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その25:王都へ

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 暗殺者の自爆テロは、ゲイレッツ将軍を死亡させるには至らなかった。
 ただ、この戦場からの退場を余儀なくされただけであった。
 が――
 結局のところ、将軍が死んでいようが生きていようが、戦局自体に変化は無かっただろう。

 皮肉にもゲイレッツ将軍自身の無能さ――
 正確にいうならば「無能な怠け者」であったことが、戦線への影響を局限したといえる。

 ただ、アバロウニの運命は再び大きく動くことになった。

        ◇◇◇◇◇◇

 アバロウニは目覚めた。

「え? ここは…… 痛ッ」

 頭に鋭い痛みが走った。
 自分が今どうなっているのか?
 そもそもも、ここがどこなのかが分らない。
 記憶が混乱していた。今までの光景が歪みぐちゃぐちゃになって眼前に広がるような感覚。
 思わず、頭を抱えた。痛かった。考えるだけで痛かった。

「ボクの名はアバロウニ…… 将軍のところで……」
 
 記憶が徐々に回復してくる。
 それは、剥き出しの傷口に、マスタードを塗りこむようなものであった。
 奴隷商人に囚われ、少年であるという意識を調教により、へし折られ、強制妊娠させられた。
 そして、流れ流れ傭兵団の娼婦となり、戦場で将軍専属の娼婦となっていたはずだった。

「そうだ、ボクは女になって…… そして娼婦になったんだ」

 誰に言うことも無く、ポツリと言葉を零した。

 両性具有とはまた違う。
 自分の意識が性別決定に重要な要因となる一族にアバロウニは生まれていた。
 そして、性別は、腐った貴族に孕まされたことで女性に固定されてしまっている。
 少年としての心を持ちながら、女性の肉体となり、過酷な環境が、肉体の変化を受け入れつつあったのだ。

 目が覚めても決して忘れることのない記憶と、今の自分を思う。
 視界がぼやけて来た。大きく息を吸い込み、目から流れる物をと止めようとした。
 が、アバロウニの意思とは関係なく、その瞳からは涙が流れ出していた。

 記憶は将軍、専用の娼婦となったこと。
 何かの爆発に巻き込まれたことまで思い出す。
 そのとき、将軍に犯されている最中だったことも……

(とりあえず、生きてるんだ……)

 それが決して幸運を意味しないかのように、アバロウニは思う。
 涙をぬぐった。視界が少し明瞭になる。彼女は周囲を見やり確認した。

(ここは、どこ?)

 自分が寝台に寝かされていることは分った。
 寝具は真っ白で清潔とはいいがたいが、さほどの不潔さを感じるものではなかった。
 少なくともドブネズミの糞はついていない。

 窓があった。薄暗い部屋の中に、弱い光が差し込んでいる。
 壁は薄汚れているのが、窓の周辺だけ分る。
 
(昼間……)

 少なくとも、夜ではない。
 自分が爆発に巻き込まれたのは、夜だったはず。
 外からは地を踏む音が聞こえる。多くの人の気配―― ざわめきのような音も。

 キーッとドアが軋むような音を上げ開いた。
 
「誰?」

「目が覚めたようだな」

 喉の奥から搾り出したようなかすれた声だった。
 そこに立っていたのは、やけに鼻の大きな、顎がしゃくれた男だった。
 アバロウニの知らない男だ。

「本当に、別嬪だぜ。良い値で売れそうだな」

 その言葉で、自分がいる場所が決して楽園ではないことが分った。
 自分はまた売られるのである。
 この男が誰だかも分からない。
 そんな状況であるが、アバロウニが奴隷であり娼婦であることは、変りそうになかった。

        ◇◇◇◇◇◇

 時間がたち、自分のおかれている状況の細かいことが分ってきた。
 アバロウニは、王国派の傭兵団に捕らわれていたのだ。
 今までも、都市国家側の傭兵団の娼婦であった。
 が、その傭兵団はアバロウニを傭兵団の所有物として扱い、奴隷商に売ることはなかった。
 それが、地獄に近い場所であったのは、変らない。
 
 男たちに身体を売り、自分を買い戻すことだけが希望ではあった。
 が、これで今まで、積み上げてきた物がゼロに戻ったのである。

 立て付けの悪いドアが開く。
 男と、もう一人――
 明らかに「奴隷商人」と見える者が入ってきた。

「よお、調子はどうだい」

「ほう、これが今回の商品ですな――」

「ああ、いいだろう。紅くて長い髪がそそるじゃねぇか」

 アバロウニは、ベッドから出て立つように言われた。
 そして、また裸体を晒すのだった。
 もう、慣れてしまいなんのそのことでは、感情も湧き出なかった。

(こんども貴族なのか……)

 奴隷を買うとなれば、貴族か豪商だろう。
 アバロウニは最初に売られたことを思い出す。
 そこでは、毎日犯され、強制受胎されたのだ。

(もう、ボクは孕むことはないけど……)

 周期的に男女の性別が切り替わる種族に生まれた。
 が、今は女性に固定された。
 一度妊娠すれば、性別は固定されてしまうからだ。
 それでも、もう妊娠することはないし、心の奥底まで女になっているとは言いがたかった。

 ふたりが価格交渉をしているのを他人事のように、ぼんやりと聞いていた。
 売られるのは自分であるけれども、現実感が喪失し、目に映る光景の解像度が凄く粗くなっている。

「はい。その値段で、よろしゅうございます」

「なあ、いい買い物しただろ。この場合、仕入か?」

「まあ、どちらも同じでございます」

「王都に運ぶまでの護衛費込みだ。俺たちは良心的だろ」

「左様にございますな」

 アバロウニは「王都」という言葉に少し反応した。
 自分が王都に運ばれるのだなということを、理解した。
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