生贄になりし少女はドラゴンの王太子に溺愛される

中七七三

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1.生贄となりし少女とドラゴンの王太子

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 そのダンジョンにはドラゴンがいる。
 ドラゴン――
 この異世界でも最も強大で、神にも近いとされる存在だと聞いている。

 わたしは今日生贄になる。
 
 村のためだった。

 わたしを乗せた御輿はゆっくりと地に置かれる。

「可哀想にな……シャノーラ」

 御輿を担いできた男の人がポツリと言った。
「シャノーラ」という名前を呼ばれるのは久しぶりだった。

 ああ、わたしは可哀想なんだと、そのとき初めて思った。
 でも、可哀想というのが何か分からなかった。
 ここで、わたしは十四年の人生を終えるんだなと、思う。
 死ぬんだと思う。
 でも、それは決してわたしにとって可哀想ではないと思う。

 わたしには親はいなかった。
 だから可哀想なのか?
 違うと思うけど、なにが違うのか分からなかった。
 村の養い子として、生きてきた。
 口をきけるような友達は――
 
 わたしは村のひとたちの顔を思い浮かべる。

(多分、いない)

 と、そう思う。
 わたしはあの村ではお荷物だったし、ここ数年、天候が悪くなって食べ物が作れなくなったら、もっとお荷物になった。
 だから、ドラゴンの生贄に選ばれたのだと思う。
 いなくてもいい人はわたしくらいだ。

(ああ、一度でいいからお腹いっぱい食べたかったかなぁ)

 わたしの心残りといえばこれくらいだった。
 なにか、わたしの胸の中にはぽっかり穴があいて、他の人みたいな「心」というものが良く分からなかった。

 だから、わたしは決して可哀想ではなかった。
 可哀想が分からない。
 今日か明日、ドラゴンに食べられ死んでしまうとしても……

        ◇◇◇◇◇◇

「な、なんだあの女は? あ、あ、あ、あ――」

 シャープな顔つき。
 精悍さみせる若い男が慄くように言った。
 その視線の先には、ダンジョンの入り口にある「祭壇」を映し出す魔道具があった。
 ダンジョンの奥で男はそれを見ていた。

「国王様が旅に出た後、生贄なんてよこした人間などおりませんでしたなぁ――」

 男の後ろに立つ「見るからに執事」「執事の国から執事になるために執事の要素を結晶化」したような老紳士が立っていた。

「……」

「なに黙っているんですか? リューク王太子殿下」

「いや、これが人間の女の子? なんかくそ可愛いじゃないか! え? どうするの? 親父いないし。これ、オレの生贄ってことでいいんだよね? で、なに? オレに捧げられたわけ?」

「ま――、そういうことになりますなぁ」

「そ、そうなのか……」

 若い男は言った。
 男は人間ではなかった。
 その証拠に、二本の黒い角が金色の髪を掻き分け突き立っていた。
 精悍で美麗といっていいほどに整った顔。
 彼は、人の姿に変じていたドラゴン王の息子――
 いわゆる、ドラゴンの王太子だった。

「さて、どのような調理法を―― 王陛下は、刺身がたいそうお好きでしたが」

「食べるの?」

「はい」

 そううなづく老紳士の頭にも二本の角。
 ただし、若い男ほど見事さはない。
 彼もまたドラゴンであった

「セバスチャン…… オマエ阿呆か?」

「阿呆と申されますと?」

 淡々とセバスチャンは答えた。

「食うか! 食わないよ。あんな可愛い! 連れてくるんだ! 早く!」

 ドラゴン・リューク王太子は眷属に命じた。
 わらわらと、眷属たちが、ダンジョンの出口へと向かう――
 生贄となりし少女――
 シャノーラを迎えるためであった。
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