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その1:魔法使い少女の旅

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 見るからにバカそうな男と女がやって来た。
 チャラチャラした男。
 色黒の女は、股のちょうつがいがぶっ壊れていそうだった。
「いらっしゃい―― どうぞ見て言ってください」
 とびきりの営業スマイルで話しかけるワタシ。
 男はしゃがみこんで、並べてあるアクセサリの中から一つを手に取った
 路上に並べたアクセサリは全部ワタシが作ったものだ。
「よう、これお前に買ってやろうか?」
「わぁ! それいいですよ! ペアでどうですか? ワタシの魔力が封じ込めてます! 運気アップです!」
 ワタシは、営業トークをかます。こっちは腹が減っているのだ。必死だ。
 しかし「運気アップ」って…… 言っていて本当に説得力がないのは分かっている。
 運気アップできるようなアイテムを作れる奴が、この寒空の下、露店でこんなものを売っているはずがない。
 まあ、そのような矛盾は今はとりあえず、置いておこう。お客様第一だ。
 ワタシは銭が欲しい。なんとしても銭が欲しい。
 色黒の女は金髪をかきあげて、こっちを冷たい目で見た。一瞬だ。

 いいものを着ていた。
 こっちのみすぼらしい格好がちょっと嫌になる。
 長旅のせいか、全体が垢とホコリにまみれている感じなのは分かっていた。
 ただ、臭いには気を付けている。体は4日前に洗ったばかりだし、服も4日連続でしか着ていない。
 ちょっと、頭に巻いている布の臭いが気になるか…… そういえば、これは10日洗濯してない。
 旅には金がかかる。着る物は節約しなければならない。

「はぁぁ? マジでいってんの? 私に安物付けろっていうの?」
 フンっと鼻で笑う感じでワタシを見るクソ女。ビッチだ。絶対にビッチ。
 悪うござんしたね。安物で。
 怒りで空腹が紛れた。一瞬だけだったけど。
「悪いな、ねーちゃん」
 男は手に取った商品を元に戻した。

『死ねバーカ!』と心の中でつぶやく。100回くらい。
 去っていく背中に蹴りをぶち込みたくなった。
 しかし、怒りは持続しない。空腹の方が出力が大きかった。
 まずい――
 腹がすきすぎて、気分が悪くなってきた。
 幸せとは腹いっぱいになって、温かいところで寝ることであると誰かが言っていた。
 それは、正しいと今さらながらに思う。
 誰が言っていたのかは覚えていないが。

 空はどんよりとした灰色だった。
 その空の下、ワタシは膝を抱えて座っている。
 商品を並べているゴザが目の前にある。

 この街は人は多いが、あまり景気はよくなかった。
 尻は冷たいし痛い。手も冷たい。腹も減った。
 いっそ、この世界は魔王に滅ぼされればよかった。そう思った。

 私は3年前まで勇者のパーティで魔法使いをやっていた。
 魔王を倒すため、ワタシはどこからか召喚されたのだ。
 しかし、ワタシは自分の故郷のことを薄らぼんやりとしか覚えていない。
 3年前に激闘の末に魔王を倒した。
 戦いはあまり好きではなかった。でも、それしか自分にはできなかった。
 魔王を倒して、これで平和がくると思ったら失業した。
 そもそも、ワタシは魔王を倒すために召喚された。
 別に、頼んだわけでもないのに。
 よって、魔王がいなくなればワタシは必要なくなるのだった。
 この世界にとって、こんどはワタシや勇者が邪魔者となった。

 スパーンとリストラされた。
 清々しいくらいの掌返しだった。

 自分の指にハマった指輪を見る。紅い宝石のハマった指輪だ。
『おお! 魔法使い、イチバ・ナツミよ、よくやってくれた。これは褒美の一部だ』
 そう言って王様がくれた褒美の一つがこの指輪だった。全員に配られた。
 その前に、山のような金貨ももらい、私たちはウハウハで有頂天だった。
 そして、調子にのって、ホイホイ指輪をハメた。

 そしたら、能力が全部封印された。魔法なんか、一般人より使えなくなった。
 種火程度の火をつけようとしただけで、ブラックアウトする。MPが無くなるから。
 勇者も戦士も僧侶も全部一般人かそれ以下の能力になった。
 身体能力も激下がりだった。
 鉄塊のようなバトルアックスを振り回していた戦士はひのきの棒を振り回して息切れしていた。
 全員、魔法は使えなくなった。頭の回転まで悪くなった気がする。

 それでも、僧侶はまだ、再就職できたようだ。宗教は強い。
 戦士は、農家を継ぐと言って、実家に帰った。
 勇者は「あの王様ぶっ殺す」とどす黒い復讐の炎を燃やして旅立った。
 今も、封印の指輪を解除する方法を探して世界を彷徨っているのだろう。
 一般人以下の能力で大変な話だ。

 ワタシは、これ以上戦うのも飽きていたし、商売でもやって余生を過ごそうと思った。
 一応、報奨金ももらっていたし、冒険で貯めた金もあった。
 それを元手に商売を始めた。
 王都で料理屋をはじめた。
 ワタシの薄らぼんやりとした記憶の中にあった故郷の料理を再現してみようと思ったのだ。
 その料理は、この世界の料理より旨いと思ったのだ。

 しかし、ダメだった。評判は最悪だった。
 味噌汁を作った時、当初は評判良かった。材料を教えて欲しいと言うので、味噌を見せた。次の日から客足が途絶えた。
 起死回生にカレーに挑戦した。完全食品のカレーライス。苦労してスパイスを集め、カレーライスをメニューに加えた。
 客に出した瞬間、店の中がパニックになった。次の日から、店が投石されるようになった。

 経験の無い人間が商売で成功するほど甘くはなかった。
 料理はよくなかった。今は、反省している。
 すっぱり諦めればよかったのに、ズルズル続けた。

 その後も故郷の料理をこっちの世界で広めることは、失敗し続けた。
「豆が腐って糸引いてるじゃねぇかぁ!! 臭い! 死ぬだろ!」とか――
「この白いケーキ全然味がしねぇおぞぉぉ! なんだこれ?」とか――
「魚を生で出すとか、頭おかしいだろぉぉ! 死ね! バカ!」とか――

 こんなことやりながら、借金を繰り返して資金繰りをなんとかしている内に破たんした。
 無一文になってしまったのだ。

 自分はなんとか、無一文でとどまったと言った方がいいかもしれない。
 この世界、無一文の下があるのだ。恐ろしいことに。
 奴隷だ。
 マイナスが多かったら、奴隷になってしまうかもしれなかった。
 債権者の人が、借金をまけてくれたので、ギリギリ、マイナスにならないですんだ。

 路上に冷たい風が吹いた。
 背骨を突き抜けるような寒さに、ワタシは身を丸くする。

 そして、無一文になったワタシは呆然。
 そもそも、この世界はワタシのいた世界ではないのだ。
 帰る故郷が思い出せない。
 ワタシは、旅に出た。
 露店で自分の作ったアクセサリとか諸々を売って、食いつないで旅をしている。
 露店には1枚の絵が置いてある。
 ワタシの故郷を、ワタシが覚えているイメージを描いたものだ。
 もし、この絵のことを知っている人がいればと思って、いつも出している。
 今のところ、この様な場所を知っている人は1人もいなかった。

 封印の指輪のせいで、魔法が使えない。
 小さな火を起こして暖をとることもできなかった。火を起こした瞬間、魔力切れで気絶するから。
 だから今も寒い思いをしてガタガタ震えている。お腹もすいた。
 悲しくなってくる。

 ザッ――
 足が地を踏む音がした。
 ワタシは顔を上げた。
 ふらりと、客が来た。
 いや、違った客じゃなかった。
 どーみても、チンピラだった。ゴロツキだった。
 しかも2人だ。

 魔王がいなくなったからといって、世界が平和なって人々が幸せになったわけではない。
 魔王がいても、いなくても、人の不幸は人が作るのだった。
 ワタシの不幸をこれから作る気満々のチンピラがしゃがみこんだ。そして、ワタシの顔を舐めるように見た。

「よぉ? 誰に断って商売してるんや? 魔法アイテムの販売は、ギルドを通すんやでぇ? ああーーん?」
 あごを突き上げ、人相の悪い男が言った。
「おいおい、いきなり、怖いことゆうて、アカンやろ。お嬢さんが怯えてるやないか?」
 太った一見、温厚そうに見える男が言った。 
「せやかて、ルールはルールやでぇ」
「まあ、そうやな――」

 恐喝の常とう手段だ。
 どこの街にいってもそうだ。
「なんたらギルド」という閉鎖的な同業者組合が、他の商売人を排除するのだ。
 そのときに、送り込んでくるチンピラはだいたいこんなのだ。
 凄みを聞かせる役と、それを止める役。その組み合わせで、金を搾り取るのだった。
 ワタシのように露店で商売をする者は大変だった。
 しかし、対応は分かっている。金だ。こいつらの目的も金なんだ。暴力じゃない。

「揉める気はありません。そちらの要求を言ってください」
「おお! お嬢ちゃん、素直やな! ほんらな、特別に商売やるの認めたるわ。1日1万グオルド払うんや。格安やで」
「えっ! そんな…… そんなお金…… 前の街では1日1000グオルドで、後は売り上げに応じて……」
「いや、うち等のギルドは、従量制ではなく、定額制やからね。ぎょうさん売れれば、売れるだけ、お嬢ちゃんお儲けや! WIN-WINやな」
 法外な金額だった。そんな、WIN-WINはない。
 ワタシの作るアイテムは1個数百グオルドだ。よく売れたと思う日でも5000グオルドを超える日は無かった。
 そもそも、そんな手持ちはなかった。

「はよ、払ってや、払えんなら、お店仕舞な」
「分かりました――」
 ワタシはゴザの上に広げた商品をカバンに片付け始めた。
 でかいカバンだ。日用品や着替えも入っている。
 引きずっても大丈夫なように、下に車輪がついている。

「お、止めてまうんか? なんなら、3000グオルドでええわ」
「いえ、いいです。3000でも無理です」
「いやいや、今日商売したろ? その分の3000グオルドは必須や」
 人相の悪い男がすごんだ。魔王と対峙したときより怖い。
 なんせ、今の自分はなんの力もないから。お金もない。お腹もすいている。
 徹底的に無力なのだ。

「すいません、本当に、本当にないんです。お願いします――」
 ワタシは頭を下げた。
 地面に頭が付くくらい下げた。
 最悪だった。こんな質の悪い、ギルドのある街は初めてだった。

「あんま、手荒なことすな。まあ、無いというんじゃ仕方ないやろ――」
 一見温厚そうな男がいった。しかし、目の奥は笑ってなかった。
 自分以外は全部ゴミという感じの目をしていた。

「そこの絵な。珍しい絵やな。それ、預かっとくわ」
 ひょいっとその男はワタシの絵を手に取った。
「それは! 売り物じゃないんです! それは! ワタシの故郷の――」
「はは、どこやこれ? こんなけったいな国があるんか? お嬢ちゃんの故郷はこんなんか?」
「多分……、多分そうです」
「ふーん、ま、ええわ。獲るわけやない。預かるだけや。3000グオルドで返したるわ」
「でも、商売できないのに…… お金が……」
「そりゃ、自分で金儲ける絵図を考えんと、甘えちゃいかんよ」

 ワタシは、ガックリと肩を落とした。
 泣きたくなった。
 でも、泣かなかった。歯を食いしばった。
 拳を固めた。ギュッと握りこむ。
 今の私は魔法も使えない。力も並みの女の子以下だ。
 なにもできなかった。

「ま、金ができたら、魔法使いギルドへくりゃええよ。絵は返したる」
 そういってギルドの狗のチンピラゴロツキは去って行った。
「はは、お嬢ちゃん、もう少し、キレイな格好した方がええで。胸はちっさいけど、よく見りゃ、カワイイ顔してるやないか」
 凶悪な顔をした男が、下品でゲスな笑みでこっちを見た。特に胸を。大きなお世話だった。

 店をたたんで、ワタシは街をフラフラと歩いた。
 すきっ腹を抱え、パン屋に行った。
 一番安いパンを買った。固くで古い黒パンだ。半分くらいカビが生えている。
 でも、大きさだけはあった。味はともかく、お腹いっぱいにはなる。
 今の自分には、これが精いっぱいの買い物だった。

 広場の石畳に座って、そのパンをかじった。
 固い。歯が折れそうになる。
 水で湿らせればいいかもしれないが、寒い中、そんなことをする気もならない。

 どんよりとした空が徐々に暗くなってきた。
 陽は見えないが、もう夕刻なのだろう。
 広場の幸せそうに歩く人たちを見ながら、ワタシは固いパンに歯を立てた。
 固い。固い。固い。ひたすら固かった。

 なぜか、パンが少し濡れていた。人肌の温かさの水でぬれていた。
 少し塩味がした。
 食べれば、食べるほど、パンが濡れた。なぜか分からなかった。
 分かりたくもなかった。
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