6 / 7
6.口付け
しおりを挟む
それは、偶然だった。
家庭教師の無い日、鋭一がコンビ二に言った帰りだった。コンビ二の前の大通りにふと目をやった。枝だけになった、こげ茶の桜並木の向こうに歩いている。
晶――
見間違えるはずもなかった。
背丈、横顔、髪型……
どうみても晶だ。
――なんで、女の人と。
一緒に歩いていたのは、小柄な女の人だった。距離が近い。物理的にも精神的にもふたりの距離が近く見えた。
晶は、久しく見せていない笑顔をその女に見せていた。
すぅぅっと息を吸う。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け――
なんども心の中で唱えた。指先から温度が失われていく感覚。
――なんでもない。ただの大学の友達かもしれないじゃないか。
そう思う。
が、体は駆け出していた。
鋭一はその光景を背後に残し駆け出していたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「受験が終わったら返事をしてくれるんだよね」
家庭教師を受けている最中だった。
真っ直ぐな眼差しを向け、鋭一は言った。
「うん。答える」
「待ちきれそうにない……」
「えッ?」
晶にとっては不意を突かれた言葉だった。
受験が終われば、結果がどうなるにせよ、鋭一の思いに応えようと漠然とは思っていた。
あのアクシデント――そうアクシデントだ――の後、この種の話題はしないことというのが、ふたりの間の暗黙の了解だと晶は思っていた。
「おれもう、我慢ができないんだ。晶が好きなんだ。小さいころからずっと――。取られたくないんだ。他の人には。絶対に。だから、おれ――」
溢れ出すような言葉だった。普段はさほど饒舌とはいえない鋭一が一気に言い募った。
「取られたくないって……」
「見た。おれ見たんだ」
「何を?」
「女の人と歩いているところ」
「え…… それは」
晶は記憶を漁る。すぐに思い当たることがあった。
大学で同じゼミにいる女子だった。たまたま、彼女のバイトがこの付近で、偶然出会っただけだった。
「多分、大学の友人とか、そんなだと思う」
鋭一が先回りして言った。
「そうだけど。ぼくには彼女なんていないし」
晶も事実をそのまま言った。
「だけど、耐えられなかったんだ。このままじゃ、晶を他の人に取られるかもしれないって。おれは、まだ子どもだし、晶は大学生だし……。このままじゃおれは……」
泣きじゃくる子どものような表情で、鋭一は一気に言葉をあふれ出させた。虚飾も打算もない言葉だった。
「鋭一、ぼくは……」
「おれは、嘘はいらない」
ぽろりと零れ出した言葉は、晶の胸をキュッと締め付ける。
「ぼくも、好きだ。ずっと好きだ。でも、それは……」
本当のことを言おうとする。でも、口から出た瞬間にそれは風化し、思いの残骸となってしまうような気がした。
だから、晶は手を伸ばす。柔からな頬に指先が触れた。鋭一の温度が沁みこんでくる。
「晶?」
「本当にぼくでいいのかい」
「いいに決まっている」
「もう、幼馴染は卒業しようか――」
「誰かに取られるのは嫌だ。その前におれの物になってよ」
「なるよ。ずっと傍にいる」
すっとふたりの顔が近づく。
唇がゆっくりと重なり合った。
家庭教師の無い日、鋭一がコンビ二に言った帰りだった。コンビ二の前の大通りにふと目をやった。枝だけになった、こげ茶の桜並木の向こうに歩いている。
晶――
見間違えるはずもなかった。
背丈、横顔、髪型……
どうみても晶だ。
――なんで、女の人と。
一緒に歩いていたのは、小柄な女の人だった。距離が近い。物理的にも精神的にもふたりの距離が近く見えた。
晶は、久しく見せていない笑顔をその女に見せていた。
すぅぅっと息を吸う。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け――
なんども心の中で唱えた。指先から温度が失われていく感覚。
――なんでもない。ただの大学の友達かもしれないじゃないか。
そう思う。
が、体は駆け出していた。
鋭一はその光景を背後に残し駆け出していたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「受験が終わったら返事をしてくれるんだよね」
家庭教師を受けている最中だった。
真っ直ぐな眼差しを向け、鋭一は言った。
「うん。答える」
「待ちきれそうにない……」
「えッ?」
晶にとっては不意を突かれた言葉だった。
受験が終われば、結果がどうなるにせよ、鋭一の思いに応えようと漠然とは思っていた。
あのアクシデント――そうアクシデントだ――の後、この種の話題はしないことというのが、ふたりの間の暗黙の了解だと晶は思っていた。
「おれもう、我慢ができないんだ。晶が好きなんだ。小さいころからずっと――。取られたくないんだ。他の人には。絶対に。だから、おれ――」
溢れ出すような言葉だった。普段はさほど饒舌とはいえない鋭一が一気に言い募った。
「取られたくないって……」
「見た。おれ見たんだ」
「何を?」
「女の人と歩いているところ」
「え…… それは」
晶は記憶を漁る。すぐに思い当たることがあった。
大学で同じゼミにいる女子だった。たまたま、彼女のバイトがこの付近で、偶然出会っただけだった。
「多分、大学の友人とか、そんなだと思う」
鋭一が先回りして言った。
「そうだけど。ぼくには彼女なんていないし」
晶も事実をそのまま言った。
「だけど、耐えられなかったんだ。このままじゃ、晶を他の人に取られるかもしれないって。おれは、まだ子どもだし、晶は大学生だし……。このままじゃおれは……」
泣きじゃくる子どものような表情で、鋭一は一気に言葉をあふれ出させた。虚飾も打算もない言葉だった。
「鋭一、ぼくは……」
「おれは、嘘はいらない」
ぽろりと零れ出した言葉は、晶の胸をキュッと締め付ける。
「ぼくも、好きだ。ずっと好きだ。でも、それは……」
本当のことを言おうとする。でも、口から出た瞬間にそれは風化し、思いの残骸となってしまうような気がした。
だから、晶は手を伸ばす。柔からな頬に指先が触れた。鋭一の温度が沁みこんでくる。
「晶?」
「本当にぼくでいいのかい」
「いいに決まっている」
「もう、幼馴染は卒業しようか――」
「誰かに取られるのは嫌だ。その前におれの物になってよ」
「なるよ。ずっと傍にいる」
すっとふたりの顔が近づく。
唇がゆっくりと重なり合った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説


素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる