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その11:傭兵団の娼年

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「おい、生きているみたいぞ」
「泥…… 血まみれじゃねぇか…… 助からねェだろ。これは」

(人の声……)

 アバロウニは、消えそうになる意識で辛うじて人が話しているのを感じていた。
 その意味までは分からない。何かを言っているのだろうが、声である以上のことが分からなかった。
 
 手足の感覚がない。冷たさも熱さも感じなかった。

「首輪しているな。奴隷だな」
「奴隷か…… どうしやすか?」
「息はあるな。手ぶらで帰るよりはマシだろ。運べ」

 キリシャガの屋敷を襲った盗賊団はすでに逃げていた。
 妊娠していたにもかかわらず、輪姦凌辱されたアバロウニは大量に出血していた。
 もし、このまま放置されていたら、間違いなく命を失っていただろう。

 彼を救ったのは、街に金で雇われていた警護団。要するに傭兵団だった。
 盗賊が山に逃げ込んだことは分かっていたが、天候の悪化が追撃の足を鈍らせていた。

 警護団が、盗賊団の休憩したと思われる場所を発見したのは、翌日になった。
 そこで、アバロウニだけが発見された。後はもぬけの空だ。

 警護団のリーダーは、盗賊団を発見するのは困難であろうと思っている。
 森は深く、時間も経過しすぎている。
 かといって、手ぶらで帰るというのは体裁が悪い。
 途中で死んだとしても、アバロウニを連れて帰れば「仕事をした」という体裁は整う。

「結構、上玉だな……」 

 顔についたアバロウニの泥を払いながら、傭兵団の一人が言った。
 その整った顔立ちは、彼らが日ごろ抱いている娼婦とはレベルが違っていた。

「死ななかったら相当なもんだぞ。結構高いぞこれは」 

 それは、人というより「物」に対する見方だった。
 アバロウニの美貌という付加価値が、彼の命を救った。
 それは、人の命を救うという崇高な考えなど微塵もない、損得勘定の中で行われた行為だったが。

「キリシャガには家族はいないし、その奴隷も資産としてまとめて、整理の対象になるんだろうぜ。生きてりゃだがな」

 そう言った傭兵団のリーダは皮算用を始める。
 もし、この奴隷を助け、高い値段が付くならば、それなりの対価を請求できるのではないかということだ。
 放っておけば死んだ奴隷を助けたのは自分たちであるのだから。

 人道の欠片もない、打算の中、アバロウニは枝を切って作られた簡易担架に乗せられる。
 戦場での仕事が本職である彼らにとって、負傷した者を運ぶのは手慣れたものだった。

(揺れている―― 毛布?)

 アバロウニは自分の身体に毛布のようなものが掛けられているのに気付く。
 酷い臭いのするボロ布のような毛布だ。それでも、泥の中にいるよりが数倍もマシだった。
 意識を保っていられる時間は短かった。
 アバロウニは、自分がどうなっているのか自覚する前に意識を失っていた。

        ◇◇◇◇◇◇

「性病はない…… 子は流れたようだな」

 アバロウニは、医者が言ったことを思い出す。
 自分は、街の警護団に助けられ、なんとか生きることができた。

(もう、妊娠してない――) 

 その事実を思った。
 そして、アバロウニは自分のお腹を触った。ひんやりとしている。
 そこに宿っていた命はもういなくなっていた。

 願った妊娠ではない。強制的にキリシャガに種付けされ孕まされたのだ。
 それが、盗賊団による輪姦蹂躙で、血と共に流れてしまった。
 下腹部にぽっかりと穴が空いたような感覚が残る。

「もう、子どもは産めんだろうなぁ~」

 医者はそうも言った。
 男であると思い続けていたアバロウニにメス調教を施し、種付けし孕ませたキリシャガは死んだ。
 そして、残されたアバロウニは、子をなすことの出来ない不完全な女の身体に縛りつけられることになった。
 しかし、それよりも女の身体となり、もう絶対に男に戻ることができないことの方が、彼にとっては重かった。
 今の時点ではだ――

「なあ、どれくらいで売れそうだい?」

 男が医者にそう訊いていたのも覚えている。
 胡散くささを煮詰めて、濃縮したような雰囲気を持った男だった。
 その男が、自分を助けた傭兵団のリーダーであることは後で知った。

「バルロイさん。俺は医者なんだけどね」
「医者なら、分かるだろ。相場感が」
「まあ、分からんでもないがな」

 医者は奴隷の健康チェックを行う。そしてその奴隷がいくらくらいで取引されるのかもだいたいわかるのだ。
 アバロウニは、自分の値段がいくらになるのか聞いたが、もう忘れた。興味が無かったからだ。
 ただ、その値段を聞いた男が「ヒューッ」と口笛を吹いたのを覚えている。それだけだ。

(ボクはまた売られる―― こんどは、完全な女の奴隷としてだ……)

 アバはこの先に、明確な希望も持つこともできなかった。
 かといって、命が助かったことについて「余計なことをしてくれた」とまでは思っていない。
 死を思いとどまらせる何かがまだ胸の内に有ったのだろう。

        ◇◇◇◇◇◇

 アバロウニの生命力の強さなのだろうか。
 彼は、周りが思っていたよりも相当早く回復した。
 体はまだ完全ではなかったが、起きて歩くことができるようになっていた。

 今、彼は街の警護をしている傭兵団の寄宿舎に部屋をあてがわれていた。
 豚小屋よりはマシな、辛うじて人が住めるギリギリの部屋だ。
 ただ、彼が虐待されていたわけではなく、この傭兵団の生活水準がこの程度ということなのだ。
 彼の部屋が特別汚いわけではなかった。

 軋むような音を上げ、ドアが開いた。

「誰?」
「よう、元気になったじゃないか。アバ」
「バルロイ団長。なんでしょうか」

 アバロウニの部屋にやってきたのは団長のバルロイだった。

(売られる先が決まったのか……)

 アバロウニは思う。彼らがアバロウニを売ろうとしているのは周知のことだった。
 
「オマエはここで働くことになった。どうにもな……」
「え? 働く? 傭兵団で?」

 唐突な話に、アバロウニは、大きな瞳を丸くして団長を見つめていた。
 自分に傭兵になれというのだろうか? できるのか? 武器なんて使ったことがない。
 混乱した思いが脳裏を駆け巡る。
 団長は、そんなアバロウニを見て苦笑した。

「なにも、オマエさんに兵隊やれなんていわないさ」

 そう言うと、部屋の中にあった。箱兼イスにトンと腰かけた。

「じゃあ、なにを――」
「俺たちを慰めてくれればいいんだ。簡単な仕事だ。銭も払うぜ」
「慰める?」

 アバロウニは、団長の迂遠うえんな言い方が理解できなかった。
 団長もそれを理解する。

「簡単にいえば、俺たちに抱かれる仕事だ。傭兵団付の娼婦だよ。慰安婦っていってもいい」

 言い方を変えようが、やることは同じだ。
 男に抱かれるのだ。まただ――
 しかも、こんどは多くの男にこの身体を開くのだ。

「いいも、悪いも、そっちには選択肢はないんだよ。ま、体の調子をみて、おいおい初めてもらうがな――」

 黙っているアバロウニに対し団長は言葉を続ける。
 選択肢はない。その団長の言葉が耳に残る。要するに、自分は傭兵団の奴隷になるということだ。
 アバはそう理解した。

「まあ、いきなり抱くのはキツイかもしれんが、口ならできるんじゃねェのか?」
 
 そう言って団長はカチャカチャと下だけ脱ぎ始めた。
 ムッとするような牡の匂いのする下半身が露わとなる。

「色々あってなぁ、オマエさんを売るのは難しいらしいんだよ。な、ここで面倒をみるぜ。だから、まずは、仕込まれた技を見せてくれ――」

 団長は逞しいといっていい牡器官を硬直させる。
 使いこまれたどす黒い色をした一物だった。
  
 アバロウニは、膝間付いて、そのモノを口に咥える。
 舌を絡ませた。全て、キリシャガに仕込まれた技だった。

「おう、お、お、おぉぉぉ―― すげぇ、ああ、いいねぇ、あああああ、たまらねぇ」

 アバは心と肉体を切離した。久しぶりだ。
 男のモノをしゃぶる自分を、冷たく冷静な別の自分が見つめているいるようだった。
 
「そ、そんなぁ、先にベロをぉぉ~ ふひぃぃッ!!」

 団長は一気に射精した。激しい脈動の度に、大量の精液が流れ込んでくる。
 誰でも同じような味だとアバは思った。

 そして、彼は傭兵団の娼婦――
 彼の自我意識に近い言葉でいうならば「娼年しょうねん」かもしれない
 
 傭兵団の男に身体を売って生きていく。それしかなかった。
 他にどのような選択肢も無かった。
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