素手ゴロエルフ! 最強喧嘩師が異世界に転生したら最強の超絶美少女エルフになった

中七七三

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29話:魔獣の存在のゆらぎ

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「さあ、チャトラン。このエルフを食い殺すんですねぇ~ 魔獣最高ぉぉ!」
「シギャァァァァァ!!」

 両手を突き上げ、叫ぶムツ・ガロウ。
 そして、立ち上がるチャトラン。魔獣と呼ばれる存在。それは巨大なネコ科肉食獣に見えた。
 全長は5メートルを超えるだろう。立ち上がった姿は巨獣といってもよかった。
 体重は1トン以上あるのではないか。それでいて、鈍重さを一切感じさせない。
 鋭く光る爪が、兇悪な殺意の光を放っている。
 
 すっと、チャトランの瞳孔が開く。暗黒色をした瞳孔だった。

 ミーナコロシチャルは、チャトランを、美しい双眸に捉えた。
 バラの花びらの色をした唇がゆっくりと動いた。

「ほう…… このネコちゃんが、遊んでくれるのかい?」

 風のような言葉であった。ただ、その風は血の匂いがしていた。
 次の瞬間であった。

「ドラグ・ブレス」

 ミナーコロシチャルの背後から可憐といっていい声が響いた。
 ミルフィーナだった。
 元代紋ランカーの真紅の髪をした少女が口をあけ、ベロを出していた。
 ベロに刻まれたドラゴンの紋章が青白い光を放つ。

 光りの奔流が、空間を貫いていた。
 空間内のあらゆる原子をプラズマ化させる高温の熱線――
 50万度の火箭が少女の口から放たれたのだった。
 それは、この世の全てを焼き尽くすメギドの炎をおもわせた。神の審判を思わせる灼熱の熱線だ。

「ふぎゃーあーーす!」

 一瞬でチャトランの茶色を基調とした毛皮が炎の中につつまれる。
 そして、炭化する。それで終わりではない。極高温の熱線は炭化した存在すら、更にプラズマと化していくのだった。
 熱線が魔獣を包み込む。断末魔の叫びすら、灼熱のプラズマの中に溶けこむようであった。

「あ、あ、あ、あ、あ!! チャトラーン、私のチャトランがぁぁ! なんて酷い事するんですか! 魔獣に対して!」

 ムツ・ガロウが白髪頭を振り乱し猛抗議する。

「ミーナ様が、手を下すほどではないです。ボクのドラグブレスで十分です」
「ふん、相変わらずえげつねぇ攻撃だぜ――」

 ミーナコロシチャルは、自分の獲物を横取りしたような形となったミルフィーナに対し苦笑を浮かべた。
 一応、彼女はミーナコロシチャルの護衛なのである。その意味では、この攻撃は筋が通っていた。
 ミーナコロシチャルは、筋の通った行動を責めることはないのだ。
 それに、まだムツ・ガロウが残っているだ。

(ぶちのめすか――)

 ミーナコロシチャルは、その思いを抱いて、ムツ・ガロウに対し歩を進めた。
 その可憐といっていい芸術品のような指を折りこんでいく。
 拳ができあがる。エルフの美少女の拳であった。
 それは、この世界でも最強といっていい兵器だ。

「あああ! チャトラン! チャトラン! チャトラン! 私のかわいい魔獣がぁぁ」

 先ほどまで、自分の魔獣が存在していた場所に崩れおち、叫ぶムツ・ガロウ。
 もう、そこには、消し炭すら残っていない。

「いくぜ――」

 ミーナコロシチャルが半身にかまえた。後ろ脚に体重をかけた。
 右腕をぐっと背中の方まで引き絞っていく。
 赤ちゃんの頃に、「聖布・カエアン」でグルグル巻にされていた。
 それを破るために、もがいた日々が、エルフの美少女に転生した最強ヤクザに、最強の武器を与えていたのだ。
 それは、強力な筋肉と、そこに流し込む膨大な魔力だった。

 すでに、多くの敵――
 この世界に300人しかいないという代紋(エンブレム)ランカーすら殴殺(おうさつ)してきた鉄槌。 
「チートの鉄槌」「理不尽なハンマー」とも言える、エルフのパンチが炸裂しようとしていた。

 空間が震える。
 エネルギー値をゼロに保てない、揺らぎの中にある無の空間が、震えていく。
 零点振動が振幅を増し、トンネル効果を起こし、無から有へとエネルギーが流れ込んでいく。
 それが、ミナーコロシチャルの拳に収束する。
 まさに、その拳はひとつの宇宙を開闢(かいびゃく)させかねないエネルギーポテンシャルを秘めていた。

 拳が突きだされた。
 真っ白く細い指で構成された、美しきエルフの拳―― 
 それはかぎりなく、光速に近づき、対数グラフのように質量が無限大を目指す。
 光速移動する超高密度のブラックホールのようなもであった。
 パンチの余波でガンマバースト現象が起きる。
 エネルギー総量のあまりの大きさに、エネルギーは発生した世界に留まる事ができず、プレーン宇宙の構造体を突き抜け、ホライズしていく。
 周辺の空間物質を巻き込み、相転移させ、新たなプレーン宇宙をつくりかねない。

 それほどのエネルギーなのである。
 ムツ・ガロウに向け、突き抜けていく拳。
 プランクレベルの時間を越え、時空を捻じ曲げながら、直進する破壊の拳だ。

「ぎゃばぁぁぁ!!」

「ぬぅッ!!」

 ミーナコロシチャルの必殺の拳が、破壊をぶちまけていた。
 対象物を一瞬にして、素粒子、クオークをレベルを超え、グルオンスープと化し、純粋な破壊エネルギーをぶちまけていく。
 しかし、その対象物はムツ・ガロウでは無かった。

「チャトランだと……」

 それは、ミルフィーナの「ドラグ・ブレス」で葬られた魔獣・チャトランであった。
 その存在が、ムツ・ガロウをかばい、ミーナコロシチャルの拳を受けていた。
 チャトランの存在は一瞬で消滅する。しかし、それがチャトランであったのは間違いないことだった。

「てめぇ、なにをしやがった?」

 ミーナコロシチャルは、うずくまるムツ・ガロウに問うた。
 
「く、く、く、く―― チャトランは殺せないんですねぇ~ だって、存在が揺らいでますからぁ~」

 泥をこねたような声。胸糞が悪くなる笑みをうかべながら、ムツ・ガロウは顔を上げた。
 
「ミーナ様! チャトランが!」

「ぬうッ!」

 気がつくと、眼前には100匹を超えるかと思われるチャトランが存在していた。
 いや、正確には違う。
 存在しながら、非存在しているのだ。
 存在というものが揺らぎ、無数の可能性のチャトランがそこに出現していたのだった。
 存在が揺らぎ、明滅していた。

「魔獣・チャトラン―― 110匹大行進ですよぉぉ。もう、あなたたちは死にますねぇ~ これは、野生の魔獣の怒りなんですねぇ」

「ふんッ、つまらねぇ、芸だぜ――」

 吐き捨てる様にミーナコロシチャルが言った。そして、再び拳をかまえる。
 その拳を口元にもってきた。
 ピンクの舌が唇を割って出現する。その舌が、ゆっくりと拳をなめた。

「ダメですよ。そんなパンチでは、チャトランは倒せません。いくら、倒しても多層次元世界から、チャトランはいくらでもやってくるのですよ。チャトラン無間地獄ですよぉぉ~」

「しぎゃぁぁぁ!!」

 チャトランが一斉に襲い掛かってきた。
 
「ドラグ・ブレス!」

 ミルフィーナの熱線が、周囲を焼き払いながら、チャトランをなぎ倒し、炭化させていく。
 しかし、それでも、次から次へと、無の空間からチャトランが生まれてくるのであった。
 可能性の揺らぎの中で、ドラグ・ブレスで死ななかったチャトランが出てくるのだ。

「チャトラン、肉球ブラックホール爆弾ですよぉぉ」

「ニギャァァァ!!」

 チャトランたちが吼えた。そして後足で立ち上がる。
 前足をすっと天にむける。それは、まるでネコパンチを放つ前のネコの動作のようであった。

 黒い肉球がさらに暗黒度を増していく。

「わぁぁぁ!! なんだこれはぁ!!」

 後ろでこの戦いを見ていた獣人たちが騒ぎ出した。
 チャトランたちの前足の肉球が周囲の空間をゆがめていた。
 それは、肉球に巨大な重力が発生しているということである。

 ブン――

 ドラグ・ブレスを放っていたミルフィーナに肉球・ブラックホールをまとったネコパンチが炸裂。
 ミールフィーは吹っ飛ばされ、壁にめり込んでいた。
 義手が吹っ飛び床に転がる。

「痛いです―― ミーナ様」

 壁にめり込みなかがら、ミルフィーナは言った。かなり深くめり込んでいる。
 彼女は頑丈なので、死にはしないが、戦いの輪からは外れてしまった。

「ほう…… おもしろそうな。おもちゃじゃねぇか――」

 ミーナコロシチャルは不敵な笑みを浮かべていた。
 無敵、無敗、無双の存在――
 転生前も、転生後も――
 その存在が、美麗な唇に、笑みを浮かべていた。獰猛な笑みだ。
 
「いいぜ―― その、肉球ブラックホールと、俺のこの拳の勝負だ。いつでもいい――」

「へひひひひ。チャトランの『肉球ブラックホール爆弾』を喰らって無事にすむわけないんですねぇ~」
「御託はいい――」

 背中を丸める様にして、ミナーコロシチャルが構えた。
 拳を顎に当たりに上げ、ぐっと握りこむ。
 その拳に膨大なエネルギーが流れ込んでいく。

 100匹以上のチャトランが生み出した肉球ブラックホールによる空間のゆがみ。
 ミーナコロシチャルの拳が生み出す、多層次元すら貫く膨大なエネルギー。

 それが、ギチギチと音を立ててぶつかっていた。

「しぎゃぁぁぁぁぁ!!」

 チャトランの咆哮が、ミーナコロシチャルの耳に届く――
 そして、彼女の拳が唸りを上げていた。
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