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4.その行き先をボクはまだ知らない

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 千葉海浜球場は、千葉海浜公園内にある野球場だ。
 プロ野球チーム「千葉ドルフィンズ」の本拠地となっている。

「今日の試合は十三時からだったし、夜に来るってなんだろう?」
 
 最寄り駅に降りたボクは、口の中で小さく呟く。
 四月――
 海が近いこの場所にはまだ肌寒い風が吹いていた。
 ボクの呟きは風の中に溶け込んでいく。
 駅前は、結構開けて賑やかだ。
 日本屈指の大型ショッピングセンター、複合施設の中の映画館など、いろいろとあるわけで、デートスポットとして考えれば、ありの場所だ。

「デートだったら、あそこの映画館とか、ショッピングとか―― なぜに球場なんだ?」
 
 ボクは駅前の賑やかさを背中で感じ、駅から球場に向かう一本道を歩いていく。
 今の時間に、球場のある公園に向かう人は少ない。
 すれ違う人ばかりだった。

「えっと、正面入り口だったよなぁ」

 駐車場を抜け、ボクは球場正面の入り口に向かう。
 今の時間、試合をやっていないけども、円形の洗面器を思わせる球場の周囲には照明がついていた。
 ちらほらと、人がいる。
 夜の公園に遊びにきているのかとは、思う。
 が、それほど数は多くない。

「夜の公園デート…… これは初回からレベルが高いのでは?」

 ボクは「恋愛対象じゃない」と徹底的に拒絶されたにもかかわらず、期待に胸を膨らませた。
 やはり土下座が威力を発揮したのだろうか。ネット情報、あなどれぬ――と、思いつつ歩みを進める。
 と――
 いた!

 先生だ。

 先生がいた! いや。いるのは当たり前なのだけど、約束したのだから。
 でも、学校の外で出会うとなると、こう――、体の中にみなぎる何かがあった。
 
「先生! 百鬼なぎり先生」

 まだ馴れ馴れしく「薙子なぎこ」と呼ぶような関係ではないことは百も承知であり、ボクはその辺はわきまえていた。 

 それにしても――

 薙子先生は学校でのスーツ姿とは違う私服だった。
 ちなみに先生の担当は数学で、授業の分かりやすさにも定評がある。
 ただ、美しいだけの先生ではなく、頭脳も優秀なのだ。
 
「御楯君」
「先生、待たせてすいません」
「いいのよ。わたしは、昼間から用があったから。早めに着ていたし」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。まあ、大した用じゃないから、気にしなくていいわ」
「はい」

 圧倒的だった。
 夜――
 外に流れ出す球場の照明が闇を切り裂いている空間。
 そこに立っている先生の美貌は圧倒的だった。
 
 いつものように長い髪を位置の高いポニーテールにしていた。
 海風に髪を揺らせるままに任せている姿は、一葉の絵画のようだった。
 
「じゃあ、いきましょうか」
「はい!」

 ボクは行き先も全然分からず、それにも関わらず、勢いよく返事をしたのだった。

        ◇◇◇◇◇◇

「先生ここは……」
「球場のVIPルーム」
「いや、なんでこんなとこに?」
「わたしが使っている部屋だから」
「え?」

 凄まじい豪華な部屋だった。
 なんかこう、ハリウッド映画に出てくる金持ちの部屋的な何かっぽい感じで、こんな空間に立ち入ったことは十六年の生涯で一度も無い。庶民たるボクとしては。

「先生は、大財閥のご令嬢とか?」
「違うわよ。全然、普通の家よ」
「じゃあ、これは?」
 
 ボクはあらためて部屋をみやる。
 よくしらないけど、ホテルのスイートルームというのもこんな感じであろうか。

「こっちへ来て、これから教えてあげる」

「え?」

 このような部屋で先生に「これから教えてあげる」と言われた。瞬間、ボクの心臓が破裂しそうになる。
 なんかこう「大人の階段」を上がってしまうのではないかという妄想が湧き出してくる。
 現実にそんなことあるわけないと、否定しても、否定しても、否定しても、涌いてくるのだからどうしようもない。

「ここ、ここから、降りるから」
「これは?」
「地下直通のエレベータ」
「え?」

 ボクは先生といっしょに、地下直通のエレベータに乗った。
 その行き先をボクはまだ知らない。

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