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50.大江戸電波網

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 時代を繋げる長いトンネルを抜けると俺の部屋に京子はいなかった。
 とりあえず、ホッとする。
 毎度、毎度『先輩好きです! 大好きです! すきすきすきすき~♥」と言われるのは勘弁して欲しい。狂っているとか思えん。
 とりあえず、俺はリアカーから江戸で仕入れた品物を片付ける。

「まあ、メガネチビのことはどうでもいいが……」

 俺は頭の中から京子を追い出す。
 現代に戻ってきてまず京子のことが頭に浮かぶ。
 全く持って理不尽で腹が立つ。

 品物を片付け、現代の状況を確認。
 主力の商売となっているネットショップは結構注文が来ている。
 
「発送は明日でいいか~」

 とりあえず、未発送の新規注文を確認。
 結構な数がきているのは確かだ。
 江戸時代の動画が結構話題になって、マイナーなネットニュースに取り上げられたこともある。
 始めたばかりのネットビジネスとしては、大成功といえるほど稼いでいる。
 しかし、江戸時代を近代化するために投入する資金としては、全然足らない。
 
 パソコンをいじり『人力発電機』を調べる。
 江戸時代で水車に連結して、発電するためのものだ。

「200ワット出せて、5万円くらいか……」
 
 俺はモニターを見つめ呟く。
 小型水力発電機よりはかなり安い。
 連結すれば、江戸城のいくつかの部屋と大奥に冷蔵を設置することは可能だろう。

「エアコンはどうだろうなぁ~」

 エアコンも一緒に調べながら、俺は考える。
 電力は、発電機を増やせばなんとかなる。
 
「問題は水車の回転力から、どの程度のエネルギーを生み出せるかか」

 回転数を変化させる歯車などの仕組みは江戸時代の技術でもなんとかなるだろう。
 機巧からくり技術に裏打ちされたものが当時の日本にはある。
 水車の出力が十分で、回転力を効率よく伝達できれば問題はないはず。

「まあ、問題があれば、自転車のギアとかチェーンでなんとかできるだろうし」

 江戸城電化計画は、比較的費用を抑えて実現ができそうだった。

        ◇◇◇◇◇◇

「先輩好きです! 大好きです! すきすきすきすき~♥ ギュッとハグしてくださーい♥」

 京子が来た。 
 玄関から一直線に俺に飛び込んでくる。
 ポンと頭に手をおいて突撃を止める。
 
「先輩、先輩、頭をギュッとするのは止めて欲しいのです!」

 手をバタバタさせる京子。

「オマエは少し落ち着け」
「はい。先輩が久しぶりすぎて暴走してしまいました」

 俺には平常運転にしか見えない。
 とりあえず、おとなしくなったので、俺は手を離す。

「なんか、1年ぐらい会ってない感じですねぇ~」
「気のせいだろ」 
「先輩が江戸時代に言っている間に京子は寂しかったのです。この指で自分を慰――」
「黙れ、この阿呆!」

 人差し指と中指をウネウネ動かすエロチビ眼鏡の頭をはたく。
 予想通りの展開だが、いい加減にして欲しい。

「だって先輩ばかり江戸時代に行けてずるいのです」

 京子は、以前と同じことを言い出した。
 俺の『時渡りのスキル』で京子を江戸に連れて行けない。

「だから、それは無理って言っただろ。できねーって。あのトンネルは俺と田沼意次。でもってリアカーに積んだ品物しか運べないんだよ」
「take me to the  Edo Period♪」
「野球場のように気楽に連れて行けるか!」
「え、野球場ならデートしてくれるのですか!」
「ぬぅっ!」
「今度デート行きましょう。決まりです♥」

 俺の突込みを利用して、デートの言質を取りやがった。
 阿呆のように見えて、抜け目ねーなコイツは……

「それはそうとしてですね~ 先輩」

 京子はトコトコ歩きながら言った。
 で、勝手に冷蔵庫を開け、ヤ○ルトを取り出し飲みだした。
 我が物顔。突っ込む気力も無い。

「――で、やはり護摩祈祷をやるべきなのです!」
「はぁ~」
 
 俺は心底嫌そうな顔をして言った。
 
「大元帥明王を呼び出して私も江戸に行けるようにお願いするのです」
 
 以前も、同じことを言って候補地も見に行ったのだ。
 ただ、そこままでで後なにもしていない。この話はそのまま立ち消えとなっていると思っていた。

「消防署の放水訓練場かぁ」
「そうなのです。あそこなら、大きな焚き火をしても大丈夫です」
「まあ、そうかもしれんけどなぁ……」

 俺のアパートの近くに大きな空き地がある。
 そこが消防署の放水訓練場になっていて、誰でも入れるようになっている。

「まあ、勝手にやるならいいよ」

 京子を相手にしていると心が疲れてくる。
 俺は半分投げやりに言った。

「私ひとりでやれというのですか!」
「俺がいても仕方ないだろ」

 そもそも、俺が護摩祈祷して大元帥明王を呼び出したわけではないのだ。
 
「うら若き美しい女性が深夜にひとりで護摩祈祷とかできないのです!」
「いろいろ、突っ込む場所はあるが、じゃあやらんでいいだろ」
「先輩のいけず。ぷんぷん!」

 というわけで、この話は終わった。
 後は、とりあえずネット注文商品の発送とかやったわけである。
 現代の資金不足の問題を京子に相談しようと思ったが、なぜか言いそびれてしまった。

        ◇◇◇◇◇◇

「すいません。鮒橋警察署ですが、土岐航ときわたるさんでしょうか」

 草木も光合成をしない真夜中にいきなりの電話。
 出たら警察なのでビビる俺。

「あ、あの…… なんでしょうか」
「田辺京子さんという方をご存知ですか?」
「え、あ、はい」
「アナタが婚約者ということで、連絡したのですが……」

 いつの間に婚約者になったんだ?
 メガネチビいい加減にしろと思ったが、警察からの電話ということでなにがあったのかが心配になる。

「で、京子は」

 俺が訊くと警察の人が長々と説明してくれた。
 あの阿呆はマジで護摩祈祷をやったのだ。
 深夜に空き地でドでかい焚き火をガンガン燃やして通報されたらしい。
 勤務先などは黙秘しているらしい。阿呆か。
 てめぇ、大学の准教でなにやってんだ? マジで。

「とりあえず、迎えに来ていただけますか」
「はぁ……」

 というわけで、俺は京子を迎えに行った。
 警察には正直に身分を明かして、学問上の研究だと言い訳した。
 なにが研究なのかよー分からんが、警察もよく分かってなかった。
 とにかく、たっぷり説教くらって、やっと解放されたわけである。

「灯油の量が多すぎたのです――」
「そんな問題じゃねぇよ」
「そもそも、先輩が一緒にいれば、こんなにはならなかったはずなのです」
「知らねーよ。俺は近現代史専門で、護摩祈祷なんか知らんからな」
「先輩だけ、江戸時代に行けてずるいのです……」
「そんなこといわれてもなぁ」

 とりあえず、いったん俺の家に行くことにした。
 電車が動き出したら、京子を帰せばいい。

「先輩の家はwifiないのですか? 無線LAN」
「あ? 俺のとこは有線だし、俺はガラゲーだからなぁ」
「wifiがあれば、先輩を待つ間にスマホの動画を見て暇を潰せるのです。通信量を気にせずに」
「オマエ、どんだけ長く俺の部屋にいるきだよ!」

 と、言っている途中で、ふと思いついた。
 トンネルの中に、LANケーブルでも通そうかと俺は思ったことがある。
 しかしだ。
 江戸と現代を繋げるトンネルの向こうとこっちに、wifiの機械を置いたらどうなるんだ?
 トンネルは約4キロメートルで一直線。
 電波を飛ばせば、江戸時代でもインターネットを使えるんじゃないか?

 そんな思いが脳裏をよぎったのだ。

「いや待て、それが出来たとして……」
「ん、なんなのですか?」
「いや、ちょっと考え事だ」

 京子は眼鏡の奥の大きな目をこちらに向けただけでこれ以上訊いてはこなかった。
 しかし、江戸と現代ネットを繋いだとしてだ。
 一体なにができるんだ?
 ネットを使ってリアルタイムで京子に監視されることになりかねないのでは……
 と、いうようなことも考えてしまう。

「先輩! 先輩! 先輩!」
「うっせーな。なんだよ」
「京子は良いことを思いつきました」

 ニマァ~と京子は笑みを見せる。

「先輩の作る江戸時代へ行くトンネルの中にwifiの電波を通すのです!」

 俺はぐんにゃりした顔で京子を見た。
 なんで同時に同じことを思いつくのか? シンクロにティか?
 下手に自分も同じこと考えていたなどと言えば、京子を有頂天にさせるので俺は自重した。

「江戸時代の様子をリアルタイムで私が確認できるのです。先輩に専門家としてアドバイスできるのです」
「まあ、確かにそうかもなぁ……」

 しかし、江戸での俺の生活――
 美貌の女剣士に護衛されているとかは、あまり京子に知られたくは無い。
 
「確かに、技術的にはできそうだけどなぁ……」

 トンネルのドアは、リアカーを置いておけば開けっ放しにできる。
 可能不可能でいえば可能な感じだ。
 しかし、それで今一番の問題である「現代の方の資金不足」を解決でるかというと分からない。
 江戸時代側でネットを使って何かに役立てるということなら幾らでもその機会はあるだろうけど。
 
 江戸で発展する経済が生み出す富を現代で収奪してしまっては意味が無い。
 現代の経済に組み込んで、台頭してくる商人を俺が経済的に支配する。
 その最終目標はいい。
 しかし、一方的な収奪はだは駄目だ。
 両方が儲かるという形でなければいけないわけだ。
 現代(主に俺)と江戸側の商人がwinwinになることが重要だ。
 メリットが無ければ、どんな時代の商人でも動きはしない。

「どうするかなぁ~」

 江戸時代でネットを使えるようにする。
 それは、現代で資金を稼げるような仕組み作りのきっかけになるかもしれない。
 ただ、その具体的な形は俺の頭の中に無かった。
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