1 / 167
その1:日米開戦は日本にとってすでに詰み
しおりを挟む
「ハワイより入電です! トラトラトラ! ワレ奇襲に成功セリ」
通信兵からの戦果報告の声。
つーか、史実通りだしなと、俺は思う。
当然、空母は撃ち漏らしているし、第二次攻撃はしない。
俺は、その報告を聞きながら「始まっちまった」と思ったわけだ。
時は1941年12月8日。あの「有名な真珠湾奇襲攻撃の日」だ。
ちなみに、公刊戦史である戦史叢書の「ハワイ作戦」の発刊日の日付でもある。3万円するんだよ。高いよ。
おれは、なぜか聯合艦隊司令長官(れんごうかんたいしれいちょうかん)として柱島の長門で、機動部隊からの報告を聞いていた。
機動部隊というのは、空母6隻を基幹とする艦隊だ。
帝国海軍の正規空母6隻。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の6隻。
搭載機は、戦闘機、爆撃機、雷撃機で合計399機。
あの有名な零戦も搭載されている。
この時代における、世界最強の海上打撃戦力だった。
ああ、撃墜王として有名な岩本徹三は、瑞鶴で艦隊上空の直掩していたんじゃないかな。
ふと、軍オタの俺は思ったりする。本当はそれどころではないのだが。
「戦艦アリゾナ轟沈―― 同カリフォルニア――」
戦果報告に合わせ、壁に掛かっている米艦の絵にバツ印がつけられる。
ま、実際に喪失はアリゾナ、オクラホマだけだ。
しかし、それはアメリカにとって全然うれしくも無いニュースだろう。
ほとんどの大型艦艇が被害を受け動けなくなったのが事実だ。
真珠湾攻撃は戦術的は大成功。
アメリカの太平洋艦隊は半年ほど積極的に動けなくなった。
それによって、南方作戦は後顧の憂い無く進むことになる。
あははは――
結局、負けるんだけどねぇ。
と、まあ俺は暗澹たる気持ちでいる。
沸き立つ司令部で俺だけ暗い顔だ。
「長官! 二次攻撃を! こちらから命令を」
黒島先任参謀が俺に向かっていった。
顔が近い。
いずれ、特攻マシーンをバンバン思いつく狂人参謀が、唾を飛ばして主張する。
戦況ゆえなのかもしれないけど……
「あー、南雲はしないよ。泥棒だって、帰りは怖いんだ」
俺は言った。多分、史実通りだろうさ。
そんなもん、最初から作戦計画ねーだろうが…… 勘弁してくれ。
聯合艦隊司令部は沸き立っている。
戦勝気分。こっちは、暗澹たる気持ちだよ。
俺は聯合艦隊長官になった。
元々はニートで無職。確かに、軍ヲタではあったが、海軍の方はあまり詳しくない。
主な、興味の対象は陸軍なのだった。
それが、今は聯合艦隊司令長官だ。
当時の司令長官は山本五十六のはずだ。超有名人。
戦後のビジネス書でも大きく取り上げられているし、太平洋戦争中の軍人では一番有名な日本人だ。
で、この世界。山本五十六がいねーんだよ。
俺だよ、なぜか俺が聯合艦隊司令長官になった。
『うむ、大戦果であるが、空母を取り逃がしたな、沈めるように命令するのだ!』
俺の脳内に命令。女の子の声だ。
俺が、この世界に聯合艦隊司令長官として転移してしまった元凶だ。
彼女は女神であった。自称ではあるが。
俺の部屋にいきなりやってきて「神国日本の負けた歴史は狂っているのだ! オヌシが勝たせるのだ!」といって、俺を強制的にこの世界に送り込んできた。今は、俺の脳内に寄生している。
ニートの俺になにを期待しているのか?
そもそも、俺は軍ヲタではあるが、太平洋戦争で日本が勝てるなんて、これっぽちも思っていないのだ。
しかし、聯合艦隊司令長官として俺が転生したときには、艦隊はすでに択捉島(えとろふとう)の単冠湾(ひとかっぷわん)を出港済だった。
もはや、日米開戦カウントダウンという状況だった。
日米戦回避という選択肢もなし。
このままいくと、俺はブーゲンビルあたりで機上戦死か、生きのこっても、真珠湾奇襲の責任とって、死刑だな。
極東軍事裁判で。まあ、そうなったら、東條英機の禿げ頭でも叩いて、精神異常のふりでもするか。
しかし、暗澹たる気分になる。どーすんだ、本当に。
『さあ、未来の知識を使って、米空母の位置を通達して、攻撃して沈めるのだ』
『やらん方がいいですよ』
『なぜなのだ?』
『あー、日本の索敵能力があんまり高くないこと。搭乗員の疲労。敵の勢力圏内に止まるのは危険だから――』
『敵はもっと弱いのだ!』
『確かに、練度は全体的に低いですけどね。急降下爆撃だけが、侮れないんですよ。一発で空母はお釈迦になります』
アメ公の使っているGP爆弾は火薬が凄まじく多い。弾殻が薄くても大丈夫な、特殊鋼をふんだんに使っているからだ。
また、別に戦艦の装甲をぶち抜いて被害を与えようなんて考えてない。
だから、爆発威力の大きい爆弾を使っている。
装甲の薄い、空母にとっては、最悪の相性の爆弾だ。
女神と俺は脳内で会話している。
この女神は、程度の低い極右文化人のような思考の持ち主なのだ。嫌になってくる。
俺は、大学時代に左翼教授に、歴史ゼミを叩き出された。旧軍を再評価しただけで、軍国主義者扱いされたのだ。
その後、社会学に転向して、何とか卒業したのだ。
だから、俺は左翼が大嫌いだ。そして、旧軍のことを何でも礼讃するアホウ右翼も大嫌いだった。
アジ歴くらい読んで、物を言えといつも思っている。
当然、この女神は読んでいるとは思えない。
彼女は、なんでも、日本が勝った次元からやってきたらしいのだ。そして、日本が負けた歴史世界が許せないらしい。
勝手にしてくれといいたい。オマエはブラジルの勝ち組か?
『とにかく、戦は始まったばかりなんですから、無理することは無いんです』
『なんという敢闘精神の欠如! 貴様! それでも軍人か!』
『いや、俺はニートだからね。アナタに勝手にこっちに連れてこられただけだから』
『しかし、貴様の知識は、中々のものだったぞ――』
そもそも、この女神との出会いはオンラインのゲームだ。
日米戦をシミュレートしたゲーム。グランドキャンペーンレベル。
対戦は数週間、数か月を要するとんでもない物だ。
俺は日本を担当して、連戦連勝。
そこに、挑戦してきたのが、この女神だった。
コテンパンにやっつけてやった。
「アナタのよう強い男の人は初めてです。ぜひ会いたいです」と、メッセージと画像が送られてきた。凄まじく可愛い女の子だと思った。ただ、着ているシャツに「欲しがりません勝つまでは」と書いてるセンスはどうかと思った。
でもって、出会ったら拉致監禁され、気付いたら1941年にいた。聯合艦隊司令長官としてだ。ちなみに、俺の苗字も山本だ。ただ五十六じゃない。
山本功児だ。37歳の生粋のニート無職だ。
『エンタープライズを沈めて、ハルゼーを殺すのだ! キル・ハルゼー! キル・ハルゼー! キル・ハルゼー! なのだ!』
確かに、ハルゼーは有能な空母指揮官だし、ここでいなくなるというのは、メリットがあるかもしれない。でも、アメリカの空母指揮官は彼だけじゃないのだ。
そもそも、ここで危険を冒して、エンタープライズを沈めハルゼーを亡き者としてだ。それが、戦局に与える影響はどうなんだ? ってことだ。
それよりも、ドゥーリトル攻撃を何らかの方法で防ぐ方がいい。無理すべきじゃない。
東京爆撃を防ぐ方が、政治的にも波及効果が大きい。まず俺はこれが序盤のポイントだと思っている。
だから、それまでは史実をあまり動かしたくはない。
下手なことして、序盤から史実以外の流れになって、分けがわからなくなったら、困るのだ。
アホウな架空戦記と違って、相手は絶対に、対抗措置をとってくるはずだ。
オペレーションリサーチという面じゃ、俺一人が史実を知っているということで、敵うわけがない。
『しかし、石油タンクや工廠(こうしょう)の攻撃をしないのは……』
『何度も言いましたが、現行の戦力じゃ無理ですって、真珠湾の石油の量なんて、戦時レベルで考えたらそう多くないですし、破壊されたら、本土から、タンカーでも何でも用意しますよ。対抗措置あるので、無駄です』
『宣戦布告の問題は――』
『あーそれも無駄です。30分程度間に合ったといっても、意味ないです。あっちは、和平交渉しているふりをして、艦隊を動かしたことをだまし討ちと言っているんですから。ルーズベルトの演説知ってます?』
『貴様! 神を愚弄するのか!!』
俺の脳内で怒り出す女神様。どうにもならん。
どうも、この女神は、相手はこっちの行動に対し、対抗措置を考えるという部分を理解していない。アメリカ人をアホウだと思っているのだろうか?
確かに、石油タンクや工廠の攻撃はアメリカに負担を与える。でも、それが致命的になるかというと疑問だ。
むしろ、迎撃態勢が整った米軍が待っている中、しかも爆炎で地上が見えなくなっているというのは第二次攻撃隊からも報告が上がっている。
無傷でさっさと逃げ帰る。それが一番だ。
宣戦布告の問題も同じ。どんな形にせよ、戦意高揚に使われただろう。
課題は山積みだ。
太平洋戦争における日本の敗戦理由。
まず、第一の理由はアメリカと戦争したことだ。
戦前の日本はアメリカの経済に依存していたのだ。その相手に戦争吹っかけて、どういう戦後が生まれたら、勝ったと言えるのだ?
大東亜共栄圏では、当時の日本の経済を支え切れないし、植民地となっているモノカルチャー的な国に必要な物資を供給することもできない。
史実でもえらいことになっているのだ。
アメリカと日本の間に戦争状態がなく、日本が大東亜共栄圏内を自由に使えるとしても、いずれ日本は破綻する。
まずは、東南アジア諸国が極度のインフレになって、経済崩壊。でもって、日本もガタガタだ。21世紀のアジア諸国ではないのだ。
日本が売りたいものは売れないし、相手が欲しい物を日本は供給することができない。戦前の日本経済というのは、絹糸の輸出を起点として出発している。その大口市場がアメリカだ。アメリカ国内にも、その関連産業がそれなりの規模で存在していた。
そこで稼いだ外貨で、綿花購入。繊維製品の輸出。さらに稼いだ外貨で、生産財を輸入し、工業製品を作る。それを輸出。単純にいってしまえば、そんな経済サイクルだ。
大東亜共栄圏の中にはそんな市場は無い。経済サイクルを維持する仕組みを0から作らなければならない。でなければ、簒奪(さんだつ)だ。
これが大東亜共栄圏の正体なのだ。当時のアジアにアメリカ市場の代りなんてできない。
経済的な自衛戦争であったことは確かなんだが、この戦争でどんな結果になっても、それを解決できそうにない。負けても勝ってもだ。着地点が見えない。
軍事的に勝利、国庫は破産ってなことがおきたとして、それを勝利といえるか?
究極的にアメリカを打倒できなければ、対立構造が維持され、どうにもならん。いずれ破局がやってくる。
まあ、この戦争ではその内、シーレーンをボロボロにされる。
これも、対抗策はねーわ。まずねーな。
海防艦の増産ってのは、聯合艦隊司令長官の職務じゃないし。まあ、希望は海軍大臣に出したけど。
勝ちまくっているときに、そんなもん無理。
あとは、対潜機雷の敷設(ふせつ)と、対潜哨戒の基地の増設くらいか。
幸いにして、資源輸送ルートは地形的に内海のようになってはいる。
それも、技術格差がでかくなる1944年以降はどうにもならんだろうなぁ。
特に電波兵器の遅れはどーにもならんなぁ…… 俺の持っている知識とか、人材の生かし方とか提案しても、組織が動きそうにないのだ。
正面戦力だって、どんどん格差が開く。
月刊空母に、週刊軽空母だよ。なにそれだよ。
戦争に勝てってのは無理。これが俺の結論だ。開戦してしまっては俺が未来の情報を知っていても勝てるわけがない。
未来の情報で勝ったとしても、それで相手の出方も変化してしまう。そうなると、未来の情報は価値がない。
『ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい! なのだぁぁ!』
俺の脳内にいる女神は真珠湾の大戦果に浮かれた万歳していた。
アホウなのだ。基本、コイツはアホウだ。
果たして史実以上の戦後を生み出すことができるのか?
そもそも、俺は無事生き残ることができるのか?
それが最重要だ。
日本が負けるのはもう、史実通りだ。でも、その責任を取らされるのはまっぴらだった。
俺のための、より良い結果を模索するため、俺は必死に知恵を絞るしかないのであった。
通信兵からの戦果報告の声。
つーか、史実通りだしなと、俺は思う。
当然、空母は撃ち漏らしているし、第二次攻撃はしない。
俺は、その報告を聞きながら「始まっちまった」と思ったわけだ。
時は1941年12月8日。あの「有名な真珠湾奇襲攻撃の日」だ。
ちなみに、公刊戦史である戦史叢書の「ハワイ作戦」の発刊日の日付でもある。3万円するんだよ。高いよ。
おれは、なぜか聯合艦隊司令長官(れんごうかんたいしれいちょうかん)として柱島の長門で、機動部隊からの報告を聞いていた。
機動部隊というのは、空母6隻を基幹とする艦隊だ。
帝国海軍の正規空母6隻。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴の6隻。
搭載機は、戦闘機、爆撃機、雷撃機で合計399機。
あの有名な零戦も搭載されている。
この時代における、世界最強の海上打撃戦力だった。
ああ、撃墜王として有名な岩本徹三は、瑞鶴で艦隊上空の直掩していたんじゃないかな。
ふと、軍オタの俺は思ったりする。本当はそれどころではないのだが。
「戦艦アリゾナ轟沈―― 同カリフォルニア――」
戦果報告に合わせ、壁に掛かっている米艦の絵にバツ印がつけられる。
ま、実際に喪失はアリゾナ、オクラホマだけだ。
しかし、それはアメリカにとって全然うれしくも無いニュースだろう。
ほとんどの大型艦艇が被害を受け動けなくなったのが事実だ。
真珠湾攻撃は戦術的は大成功。
アメリカの太平洋艦隊は半年ほど積極的に動けなくなった。
それによって、南方作戦は後顧の憂い無く進むことになる。
あははは――
結局、負けるんだけどねぇ。
と、まあ俺は暗澹たる気持ちでいる。
沸き立つ司令部で俺だけ暗い顔だ。
「長官! 二次攻撃を! こちらから命令を」
黒島先任参謀が俺に向かっていった。
顔が近い。
いずれ、特攻マシーンをバンバン思いつく狂人参謀が、唾を飛ばして主張する。
戦況ゆえなのかもしれないけど……
「あー、南雲はしないよ。泥棒だって、帰りは怖いんだ」
俺は言った。多分、史実通りだろうさ。
そんなもん、最初から作戦計画ねーだろうが…… 勘弁してくれ。
聯合艦隊司令部は沸き立っている。
戦勝気分。こっちは、暗澹たる気持ちだよ。
俺は聯合艦隊長官になった。
元々はニートで無職。確かに、軍ヲタではあったが、海軍の方はあまり詳しくない。
主な、興味の対象は陸軍なのだった。
それが、今は聯合艦隊司令長官だ。
当時の司令長官は山本五十六のはずだ。超有名人。
戦後のビジネス書でも大きく取り上げられているし、太平洋戦争中の軍人では一番有名な日本人だ。
で、この世界。山本五十六がいねーんだよ。
俺だよ、なぜか俺が聯合艦隊司令長官になった。
『うむ、大戦果であるが、空母を取り逃がしたな、沈めるように命令するのだ!』
俺の脳内に命令。女の子の声だ。
俺が、この世界に聯合艦隊司令長官として転移してしまった元凶だ。
彼女は女神であった。自称ではあるが。
俺の部屋にいきなりやってきて「神国日本の負けた歴史は狂っているのだ! オヌシが勝たせるのだ!」といって、俺を強制的にこの世界に送り込んできた。今は、俺の脳内に寄生している。
ニートの俺になにを期待しているのか?
そもそも、俺は軍ヲタではあるが、太平洋戦争で日本が勝てるなんて、これっぽちも思っていないのだ。
しかし、聯合艦隊司令長官として俺が転生したときには、艦隊はすでに択捉島(えとろふとう)の単冠湾(ひとかっぷわん)を出港済だった。
もはや、日米開戦カウントダウンという状況だった。
日米戦回避という選択肢もなし。
このままいくと、俺はブーゲンビルあたりで機上戦死か、生きのこっても、真珠湾奇襲の責任とって、死刑だな。
極東軍事裁判で。まあ、そうなったら、東條英機の禿げ頭でも叩いて、精神異常のふりでもするか。
しかし、暗澹たる気分になる。どーすんだ、本当に。
『さあ、未来の知識を使って、米空母の位置を通達して、攻撃して沈めるのだ』
『やらん方がいいですよ』
『なぜなのだ?』
『あー、日本の索敵能力があんまり高くないこと。搭乗員の疲労。敵の勢力圏内に止まるのは危険だから――』
『敵はもっと弱いのだ!』
『確かに、練度は全体的に低いですけどね。急降下爆撃だけが、侮れないんですよ。一発で空母はお釈迦になります』
アメ公の使っているGP爆弾は火薬が凄まじく多い。弾殻が薄くても大丈夫な、特殊鋼をふんだんに使っているからだ。
また、別に戦艦の装甲をぶち抜いて被害を与えようなんて考えてない。
だから、爆発威力の大きい爆弾を使っている。
装甲の薄い、空母にとっては、最悪の相性の爆弾だ。
女神と俺は脳内で会話している。
この女神は、程度の低い極右文化人のような思考の持ち主なのだ。嫌になってくる。
俺は、大学時代に左翼教授に、歴史ゼミを叩き出された。旧軍を再評価しただけで、軍国主義者扱いされたのだ。
その後、社会学に転向して、何とか卒業したのだ。
だから、俺は左翼が大嫌いだ。そして、旧軍のことを何でも礼讃するアホウ右翼も大嫌いだった。
アジ歴くらい読んで、物を言えといつも思っている。
当然、この女神は読んでいるとは思えない。
彼女は、なんでも、日本が勝った次元からやってきたらしいのだ。そして、日本が負けた歴史世界が許せないらしい。
勝手にしてくれといいたい。オマエはブラジルの勝ち組か?
『とにかく、戦は始まったばかりなんですから、無理することは無いんです』
『なんという敢闘精神の欠如! 貴様! それでも軍人か!』
『いや、俺はニートだからね。アナタに勝手にこっちに連れてこられただけだから』
『しかし、貴様の知識は、中々のものだったぞ――』
そもそも、この女神との出会いはオンラインのゲームだ。
日米戦をシミュレートしたゲーム。グランドキャンペーンレベル。
対戦は数週間、数か月を要するとんでもない物だ。
俺は日本を担当して、連戦連勝。
そこに、挑戦してきたのが、この女神だった。
コテンパンにやっつけてやった。
「アナタのよう強い男の人は初めてです。ぜひ会いたいです」と、メッセージと画像が送られてきた。凄まじく可愛い女の子だと思った。ただ、着ているシャツに「欲しがりません勝つまでは」と書いてるセンスはどうかと思った。
でもって、出会ったら拉致監禁され、気付いたら1941年にいた。聯合艦隊司令長官としてだ。ちなみに、俺の苗字も山本だ。ただ五十六じゃない。
山本功児だ。37歳の生粋のニート無職だ。
『エンタープライズを沈めて、ハルゼーを殺すのだ! キル・ハルゼー! キル・ハルゼー! キル・ハルゼー! なのだ!』
確かに、ハルゼーは有能な空母指揮官だし、ここでいなくなるというのは、メリットがあるかもしれない。でも、アメリカの空母指揮官は彼だけじゃないのだ。
そもそも、ここで危険を冒して、エンタープライズを沈めハルゼーを亡き者としてだ。それが、戦局に与える影響はどうなんだ? ってことだ。
それよりも、ドゥーリトル攻撃を何らかの方法で防ぐ方がいい。無理すべきじゃない。
東京爆撃を防ぐ方が、政治的にも波及効果が大きい。まず俺はこれが序盤のポイントだと思っている。
だから、それまでは史実をあまり動かしたくはない。
下手なことして、序盤から史実以外の流れになって、分けがわからなくなったら、困るのだ。
アホウな架空戦記と違って、相手は絶対に、対抗措置をとってくるはずだ。
オペレーションリサーチという面じゃ、俺一人が史実を知っているということで、敵うわけがない。
『しかし、石油タンクや工廠(こうしょう)の攻撃をしないのは……』
『何度も言いましたが、現行の戦力じゃ無理ですって、真珠湾の石油の量なんて、戦時レベルで考えたらそう多くないですし、破壊されたら、本土から、タンカーでも何でも用意しますよ。対抗措置あるので、無駄です』
『宣戦布告の問題は――』
『あーそれも無駄です。30分程度間に合ったといっても、意味ないです。あっちは、和平交渉しているふりをして、艦隊を動かしたことをだまし討ちと言っているんですから。ルーズベルトの演説知ってます?』
『貴様! 神を愚弄するのか!!』
俺の脳内で怒り出す女神様。どうにもならん。
どうも、この女神は、相手はこっちの行動に対し、対抗措置を考えるという部分を理解していない。アメリカ人をアホウだと思っているのだろうか?
確かに、石油タンクや工廠の攻撃はアメリカに負担を与える。でも、それが致命的になるかというと疑問だ。
むしろ、迎撃態勢が整った米軍が待っている中、しかも爆炎で地上が見えなくなっているというのは第二次攻撃隊からも報告が上がっている。
無傷でさっさと逃げ帰る。それが一番だ。
宣戦布告の問題も同じ。どんな形にせよ、戦意高揚に使われただろう。
課題は山積みだ。
太平洋戦争における日本の敗戦理由。
まず、第一の理由はアメリカと戦争したことだ。
戦前の日本はアメリカの経済に依存していたのだ。その相手に戦争吹っかけて、どういう戦後が生まれたら、勝ったと言えるのだ?
大東亜共栄圏では、当時の日本の経済を支え切れないし、植民地となっているモノカルチャー的な国に必要な物資を供給することもできない。
史実でもえらいことになっているのだ。
アメリカと日本の間に戦争状態がなく、日本が大東亜共栄圏内を自由に使えるとしても、いずれ日本は破綻する。
まずは、東南アジア諸国が極度のインフレになって、経済崩壊。でもって、日本もガタガタだ。21世紀のアジア諸国ではないのだ。
日本が売りたいものは売れないし、相手が欲しい物を日本は供給することができない。戦前の日本経済というのは、絹糸の輸出を起点として出発している。その大口市場がアメリカだ。アメリカ国内にも、その関連産業がそれなりの規模で存在していた。
そこで稼いだ外貨で、綿花購入。繊維製品の輸出。さらに稼いだ外貨で、生産財を輸入し、工業製品を作る。それを輸出。単純にいってしまえば、そんな経済サイクルだ。
大東亜共栄圏の中にはそんな市場は無い。経済サイクルを維持する仕組みを0から作らなければならない。でなければ、簒奪(さんだつ)だ。
これが大東亜共栄圏の正体なのだ。当時のアジアにアメリカ市場の代りなんてできない。
経済的な自衛戦争であったことは確かなんだが、この戦争でどんな結果になっても、それを解決できそうにない。負けても勝ってもだ。着地点が見えない。
軍事的に勝利、国庫は破産ってなことがおきたとして、それを勝利といえるか?
究極的にアメリカを打倒できなければ、対立構造が維持され、どうにもならん。いずれ破局がやってくる。
まあ、この戦争ではその内、シーレーンをボロボロにされる。
これも、対抗策はねーわ。まずねーな。
海防艦の増産ってのは、聯合艦隊司令長官の職務じゃないし。まあ、希望は海軍大臣に出したけど。
勝ちまくっているときに、そんなもん無理。
あとは、対潜機雷の敷設(ふせつ)と、対潜哨戒の基地の増設くらいか。
幸いにして、資源輸送ルートは地形的に内海のようになってはいる。
それも、技術格差がでかくなる1944年以降はどうにもならんだろうなぁ。
特に電波兵器の遅れはどーにもならんなぁ…… 俺の持っている知識とか、人材の生かし方とか提案しても、組織が動きそうにないのだ。
正面戦力だって、どんどん格差が開く。
月刊空母に、週刊軽空母だよ。なにそれだよ。
戦争に勝てってのは無理。これが俺の結論だ。開戦してしまっては俺が未来の情報を知っていても勝てるわけがない。
未来の情報で勝ったとしても、それで相手の出方も変化してしまう。そうなると、未来の情報は価値がない。
『ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい! なのだぁぁ!』
俺の脳内にいる女神は真珠湾の大戦果に浮かれた万歳していた。
アホウなのだ。基本、コイツはアホウだ。
果たして史実以上の戦後を生み出すことができるのか?
そもそも、俺は無事生き残ることができるのか?
それが最重要だ。
日本が負けるのはもう、史実通りだ。でも、その責任を取らされるのはまっぴらだった。
俺のための、より良い結果を模索するため、俺は必死に知恵を絞るしかないのであった。
2
お気に入りに追加
1,577
あなたにおすすめの小説
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
日は沈まず
ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。
また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる