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17.全滅
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夕刻――
宗助国が率いる武士団の「砦」にはまだ濃厚な殺意の残滓が漂っていた。
(夜は来るまいよ――)と、宗助国は思う。
陽光の下の昼ですら蒙古・高麗軍は多大な損害を受けていた。
骸の数は一〇〇を超え、傷つき逃げ切れず捕らえた捕虜も多かった。
投入された敵戦力から考えれば被害は少ないと判断するかもしれない。
が、それは山道で移動せざるを得ないという制約があり、多くの兵が「遊兵」と化したからである。
宗助国は自分たちの勝因くらいは分かっていた。
そして、次はどう動くべきか?
それを思う。
蛮夷とはいえ、ふたたび無為無策に山道を進んでくるとは思えない。
であれば、裏からかと思う。
昼間の戦いでも少数の兵が侵入してきたらしい。
(物見程度の数か……)
濃密な広葉樹林に覆われた対馬の山岳を数千以上の大軍が、まとまって移動することなど不可能だと、宗助国は結論する。
しかし――
(我らが後背に兵を集めることはできようか――)
このとき、宗助国が思ったのは分散と集合である。
兵の戦術移動を機動性のある少数の部隊で行う。
そして、背後に集結させる。
(我が兵は一〇〇に満たぬ)
戦術的に優位な高地に陣を構えてはいるが、決して攻略法がないというわけではないことに宗助国は思い至る。
戦いの中では荒れ狂う対馬の戦神は、戦に至るまでの準備においては慎重だった。
慎重であるからこそ、齢六八まで生きて戦を楽しめたのだ。
そして、敵の戦い方――
武器にも奇妙なものがあった。
「『鉄砲《てつはう》』というかよ―― この弾は」
宗助国は、陶器で作られた「鉄砲《てつはう》」の破片を手にしていた。
敵が逃走の間際に投げてきたものだった。
轟音を上げ破裂する。
中には鉄片や石が入っていたが、殺傷力はさほどでもない。
「奇妙なものを使いますな。蛮夷の軍は」
息子の宋馬次郎が言った。
「虚仮《こけ》よ。まあ、馬相手なら効果があるやもしれんが……」
「間合いに入る前に矢で貫きましょう」
「であるな――」
日本にはない新規な武器ではあったが、これで戦がどうこうなるかというと、なりそうもない。
逃げるときにばら撒くくらいが関の山であろうとは思う。
人の気配を感じ、宗助国は思考を中断し、その方を向く。
「よろしいかな」
僧形の男が脂っこい笑みを浮かべ近づいてきた。
破戒である。
後ろには、異形の気配を纏った男が立っていた。
人ではない。獣とも違う。
言ってしまえば、常闇の奥にごろりと転がる錆びた鉄塊――
それに似ている。
血で汚れた蓬髪を無造作に後ろで束ね、返り血を浴び泥まみれになっているかのようだった。
自分のその姿に全く頓着《とんちゃく》したとことがない。
ただ、闇の奥から炯とした双眸を宗助国に向けていた。
虎猿であった。
「恩賞、褒賞を頂戴したく――」
僧形の男はねめつける様な視線とともに言った。
いかにも慇懃《いんぎん》であり、宋馬次郎は「ムッ」と顔色を変えた。
宗助国の方は平然とふたりを見た。
その内面でなにを思っているのかは、外からでは分からなかった。
「なるほど…… だが、戦はまだ終わっておらぬ」
「いえいえ、一回の合戦が終わりましたら、まずお支払い願いたいのです」
破壊が報酬の要求をする。
「銭だ。五〇貫にしておいてやる」
虎猿はポンっとボロボロの布を投げた。
軽い結び目がほどけ、中の物が地に転がる。
「ぬぅ」
「うっ」
鼻であった。
無数の鼻――
刃物ではなく、強引に引き千切ったかのように顔の皮がべろべろとくっついている。
べっとりした血が乾き茶褐色なっている。
「五〇とみっつだ。みっつはまけといてやる」
首ひとつにつき、一貫の銭。
それは宗助国が約束したことだった。
だが、五〇貫とは、守護代といえどかなりの大金であった。
下手をすれば、土地持ちになれる金額だ。
「後だ――」
「国府を引き払ったときに、銭も持ち出しているだろう?」
虎猿の言う通りであった。
「二〇にせよ。五〇は払えぬ」
「そうか、約束を違えるのか……」
「ぬかすか! 凡下《ぼんげ》が――」
宗助国が吐き捨てるようにして言った瞬間だった。
六尺の巨体の皮膚を突き破り、闇色をした強烈な殺意が噴き出す。
「ぬっ」
百戦錬磨の宗助国にして、動くことすらできなかった。
虎猿が剣を抜いていた。
稲妻の速度をもって空間を薙いだ。
宗助国の首が吹っ飛び、さらに手足が切断された。
たった一呼吸でいくつの斬撃を放ったのか――
不可視の刃だった。
四肢、胴体、頭とバラバラになった守護代だった物が己の血の中に沈んでいく。
「このぉ――」
次男の宗馬次郎が袈裟懸けに斬られる。
ずるりと、斜めに体がずれ、上半身がごろりと転がった。
「おのれぇぇぇ!!!!」
対馬守護代、宗助国の郎党、家の子、武士団が絶叫し、虎猿に殺到する。
あらゆる武器がこの男に向けられた。
そして――
勝負は日の沈む前に着いた。
対馬武士団はたったひとりの男の前に全滅していた。
宗助国が率いる武士団の「砦」にはまだ濃厚な殺意の残滓が漂っていた。
(夜は来るまいよ――)と、宗助国は思う。
陽光の下の昼ですら蒙古・高麗軍は多大な損害を受けていた。
骸の数は一〇〇を超え、傷つき逃げ切れず捕らえた捕虜も多かった。
投入された敵戦力から考えれば被害は少ないと判断するかもしれない。
が、それは山道で移動せざるを得ないという制約があり、多くの兵が「遊兵」と化したからである。
宗助国は自分たちの勝因くらいは分かっていた。
そして、次はどう動くべきか?
それを思う。
蛮夷とはいえ、ふたたび無為無策に山道を進んでくるとは思えない。
であれば、裏からかと思う。
昼間の戦いでも少数の兵が侵入してきたらしい。
(物見程度の数か……)
濃密な広葉樹林に覆われた対馬の山岳を数千以上の大軍が、まとまって移動することなど不可能だと、宗助国は結論する。
しかし――
(我らが後背に兵を集めることはできようか――)
このとき、宗助国が思ったのは分散と集合である。
兵の戦術移動を機動性のある少数の部隊で行う。
そして、背後に集結させる。
(我が兵は一〇〇に満たぬ)
戦術的に優位な高地に陣を構えてはいるが、決して攻略法がないというわけではないことに宗助国は思い至る。
戦いの中では荒れ狂う対馬の戦神は、戦に至るまでの準備においては慎重だった。
慎重であるからこそ、齢六八まで生きて戦を楽しめたのだ。
そして、敵の戦い方――
武器にも奇妙なものがあった。
「『鉄砲《てつはう》』というかよ―― この弾は」
宗助国は、陶器で作られた「鉄砲《てつはう》」の破片を手にしていた。
敵が逃走の間際に投げてきたものだった。
轟音を上げ破裂する。
中には鉄片や石が入っていたが、殺傷力はさほどでもない。
「奇妙なものを使いますな。蛮夷の軍は」
息子の宋馬次郎が言った。
「虚仮《こけ》よ。まあ、馬相手なら効果があるやもしれんが……」
「間合いに入る前に矢で貫きましょう」
「であるな――」
日本にはない新規な武器ではあったが、これで戦がどうこうなるかというと、なりそうもない。
逃げるときにばら撒くくらいが関の山であろうとは思う。
人の気配を感じ、宗助国は思考を中断し、その方を向く。
「よろしいかな」
僧形の男が脂っこい笑みを浮かべ近づいてきた。
破戒である。
後ろには、異形の気配を纏った男が立っていた。
人ではない。獣とも違う。
言ってしまえば、常闇の奥にごろりと転がる錆びた鉄塊――
それに似ている。
血で汚れた蓬髪を無造作に後ろで束ね、返り血を浴び泥まみれになっているかのようだった。
自分のその姿に全く頓着《とんちゃく》したとことがない。
ただ、闇の奥から炯とした双眸を宗助国に向けていた。
虎猿であった。
「恩賞、褒賞を頂戴したく――」
僧形の男はねめつける様な視線とともに言った。
いかにも慇懃《いんぎん》であり、宋馬次郎は「ムッ」と顔色を変えた。
宗助国の方は平然とふたりを見た。
その内面でなにを思っているのかは、外からでは分からなかった。
「なるほど…… だが、戦はまだ終わっておらぬ」
「いえいえ、一回の合戦が終わりましたら、まずお支払い願いたいのです」
破壊が報酬の要求をする。
「銭だ。五〇貫にしておいてやる」
虎猿はポンっとボロボロの布を投げた。
軽い結び目がほどけ、中の物が地に転がる。
「ぬぅ」
「うっ」
鼻であった。
無数の鼻――
刃物ではなく、強引に引き千切ったかのように顔の皮がべろべろとくっついている。
べっとりした血が乾き茶褐色なっている。
「五〇とみっつだ。みっつはまけといてやる」
首ひとつにつき、一貫の銭。
それは宗助国が約束したことだった。
だが、五〇貫とは、守護代といえどかなりの大金であった。
下手をすれば、土地持ちになれる金額だ。
「後だ――」
「国府を引き払ったときに、銭も持ち出しているだろう?」
虎猿の言う通りであった。
「二〇にせよ。五〇は払えぬ」
「そうか、約束を違えるのか……」
「ぬかすか! 凡下《ぼんげ》が――」
宗助国が吐き捨てるようにして言った瞬間だった。
六尺の巨体の皮膚を突き破り、闇色をした強烈な殺意が噴き出す。
「ぬっ」
百戦錬磨の宗助国にして、動くことすらできなかった。
虎猿が剣を抜いていた。
稲妻の速度をもって空間を薙いだ。
宗助国の首が吹っ飛び、さらに手足が切断された。
たった一呼吸でいくつの斬撃を放ったのか――
不可視の刃だった。
四肢、胴体、頭とバラバラになった守護代だった物が己の血の中に沈んでいく。
「このぉ――」
次男の宗馬次郎が袈裟懸けに斬られる。
ずるりと、斜めに体がずれ、上半身がごろりと転がった。
「おのれぇぇぇ!!!!」
対馬守護代、宗助国の郎党、家の子、武士団が絶叫し、虎猿に殺到する。
あらゆる武器がこの男に向けられた。
そして――
勝負は日の沈む前に着いた。
対馬武士団はたったひとりの男の前に全滅していた。
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