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23話:俺、また律法学者を論破ww 

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 マタイの家は結構でかかった。

「徴税役人って儲かるのか? あれか? 賄賂か? どうなの、そこんとこ……」

「いえ…… まあ、そこは……」

「まあ、いいけどよぉ。神の国にいけねぇーぞ。裁かれて、焼かれるぜ」
 
 俺はそう言って、家の中に入る。

 一応、俺の師匠(嫌なんだけど)のヨハネは徴税役人が賄賂もらうのを嫌っていた。
 つーか、彼ら(エッセネ派)は病的なほどに潔癖だったからな。
 どーなったんだろうなぁ。
 
 あの狂気の預言者・パウロがなぜか懐かしく思えた。
 全然、いい思い出なんかないんだけど。
 バッタ食って、荒野で絶叫して、狂気の洗礼をする預言者。

 まあ、俺も今では完全に師匠を越え、ガリラヤではブイブイ言わせる顔になったわけだが。

 パーン!
 パーン!
 パーン!
 
 クラッカーの紙ふぶき。

「あれなに?」
「横断幕です!」

「確かに『熱烈! 大歓迎! ナザレのイエス御一行様!!』と書いてあるわ。なんか、私の名前が無いのがムカつく」

 俺たちの弟子で、文字が読めるのはユダとマリアちゃんだけ。
 あとは文盲。古代ユダヤ社会の識字率など5%以下だ。

 マリアちゃんが金髪を揺らしてプンスカする。
 しかし、しょうがないので俺がなだめた。愛の力で。
 
「じゃあ、チュウしてよ」

 って言うので、チュウした。

「先生! マリアばかりチュウをするのは、どうでしょうか? ここは弟子である我らにも、チュウをすべきでは?」
「ああ、まあそうだな」

 古代ユダヤ社会では男同士でもチュウをするので、これはホモではない。
 普通の挨拶である。スキンシップな。

 で、俺は弟子たちもチュウをしてあげた。

「おい…… ユダ…… なんで、オマエ、顔真っ赤なんだよ」

 ユダの前で止まる俺。
 ゴッツイ顔の弟子が揃う中で、コイツは飛び抜けていい男だ。
 優男である。
 そんな奴が、モジモジ照れると、チュウしにくいんだけど。
 
 俺は強引にユダにチュウをした。
 耳まで真っ赤になるユダ。

「先生―― もう、一回、チュウして欲しいです……」
「アホウか! これはあいさつのチュウなの! なにおねだりしてるの?」

 ヤバい。こいつは、ヤバい。なにか、ヤバい。
 ユダには気を許せないという俺の思いは一層強くなる。

「では、チュウも終わったところで、宴会をしましょう。用意ができています」

 マタイが言った。ごちそうだった。山のようなごちそうが用意されていたのだった。

 俺たちはガツガツとそれを食うのであった。

        ◇◇◇◇◇◇

「先生! イエス先生、どうぞ! 最上級のブドウ酒です」

 マタイが俺に勧めてきた。

「ん? マジ、マジ最高級なの? えー、徴税役人儲かりすぎじゃね?」

「こりゃ、先生厳しいですなぁ。はははは!」

 俺はマタイから注いでもらったブドウ酒を飲んだ。
 濃厚で甘い香りが口の中に広がっていく。

 料理は山のようにあるが、弟子と俺たちはバカスカ喰うのである。
 普段は、食客となっているところでの食事や、外では、パンを買って、分け合って食っている。
 最近は、食料を増殖させる奇蹟は使っていない。
 あれは、本当にどうしようもないときにしかダメだ。
 ヤバすぎる。増殖が止まらない場合、神の審判の前に世界が終ってしまいかねない。

 はっきり言って楽しい。
 なんというか、あれだよ。
 俺の居場所があって、俺を認めてくれる弟子たちがいて、それと食事をする。
 でもって、となりには、嫁になってくれる予定のマリアちゃん。超絶の美女。

 あはははは。俺最高。幸せ。もしかして、神の国? キタ? 神の国キタ?

 俺は上機嫌でブドウ酒を飲んで、飯を食った。ヒツジの肉は上手いので好き。
 こんなの、底辺大工時代は口にすることなんかできなかったものだ。
 預言者になってからも、最初は野良猫と、落ちている魚を奪い合っていたのだ。

「なんじゃこりゃぁぁ! くせぇ、罪人どもと徴税役人と食事かぁ? ナザレのイエスさんよぉぉ」

 パリサイ派の律法学者であった。

「なんだ! 人の家に勝手に!」
 
 マタイが言った。

「うるせーんだよ。徴税役人風情が! オマエみたいな罪人が俺に口きくんじゃねーよ! この売国奴がぁぁ!」

「なんだ! てめぇ! いきなり入ってきやがって、ぶっ飛ばしてやろうか!」

 ハゲ頭をぶるんと振って、パウロが立ち上がる。弟の230センチ、体重250キロのアンデレもだ。

「兄ちゃん…… 本気だしていいかい?」

 アンデレの肩から腕にかけての筋肉がパンパンになっていく。
 お腹いっぱいになりつつあるので、フルパワーが出せるのかもしれない。

「おいおいおい! ナザレのイエスさんよぉぉ、弟子の教育が鳴ってねーんじゃねーの? バカばっかか?」

「なんだとぉぉぉ! この、腐れ律法学者が、己のキンタマひん剥いて、口に突っ込んだろうかぁぁ!」
 
 パウロが荒れ狂う。元漁師だけに口が悪い。

 俺は、よっこいしょって感じで立ち上がった。
 俺にガンを飛ばす、律法学者のツラをよく見た。

「ああ、オメェ、俺が皮膚病の患者なおしたときに、逃げた奴だろ? ああん? なんだ、泣かされに来たのかい? アホウがぁ」

 ほどよくブドウ酒が体に回って気分がいいのに、このようなアホウの顔を見ると酔いがさめるのである。

「てめぇ! ユダヤの戒律も分かってねーのか? 手洗った? 食事の前に手をあらいましたかぁぁぁ? 洗ってない? 洗ってないのぉぉ? 洗い鉢も手ぬぐいもどこにもないんだけどぉぉ!! マジなの? バカなの?」

 ユダヤ教の決まりだ。
 食事の前にはきちんと手を洗いましょうと言う教えである。

「んなもん! 神はな、お腹壊すかもしれないから、手を洗いましょうね、って言ってるだけだから。俺ら、マジで腹なんか壊さねーし。関係ないから」

「あ、私はさっき、洗いました」

「黙れよ! ユダ!」

 これだから、インテリのボンボンはダメなのだ。
 この前は3秒ルールとかで落ちた物食わねーし。

「いいかぁ、それは、人間の慣習だよ。神の言葉じゃねぇよ。ちがうんだよ。ええ? アダムとイブが手を洗ったかい? アホウか! 舌噛んで死ね、クソ律法学者がぁぁ!」

 俺の優れた、完ぺきすぎる理論の前に、律法学者は「ぐぬぬぬ」となるしかなかった。ざまあである。

「では、イエスよ」

「ん、まだあるのかよ? アホウ」

「そこの、売国奴! ローマのために、金を集める徴税人、マタイと食事をするのはなぜだ?」

「いけないのかい? なんで?」

「罪人だ! ユダヤを裏切ったローマの狗だ」

「ぎゃははははは!! バーカ! そんな、文句あるなら、おめぇがローマに殴り込みしろよ。それでもできねーのに、マタイを責めるのかい?」

「ぬッ」

「マタイだってよぉぉ、食っていかなきゃならねーんだよ。そのときに、背に腹は代えられねーだろうってこともあるだろうさ。人はパンのみに生きるにあらずっていってもよ、食えなきゃ死ぬんだよ。ハラ減ると苦しいんだよ。オメェは知ってるのか?」

「断食の経験くらいはあるわ!」

「俺は40日間、飲まず食わずだぜ。それで、サタンも倒した。マジでだ。ハラ減った人間はサタンですら倒す。これはマジ」

「なにを言っているのだ、イエス……」

「うせぇぇ!! てめぇ、顔は3つあるぞおぉぉぉ~、ひとつにしろよ。マジで」

「酔っているのか……」

「酔ってませーん。全然、酔ってませーん!」

「これが、預言者か…… 酷すぎる」

「アホウか! オマエラは、律法ちゅー文字に忠誠を誓っているだけの、スノッブなんだよ。凡俗が! マタイが罪人? いいじゃねーか。俺は罪人を救うんだよ。オマエはできねーよなwww 俺は出来る。いいか? 俺は病人も治せるし、罪人の穢れも祓うんだよ」

「ぐいぬぬぬぬぬ―― この酔っ払いが! もう、話しても仕方ない。今日は勘弁してやる!」

「はーい! 敗北宣言いただきましたぁぁ! はい、論破!! きゃははははは!」

 俺爆笑である。ざまあである。
 所詮、律法学者など、不幸な者を救うことなど出来ぬのだ。
 罪人を救うことなどできぬのだ。
 
 ああ、神の国。
 ああ、最後の審判。
 そのときは近いのだ。
 
 俺だ。このナザレのイエスだけが、人類を救済できるのである。

 弟子たちの喝采の中、俺はその思いを強くしたのであった。
 
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