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11.完封勝利

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 兄に憑依されたわたしの身体がスッと足を上げた。
 大きく踏み込む。
 引き絞った弓のように、一気に腕を振り下ろす。
 指先の毛細血管が、ビチビチ切れている感じがする。

 今は痛みはないんだけど、後から痛いんだろうと思う。
 指先から弾き出されたボールは、右打者の外角低めアウトローに決まった。
 
 パーンとミットの音が響く。

 相手は見送ってストライク。

『一二〇キロくらいのボールでもしっかり指にかかって、アウトローに決まればそうは打たれないし、初球から手をだしてはこない』
『そーなの』
『まあ、セオリーだな』

 野球のことは少しづつ分ってきたけども、投球の細かいことについてはまだよく分からない。
 二球目。サインが出る。同じところにストレートだった。

『ま、いいんじゃね』

 兄は頷く。というか、頷いている実体は私だけど。
 振りかぶって、二球目を投げた。
 一球目と同じコース高さ。
 わたしの身体を操っている兄は、生前超高校級の投手だった。
 一〇年にひとりの逸材(毎年出てくるらしいけど)と騒がれるくらい。

 打者がスイングした。
 キンっと金属音を残して、ボールは後ろに飛んで言った。
 ファールになった。

『刺し込まれてるな』
『さしこまれてる?』
『タイミングが遅れている。振り遅れているってことだな』
『ふーん』

 キャッチャーの伊来留先輩から、サインが出る。
 わたしはメガネをちょっと弄って、サインを確認。
 
『スライダー? ボール球になるように』と、サインの意味は理解する。
『まあ、定石っちゃ定石だな』

 わたしはボールを投げた。兄に憑依されながら。
 憑依されているといっても、わたしの意志で「こう動く」って意識を持っていた方が、兄が身体を操る精度が上がるらしい。
 でもって、負担も少ないとのことだ。

 わたしは、ボールを人差し指で切るイメージでボール投げる。
 憑依した兄はそれを高い精度の運動メカニズムに変える。

 ボールに横回転がかかる。
 きゅるるるると、音をたてるかのように、球筋が外に曲がっていく。

「ストライク! バッターアウト!」

 三振にとった。
 ちょっと気持ちいい。

『真琴は指が長いし、関節も柔軟なんで、スライダーが良く曲がるよ』
『そうなんだ』

 スライダーが向かって左の方(右打者の外)に曲がっていくボールだとは分った。
 ボールの回転方向からして、納得できる。

 そして、わたしは次の打者を、チェンジアップで内野フライ。
 最後の打者を、三振に打ち取った。

 九回を投げて被安打四で、無四球の完封。
 それが、わたしと兄の初登板の結果だった。
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