩き落せ」
ハルゼーの命令通り、収納を待っている航空機は海に廃棄された。
とにかく、飛行甲板を開けないと空母は何もできない。ただの可燃物のつまった浮かぶ箱だ。
廃棄と同時に、F4Fワイルドキャット戦闘機が、エレベータで上がってくる。
準備の出来た機体から飛び立つ。もはや編隊を組むという余裕もない。
いち早く、接近しつつある敵を叩き落すこと。これが最重要と思われた。
F4Fワイドキャット。グラマン社の開発した艦上戦闘機だ。
零戦を超える1200馬力エンジンに堅牢な機体構造。
当時の艦上戦闘機とすれば、世界でもTOPクラスの性能を持っている。
ただ、零戦には分が悪かった。はっきり言って、まともに行っては勝ち目が薄かった。
機体の堅牢さと降下性能以外全ての面で劣っており、単機で有利な戦闘はできなかった。
後に米海軍では、F4Fでは零戦に対抗することは困難であると認めることになる。
零戦との戦闘における禁止事項を次々に通達する。
「上昇について行こうとするな」「格闘戦をするな」「480㎞以下で零戦と同じ運動をするな」
米搭乗員をして「じゃあ、我々はどうやって闘えばいいんですか?」と言わしめるものだった。
このF4Fは決して凡作ではない。戦い方次第では、零戦を落とすこともできた。
しかし、全体的な性能の劣勢は否定することができなかった。
だが、相手が単機の大型機だとすれば、問題はなかった。
高初速の12.7ミリ機銃は、日本の大型機に十分致命傷を与える破壊力を持っている。
防弾装備がない日本海軍の機体(陸軍はある)は脆弱といえた。
ただ、今回の相手は、今までの日本の大型機とは別次元の機体であった――
◇◇◇◇◇◇
偵察員の声が響いた。「敵空母発見」と言った。岡本一飛曹は、副操縦席から、その方向を見た。いた。
白い航跡を引いて、2隻の空母が航行している。日本海軍のものではない。こんなところに、味方の空母はいないはずだった。
機長の峰長大尉は素早く打電を命じた。速度、進路、艦隊規模を読み上げる。
「敵機上がってきます!」
岡本一飛曹も発見していた。戦闘機だ。空母から戦闘機が上がってきている。
甲板には次々に戦闘機が上がってきている。順次発艦してくるのだろう。
このままでは袋叩きだった。
「長峰大尉!」
たまらず、岡本一飛曹は叫んでいた。
「一時退避して、距離を開け、接敵を続ける」
キュンと機体が傾く。大型4発機とは思えない機動性で蒼空を突き抜けていく。
一度空に浮いてしまえば、この2式大抵は規格外の存在だった。
「グラマンか……」
長峰大尉が言った。どす黒に近い青の機体。ずんぐりした武骨な戦闘機だった。
機体の動作は緩慢に見えた。
味方の零戦を見慣れた目から見ると、その上昇力はお粗末といっていいものだった。
これなら、振り切れるんじゃないかと岡本一飛曹は思った。
長峰大尉や岡村一飛曹が知らないことであったが、F4Fが鈍重になっているのは理由があった。
最新のF4Fは、翼の折り畳み機構、および欧州戦線の戦訓から防弾装備を備えていた。
その結果、1200馬力の機体には重すぎる装備となり、馬力荷重が悪化していた。
このため、みじめなほどに機動性は落ちていた。特に上昇力の悪化は酷いものであった。
「大尉! 25番を! 爆弾を投棄すべきです」
通信士が声を上げた。
確かに道理だった。
重たい荷物を抱えて逃げる必要はない。
「投下しろ! 25番投下!」
長峰大尉の命令で、両翼に懸吊されていた2発の25番(250キロ爆弾)が重力の力で落ちていく。
「あ…… 当たるか……」
そう甘くは無かった。狙いも付けず、適当に投棄した爆弾が当たるなら、訓練など必要はない。
一瞬、良いラインで落ちていった爆弾であったが、それはただ海水を跳ねあげるだけで終わった。
しかし、この爆撃が、思いもよらない影響をエンタープライズに与えていた。
◇◇◇◇◇◇
エンタープライズの中央エレベータが破損した。原因はヒューマンエラーということになるだろう。
爆撃されたことによって、艦は大きく舵を切る。
その結果、大きく傾き、エレベータで揚げられていた最中のF4Fの拘束が外れた。
そのまま格納庫に落下したのだ。
機体は大破し、大量のガソリンが流れ出す。
充満したガソリンは、火花で簡単に爆発を起こす。
ただ、エンタープライズの開放型格納庫であることが幸いした。
換気は素早く行われた。
しかし、落下した機体の衝撃でエレベータが損傷。中央エレベータでの作業ができなくなった。
この間、エンタープライズは貴重な時間を失っていく。
後部と前部のエレベータから機体が引き揚げられ、機体牽引機がそれを発艦位置までもってくる。
中央エレベータが落ちくぼんだまま、停止しているため、飛行甲板が半分しか使用できない。
着艦はホーネットにするしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
F4Fは上昇を続けるが、高速で逃げる二式大艇を、なかなか捕捉することができなかった。
ジリジリとじれったいような速度でしか距離がつまらない。
焦れたF4Fは12.7ミリを突き上げるように撃ってきた。
アイスクリームのコーンのような火箭が伸びる。
「撃ってきやがった」
「当らん、この距離では当たらん」
長峰大尉の言うとおりだった。いかに弾道特性のいいブローニング12.7ミリ機銃でも上昇して追いかける形での銃撃は当たらなかった。
なによりも、距離が遠すぎた。
「反撃する」
「え?」
岡本一飛曹は、耳を疑った。いかに、高性能な飛行艇とはいえ、戦闘機に対しまともに戦えるものではない。
確かに20ミリ5門の火力は当たれば、敵を木端微塵にでるだろう。
しかし、そうそう当たるとも思えなかった。
「機体を傾け、全砲門を敵に向ける。一撃で仕留める」
確かにジリジリとしたものであったが、F4Fと二式大艇の距離は詰りつつあった。
敵が集結する前に、各個撃破というのは、ある意味正しい選択だったのかもしれない。
この二式大艇であるならば。
「フラップを出すぞ――」
「速度が……」
長峰大尉は離着水のときに使用するフラップを全開にして、速度を落とす。そして大型機ではあり得ないような機動で機体を傾けた。
岡本一飛曹にとって、この機動は自殺行為のように思えた。しかし、大尉には勝算があったようだ。
機体は大きく傾くと、全砲門がF4Fを射角内に捕えた。
こちらが速度を落としたので急速に間合いが詰まってくる。
二式大艇の5門の20ミリ機銃が、重低音の唸りを上げる。
F4Fも両翼を真っ赤にして12.7ミリを放ってくる。
太い火箭と細い火箭が交差した。
ガガガガっと機体に衝撃が走る。命中だ。どこかに12.7ミリを食らったのだ。
しかし、この機体は想像以上にタフだった。
火を吹かない。いや、もしかしたら当たりところがよかっただけかもしれないが――
岡村一飛曹は副操縦席からその光景を見た。
急に力を失ったように、F4Fがガクッと崩れ落ちた。機首を下に向け、投げられた石のように落下していく。
煙は吹いてないように見えた。
(当たったのか? 20ミリが……)
見ていると、機首を持ち上げ反転上昇を行い、くるっとキャノピーを下にした。
搭乗員がこぼれ落ち、白い落下傘が空に咲いた。
おそらく、エンジンかどこか、機体の致命部に命中したのだろう。
20ミリ機銃は、十分にエンジンを撃ちぬき破壊する威力を持っていた。
「機動部隊への接敵を継続する」
長峰大尉の言葉には一切の高ぶりも無かった。淡々と冷静にそれだけを言った。
横須賀の海軍基地は深い闇につつまれている。
月明かりが、青白く波頭を照らす。浮かびあがる濃緑色の機体。巨大な機体だった。
二式飛行艇、通称二式大艇だった。
「峰長大尉、風が強いですね」
副操縦士である岡本一飛曹が言った。計器の点検は既に終わっている。機体には問題はない。
「なんとかなるだろ」
大した問題ではないという風に峰長大尉が言った。
「分かりました」
それ以上話すことは無かった。やるべきことをやるだけだった。
二式大艇は太平洋戦争中の飛行艇の中では、異形ともいえる水準の機体だ。
450km/hを超える最高速度は同時代の4発爆撃に対しそん色がない。海軍の主力である双発攻撃機、一式陸攻よりも速い。しかも航続距離は1.5倍だ。
2トンの爆弾が搭載可能。20ミリ機銃5門の火器を備え、防弾、消火装置も備えつけてある。雷撃すらその運用視野に入って開発された機体だった。
空中に浮かんでしまえば、まさに「空中戦艦」ともいえる存在だった。
B-17やB-24といったアメリカの大型4発重爆と互角に銃撃戦ができる飛行艇だった。
もはや、開発思想が他国の飛行艇とは根本から違っていた。そして、それを実現してしまった技術者の執念を感じさせる機体だ。
しかしだ――
この機体は空中性能の高さゆえの欠点があった。
離水が非常に難しいのだ。
とくに、今回のように25番(海軍では250Kg爆弾を「25番」という)を2発吊るし、燃料も限界まで搭載している場合などは特にだ。
二式大艇は、空中での高性能との引き換えに、離着水性能が悪かった。海面滑走時の安定性が非常に悪い。
満載過荷重の機体を浮上できれば、それだけで技量Aと評されるほどだ。
大尉の技術は信頼していた。
しかし、海面コンディションが良いに越したことは無い。
機体のチェックが終わった。四基の火星エンジンが起動する。轟轟と音を上げる。
二式大艇はスルスルと海面を進む。やはり揺れる。とにかく水平を保つこと。
二式大艇には、機首のピトー管の先に、水平の棒が付けられている。
これと、風防に書かれたラインと水平線を重ねあわせ、機体の水平を維持するのだ。
岡本一飛曹は、副操縦席座っている。自然に手に力が入った。
火星エンジンが咆哮の尾を引く。そして、暗い海面を移動する二式大艇。
やがて、その巨体をふわりと空に浮かばせてた。
4月に入り連日のように行われている、空中哨戒任務だった。
全行程が1500海里以上。10時間以上の任務となる。
このような任務がこなせるのは、二式大艇の他にはなかった。
星明りの空を、空中戦艦が飛ぶ。潤んだような月明かりがその機体をヌルヌルと光らせていた。
◇◇◇◇◇◇
すでに、ホーネットからは16機のB-25が飛び立っていた。
本来の計画よりもかなり遠いところからの発艦となってしまった。
「クソ忌々しい、クソ、ジャップのチンケな船が!」
ハルゼーは葉巻を握り潰し、叩きつけた。
彼の機動部隊は、そのチンケな船のため、大きく作戦内容を変更せざるを得なかった。
護衛の軽巡、駆逐艦による掃討と、エンタープライズから発艦した艦上戦闘機F4Fと艦上爆撃機ドーントレスによって、日本側の哨戒艇は駆逐された。
艦上機が順番に、エンタープライズに着艦している。
この着艦作業が終わらねば、どのような行動もとれなかった。
ちっぽけな船を叩き潰すために、米機動部隊は貴重な時間を浪費していた。
すでに、哨戒艇は打電を行っている。最初の打電から2時間以上が経過している。
「ジャップの爆撃機はここまで来るかもしれん」
彼は、嫌な予感に襲われる。
ここで、貴重な空母を傷つけるわけにはいかなかった。
レディ・サラ(空母サラトガ)は潜水艦の雷撃で戦線を離脱している。復帰までまだ2ヶ月はかかるだろう。
太平洋艦隊は空母の数、航空機の性能、搭乗員の練度において劣勢にあった。
「本土から1000キロ以上ですよ。それほどの脚が……」
「情報部から報告じゃ、奴らの双発爆撃機の行動半径は、それを軽く超える」
「しかし、本土の基地からでも巡航で3時間以上、おそらく4時間はかかります。時間は十分にあります」
「最初の打電から何時間たっている?」
「おそらくは2時間は……」
「クソが!」
ハルゼーは貴重な時間が、消費されたことを後悔していた。
攻撃などせず、振り切って逃げればよかったか。
しかしだ――
「敵らしきもの、10時の方向に大型機とみられます。距離20海里」
レーダ手からの報告が上がる。
その報告によって、ハルゼーの思考が寸断された。一瞬ではあったが。
なぜ、こんなに早くやってくるのか。
「叩き落せ!」
「今、上空警戒機はいません。先ほどの攻撃隊を収容中です。収容作業が終わらないと発艦できません」
「捨てろ! 飛行機は捨てろ、甲板を開けるんだ!」
「はい?」
「二度言わせるな、捨てちまえ! いいか、とっとと戦闘機を上げるんだ。叩き落せ」
ハルゼーの命令通り、収納を待っている航空機は海に廃棄された。
とにかく、飛行甲板を開けないと空母は何もできない。ただの可燃物のつまった浮かぶ箱だ。
廃棄と同時に、F4Fワイルドキャット戦闘機が、エレベータで上がってくる。
準備の出来た機体から飛び立つ。もはや編隊を組むという余裕もない。
いち早く、接近しつつある敵を叩き落すこと。これが最重要と思われた。
F4Fワイドキャット。グラマン社の開発した艦上戦闘機だ。
零戦を超える1200馬力エンジンに堅牢な機体構造。
当時の艦上戦闘機とすれば、世界でもTOPクラスの性能を持っている。
ただ、零戦には分が悪かった。はっきり言って、まともに行っては勝ち目が薄かった。
機体の堅牢さと降下性能以外全ての面で劣っており、単機で有利な戦闘はできなかった。
後に米海軍では、F4Fでは零戦に対抗することは困難であると認めることになる。
零戦との戦闘における禁止事項を次々に通達する。
「上昇について行こうとするな」「格闘戦をするな」「480㎞以下で零戦と同じ運動をするな」
米搭乗員をして「じゃあ、我々はどうやって闘えばいいんですか?」と言わしめるものだった。
このF4Fは決して凡作ではない。戦い方次第では、零戦を落とすこともできた。
しかし、全体的な性能の劣勢は否定することができなかった。
だが、相手が単機の大型機だとすれば、問題はなかった。
高初速の12.7ミリ機銃は、日本の大型機に十分致命傷を与える破壊力を持っている。
防弾装備がない日本海軍の機体(陸軍はある)は脆弱といえた。
ただ、今回の相手は、今までの日本の大型機とは別次元の機体であった――
◇◇◇◇◇◇
偵察員の声が響いた。「敵空母発見」と言った。岡本一飛曹は、副操縦席から、その方向を見た。いた。
白い航跡を引いて、2隻の空母が航行している。日本海軍のものではない。こんなところに、味方の空母はいないはずだった。
機長の峰長大尉は素早く打電を命じた。速度、進路、艦隊規模を読み上げる。
「敵機上がってきます!」
岡本一飛曹も発見していた。戦闘機だ。空母から戦闘機が上がってきている。
甲板には次々に戦闘機が上がってきている。順次発艦してくるのだろう。
このままでは袋叩きだった。
「長峰大尉!」
たまらず、岡本一飛曹は叫んでいた。
「一時退避して、距離を開け、接敵を続ける」
キュンと機体が傾く。大型4発機とは思えない機動性で蒼空を突き抜けていく。
一度空に浮いてしまえば、この2式大抵は規格外の存在だった。
「グラマンか……」
長峰大尉が言った。どす黒に近い青の機体。ずんぐりした武骨な戦闘機だった。
機体の動作は緩慢に見えた。
味方の零戦を見慣れた目から見ると、その上昇力はお粗末といっていいものだった。
これなら、振り切れるんじゃないかと岡本一飛曹は思った。
長峰大尉や岡村一飛曹が知らないことであったが、F4Fが鈍重になっているのは理由があった。
最新のF4Fは、翼の折り畳み機構、および欧州戦線の戦訓から防弾装備を備えていた。
その結果、1200馬力の機体には重すぎる装備となり、馬力荷重が悪化していた。
このため、みじめなほどに機動性は落ちていた。特に上昇力の悪化は酷いものであった。
「大尉! 25番を! 爆弾を投棄すべきです」
通信士が声を上げた。
確かに道理だった。
重たい荷物を抱えて逃げる必要はない。
「投下しろ! 25番投下!」
長峰大尉の命令で、両翼に懸吊されていた2発の25番(250キロ爆弾)が重力の力で落ちていく。
「あ…… 当たるか……」
そう甘くは無かった。狙いも付けず、適当に投棄した爆弾が当たるなら、訓練など必要はない。
一瞬、良いラインで落ちていった爆弾であったが、それはただ海水を跳ねあげるだけで終わった。
しかし、この爆撃が、思いもよらない影響をエンタープライズに与えていた。
◇◇◇◇◇◇
エンタープライズの中央エレベータが破損した。原因はヒューマンエラーということになるだろう。
爆撃されたことによって、艦は大きく舵を切る。
その結果、大きく傾き、エレベータで揚げられていた最中のF4Fの拘束が外れた。
そのまま格納庫に落下したのだ。
機体は大破し、大量のガソリンが流れ出す。
充満したガソリンは、火花で簡単に爆発を起こす。
ただ、エンタープライズの開放型格納庫であることが幸いした。
換気は素早く行われた。
しかし、落下した機体の衝撃でエレベータが損傷。中央エレベータでの作業ができなくなった。
この間、エンタープライズは貴重な時間を失っていく。
後部と前部のエレベータから機体が引き揚げられ、機体牽引機がそれを発艦位置までもってくる。
中央エレベータが落ちくぼんだまま、停止しているため、飛行甲板が半分しか使用できない。
着艦はホーネットにするしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
F4Fは上昇を続けるが、高速で逃げる二式大艇を、なかなか捕捉することができなかった。
ジリジリとじれったいような速度でしか距離がつまらない。
焦れたF4Fは12.7ミリを突き上げるように撃ってきた。
アイスクリームのコーンのような火箭が伸びる。
「撃ってきやがった」
「当らん、この距離では当たらん」
長峰大尉の言うとおりだった。いかに弾道特性のいいブローニング12.7ミリ機銃でも上昇して追いかける形での銃撃は当たらなかった。
なによりも、距離が遠すぎた。
「反撃する」
「え?」
岡本一飛曹は、耳を疑った。いかに、高性能な飛行艇とはいえ、戦闘機に対しまともに戦えるものではない。
確かに20ミリ5門の火力は当たれば、敵を木端微塵にでるだろう。
しかし、そうそう当たるとも思えなかった。
「機体を傾け、全砲門を敵に向ける。一撃で仕留める」
確かにジリジリとしたものであったが、F4Fと二式大艇の距離は詰りつつあった。
敵が集結する前に、各個撃破というのは、ある意味正しい選択だったのかもしれない。
この二式大艇であるならば。
「フラップを出すぞ――」
「速度が……」
長峰大尉は離着水のときに使用するフラップを全開にして、速度を落とす。そして大型機ではあり得ないような機動で機体を傾けた。
岡本一飛曹にとって、この機動は自殺行為のように思えた。しかし、大尉には勝算があったようだ。
機体は大きく傾くと、全砲門がF4Fを射角内に捕えた。
こちらが速度を落としたので急速に間合いが詰まってくる。
二式大艇の5門の20ミリ機銃が、重低音の唸りを上げる。
F4Fも両翼を真っ赤にして12.7ミリを放ってくる。
太い火箭と細い火箭が交差した。
ガガガガっと機体に衝撃が走る。命中だ。どこかに12.7ミリを食らったのだ。
しかし、この機体は想像以上にタフだった。
火を吹かない。いや、もしかしたら当たりところがよかっただけかもしれないが――
岡村一飛曹は副操縦席からその光景を見た。
急に力を失ったように、F4Fがガクッと崩れ落ちた。機首を下に向け、投げられた石のように落下していく。
煙は吹いてないように見えた。
(当たったのか? 20ミリが……)
見ていると、機首を持ち上げ反転上昇を行い、くるっとキャノピーを下にした。
搭乗員がこぼれ落ち、白い落下傘が空に咲いた。
おそらく、エンジンかどこか、機体の致命部に命中したのだろう。
20ミリ機銃は、十分にエンジンを撃ちぬき破壊する威力を持っていた。
「機動部隊への接敵を継続する」
長峰大尉の言葉には一切の高ぶりも無かった。淡々と冷静にそれだけを言った。
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一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
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