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清き世界の中心で生殖器のメタファーを叫んだ獣

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『あ…… これが、妹の、女の子の一本筋ワレメなのか』
『ああ、お兄ちゃん、恥ずかしい……』

 兄の勝男は妹の細く白い脚を開かせ、その薄淡い桜色がにじむ幼い肉割れに――

「ダメですよ先生、『一本筋ワレメ』も『幼い肉割れ』もアウトです」

「マジか?」

 PCのモニターに映った編集者を見つめ俺はため息をつく。
 俺のため息の音も、ネットを通じて向こうに伝わっているんだろう。ただ思いが伝わってるかどうかは分からない。

「『創作表現管理法』で禁止となりそうな表現です」 

 淡々とした編集者の声がスピーカーから響く。

「え、ダイレクトな性器の名前でなければ OK なんじゃないの? 『オマ×コ』とか」
「わーー!! 駄目です。そんな言葉口にしては、表現警察に発見されたらどうするんですかっ!! オンライン通話も盗聴されてるかもしれないですよ!」

 21世紀、「赤ずきんちゃん」や「不思議の国のアリス」までも標的とした「児童ポルノ」だという異常なムーブメントは、日本にも波及していた。
 そもそもは、キリスト教圏におけるヴィクトリア朝時代のゆがんだ性の抑圧が生み出した女性蔑視の考えのもとの猥雑、淫乱、風紀糜爛というデータも根拠も無い指摘が発端だった。

 そして21世紀中盤には「創作表現管理法」が成立し、性描写には法的規制がかけられた。

 橋本治氏の「性のタブーのない日本」で書かれているように文化的に性的抑圧の少ない日本でも、グローバルスタンダードと言う意味不明な理屈によって性的表現が大きく制限されていた。

 まだ俺のような文字をベースとした創作者はマシな方だった。クールジャパンと言われた漫画、アニメなどの文化はほぼ全滅状態である。
 肌を露出した少女の絵を描いただけで、投獄された漫画家もいる。

 確かに規制は必要だろう。

 規制によって新しい表現が生まれたり、傑作が生まれるという可能性すらある。
 しかし一方では、規制があるがために世の中に出ることすらなく消えていく名作もあったかもしれない。

 例えば、江戸時代の「ワ印 」と呼ばれていた、いわゆる「春画」などは、文化の規制によって研ぎ澄まされていったという面もあるが、もしかしたら規制の中で消えていったものもあるんじゃないかと俺は思うわけだ。まあ規制というよりは弾圧だったけど。今の状況もそれに近いものがある。


「そもそも、なんで創作のキャラを陵辱して人権侵害になるんだ?」
「国際連合の文化会議等では、創作キャラの人権というよりも、そのような行為を行うことで実在の人権侵害に繋がると言う理屈になってますね。今でも欧州、北米の国家がそのような潮流を作りますし、中国も国家としては追従しますから」
「意味が分からん」
「それはですね――」

 都内の名門国立大学を出とる編集者はスラスラと説明しはじめた。
 なんやらの論文を引用したりとか、国際的な流れに日本も同調しないと国益の問題になりかねないという圧力の中にあるということやら。
 人権に関することは、内政干渉から除外されるのが国際的認識だとか――

 しかし、そこになんの危機感も持っていないというのが何とも言えない。いや今更危機感を持っても遅いのかもしれないけど。

「つーか、そうやって言ってる欧米諸国の方がよっぽど性犯罪多いんじゃねーの?」
「それはそれこれはこれです」
「そうなのか」
「厳しい時代ですが、我が社は先生をバックアップしていきます」

 モニターの向こうで力説する編集者だが、確かに今の時代官能小説を書いて商業ベースに載せられるということだけでも頑張ってるのかなーと思わざるを得ない。

 俺はパソコンに向き合い、書き上げた原稿の修正を始める。

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 勝男は若芽の肉割れの中に怒張をめり込ませていく。
「あ、あ、あ、お兄ちゃん――」
「あふぁぁ…… 若芽ぁぁ」
 勝男は、妹の処女肉の締め付けの甘美さに尾てい骨が蕩けそうになる。
 さっきまで、妹の舌でベロで愛撫されたのも気持ちよかったが、これはもう全く次元が違う。
 勝男は肉槍を震わせ、迫りくる射精衝動に耐える。
(うう、若芽を気持ちよくさせないと……)
 そう思いながらも、 勝男の腰は自分の意志と関係なくガンガンと妹の処女穴を突くのであった。
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「うーん。どこを直せばいいんだ――」

 俺はパソコンの前で固まるしかなかった。
 キャラの年齢は明示されてないし、 そもそも創作上のキャラクターであるのに、なんであかんのかという思いに染まっていく。

「絵ならわかるけど、もう文字表現だろう?」
「先生そんな言い訳は通じません。グローバルスタンダードです」
「……」
「とにかく、創作表現管理法の24条2項にあるように、『公序良俗を乱し社会通念を逸脱した性表現はこれを禁止する』、『また未成年のキャラクターの性行為の描写は禁止する』を頭に入れてください」
「そうは言っても、何が公序良俗を乱して社会通念を逸脱するのか、そのラインが全然わからない」
「プロなんですから泣き言言わないでください」
「それにだな。このキャラクター年齢書いてないんだけど――」
「印象的に未成年ぽいです」
「んじゃ、ファンタジーにして年齢を107歳とか……」
「法律上、ロリババアも禁止になってます」
「アホウか……」

 ロリババアまで網羅する法律なんて何を考えてるんだと。

「法律に従えない方が問題です」

 とにかく飯を食ってくためには、法律許される範囲を守ってエロ小説を書かなければいけないわけだ。毎度のことながら頭が痛くなってくる。 しかし、エロ小説を未だ商業出版で載せる会社はここしかないのだから致し方ない。

 俺はうんうん言いながらキーボードを叩き始めた。

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 勝男は若芽の生殖器の中央部に彼の生殖器をあてがいました。
「私はお兄さんの生殖器を期待して非常に気持ち良い状態です」と、若芽は言った。
「そうですか。ボクも気持ちがいいです」と、勝男は言った。
 勝男は気持ちよかったです。なぜならば妹の生殖器が彼の生殖器を生物学的理由により締め付けるからです。それは生物の繁殖のため、進化の帰結として当然の機能でした。
 勝男は彼の妹の生殖器に彼の生殖器を入れるほうが、彼女の口の中にいれるより気持ちいいと思いました。
 勝男はとても生殖のための精子を出したくなりました。なぜならば、気持ちよかったからです。
 それは、生物として極めて正常なことでした。
(ボクは、若芽のことを気持ちよくさせねばなりません)
 彼は思いました。しかし、彼は腰を動かすことを止めることができませんでした。
 彼にとって腰の動きを止めるにはあまりにも、妹の生殖器が気持ちよかったのです。
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「うーん、ちょっとダイレクトすきますね。もっとメタファーを使えませんか? 作家ですよね。先生は」
「メタファー使ったらアウトだろ! 性行為を想起させたらいかんのじゃないのか」
「だから性行為だということをあまり強くアピールしないメタファーと言うか表現を創って欲しいんですよ。これでは、 私の「ピー」が勃ってしまいます。つーか、勃ちました」
「勃つのかこれで!」
「なに言ってるんですか、官能小説で勃たない方が問題でしょう!」

 凄まじい逆風が吹く中、ここに来ていきなり正論をぶちかます編集者だった。
 しかし言っていることは正しいのかもしれないと表現者としては思わないでもなかった。

(メタファーか……)

 つまるところ隠喩である。そもそも官能小説の文体というのはダイレクトな表現を避け様々なメタファーによって構成されるものであると言ってもいい。

「う、うーん」

 俺は悩んだ。
 そもそもエロいと感じるというものは、隠されているからエロいのである。
 例えば女性が耳を隠す文化がある社会を想定してみよう。
 耳を見られることは女性にとって非常に恥ずかしいことだというような設定である。
 となれば、男は「あああ、あの娘の耳がみてぇぇ」となるのは必定だろう。
 そして「ああ、耳穴に指をいれたい」とか「女の耳クソを舐めたい」とかが最高にエロくなるはずだ。
 耳掃除など、恐るべき禁忌になるかもしれない。もう語ることすらできないレベルだろ。

 結局、それが猥雑であるのかエロいのかとか、何をもって決定するのかというのはその文化基盤であって絶対的な真理などどこにもないんじゃないかというような無駄な哲学的な思考の袋小路に入っていく。

「やばい」
「先生締め切りがあるんですから。うんうなってるばっかりじゃダメですよ」

 ネットで繋がってるだけの編集者が俺を責め立てる。

 とにかく俺は法律で絶対許されるだろうという表現でエロいことを書かなければいけないのだ。
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 勝男は若芽の花で言うところのめしべに花でいうところのおしべを当てる。
「ああ、花で言うところのおしべが、私の花でいうところのめしべに……」
「ボクの脳内にエンドルフィンが出ているので気持ちいいです」
 花で言うところのめしべが受粉することを求めるがごとく、おしべをつつみこむ。
 勝男は花で言うならば、風による受粉よりも、昆虫による受粉の方が気持ちいいと思うわけである。
(若芽のめしべが気持ちよくなってβエンドルフィンを分泌させなければ)
 勝男は思う。
 彼は花でいうところの、おしべが揺れることを止めることができない。
 花粉が飛ぶのを勝男は必死に我慢した。それは、花粉アレルギー患者が、過剰な免疫反応を起こしてしまうのを防ぐためのようなものであった。
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「こんなもんでどうだ?」
「うーん、確かによくなっていますね。賢者になりそうです!」

 スピーカーからはカタカタと椅子が揺れる音が響いている。
 何をやってるんだこの高学歴の編集者は?

 とりあえず俺は残りもこんな調子でかき上げていった。
 とりあえず、法律上は問題はないはずだ。

 しかしこんなもので興奮するわけだから、今後はもっと規制が厳しくなるのかもしれない。
 なんとも暗澹あんたんたる気持ちで、執筆を終えたのである。

 そして、翌月俺は罰金50万円を食らった。
 次は懲役刑が待っているだろう。でも俺は書くのをやめない。
 なぜなら、俺は創作者だからだ。

 -完-
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みんなの感想(1件)

ハッシー
2020.11.28 ハッシー

笑った。
でも、今のツイフェミの推し進めるのはこういう世界なんだよな。

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