上 下
11 / 48

11.遺伝子工学によるTS

しおりを挟む
 凄惨で鮮烈な美しさをもった百鬼先生は、別人のように教壇に立っていた。
 捕食獣のような笑みを浮かべてきた唇からは「正弦定理は、三角形の向かい合う辺と角の関係が――」と、格闘技からも日常からも隔絶しまくった言葉を紡いでいた。
 
 高校の数学教師にして地下格闘場、最強の女戦士。
 女帝とまで称される者の姿と、今の姿を結びつけるのは難しい。
 
 ボクは先生の戦いに戦慄に近い感動を覚えた。
 その気持を明確に言葉にすることは難しいのだけれども、ただ分っていることがある。
 
 ――ボクは先生と思い切り戦ってみたい。
 と、そう思うのだ。
 先生に認められるのはそれしかないんじゃないかと、ボクは思っている。
 数学で抜群の成績をとって、いい大学に入る――
 これでも、先生は喜んでくれる。それは絶対にそう思う。
 でも、多分…… それは先生と生徒の関係の中にある感情だ。

 ボクは、先生と生徒の関係を超えなければいけない。
 対等な存在として先生の前に立って、それで初めて先生を好きになれる資格が得られるんじゃないか?
 そんなことを夢想する。

 でも、ボクは男だ。
 先生は、男と戦うことに意味を感じていない。
 そこは「理系的」な合理性が先生の中にあるのだろう。
 生物として、男と女では機能が違いすぎる。
 戦っての勝ち負けは「生き物」としての桎梏しっこくの中にある。
 ボクもそれは分るし、先生はそれに拘っている。

(要するに純度が低いんだ――)

 ボクは、指名された生徒が、大学入試の問題を黒板で解いているのを見ながらそんなことを思う。
 先生とは混じりけなしの純度の高い戦いをしなければいけない。
 そこには、何かのいい訳が入ってはだめなんだ。
 じゃあ、そんなことがあり得るのか?

 先生と戦う。
 純度の高い戦いを――
 言い訳のできない戦いを――
 それで、先生と同じ場所に立てる。
 
 ――結局のところ……

(ボクが女になるってことか?)

 煮詰まった至高がなんとも馬鹿馬鹿しい結論を浮かび上がらせる。
 そんなことが可能であるとは思えない。
 男が女にTSするなんて、フィクションの世界の話……

(いやまて……)

 本当にフィクションなのか?
 性別の決定は、遺伝子的に決定され、その形質はもう変化不能だったか?

 偶然、ボクにはその種の専門家が親戚にいた。
 もう暫く会ってない従姉だった。会っていない理由の原因は主に相手の「人格」の問題だった。
 変人と言ってしまうには、変人の定義を再考せざるを得ないレベルの人物。

 そんな従姉のことを不意に思い出していた。
 こんなことが無ければ、ずっと記憶の片隅に封印されていただろう人物ではあった。
 
 ボクは、従姉が地元の大学で、教鞭をとっていることを思い出した。
 彼女の専門は遺伝工学――
 それも、研究者としてならかなり優秀であるという話も聞いていた。
 人格と研究者の能力に何の相関もないことを証明するこれ以上ない事例だ。

(一度会いに行ってもいいかもしれない……)
 
 ボクは何かをしたかった。
 でも、それが何か分らない。
 
 とにかく、ボクの願いをくれるなら、その相手は悪魔であってもよかったのだ。
 ボクは従姉に会うことを決めた。
 ただ、それをいつにするかは、まだ考えていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...