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4.告白
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鋭一は中学三年生になった。
身長は一八〇センチを超え、晶よりもだいぶ大きくなった。
身体だけはだ。中身はまだ子どもであったかもしれない。
その子どもっぽいところのひとつが、将来に対する「なんとなくどーにかなるだろう」という思いだった。
鋭一の成績は決して悪いというわけではない。
しかし、TOPクラスの県内進学校に進むには厳しい成績であることも事実だった。
そこそこの成績なのに欲の無い点について、両親はヤキモキしていた。
――やればもっと出来るはず。
どの親でも思うことを鋭一の両親も思っていたわけだ。
「鋭一は、どこに行くつもりだ?」
その日休みだった父親が不意に鋭一に尋ねた。
「えっと…… 高校?」
それが進路のことであることが、一瞬分らず言葉に詰まる。
「近くの東高でいいかなと思うんだけど」
「そうか――」
東校は市立高校で、スポーツに力をいれている学校だ。いくつかの部活は全国レベルであり名門といえた。
大学進学実績の方は悪くはないが、それほど突出していいというわけでもない。
鋭一はバスケをやっていたが、さほど優秀な選手というわけではなかった。
県大会に出られれば御の字というレベルの部でレギュラーであるという程度だ。
父には、スポーツを理由に高校を選んでいるというようには、思えなかった。
「なんで、東校?」
「近いから」
なんとも、力の抜ける回答が返ってきた。
親としてはもう少し努力をして、少しでも大学進学に有利な学校に行ってほしかった。
「先々のことを考えてもうちょっと良い学校を狙ったらどうだ?」
「良い学校って?」
「大学進学のことまで考えて高校を選ぶべきじゃないかってことだよ」
「うーん」
鋭一には、良い学校という実感がない。
ただ、息子のことを思う両親は、家庭教師か塾へ行かせるべきではないかと思ったのだった。
結局のところ、近所にいる「東大生」である晶に家庭教師を頼もうという流れになったのは、予定調和であったかもしれない。
――晶君が家庭教師なら鋭一も真剣に勉強するのでは。
と、両親は思った。
鋭一も「晶が勉強を教えてくれるなら真面目にやってみる」と言った。
◇◇◇◇◇◇
「結構できるじゃないか」
「うん、数学は得意だから」
鋭一は得意げな顔をしていた。
机に広げた問題集。
指定された問題はほとんど正解していた。
「苦手な科目は?」
「しいていえば、英語なのかなぁ?」
「英語かぁ」
「ほら、英単語ってスペルに規則性ないじゃん」
「ま、そうだけどね」
「全部ローマ字にすればいいいのに」
「はは、そうはいかないだろう」
軽い雑談を交えながら、ふたりは勉強を進めていく。
鋭一はたとえ勉強であっても、晶とふたりでいることが楽しかったし、晶にとってもそれは同じだった。
「ねえ、晶さぁ」
「ん?」
「大学生になるとやっぱり、恋人とかできるの?」
鋭一は不意に、プライベートな質問をど真ん中に放り込んできた。なんの躊躇もなかった。
「いきなり、きついこと訊いてくるなぁ~」
「いるの。ねえ?」
「そんな軽く聞いてくるなよ」
「いないんだ?」
「いないけど」
「ふーん」
「ボクには鋭一がいるからね」
冗談のような軽い言葉だったはずだ。
それでも……
鋭一は顔を赤くする。ほんの一瞬、刹那ともいえる時。ふたりの視線がからみあった。
すっと鋭一の方から視線を外した。
「そんなこと、簡単にいうなよ」
ぽつりと言葉を零す。
「ま、いいだろ。とにかく今は勉強だ。受験生だろ」
晶は真面目な顔にもどっていた。
◇◇◇◇◇◇
冗談。
ふざけあいの中の軽口だったかもしれない。
それでも、鋭一の胸の中には晶の言葉が甘い棘のように刺さっていた。
時間の経過と共に、深く奥に突き刺さっていく。
晶が好きな気持ちは本当であったし、それを偽りたくはなかった。
男だからとか、女だったらとか、そんなことではなく「晶だから」好きなのだと思う。
純粋――
真っ直ぐ――
それでも、気持ちを言葉にすることへのためらい鋭一にはある。
一度言葉にしてしまえば、もう取り返しがつかない。
拒絶されてしまった場合。どうなるのか?
いくらキレイな顔をしていても、晶は男だ。
自分はいいかもしれないけれども、晶にとって自分の気持ちが嬉しいとは限らない。
それくらいは、鋭一でも分る。
でも、このまま自分の気持ちを抑えこむのは無理っぽかった。
感情を言葉にして晶に打ち明ける。告白する。
もう、それを止めることが難しくなっていた。
棘が深く刺さりすぎていた。抜かなければ耐えられそうもなかった。
◇◇◇◇◇◇
週三回の家庭教師の時間だった。
鋭一は自分の鼓動を鼓膜の奥で感じていた。
「ほらここ、動詞を現在形に戻すとき、主語の確認を忘れている。三人称単数だよ――」
「あ……」
「なんか、今日は集中していないね」
覗きこむようにして晶が言った。今でもハッとするようなキレイな顔をしている。至近距離からその顔を見つめる。
鋭一はすっと深く息を吸い込んだ。気持ちをキュッと固める。
「おれ…… 好きなんだ。ずっと小さいころから」
思いをそのままぶつける様な、ストレートな言葉だった。
ぶつけられた言葉に晶の心が揺れる。
晶はその意味が直ぐ分った。その「好き」が幼馴染として、兄のような友人として好きということではないことは直ぐに分った。
晶はいま自分が告白されていることを自覚した。
言葉の残響が脳裏に残り、その響が迷いを生み出す。
思いは同じだった。それは正直な気持ちだ。
晶も鋭一が好きだった。鋭一が「好き」といった同じ意味で好きだった。
心が揺れる。ここで思いを受けてしまう誘惑が晶に中にあった。
しかし――
「晶と初めて会ったときから、ずっと好きだった。これからもずっと好きだ」
晶の思考が鋭一の言葉で遮られた。心の中が攪拌され、言葉がでない。思いを言葉にすることができない。胸の奥がキュッと苦しくなる。
素直に「YES」といえない理由はある。ノイズのような理由がいくつか浮かび、葛藤を作り出す。
鋭一はまだ中学生だ。自分への思いが、一次的な物である可能性だってあると、晶は思う。
それだけではない。
親は自分に対し、ある種の疑念を抱いている。良い大学に入ったからといってその疑念が晴れたわけではない。そもそも、鋭一の家庭教師をすることも、それほど良い顔をしなかったのだ。
鋭一のことを思う。好きだと言える。自分はそれを胸の内の中ではいくらでも強く言うことができた。
でも、告白に応えるかどうか――
言ってしまうのは簡単かもしれない。心の内で思いを言葉にする。
――ぼくも、鋭一のことが好きだと。
が、唇は動かない。キュッと結ばれたまま。
見つめる。鋭一を。
思いを受け入れるにはあまりに、今の状況は難しすぎた。
「受験が終わったら、返事をする」
「今欲しい。ダメならダメと言って欲しい」
「考えさせて欲しいんだ。今はそれしか言えない……ごめん」
鋭一はジッと晶の顔を見つめた。
すっと晶が視線を反らせた。
「おれじゃ、ダメなのかな……」
「そうじゃない。でも、今はダメ。とにかく受験が終わったら――」
その言葉が棘となって心に刺さっていく。心が傷つくというのはこんな感じなのかと、鋭一は思う。
晶は小さく「ごめん」と言った。
その日の家庭教師はそれで終わった。
身長は一八〇センチを超え、晶よりもだいぶ大きくなった。
身体だけはだ。中身はまだ子どもであったかもしれない。
その子どもっぽいところのひとつが、将来に対する「なんとなくどーにかなるだろう」という思いだった。
鋭一の成績は決して悪いというわけではない。
しかし、TOPクラスの県内進学校に進むには厳しい成績であることも事実だった。
そこそこの成績なのに欲の無い点について、両親はヤキモキしていた。
――やればもっと出来るはず。
どの親でも思うことを鋭一の両親も思っていたわけだ。
「鋭一は、どこに行くつもりだ?」
その日休みだった父親が不意に鋭一に尋ねた。
「えっと…… 高校?」
それが進路のことであることが、一瞬分らず言葉に詰まる。
「近くの東高でいいかなと思うんだけど」
「そうか――」
東校は市立高校で、スポーツに力をいれている学校だ。いくつかの部活は全国レベルであり名門といえた。
大学進学実績の方は悪くはないが、それほど突出していいというわけでもない。
鋭一はバスケをやっていたが、さほど優秀な選手というわけではなかった。
県大会に出られれば御の字というレベルの部でレギュラーであるという程度だ。
父には、スポーツを理由に高校を選んでいるというようには、思えなかった。
「なんで、東校?」
「近いから」
なんとも、力の抜ける回答が返ってきた。
親としてはもう少し努力をして、少しでも大学進学に有利な学校に行ってほしかった。
「先々のことを考えてもうちょっと良い学校を狙ったらどうだ?」
「良い学校って?」
「大学進学のことまで考えて高校を選ぶべきじゃないかってことだよ」
「うーん」
鋭一には、良い学校という実感がない。
ただ、息子のことを思う両親は、家庭教師か塾へ行かせるべきではないかと思ったのだった。
結局のところ、近所にいる「東大生」である晶に家庭教師を頼もうという流れになったのは、予定調和であったかもしれない。
――晶君が家庭教師なら鋭一も真剣に勉強するのでは。
と、両親は思った。
鋭一も「晶が勉強を教えてくれるなら真面目にやってみる」と言った。
◇◇◇◇◇◇
「結構できるじゃないか」
「うん、数学は得意だから」
鋭一は得意げな顔をしていた。
机に広げた問題集。
指定された問題はほとんど正解していた。
「苦手な科目は?」
「しいていえば、英語なのかなぁ?」
「英語かぁ」
「ほら、英単語ってスペルに規則性ないじゃん」
「ま、そうだけどね」
「全部ローマ字にすればいいいのに」
「はは、そうはいかないだろう」
軽い雑談を交えながら、ふたりは勉強を進めていく。
鋭一はたとえ勉強であっても、晶とふたりでいることが楽しかったし、晶にとってもそれは同じだった。
「ねえ、晶さぁ」
「ん?」
「大学生になるとやっぱり、恋人とかできるの?」
鋭一は不意に、プライベートな質問をど真ん中に放り込んできた。なんの躊躇もなかった。
「いきなり、きついこと訊いてくるなぁ~」
「いるの。ねえ?」
「そんな軽く聞いてくるなよ」
「いないんだ?」
「いないけど」
「ふーん」
「ボクには鋭一がいるからね」
冗談のような軽い言葉だったはずだ。
それでも……
鋭一は顔を赤くする。ほんの一瞬、刹那ともいえる時。ふたりの視線がからみあった。
すっと鋭一の方から視線を外した。
「そんなこと、簡単にいうなよ」
ぽつりと言葉を零す。
「ま、いいだろ。とにかく今は勉強だ。受験生だろ」
晶は真面目な顔にもどっていた。
◇◇◇◇◇◇
冗談。
ふざけあいの中の軽口だったかもしれない。
それでも、鋭一の胸の中には晶の言葉が甘い棘のように刺さっていた。
時間の経過と共に、深く奥に突き刺さっていく。
晶が好きな気持ちは本当であったし、それを偽りたくはなかった。
男だからとか、女だったらとか、そんなことではなく「晶だから」好きなのだと思う。
純粋――
真っ直ぐ――
それでも、気持ちを言葉にすることへのためらい鋭一にはある。
一度言葉にしてしまえば、もう取り返しがつかない。
拒絶されてしまった場合。どうなるのか?
いくらキレイな顔をしていても、晶は男だ。
自分はいいかもしれないけれども、晶にとって自分の気持ちが嬉しいとは限らない。
それくらいは、鋭一でも分る。
でも、このまま自分の気持ちを抑えこむのは無理っぽかった。
感情を言葉にして晶に打ち明ける。告白する。
もう、それを止めることが難しくなっていた。
棘が深く刺さりすぎていた。抜かなければ耐えられそうもなかった。
◇◇◇◇◇◇
週三回の家庭教師の時間だった。
鋭一は自分の鼓動を鼓膜の奥で感じていた。
「ほらここ、動詞を現在形に戻すとき、主語の確認を忘れている。三人称単数だよ――」
「あ……」
「なんか、今日は集中していないね」
覗きこむようにして晶が言った。今でもハッとするようなキレイな顔をしている。至近距離からその顔を見つめる。
鋭一はすっと深く息を吸い込んだ。気持ちをキュッと固める。
「おれ…… 好きなんだ。ずっと小さいころから」
思いをそのままぶつける様な、ストレートな言葉だった。
ぶつけられた言葉に晶の心が揺れる。
晶はその意味が直ぐ分った。その「好き」が幼馴染として、兄のような友人として好きということではないことは直ぐに分った。
晶はいま自分が告白されていることを自覚した。
言葉の残響が脳裏に残り、その響が迷いを生み出す。
思いは同じだった。それは正直な気持ちだ。
晶も鋭一が好きだった。鋭一が「好き」といった同じ意味で好きだった。
心が揺れる。ここで思いを受けてしまう誘惑が晶に中にあった。
しかし――
「晶と初めて会ったときから、ずっと好きだった。これからもずっと好きだ」
晶の思考が鋭一の言葉で遮られた。心の中が攪拌され、言葉がでない。思いを言葉にすることができない。胸の奥がキュッと苦しくなる。
素直に「YES」といえない理由はある。ノイズのような理由がいくつか浮かび、葛藤を作り出す。
鋭一はまだ中学生だ。自分への思いが、一次的な物である可能性だってあると、晶は思う。
それだけではない。
親は自分に対し、ある種の疑念を抱いている。良い大学に入ったからといってその疑念が晴れたわけではない。そもそも、鋭一の家庭教師をすることも、それほど良い顔をしなかったのだ。
鋭一のことを思う。好きだと言える。自分はそれを胸の内の中ではいくらでも強く言うことができた。
でも、告白に応えるかどうか――
言ってしまうのは簡単かもしれない。心の内で思いを言葉にする。
――ぼくも、鋭一のことが好きだと。
が、唇は動かない。キュッと結ばれたまま。
見つめる。鋭一を。
思いを受け入れるにはあまりに、今の状況は難しすぎた。
「受験が終わったら、返事をする」
「今欲しい。ダメならダメと言って欲しい」
「考えさせて欲しいんだ。今はそれしか言えない……ごめん」
鋭一はジッと晶の顔を見つめた。
すっと晶が視線を反らせた。
「おれじゃ、ダメなのかな……」
「そうじゃない。でも、今はダメ。とにかく受験が終わったら――」
その言葉が棘となって心に刺さっていく。心が傷つくというのはこんな感じなのかと、鋭一は思う。
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