上 下
16 / 48

16.必殺技「鬼雷崩」

しおりを挟む
 ボクと従姉の晶は、いわゆる道場に向かっている。

「道場ってどこにあるの」

「まあ、ここから歩いて三〇分というところだ」

「結構歩くね」

「ん、そうか。一時間くらいは普通だろう。全く度し難いな」

 乗り物が基本的に好きではない―電車くらいしか乗れない―晶は免許も車も持っていない。
 よってその道場も大学から歩いていけるところにあった。
 それは晶基準ではあるけども。

「ところで――」

「なに?」

「女の体を楽しんだか? いろいろ弄ってみたか?」

「な、なにを―― してないよ! そんなこと」

「なんだと、度し難いな! 女体化したら、自分の身体を弄り回し『これが女の子の身体か……』と感動するのが定番だろう!」

「そんな定番しらないよ!」

「決定的な知識不足、もしくは経験の欠如だな。度し難い」

 従姉の晶は優秀な研究者であるけども、人格といい性癖といい、普通ではない。
 どうにも困ったものなのだけど、今頼りになるのは彼女しかいないのだから仕方ない。

「報国丸は格闘技の経験はないのだろう」

「その通りというか、せいぜい学校で格技で柔道をやってるくらいかなぁ」

 学校の授業でやっている柔道はほとんど受身の練習ばかりだ。
 ただ、受身に関しては「上手いものだ」と褒められていはいる。
 誇らしげに語ることでもないので、黙っているけど。

「柔道か…… 地面が硬ければ恐ろしい格闘技だな。投げ一発で勝負がつく」

「そうなんだ」

「ああ、そうだ。そのようなことも知らぬのか。度し難い」

 そうこう話をしている内に道場についた。
 ビルの一階にその道場はあった。
 前面ガラス張りの結構立派な道場だ。中がよく見える。
 男の人が中で掃除しているのが見えた。

 ボクと晶は道場に入った。

        ◇◇◇◇◇◇

「必殺技ですか。あははは。すごいねぇ。いきなり――」

 晶と道場主の男の人が話している。
 ふたりは昔からの知り合いということらしい。

「そうだ。教えて欲しい。従妹(妹)が試合をすることになったのだ」

「へぇ、こちらがその従妹さん?」

「はいそうです。御楯報こ、報子です」

「江須田論《えすだろん》といいます」

 道場主の男は名乗った。そして、言葉を続ける。
 ジッと真正面からボクを見た。
 その眼には厳しいところは一切なく、値踏みするという感じもない。
 ただ、視界の正面に捉えたというだけの感じだった。

「ふーん。可愛らしい顔して格闘技をやりたい。必殺技を知りたいってことですかぁ。これはまあ、凄いねぇ」

 男は言った。
 
「とにかく、必殺技のひとつふたつはあるだろう。教えてくれれば良い。それだけだ」

「まあ、知識部先生のお願いだしなぁ――」

「そうだ。動体解析のデータ分析を手伝ったのだ。必殺技を教えるくらい簡単なものだろう」

 いや、どうにも無茶な話に聞こえる。
 普通は、格闘技に限らず、なんでも基本から押さえ、体力増強とか精神鍛錬をして、それから基本技に入って――
 でもって、存在するなら必殺技という順番だと思うのだけど、それを全部すっ飛ばして「必殺技」を要求だ。

 格闘技のことに詳しくないボクでもそれは無茶だろうなぁと思う。
 が――

「いいですよ。んじゃ、必殺技みせてあげます」と、江須田論さんは言ったのである。

        ◇◇◇◇◇◇

 ボクは大きなミットを持って立っている。
 アメフトとかラグビーの体当たりを受けるような大きなミットだ。

「あ、やっぱふたりで持った方がいいかなぁ~」

「ん、私も持つのか? 度し難いことであるが、まあ仕方ないか」

 ということで、大きなミットをふたりががりで押さえる。
 女性と、女体化した元男なので、ふたりで大の男一人分ってことかもしれない。

「では、必殺技とやら見せてもらおうか」

「んじゃ、やるから、えっと…… 報子ちゃんだっけ、よく見てね」

 そう言うと論さんは、すっと手のひらをミットに当てた。
 まるで、触診するような感じだった。

「じゃあ、いくよ――」

 ボクはミット越しにその動きを見ていた。
 すっと腰が沈んだ。

 ドン――

 凄い衝撃が身体をつきぬけた。
 ボクと晶は吹っ飛ばされた。大きなミットごとだ。
 全部あわせれば軽く一二〇~三〇キロは超えているだろう。

「大丈夫? 結構手加減したんだけどさぁ」

「なんだ。なんだこれは? 物理的にどうなっている?」

 科学という悪魔に魂を売った従姉が声を上げる。

 でも――
 ボクは――

 ボクには見えた。
 この打撃の仕組みが少しだけ見えた。

「鬼雷崩《きらいほう》って名前の技。どう必殺技っぽいでしょ」

 論さんはニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

遠くの光に踵を上げて

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:24

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春 / 連載中 24h.ポイント:1,079pt お気に入り:65

フォール・ホール・ミルクホール

青春 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:1

鏡の中の私

恋愛 / 完結 24h.ポイント:731pt お気に入り:4

ひとつ屋根の下

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:16

竜の箱庭

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:276pt お気に入り:11

短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:3

悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

BL / 連載中 24h.ポイント:8,449pt お気に入り:10,325

処理中です...