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8.ヤンデレよりも闇、漆黒のヤバい存在

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 結局、俺の「イガーナ草」採取の旅には美少女と従者がついてくることになった。
 褐色、金髪ツインテールの美少女と、ジジイというには、妙に迫力のある従者。
 
「私たちはこの大陸から船で10日かかる国からきています」
「かといって、同行されても、旅はの工程は早くなりませんけどね」
「ジャック殿がフリーゆえ、致し方ない面もあろう。我らとしては、『イガーナ草』は絶対に必要なのだ」

 要するに俺がフリー冒険者ゆえの信用の無さ。
 それと、彼らの「じっと待つことできない」という焦り。

 そんなこんなで、俺とメイリーンとヌナタラは「イガーナ草」採取の旅に同行しているわけだ。

 テコテコと三人で山道を歩いているわけだ。

(まあ、しゃーねーか)

 自分としては気楽にひとりで旅をするほうがいいのだ。
 というか、俺と一緒に旅をするのは……

「山しか見えませんね。ジャックさん」
「まあ、山地ですからねー」
「『イガーナ草』のところまで、まだまだですな」
「まあ、片道で1週間ですからねーー」

 三人で会話をしていると、トトトトと元気よくメイリーンが山道を走った。
 まだ、それほどに急勾配でもないし、道も広い。
 走って、俺の前に出た。

「でも、これでお父様が助かります」

 俺の前に出たメイリーンがくるりと振り返って俺に言った。
 長い金色のツインテールがロンドを描くように揺れる。
 明るい笑顔に、ちょんと見える八重歯が可愛らしい。

「ハロル肺炎ですか…… 確かに、イガーナ草がないと特効薬は作れないですね」

 ハロル肺炎は、元の俺の世界の喘息に似たような感じの病気。
 気象の変化などで、激しい呼吸困難を伴う発作を起こす、難病といっていい。
 イガーナ草で作った薬がだけが、なぜが、ハロル肺炎に効くのだ。

「材料を薬師に渡せば……、ジャックさんは、良い薬師をご存知ですか?」
「あ、そういうのは、ギルドに聞いたほうがいいですねぇーー」

 俺はそういいながらも「薬師」という言葉を聴いていやな気分となる。
 そして、周囲を見渡した。

「どうしたのですかな? ジャック殿」

「いや…… なんでもないですけどね」

「ふむ、そうですか。まるで、追っ手の気配を探るような―― いえいえ、これはワシも耄碌しましたな」

 耄碌してねーよ。ヌナタラさんよ。
 ビンゴだよ。鋭すぎだよ。

 俺は恐れている。
 まだ、俺を追っている存在――

 その存在はほとんど撃退した。または、俺を追うのを諦めた。
 少なくとも「敵」と呼べる存在は、いなくはなっている。
 ただ「敵」でないことが「味方」とは限らないのは世の真理だ。

 とにかく、例外がいるのだ。今でも俺をしつこく追い回すやつ等がいる。

 今でも家出した俺を実家に連れ戻そうとこの異世界中を探し回っているやつら……

「薬師」という言葉で真っ先に思い出した存在。
 
 今でも俺を追っている三人のうちのひとり……

 マリカ・ライトレスという名の錬金術師にして薬師。
 そして、俺の婚約者だった女――
 
 異常者だ。
 異常、俺に対する愛が重すぎる。溺愛どころではない――

 ヤンデレ?
 あははははーー
 かわいい言葉だ。

 その女は俺を薬漬けの廃人にしてでも、連れて帰るつもりだ。
 俺を「薬漬けの廃人にして全ての身の回りのお世話をするのが夢」と明言する女だ――

 マリカは言うのだ――

「ん゛ん゛ん゛―― 薬で耳も聞こえなくなったアナタの耳に、届かぬ愛を永遠に、永久に語り続けるのが私の夢です…… ふふふふ」
「あはぁぁぁぁ―― 眼球を薬で潰しましょう。永遠に私の姿だけを網膜に焼き付けます。漆黒の闇の中、見えるのは私だけ…… ふふふふ」
「あ゛あ゛あ゛―― ケツに刺さった傘も最高です…… あああ、その傘の先で私を貫いて欲しいのです。一気にふたりで奥まで…… ふふふふ」

 こんなタイプの女であり、俺の元婚約者だ。いまだに執念深く俺を追っている。

 俺には他にもふたりほど、マリカに劣らぬというか、それ以上に異常な追っ手がまだ残ってはいる。

 もちろん、俺の婚約者だった存在だ。恐るべきことにだ。

(まあ、ここで遭遇すると言うことは無いと思うが……)

 ここ数年、遭遇はしていないし、海の近くの町というのは盲点だと思う。
 だから、俺は油断していた。

 本当に油断していたのだった。

 その声を聞くまで。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふーー 見つけました…… 私の愛しのシルム様。うふふふ、永久の愛を…… あああ、潰した耳に囁きたい―ー」

 岩陰からの声。
 そしてその姿。

 漆黒の闇より暗い色をしたマントに身を包み、その闇の色を超える漆黒の長い髪が揺れる。
 黒く大きな瞳をしているが、そのほとんどは前髪に隠れ見えることは無い。
 肌の色が、日に当たらぬ洞窟に住まう軟体動物のような色をしている。いわゆる不健康な白さ。

「マリカ!!」

「ふふふふ、マリカ・ライトレス―― シルム・ヴァンガード様をお連れ戻しに参りました。うふふふふ」
 
 どす黒い笑みを浮かべ、マリカ・ライトレスは言った。

 俺を実家に連れ戻すためには、手段を選ばない。
 いや、手段のためなら、目的すらゴミのように放り出す女だ。

 俺は仕事の途中でとんでもない存在に出会ってしまったのだった。
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