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10.学徒襲来 ―HISTORAN ATTACK―
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ブルブルと震え続けるガラゲーの液晶を見つめる俺。
「京子か…… どうしたんだ?」
俺は携帯に出た。
「先輩! 土岐先輩! 別れたのですか! あの毒婦と別れたのですね!」
確かコイツは二六歳だよなと、チラリと思う。
少女っぽい甲高い声。アクセル全開の早口も依然と全然変わらない。
(深夜アニメの声優かオマエは――)
心の中で突っ込む俺。
中学時代からの俺の後輩で、大学までなぜか俺と同じ学校に進学してきていた。
学力程度が同じくらいで、コイツも歴史が好きなのだ。
田辺京子――
俺の後輩で、数少ない「女の知り合い」だ。それ以上でも以下でない。
今も大学に残っている。確か今は助教か? 講師になったんだっけ……
そう言えば、コイツは江戸専門だったか……
そんな俺の思考を電波の声が遮るのだった。
「先輩! なぜ黙っているのですか?」
オマエは二秒のほどの沈黙も許さんのかと俺は思った。
「ああ~ 別れたというかな。振られたんだよ――」
思いきり「不機嫌になりました」と言う声で俺は言った。
「えぇぇぇ!! そうですぁぁ!! 先輩のような男を振る? あり得ませんね!」
すげぇ、嬉しそうな声。それ、慰め? 声音に喜びがあふれてるじゃねーか。人の不幸に対して。
そんなに、俺の不幸が楽しいの?
俺の声の変化にある、気持ちとか少しは察しないの?
なに、その空気の読めなさというか、忖度の無さと言うか――
「ホルスタインの毒婦も見る目がありませんなぁ~」
ホルスタインの毒婦とは俺の元カノのこと。
加藤峰子のことだ。確かに胸は大きかった。
くそ―― あの胸……
俺の傷口を電波に乗せた声でグリグリとエグりにくる京子。
「しかし、これは神のもたらした好機です!」
「え? なんで?」
「今から会いましょう! 先輩! 今日すぐに!」
「はぁ? なんで、オマエと……」
「会ってセックスしましょう。付き合って下だ――」
俺は、無言でガラゲーを切った。
京子の冗談に、付き合っている場合ではないから。
「一瞬でも、コイツに相談できるかなと思った俺がバカだった……」
つぶやく俺。
京子は、確か「江戸ヲタ」だったはず。
そして、大学に残り研究者としての道を選んだ。
江戸時代が専門だと思うが、それ以上の詳細はよく知らない。
ゼミも違っていたからだ。俺の専門は「近現代史」だ。
ただ大学時代は、学内ではなにかとつるむことは多かった。
サークルも同じであったし。
またガラゲーが鳴った。
ブルブル、ビービーと「エレキテル」がガラゲーを震わせる。
俺は手に取って開く。液晶を見た。
メールが来ていた。
それを俺は開いた。
予想通りの相手――
「愛しています。先輩。会いたいです。自宅に行きます。もはやこの愛は止まりません。今晩行くので私を抱い――」
そこで読むのを止めて、ガラゲーをパタンと閉じた。
「コイツがもう少し真面なら、相談もできるがなぁ……」
俺はガラゲーを置いて、パソコンに向き合った。
ただ、現代で「江戸時代の専門家」に色々と協力してもらうというのはありな考えだ。
ただし、田辺京子を除く――
ひとりで考えるよりも何人かで考える方が、良い知恵が出る。
「三人寄れば文殊の知恵」と言う奴だ。
「江戸の専門か…… えっとぉ……」
史学科にいたので、歴史の専門家の友人はいることはいる。
数は多くはないが。
しかし、江戸時代となると、思い当たるのが――
ロングポニーテイルというより、面倒なのでまとめているだけと言う感じの髪型。
眼鏡で細身――
一五〇センチ足らずのチンマイ身体で小動物のようにチョコチョコ動き回るモノ。
それしか思い浮かばなかった。
「田辺京子しかいねーじゃん。江戸時代専門の知り合いがぁッ!」
意味もなく、パソコンデスクをバンバン叩く俺。
そりゃ、大学の先生とかに知り合いはいる。
しかし、個人的に付き合いがあったわけでもない。
本当に「知っている」というだけだ。
しかも卒業して縁も切れた。
向こうは完全にこっちを忘れているだろう。
「友人の知り合いとか―― 伝手を探せばいいか」
どこかに、そう言った知り合いもできるだろう。
ただ、どうやって相談するのかと言う問題は残るが……
江戸時代、田沼の時代に行き来できる。
そして、そこで大改革を断行したい。
行き詰まった幕府のレジュームを変革し、新たな社会と時代を創り上げるのだ。
そして、俺は幸せになるのである。
この二一世紀でも大成功して、峰子を見返してやりてぇ――
俺の採用を断った会社どもに対し「ザマァ」と言ってやりたいのだ。
しかし、この点で他の人から知恵を拝借するのは、色々ハードルもある。
例えば俺が「江戸時代にどんな機械を持ち込めば、一気に文明が進みますかね?」と質問するとする。
相手は当然「なんで、そんなこと訊くの?」となるはずだ。
で、そこで「いや、大元帥明王様に、『時渡りのスキル』というチートの力を――」とか言えるわけがない。
その部分を伏せ適当に言ったとしてどうか?
ふざけていると思われるか、まあ好意的にとってもらって『素人の思いつきの興味』と言う感じだろう。
つまり、質問に「真面目」に「真剣」に考えて回答してくれる可能性は低いのだ。
「まあ、何故そんな質問をするのかの『理由』(わけ)はできるが……」
俺は、高校時代に文芸部にいた。
大学でもその手の創作サークルにいた。
今は全く書いていないが、小説を書いていたのだ。
よって「いや、小説のネタで考えているんですよ」と言うこともできる。
そして、俺が小説を書いていていたことを知っていて――
それで、江戸の知識を持っている専門家――
黒髪のロングポニーの眼鏡チビ――
また、その存在が頭に浮かぶ。
「田辺京子じゃねぇかぁぁ!!」
俺の叫びが部屋に響いた。
とりあえず、俺は協力者のことは頭の隅に置いておくことにした。
◇◇◇◇◇◇
デジタルの電波時計の日付が変わった。
しかし、俺は寝付けず、パソコンを開きっぱにして考えていた。
江戸を如何に改革するか――
そして、そのための「方法・手順(スキーム)」をどうするかだ。
「まだ七五両あるしな―― 爺さんから相続したことにしても、十分に基礎控除の範囲だ」
タンスの中には「切り餅(紙に包まれた二五両)」がまだ三個あった。
日本円にすれば九〇〇万円くらいだ。
所得税はかかるが、それは申告すればいい。
相続の基礎控除は五〇〇〇万円。
全てを円に変えても、その範囲だ。
相続に関しての証明もその範囲であれば特に必要ない。
それは、知っていることだ。
「しかし、大金持ちになるってなら、この先は厳しいよな――」
小判を持ち帰り、円とする。
古銭買い取り業者を利用すれば、換金はできる。
所得も申告すればいい。
5000万円までは、特に問題はない。
問題はこれを超えたときだ。累計でだ――
「そのお金の出どころはどこですか? 他に隠している収入はないですか?」と、日本政府から恐るべき使者がやってくるかもしれん。
つまりだ――
なんらかの事業化があって、その商売で金儲けをするスキームが必要になる。
みせかけでもいいので、バレぬ構造を作る必要がある。
こっちの世界で俺が幸せになるためにはだ――
「いっそ、現代では文化的最低限度の生活で―― 江戸で豪遊するかなぁ……」
それなら簡単だ。しかし、どうなのか?
江戸時代に行ったといっても2回。
田沼意次の屋敷の中だけだ。
江戸の街の様子とか全然分からない。
俺の改革で江戸がより良い場所になれば、本格的に江戸を拠点としてもいいかとも思う。
でも、それはまだ多分先の話になるだろう。
江戸で、俺が大きく動きだせば、そちらでも幕府内部の旧守派が動き出す。
改革を望まぬ抵抗勢力の存在が、古びたレジュームからの脱却を許さぬのだ。
「その結果、意知さん、暗殺だしなぁ。俺も慎重に動かないと、ヤバい可能性は十分あるんだよなぁ」
何せ、人を簡単に殺せる「世界最強の刃」を日常で携帯している侍がうようよいるのだ。
まあ、困窮して竹光の侍も多いだろうが。
武士の特権である「切り捨て御免」が日常的に気楽に行える行為でないのも知っている。
しかし、権力闘争の中に巻き込まれ、俺の存在が露呈した場合 ――隠し通せるわけはないだろう―― そのリスクは二一世紀以上かもしれない。
国税調査員は日本刀など持ってないのだから。
「どうすっかなぁ……」
ピンポーン――
いきなりのドアホンが俺を不機嫌にさせる。
考えが中断されたから。
何時だ? おい。アホウか――
時計を見やった。
電波時計が正確に時を刻んでいるなら、完全な深夜。
終電がそろそろ無くなりそうな時間だ。
続けてドアポーンが三連打された。
「なんだよ! いったい!」
こんな深夜にやってくる奴――
何人かの友人を思い出す―― 飲んでいて終電でもなくなったか?
以前も、そんなことがあった。
俺のアパートは駅から近いのだ。
玄関に向かって行き、俺はドアを開けた。
その間もドアホンは鳴り続ける。
ちょっと怖くなってきた――
やべぇ……
普段は滅多に使わないドアチェーンかける俺。
鍵を開け、少しドアを開けた。
「あの…‥ どち―― てめぇぇぇぇ!! マジで来たのかぁぁ!!」
「先輩ぃぃぃ!! 来ちゃいましたぁぁ! 抱いてくださーい! 先輩の赤ちゃ――」
そこに小さなのがいた。
眼鏡で長い黒髪を無造作に後ろでまとめた奴。
知ってるよ。
俺はその名前を知っている――
しかし、マジで来やがった……
バタンと俺はドアを閉め、ドアを背中で押し付けた。
ドンドンと容赦なくドアを叩く。
ここはアパートだ。集合住宅。しかも深夜。
「先輩ぃぃぃ♥!! 土岐先輩ぃぃ♥! 何で締めるんですか! プレイ? あそこで締めるのは得――」
俺はドアを開けた。中にご近所様に対する迷惑を発生させる存在を引き入れる。
「あはッ! もう、強引です―― 先輩…… ぽっ♥」
「『ぽっ♥』じゃねーよ! オマ…… マジで来たのか……」
「行くっていったじゃないですかぁ~ メールで、先輩♥」
先輩(ハート)じゃねーよ。
俺は、その小さなメガネで貧弱な体の存在を見やる。
二六歳には全然見えない。
田辺京子――
江戸時代の専門家にして、俺の後輩。
江戸時代を研究し続けている学徒だ。
その意味では俺の望む人材なのだ。
しかし……
その中身には大いに問題ありなのだった――
「京子か…… どうしたんだ?」
俺は携帯に出た。
「先輩! 土岐先輩! 別れたのですか! あの毒婦と別れたのですね!」
確かコイツは二六歳だよなと、チラリと思う。
少女っぽい甲高い声。アクセル全開の早口も依然と全然変わらない。
(深夜アニメの声優かオマエは――)
心の中で突っ込む俺。
中学時代からの俺の後輩で、大学までなぜか俺と同じ学校に進学してきていた。
学力程度が同じくらいで、コイツも歴史が好きなのだ。
田辺京子――
俺の後輩で、数少ない「女の知り合い」だ。それ以上でも以下でない。
今も大学に残っている。確か今は助教か? 講師になったんだっけ……
そう言えば、コイツは江戸専門だったか……
そんな俺の思考を電波の声が遮るのだった。
「先輩! なぜ黙っているのですか?」
オマエは二秒のほどの沈黙も許さんのかと俺は思った。
「ああ~ 別れたというかな。振られたんだよ――」
思いきり「不機嫌になりました」と言う声で俺は言った。
「えぇぇぇ!! そうですぁぁ!! 先輩のような男を振る? あり得ませんね!」
すげぇ、嬉しそうな声。それ、慰め? 声音に喜びがあふれてるじゃねーか。人の不幸に対して。
そんなに、俺の不幸が楽しいの?
俺の声の変化にある、気持ちとか少しは察しないの?
なに、その空気の読めなさというか、忖度の無さと言うか――
「ホルスタインの毒婦も見る目がありませんなぁ~」
ホルスタインの毒婦とは俺の元カノのこと。
加藤峰子のことだ。確かに胸は大きかった。
くそ―― あの胸……
俺の傷口を電波に乗せた声でグリグリとエグりにくる京子。
「しかし、これは神のもたらした好機です!」
「え? なんで?」
「今から会いましょう! 先輩! 今日すぐに!」
「はぁ? なんで、オマエと……」
「会ってセックスしましょう。付き合って下だ――」
俺は、無言でガラゲーを切った。
京子の冗談に、付き合っている場合ではないから。
「一瞬でも、コイツに相談できるかなと思った俺がバカだった……」
つぶやく俺。
京子は、確か「江戸ヲタ」だったはず。
そして、大学に残り研究者としての道を選んだ。
江戸時代が専門だと思うが、それ以上の詳細はよく知らない。
ゼミも違っていたからだ。俺の専門は「近現代史」だ。
ただ大学時代は、学内ではなにかとつるむことは多かった。
サークルも同じであったし。
またガラゲーが鳴った。
ブルブル、ビービーと「エレキテル」がガラゲーを震わせる。
俺は手に取って開く。液晶を見た。
メールが来ていた。
それを俺は開いた。
予想通りの相手――
「愛しています。先輩。会いたいです。自宅に行きます。もはやこの愛は止まりません。今晩行くので私を抱い――」
そこで読むのを止めて、ガラゲーをパタンと閉じた。
「コイツがもう少し真面なら、相談もできるがなぁ……」
俺はガラゲーを置いて、パソコンに向き合った。
ただ、現代で「江戸時代の専門家」に色々と協力してもらうというのはありな考えだ。
ただし、田辺京子を除く――
ひとりで考えるよりも何人かで考える方が、良い知恵が出る。
「三人寄れば文殊の知恵」と言う奴だ。
「江戸の専門か…… えっとぉ……」
史学科にいたので、歴史の専門家の友人はいることはいる。
数は多くはないが。
しかし、江戸時代となると、思い当たるのが――
ロングポニーテイルというより、面倒なのでまとめているだけと言う感じの髪型。
眼鏡で細身――
一五〇センチ足らずのチンマイ身体で小動物のようにチョコチョコ動き回るモノ。
それしか思い浮かばなかった。
「田辺京子しかいねーじゃん。江戸時代専門の知り合いがぁッ!」
意味もなく、パソコンデスクをバンバン叩く俺。
そりゃ、大学の先生とかに知り合いはいる。
しかし、個人的に付き合いがあったわけでもない。
本当に「知っている」というだけだ。
しかも卒業して縁も切れた。
向こうは完全にこっちを忘れているだろう。
「友人の知り合いとか―― 伝手を探せばいいか」
どこかに、そう言った知り合いもできるだろう。
ただ、どうやって相談するのかと言う問題は残るが……
江戸時代、田沼の時代に行き来できる。
そして、そこで大改革を断行したい。
行き詰まった幕府のレジュームを変革し、新たな社会と時代を創り上げるのだ。
そして、俺は幸せになるのである。
この二一世紀でも大成功して、峰子を見返してやりてぇ――
俺の採用を断った会社どもに対し「ザマァ」と言ってやりたいのだ。
しかし、この点で他の人から知恵を拝借するのは、色々ハードルもある。
例えば俺が「江戸時代にどんな機械を持ち込めば、一気に文明が進みますかね?」と質問するとする。
相手は当然「なんで、そんなこと訊くの?」となるはずだ。
で、そこで「いや、大元帥明王様に、『時渡りのスキル』というチートの力を――」とか言えるわけがない。
その部分を伏せ適当に言ったとしてどうか?
ふざけていると思われるか、まあ好意的にとってもらって『素人の思いつきの興味』と言う感じだろう。
つまり、質問に「真面目」に「真剣」に考えて回答してくれる可能性は低いのだ。
「まあ、何故そんな質問をするのかの『理由』(わけ)はできるが……」
俺は、高校時代に文芸部にいた。
大学でもその手の創作サークルにいた。
今は全く書いていないが、小説を書いていたのだ。
よって「いや、小説のネタで考えているんですよ」と言うこともできる。
そして、俺が小説を書いていていたことを知っていて――
それで、江戸の知識を持っている専門家――
黒髪のロングポニーの眼鏡チビ――
また、その存在が頭に浮かぶ。
「田辺京子じゃねぇかぁぁ!!」
俺の叫びが部屋に響いた。
とりあえず、俺は協力者のことは頭の隅に置いておくことにした。
◇◇◇◇◇◇
デジタルの電波時計の日付が変わった。
しかし、俺は寝付けず、パソコンを開きっぱにして考えていた。
江戸を如何に改革するか――
そして、そのための「方法・手順(スキーム)」をどうするかだ。
「まだ七五両あるしな―― 爺さんから相続したことにしても、十分に基礎控除の範囲だ」
タンスの中には「切り餅(紙に包まれた二五両)」がまだ三個あった。
日本円にすれば九〇〇万円くらいだ。
所得税はかかるが、それは申告すればいい。
相続の基礎控除は五〇〇〇万円。
全てを円に変えても、その範囲だ。
相続に関しての証明もその範囲であれば特に必要ない。
それは、知っていることだ。
「しかし、大金持ちになるってなら、この先は厳しいよな――」
小判を持ち帰り、円とする。
古銭買い取り業者を利用すれば、換金はできる。
所得も申告すればいい。
5000万円までは、特に問題はない。
問題はこれを超えたときだ。累計でだ――
「そのお金の出どころはどこですか? 他に隠している収入はないですか?」と、日本政府から恐るべき使者がやってくるかもしれん。
つまりだ――
なんらかの事業化があって、その商売で金儲けをするスキームが必要になる。
みせかけでもいいので、バレぬ構造を作る必要がある。
こっちの世界で俺が幸せになるためにはだ――
「いっそ、現代では文化的最低限度の生活で―― 江戸で豪遊するかなぁ……」
それなら簡単だ。しかし、どうなのか?
江戸時代に行ったといっても2回。
田沼意次の屋敷の中だけだ。
江戸の街の様子とか全然分からない。
俺の改革で江戸がより良い場所になれば、本格的に江戸を拠点としてもいいかとも思う。
でも、それはまだ多分先の話になるだろう。
江戸で、俺が大きく動きだせば、そちらでも幕府内部の旧守派が動き出す。
改革を望まぬ抵抗勢力の存在が、古びたレジュームからの脱却を許さぬのだ。
「その結果、意知さん、暗殺だしなぁ。俺も慎重に動かないと、ヤバい可能性は十分あるんだよなぁ」
何せ、人を簡単に殺せる「世界最強の刃」を日常で携帯している侍がうようよいるのだ。
まあ、困窮して竹光の侍も多いだろうが。
武士の特権である「切り捨て御免」が日常的に気楽に行える行為でないのも知っている。
しかし、権力闘争の中に巻き込まれ、俺の存在が露呈した場合 ――隠し通せるわけはないだろう―― そのリスクは二一世紀以上かもしれない。
国税調査員は日本刀など持ってないのだから。
「どうすっかなぁ……」
ピンポーン――
いきなりのドアホンが俺を不機嫌にさせる。
考えが中断されたから。
何時だ? おい。アホウか――
時計を見やった。
電波時計が正確に時を刻んでいるなら、完全な深夜。
終電がそろそろ無くなりそうな時間だ。
続けてドアポーンが三連打された。
「なんだよ! いったい!」
こんな深夜にやってくる奴――
何人かの友人を思い出す―― 飲んでいて終電でもなくなったか?
以前も、そんなことがあった。
俺のアパートは駅から近いのだ。
玄関に向かって行き、俺はドアを開けた。
その間もドアホンは鳴り続ける。
ちょっと怖くなってきた――
やべぇ……
普段は滅多に使わないドアチェーンかける俺。
鍵を開け、少しドアを開けた。
「あの…‥ どち―― てめぇぇぇぇ!! マジで来たのかぁぁ!!」
「先輩ぃぃぃ!! 来ちゃいましたぁぁ! 抱いてくださーい! 先輩の赤ちゃ――」
そこに小さなのがいた。
眼鏡で長い黒髪を無造作に後ろでまとめた奴。
知ってるよ。
俺はその名前を知っている――
しかし、マジで来やがった……
バタンと俺はドアを閉め、ドアを背中で押し付けた。
ドンドンと容赦なくドアを叩く。
ここはアパートだ。集合住宅。しかも深夜。
「先輩ぃぃぃ♥!! 土岐先輩ぃぃ♥! 何で締めるんですか! プレイ? あそこで締めるのは得――」
俺はドアを開けた。中にご近所様に対する迷惑を発生させる存在を引き入れる。
「あはッ! もう、強引です―― 先輩…… ぽっ♥」
「『ぽっ♥』じゃねーよ! オマ…… マジで来たのか……」
「行くっていったじゃないですかぁ~ メールで、先輩♥」
先輩(ハート)じゃねーよ。
俺は、その小さなメガネで貧弱な体の存在を見やる。
二六歳には全然見えない。
田辺京子――
江戸時代の専門家にして、俺の後輩。
江戸時代を研究し続けている学徒だ。
その意味では俺の望む人材なのだ。
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