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その34:抱きしめて
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「すごい、立派になったね……」
アバロウニは下を向き搾り出すような声で言った。
膝の上でキュッと手を握った。
偶然の再会――
もし、戦場で奴隷として囚われてなければ、再会することはできなかっただろう。
しかし、この再会をアバロウニは本当に望んでいたのか?
自分に問うてみても、その答えが見つかりそうにない。
嬉しい。
その気持ちはある。
ただ、女体化し、汚れてしまったみすぼらしい自分と立派になったラグワムを比較したとき、どうしても生ずる感情もあった。
かなりの戸惑いがその胸の内を占めていた。
それは、苦しさの色を帯びた戸惑いだった。
「いや、それは…… アバロウニも、雌体になったんだな……」
「うん。変だろ」
「いや! 全然変じゃない。凄く……」
「凄く?」
「綺麗になったと思う。いや、こんな言い方は変かもしれないけど」
ラグワムもまた戸惑うように言った。
精悍な相貌に少し、困惑の表情が浮き上がる。
「この屋敷は、ラグワムの家なの?」
凄まじく大きな家だ。貴族の家といってもいいだろう。
アバロウニが率直に聞いたのも当然だった。
「この街の『軍司令官』―― まあ、ようするに軍の責任者で、そのために造られた屋敷だ。俺がその任を解かれれば、引っ越す必要があるな」
くるっと周囲に視線を送り、最後にアバロウニに目を止める。
「そうなんだ。凄いね。ラグワムは…… ボクとは違う……」
「……」
ラグワムは言葉に詰まった。
「そんなことはない」という言葉が出そうになった。
だが、ギリギリで言いとどまる。
アバロウニは、奴隷か娼婦であったのだ。
それは、ラグワムでも分る。確保したときの状況は既に聞き及んでいるのだから。
しかし、それでなくとも――
雌体化したアバロウニのことを思えば、それまでの時間が過酷であったことは容易に想像がつく。
(美しい――)
ラグワムは思う。
真紅の髪は幼きころと異なり、感性された女の色香を伴っていた。
(美しいが故、それだけ酷い目にあったのだろう)
とも思う。
酷いということに関して、自分とて似たような物だという思いが、彼の中にはあった。
奴隷狩に合ったのは同じだ。
そして、奴隷として売られた。
ラグワムは「戦奴」として、血みどろの戦場の中に放り込まれたのだ。
血と腸と糞の中を這いずり回り、泥をすすって生きてきた。
そして、主を殺し兵士として独立し、傭兵となり戦場を駆け回った。
それとても、全身を血まみれにする生業だった。
気がつけば、自分を慕う者が集まり(アバロウニを確保したデガルもそのひとりだ)傭兵団の長となっていた。
独立都市「ツナルガ」の軍司令官になったのは、最近のことだ。
古くからの者はいまだに「大隊長」とラグワムを呼ぶが、それは通称のようなものであった。
が、軍は実態的にも規模的にも「大隊」規模でしかないので、ある意味正しいともいえる。
「俺にもいろいろあったし、アバロウニにもいろいろあったんだろう」
過去を詳らかに語る必要はなかった。
「行くところがなけれれば、この屋敷にいればいい。部屋数だけは無駄に多い」
「ラグワムは――」
アバロウニの言葉が止まる。
その先の答えを聞くのが怖かったからだ。
「俺はひとりだ。実の周りの世話をする者が住み込みだが、俺も家族を失った。今もいない――」
「そう……」
「どうする? いてくれるんだよな。アバロウニ」
「いればいい」から「いてくれるんだよな」とラグワムの言葉が変化する。
「うん……」
アバロウニは、頷いた。
◇◇◇◇◇◇
アバロウニは部屋をあてがわれた。
部屋の調度品は悪趣味ではなく、装飾の少ない実用的な物ばかりだった。
ただ「安っぽい」という感じだけは全然ない。
窓の鎧戸は開けてあり、明るい日差しの入ってくる部屋だった。
街の活況たるざわめきも聞こえてくる。
「どうすればいいんだろう……」
アバロウニはベッドに座って思う。
着替えも用意され、装飾的ではないものの清潔な服に着替えることができた。
「ラグワムはどう思っているのかな……」
同じ村――
同じ種族であったが、今の立場、境遇は余りに違っていた。
彼を慕う気持ちがある。
好きだと思う気持ちがある。
あるのだけど、それをどういう「好き」という気持ちであると説明することができなかった。
幼いころに抱いていた「好き」とは全く違った感情だった。
コンコンとドアをたたく音――
「ラグワムだ。ちょっといいか」
「はい――」
キィっとドアが鳴り、開く。
ラグワムが部屋に入ってきた。
「アバロウニ――」
ラグワムは歩を勧める。
そして、ゆっくりと手を広げた。
「ラグワム……」
広げられた手がアバロウニを抱きしめた。
「嫌なら言ってくれ」
「嫌じゃ、嫌じゃない……」
アバロウニもラグワムの広い背に手を回しキュッと抱きしめ返していた。
ふたりはただ黙って抱き合っていた。
アバロウニは下を向き搾り出すような声で言った。
膝の上でキュッと手を握った。
偶然の再会――
もし、戦場で奴隷として囚われてなければ、再会することはできなかっただろう。
しかし、この再会をアバロウニは本当に望んでいたのか?
自分に問うてみても、その答えが見つかりそうにない。
嬉しい。
その気持ちはある。
ただ、女体化し、汚れてしまったみすぼらしい自分と立派になったラグワムを比較したとき、どうしても生ずる感情もあった。
かなりの戸惑いがその胸の内を占めていた。
それは、苦しさの色を帯びた戸惑いだった。
「いや、それは…… アバロウニも、雌体になったんだな……」
「うん。変だろ」
「いや! 全然変じゃない。凄く……」
「凄く?」
「綺麗になったと思う。いや、こんな言い方は変かもしれないけど」
ラグワムもまた戸惑うように言った。
精悍な相貌に少し、困惑の表情が浮き上がる。
「この屋敷は、ラグワムの家なの?」
凄まじく大きな家だ。貴族の家といってもいいだろう。
アバロウニが率直に聞いたのも当然だった。
「この街の『軍司令官』―― まあ、ようするに軍の責任者で、そのために造られた屋敷だ。俺がその任を解かれれば、引っ越す必要があるな」
くるっと周囲に視線を送り、最後にアバロウニに目を止める。
「そうなんだ。凄いね。ラグワムは…… ボクとは違う……」
「……」
ラグワムは言葉に詰まった。
「そんなことはない」という言葉が出そうになった。
だが、ギリギリで言いとどまる。
アバロウニは、奴隷か娼婦であったのだ。
それは、ラグワムでも分る。確保したときの状況は既に聞き及んでいるのだから。
しかし、それでなくとも――
雌体化したアバロウニのことを思えば、それまでの時間が過酷であったことは容易に想像がつく。
(美しい――)
ラグワムは思う。
真紅の髪は幼きころと異なり、感性された女の色香を伴っていた。
(美しいが故、それだけ酷い目にあったのだろう)
とも思う。
酷いということに関して、自分とて似たような物だという思いが、彼の中にはあった。
奴隷狩に合ったのは同じだ。
そして、奴隷として売られた。
ラグワムは「戦奴」として、血みどろの戦場の中に放り込まれたのだ。
血と腸と糞の中を這いずり回り、泥をすすって生きてきた。
そして、主を殺し兵士として独立し、傭兵となり戦場を駆け回った。
それとても、全身を血まみれにする生業だった。
気がつけば、自分を慕う者が集まり(アバロウニを確保したデガルもそのひとりだ)傭兵団の長となっていた。
独立都市「ツナルガ」の軍司令官になったのは、最近のことだ。
古くからの者はいまだに「大隊長」とラグワムを呼ぶが、それは通称のようなものであった。
が、軍は実態的にも規模的にも「大隊」規模でしかないので、ある意味正しいともいえる。
「俺にもいろいろあったし、アバロウニにもいろいろあったんだろう」
過去を詳らかに語る必要はなかった。
「行くところがなけれれば、この屋敷にいればいい。部屋数だけは無駄に多い」
「ラグワムは――」
アバロウニの言葉が止まる。
その先の答えを聞くのが怖かったからだ。
「俺はひとりだ。実の周りの世話をする者が住み込みだが、俺も家族を失った。今もいない――」
「そう……」
「どうする? いてくれるんだよな。アバロウニ」
「いればいい」から「いてくれるんだよな」とラグワムの言葉が変化する。
「うん……」
アバロウニは、頷いた。
◇◇◇◇◇◇
アバロウニは部屋をあてがわれた。
部屋の調度品は悪趣味ではなく、装飾の少ない実用的な物ばかりだった。
ただ「安っぽい」という感じだけは全然ない。
窓の鎧戸は開けてあり、明るい日差しの入ってくる部屋だった。
街の活況たるざわめきも聞こえてくる。
「どうすればいいんだろう……」
アバロウニはベッドに座って思う。
着替えも用意され、装飾的ではないものの清潔な服に着替えることができた。
「ラグワムはどう思っているのかな……」
同じ村――
同じ種族であったが、今の立場、境遇は余りに違っていた。
彼を慕う気持ちがある。
好きだと思う気持ちがある。
あるのだけど、それをどういう「好き」という気持ちであると説明することができなかった。
幼いころに抱いていた「好き」とは全く違った感情だった。
コンコンとドアをたたく音――
「ラグワムだ。ちょっといいか」
「はい――」
キィっとドアが鳴り、開く。
ラグワムが部屋に入ってきた。
「アバロウニ――」
ラグワムは歩を勧める。
そして、ゆっくりと手を広げた。
「ラグワム……」
広げられた手がアバロウニを抱きしめた。
「嫌なら言ってくれ」
「嫌じゃ、嫌じゃない……」
アバロウニもラグワムの広い背に手を回しキュッと抱きしめ返していた。
ふたりはただ黙って抱き合っていた。
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