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その30:奴隷のいない街

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 乾いた大地を踏みしめ、アバロウニは歩く。
 横を馬車にかれた隊列が続く。
 陽は高くなり、やがて西の空を茜色に染めていく。

「あれが……」
 
 アバロウニは前方に街らしき構造物があるのに気づいた。  
 
「ああ、あれが俺たちの街『ツナルガ』だよ」

 いつの間にか、横を歩いていたデガルが声をかけた。
 
「ツナルガ……」

 聞いたことのない街の名だった。アバロウニは傭兵団の娼婦をやっているとき、様々な出身地の傭兵に体を売っていた。
 多くの町、都市の名を聞いていたが「ツナルガ」というのは聞いたことがなかった。 

「知らないだろうな。シルルナ王国支配の都市でもなく、南方都市同盟側の都市でもないからなぁ」

 ポリポリと短髪をかきながらデガルは言った。

「それはいったい」

 アバロウニはシルルナ王国と南方都市同盟の戦争の中にいた。
 その外にいる街というのは知らなかった。
 が、この世は広い。自分の知らないことがあってもおかしくはなかった。

「王国側と敵対しているといえば敵対しているが、かといって都市同盟の味方というわけでもない。俺たちの街は完全独立の自治都市だからな」

「だから、王都に向かう荷物を襲ったの?」

「荷物? っていうと、アンタも荷物の一部だったわけだ」

「……」

「いや、悪いな。冗談だ。つーか、王都に向かうなら正規の道を通って俺たちに通行税を払えばいいんだよ。王国のやつらが別の道を作ってから関係は良くない。で、ときどきこういう風に制裁を加えるってわけだ。まあ、税金の取立てみたいなものだな」

 その話を聞いて、アバロウニはふと戦争の始まりも、港と別の街を繋ぐ道の問題だったことを思い出した。
 詳しくは分らないが、確か似たような話だったと思う。

「俺たちはどこにも属さない。俺たちの運命は俺たちが決める――」

 きっぱりとした口調でデガルが言った。
 その町にもうすぐ到着する。

(そんな街にラグワムはいるのかも…… でも別人かもしれない)

 アバロウニは記憶の中にある少年の名だけを頼りに街に向かうのだった。

        ◇◇◇◇◇◇
 
 巨大な石積みの壁がぐるりと囲んでいるのだろう。
 ある程度の間隔で見張り台が作られており、街を囲む壁は見る物を圧倒する。
 それほどに大きな街――都市であった。

 大きな港湾都市であったガダリックよりも、その規模は大きく見えた。
 しばらく城壁に沿って進むと、都市に入る門が見えた。
 
 隊列はその門をくぐり、都市の中に入っていく。

「じゃあ、ここまでだな。後は好きにすればいい。仕事を探すなら、なにかしらあるだろ」

 と言ってデガルはアバロウニにきらりと光る物を渡した。
 グオルド硬貨だった。小金貨だ。
 一枚だけだったが、シルバル銀貨に換算すれば一〇枚分となる。

「え? お金…… こんな大金を」

 思いもかけないことに、アバロウニは受け取った小金貨を見つめて言った。
 自分の体を一晩中男の自由にさせても一二シルバルだった。
 簡単には稼げない金額だった。
 
「いいんだよ。これだけの積荷を奪えたからな」

「でも」

「無一文じゃ、また身体を売ることになるぜ。といっても、ここじゃ奴隷は禁止なんで、娼婦も奴隷じゃないけどな」

「奴隷がいない……」

「ああ、この街じゃ奴隷を持つことは禁じられているし、売買もできない。そんなことすりゃ、これだ」

 といって、デガルは首をかき切る仕草をした。
 アバロウニは、驚きを隠せず、そのまま金貨を握り締めていた。

(そんな街があるなんて……)

「だがよ。それはある意味、つれーよ。野垂れ死にも自分持ちってことだ。奴隷になって生き延びるということもできない。だから金はいるだろって、ことだよ」

 デガルは「じゃあな」と言ってその場をたち去ろうとする。

「待って!」

「ん? なんだい」

「大隊長に…… ラグワムという人に会いたい……」

 アバロウニの言葉を聞くと、デガルは困ったような顔をした。

「それは、面倒だっていうかな。アンタを軍としてつれて来たってことになると、色々面倒なんだ。奴隷禁止の話とも絡んでくる――」
 
 この街では奴隷が禁止されている。
 アバロウニが大隊長のところにいくのはますいのだ。
 奴隷を確保したのではないかと誤解される恐れがあるからだ。

「ま、大隊長に連絡はしておく。アバロウニ――」

「でも」

 アバロウニはすがりつく様な眼差しでデガルを見つめた。

「まあ、心配するな。この先、右側に行く通りの先に、でかい宿屋がある。バタタタ亭という一階が飯屋になっているとこだ。そこに泊まってろ。話がついたら連絡する」

「どれくらいのかかるの?」

「ま、二、三日中だ。なんも連絡がなければ、大隊長に会う気がないってことで納得してくれ」

 デガルはそう言って、去って言った。
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