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その8:魚雷方位制御システムソリューション! 魚雷発射!

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 1942年8月時点。米海軍潜水艦隊は大きな問題を抱えていた。

 一つは、魚雷の絶対数の不足。フィリピンが占領された結果、備蓄魚雷の多くが日本に鹵獲されてしまった。
 更に、根拠地の不足と太平洋の広さである。
 稼働可能な潜水艦に比較し、あまりにも太平洋は広すぎた。
 オーストラリア北部に、潜水艦基地が整備されるまで、戦略的なシーレーン攻撃は行うことができなかったのである。

 そして、最も致命的といわれる問題。
 魚雷の不良である。

 日米戦初期における米海軍の魚雷の初期不良について、多くの書籍が言及している。MK14魚雷。当時の米海軍の主力魚雷だ。
 信管不良。進度調整不良、ジャイロ不良。不良の塊である。
 真っ直ぐ進まない。戦争中に自分の放った魚雷がぐるっと回って命中し沈没した米潜水艦もあるのだ。わらい話のような話だ。まあ、当事者にとっては笑い事ではないが。

 真っ直ぐ進まないから当たらない。
 しかもあたっても爆発するかどうかは運次第。

 突入角度が浅ければ爆発することもあるという魚雷だ。直角に近い角度で命中すると魚雷が壊れて爆発しないケースが多発する。

 しかし、辻正中佐の乗る小型輸送船を狙う潜水艦にはその問題は無かった。
 Sボート。米海軍内では、「シュガーボート」と呼ばれる旧型の潜水艦である。
 SS44がその潜水艦の名前である。

 この型の潜水艦は欠陥魚雷MK14を使用できない。発射管の長さがないためだ。
 そのため、第一世界大戦時に設計されたMK10という旧式魚雷を装備し運用している。
 旧式とはいえ、当たれば高い確率爆発する魚雷をもった潜水艦であった。欠陥魚雷よりはましだ。特に相手が速度の遅い輸送艦であれば。

 「潜望鏡上げ」
 マドロック潜水艦長が短く命じた。
 方位を確認する。
 潜望鏡のレンズ内の分角で目標の概略距離を測定する。
 相当に高い技量が必要とされる。

 「方位確認。03-14-08。魚雷方位制御システム(TDP)解析(ソリューション)」
 「了解。TDC入力します」
 TDP操作員が声を上げる。
 目標の方位、距離、速度などの緒元が入力されるのだ。
 
 それをアナログコンピュータの魚雷方位制御システム(TDP)が解析する。
 これにより斜進角が設定され、目標に対し包み込むように魚雷が発射されるのだ。
 ジャイロによる直進のみが保証(それですら、複雑なフィードバックシステムである)された当時の魚雷は目標を包み込むように扇状に発射される。
 これは日米ともに変わらぬ原則である。

 ちなみに、日米ともにその潜水艦技術の源泉は第一世界大戦で猛威を振るったドイツ製の潜水艦。Uボートである。

 「解析終了」
 「ファイヤー!」
 高性能炸薬を仕込んだ、魚雷が海中を走る。その数4本。全力発射であった。
 旧式とはいえ、小型輸送船に対しては十分すぎるほどの脅威だった。

 船舶の下っ腹を食いちぎり、一撃で致命傷を与えるウェポンシステム。
 旧式であれ、なんであれ魚雷とはそのようなものなのである。

        ◇◇◇◇◇◇

 「なんか、殺気を感じるぞ? おい、中佐殿」

 勇者ネギトロ軍曹が青いう海面を見つめていった。
 
 「殺気?」
 ドイツ人で「イセカイ村」出身の田舎者である勇者軍曹の口のきき方がなっていないことにはなれている。 
 ただ、自分以外明確に殺気を放つ者がいるのか?
 負けず嫌いの辻正中佐は殺気を発生させた。どうだ?

 自分の殺気の方がすごいだろ?
 彼女は勇者ネギトロ軍曹を見つめ、笑みを浮かべてやった。
 殺気で後れをとるのは、彼女の矜持が許さなかったのだ。

 「中佐殿…… 中佐殿殺気はもう分かってるからさぁ、その殺気じゃなくて、あっちの方だよ」
 辻正中佐の殺気を無視して、勇者ネギトロ軍曹は海の向こうを指さした。
 
 「なにかが、海の中にいる」
 僧侶のイクーラ一等兵が祈るように手を合わせ、目をつぶってる。
 お祈りか?
 アーメンか?
 伴天連か?
 戦場僧侶というのはあるにはあるが、戦場でお祈りしたり、お経上げても何にもならんのだ。

 殺すだけ。
 鬼畜米英を殺すだけ。
 次から次へと鬼畜米英を殺すのである。
 全部殺す。
 この世から鬼畜米英を根絶する勢いで殺すのである。
 
 そのため、辻正中佐はこの、チンドン屋みたいなドイツ人集団とガダルカナルに向かっているのである。

 「見えた―― 1200メートル先。あの方向にいる。鉄の船で潜ってる」
 僧侶のイクーラ一等兵までも海面を指さした。
 
 「イクーラの千里眼が敵を捕らえたのか? でも、海の中? 鉄の船?」
 戦士を名乗るウーニ一等兵が言った。
 いつの間にか、背中に大きな斧をもっている。こいつは工兵なのだろうか?
 まあ、それともドイツの山奥の樵かなにかなのか?

 それにしても大きな斧だ。
 うん、振り回せば、鬼畜米英をいっぱい殺せそうだ。
 辻正中佐は、その斧がちょっと気にいった。

 とりあえず、辻正中佐は、イクーラ一等兵が指さした方向を見た。
 
 なにか、白い気泡のような物が見えた。4本。
 辻正中佐はその美貌を隠すため、デザイン性の無い丸メガネをかけているが、伊達メガネだ。
 本来視力は高い。昼間に星が見えるほどだ。

 「魚雷ではないのか?」
 辻正中佐はつぶやくように言った。

 しかし、ここで大騒ぎして誤認だった場合、皇国陸軍中佐の沽券に係わるのである。
 恐魚雷病とバカにされるのは耐えられないのである。
 更にじっと見つめた。

 「中佐殿 あれ、殺そうか? 鉄でできた魚が向かってきているけど?」
 魔法使いのシラウオ一等兵が言った。

 「鉄でできた魚?」
 「そう」
 「鉄と分かるのか?」
 「分かるわよ。精霊が教えてくるから」
 「精霊?」

 辻正中佐は発生しそうになる殺気を抑え込む。
 「精霊」よりも「鉄の魚」という言葉の意味の方が重要だからだ。

 辻正中佐の明晰な頭脳は回答を出した。
 自分が魚雷と宣言して、恥をかかぬ方法だ。
 さすが、士官学校主席で恩賜組の俊英であった。

 近くにいる見張りの奴に確認させることにした。 

 「おい、貴様!」
 「はい! 中佐殿!」
 辻正中佐は、双眼鏡で海面を見張っている。船員に言った。
 海軍軍人ではなく、雇われた地方人であろう。
 軍人精神を微塵も感じない。

 「あれはなんだ?」
 「あれ?」
 「あれだ!」
 殺気を帯びた声を上げる。
 軍刀を抜く。そして白い気泡を引きながら進む物体の方を示した。
 
 その声におびえながらも、双眼鏡で確認する船員。
 「魚雷…… 魚雷だぁぁぁ!!!! 右舷前方に雷跡ぃぃ!!!」
 絶叫。

 その絶叫が引き金となる。

 船内は恐慌状態となる。
 殺気が湧いてきた。魚雷程度で大騒ぎして、それでも大和民族なのか? 皇国臣民なのか?
 辻正中佐は、魚雷より先に、こいつらを殺そうかと思った。 

 小型と言っても、1700トンの輸送船はそう身軽には動かない。
 どうみても、魚雷の何本かは命中しそうであった。

 「シラウオ一等兵」
 「なに? 中佐殿」
 「あれを殲滅できるか?」 
 「出来るわよ」
 「やれ」
 辻正中佐は短く命令した。

 黒ずくめの服を着たシラウオ一等兵はなにやら言い出した。
 詩吟か?
 木の杖を握りしめて詩吟を始めた。殺すか? こいつ。

 軍刀を抜きかける辻正中佐であった。

 「我はもとめ、うったえる―― 永劫の闇よりきたる絶対の冷気よ。その力をもって、眼前の存在全てを凍てつかせ、撃ち滅ぼさん。アブソリュート・ブリザード!!」
 
 しかし、シラウオは呪文詠唱を終えた。もう少し遅かったら、中佐の軍刀の錆になっていたかもしれない。

 白い雷跡を引いてやってきた魚雷の前方に、巨大な氷の塊が出現した。
 見る見るうちに大きくなってくる。小さな氷山である。
 
 ドガーン
 ドガーン
 ドガーン
 ドガーン

 連続する4初の爆発音。
 魚雷が氷山にぶつかり、爆発したのだ。

 なにが起きたのかわからず、双眼鏡を握りしめ、アホウのようになっている船員。
 
 辻正中佐は、冷静に海面を見つめている。
 このドイツ人たちは、このような力を持っているのか……
 
 その明晰な頭脳は目の前の現象に対し、合理的な解釈を開始する。
 
 ドイツ人は登戸研究所の秘密兵器かなにかを運用している。あの木の杖か?
 もしくは、人間そのものが改造されているのか?
 確か、ドイツでは人間そのものを改造し、胴体に30ミリ機関砲を備え付けた軍人を東部戦線に投入したという噂もあった。
 未確認情報であるが。

 こいつらも、そのような改造兵士なのか?
 ドイツと登戸研究所の共同研究による何らかの兵器なのか?
 
 分かった。
 要するに、このドイツ人たちは「イセカイ村」の田舎者であり、ドイツとの共同研究で実戦データをとるために、自分が運用を任された新兵器なのであろう。そうだ。そうに決めた。
 
 明晰な頭脳の分析であった。その物語は彼女の脳内では完ぺきに正論だった。彼女脳内には反論する者はいないのだ。

 「面白い……」
 にぃぃっと口元に笑みを浮かべる辻正中佐であった。
 殺せる。
 コイツらを使えば、鬼畜米英の死体を量産できる。
 なんと素晴らしいことなのか。

 しかし――
 まずは、この自分たちを攻撃した不遜な鬼畜米英の潜水艦である。
 コイツを沈める。
 完全に沈める。潜水艦なら沈めれば全員死ぬ。

 ああ、なんと甘美なことなのか。
 闇の中、電池の発生する有毒ガスと濃厚な二酸化炭素の中、迫りくる確実な死を味あわせてやるのだ。全員、おぼれ死んで、魚の餌である。

 全滅である。
 当然、降伏など許さない。
 浮上して、白旗上げても見えない。もう絶対見ないことにした。
 こっちを攻撃しておいて、死にそうになったら、白旗とか、ふざけるなということだ。
 本当の戦争。民族の殺し合いを味あわせてやるのである。

 浮上などしようものなら、接舷して切り込みである。
 全員切り殺す――
 
 お前らの潜水艦が鋼の棺なのである。

 その口元に、悪魔のように美しい笑みを浮かべる辻正中佐であった。
 鬼畜米英の死を思うと、甘美なしびれが全身を貫くのであった。
 
        ◇◇◇◇◇◇

 SS44の艦内は静まりかえっていた。
 魚雷到達までの時間を確認する。

 連続した爆発音。

 「早すぎる――」
 潜水艦長マドロックが言った。

 このマドロック潜水艦長は、優秀なサブマリーナである。
 しかし、気性が荒く、酒癖が悪い。
 「マドロック立ち入り禁止」とされている港にはバーが多くあるのだ。
 ただ、日本海軍と違い、米海軍では軍艦内での飲酒は一切禁止されている。
 
 「爆発確認しました」

 聴音員が言った。

 早発か……
 マドロック潜水艦長は考えた。
 調整は丹念に行っていた。4本の魚雷全てが早発とは考えずらい。
 旧式とはいえ、信頼性には問題はないはずだ。

 「敵輸送船の推進音そのままです」
 続いて聴音員が報告する。

 「潜望鏡上げ」
 マドロックは短く命じた。
 とにかく状況確認だ。
 
 潜望鏡を除いたマドロックの目には信じられないものが映っていた。
 氷山である。
 でかい氷山。
 ここは赤道に近いのだ。
 こんなところになぜ?

 「あ、あれ? なんだ?」
 思わずつぶやく、マドロック潜水艦長。

 氷山の上に人が立っていた。
 2人だ。

 一人は鎧を身に着けた昔話の騎士のような恰好をした男。
 背中に大きな剣をさしている。
 もう一人は女か?
 髪の長い…… その手に馬鹿でかい戦斧をもっている。

 跳んだ。2人が海面に飛んだ。
 走っている。
 海の上を海の上を人間が走っていた。

 迫ってくる2人。剣を振りかぶる男。
 
 ガーン!!!
 衝撃とともに、視界が真っ暗になった。
 斬られたのだ。
 潜望鏡が切断されれた。
 
 その瞬間をビル・マドロック潜水艦長は目撃したのである。

 「浮上! メインタンクブロー!」
 叫ぶ、マドロック艦長。
 潜望鏡を破壊されては潜水できない。意味も無い。

 この不条理な、現実はなんなのか?
 とにかく、今は浮上すべきだ。

 SS44はメインタンクから気泡を吐きだし海面に向け、浮上を開始していた。
 
 地獄――

 この不幸な潜水艦の地獄の開始であった。
 
 1942年8月時点。米海軍潜水艦隊は大きな問題を抱えていた。

 一つは、魚雷の絶対数の不足。フィリピンが占領された結果、備蓄魚雷の多くが日本に鹵獲されてしまった。
 更に、根拠地の不足と太平洋の広さである。
 稼働可能な潜水艦に比較し、あまりにも太平洋は広すぎた。
 オーストラリア、北部に潜水艦基地が整備されるまで、戦略的なシーレーン攻撃は行うことができなかったのである。

 そして、最も致命的といわれる問題。
 魚雷の不良である。

 日米戦初期における米海軍の魚雷の初期不良について、多くの書籍が言及している。MK14魚雷。当時の米海軍の主力魚雷だ。
 信管不良。進度調整不良、ジャイロ不良。不良の塊である。
 真っ直ぐ進まない。戦争中に自分の放った魚雷がぐるっと回って命中し沈没した米潜水艦もあるのだ。わらい話のような話だ。まあ、当事者にとっては笑い事ではないが。

 真っ直ぐ進まないから当たらない。
 しかもあたっても爆発するかどうかは運次第。

 突入角度が浅ければ爆発することもあるという魚雷だ。直角に近い角度で命中すると魚雷が壊れて爆発しないケースが多発する。

 しかし、辻正中佐の乗る小型輸送船を狙う潜水艦にはその問題は無かった。
 Sボート。米海軍内では、「シュガーボート」と呼ばれる旧型の潜水艦である。
 SS44がその潜水艦の名前である。

 この型の潜水艦は欠陥魚雷MK14を使用できない。発射管の長さがないためだ。
 そのため、第一世界大戦時に設計されたMK10という旧式魚雷を装備し運用している。
 旧式とはいえ、当たれば高い確率爆発する魚雷をもった潜水艦であった。欠陥魚雷よりはましだ。特に相手が速度の遅い輸送艦であれば。

 「潜望鏡上げ」
 マドロック潜水艦長が短く命じた。
 方位を確認する。
 潜望鏡のレンズ内の分角で目標の概略距離を測定する。
 相当に高い技量が必要とされる。

 「方位確認。03-14-08。魚雷方位制御システム(TDP)解析(ソリューション)」
 「了解。TDC入力します」
 TDP操作員が声を上げる。
 目標の方位、距離、速度などの緒元が入力されるのだ。
 
 それをアナログコンピュータの魚雷方位制御システム(TDP)が解析する。
 これにより斜進角が設定され、目標に対し包み込むように魚雷が発射されるのだ。
 ジャイロによる直進のみが保証(それですら、複雑なフィードバックシステムである)された当時の魚雷は目標を包み込むように扇状に発射される。
 これは日米ともに変わらぬ原則である。

 ちなみに、日米ともにその潜水艦技術の源泉は第一世界大戦で猛威を振るったドイツ製の潜水艦。Uボートである。

 「解析終了」
 「ファイヤー!」
 高性能炸薬を仕込んだ、魚雷が海中を走る。その数4本。全力発射であった。
 旧式とはいえ、小型輸送船に対しては十分すぎるほどの脅威だった。

 船舶の下っ腹を食いちぎり、一撃で致命傷を与えるウェポンシステム。
 旧式であれ、なんであれ魚雷とはそのようなものなのである。

        ◇◇◇◇◇◇

 「なんか、殺気を感じるぞ? おい、中佐殿」

 勇者ネギトロ軍曹が青いう海面を見つめていった。
 
 「殺気?」
 ドイツ人で「イセカイ村」出身の田舎者である勇者軍曹の口のきき方がなっていないことにはなれている。 
 ただ、自分以外明確に殺気を放つ者がいるのか?
 負けず嫌いの辻正中佐は殺気を発生させた。どうだ?

 自分の殺気の方がすごいだろ?
 彼女は勇者ネギトロ軍曹を見つめ、笑みを浮かべてやった。
 殺気で後れをとるのは、彼女の矜持が許さなかったのだ。

 「中佐殿…… 中佐殿殺気はもう分かってるからさぁ、その殺気じゃなくて、あっちの方だよ」
 辻正中佐の殺気を無視して、勇者ネギトロ軍曹は海の向こうを指さした。
 
 「なにかが、海の中にいる」
 僧侶のイクーラ一等兵が祈るように手を合わせ、目をつぶってる。
 お祈りか?
 アーメンか?
 伴天連か?
 戦場僧侶というのはあるにはあるが、戦場でお祈りしたり、お経上げても何にもならんのだ。

 殺すだけ。
 鬼畜米英を殺すだけ。
 次から次へと鬼畜米を殺すのである。
 全部殺す。
 この世から鬼畜米英を根絶する勢いで殺すのである。
 
 そのため、辻正中佐はこの、チンドン屋みたいなドイツ人集団とガダルカナルに向かっているのである。

 「見えた―― 1200メートル先。あの方向にいる。鉄の船で潜ってる」
 僧侶のイクーラ一等兵までも海面を指さした。
 
 「イクーラの千里眼が敵を捕らえたのか? でも、海の中? 鉄の船?」
 戦士を名乗るウーニ一等兵が言った。
 いつの間にか、背中に大きな斧をもっている。こいつは工兵なのだろうか?
 まあ、それともドイツの山奥の樵かなにかなのか?

 それにしても大きな斧だ。
 うん、振り回せば、鬼畜米英をいっぱい殺せそうだ。
 辻正中佐は、その斧がちょっと気にいった。

 とりあえず、辻正中佐は、イクーラ一等兵が指さした方向を見た。
 
 なにか、白い気泡のような物が見えた。4本。
 辻正中佐はその美貌を隠すため、デザイン性の無い丸メガネをかけているが、伊達メガネだ。
 本来視力は高い。昼間に星が見えるほどだ。

 「魚雷ではないのか?」
 辻正中佐はつぶやくように言った。

 しかし、ここで大騒ぎして誤認だった場合、皇国陸軍中佐の沽券に係わるのである。
 恐魚雷病とバカにされるのは耐えられないのである。
 更にじっと見つめた。

 「中佐殿 あれ、殺そうか? 鉄でできた魚が向かってきているけど?」
 魔法使いのシラウオ一等兵が言った。

 「鉄でできた魚?」
 「そう」
 「鉄と分かるのか?」
 「分かるわよ。精霊が教えてくるから」
 「精霊?」

 辻正中佐は発生しそうになる殺気を抑え込む。
 「精霊」よりも「鉄の魚」という言葉の意味の方が重要だからだ。

 辻正中佐の明晰な頭脳は回答を出した。
 自分が魚雷と宣言して、恥をかかぬ方法だ。
 さすが、士官学校主席で恩賜組の俊英であった。

 近くにいる見張りの奴に確認させることにした。 

 「おい、貴様!」
 「はい! 中佐殿!」
 辻正中佐は、双眼鏡で海面を見張っている。船員に言った。
 海軍軍人ではなく、雇われた地方人であろう。
 軍人精神を微塵も感じない。

 「あれはなんだ?」
 「あれ?」
 「あれだ!」
 殺気を帯びた声を上げる。
 軍刀を抜く。そして白い気泡を引きながら進む物体の方を示した。
 
 その声におびえながらも、双眼鏡で確認する船員。
 「魚雷…… 魚雷だぁぁぁ!!!! 右舷前方に雷跡ぃぃ!!!」
 絶叫。

 その絶叫が引き金となる。

 船内は恐慌状態となる。
 殺気が湧いてきた。魚雷程度で大騒ぎして、それでも大和民族なのか? 皇国臣民なのか?
 辻正中佐は、魚雷より先に、こいつらを殺そうかと思った。 

 小型と言っても、1700トンの輸送船はそう身軽には動かない。
 どうみても、魚雷の何本かは命中しそうであった。

 「シラウオ一等兵」
 「なに? 中佐殿」
 「あれを殲滅できるか?」 
 「出来るわよ」
 「やれ」
 辻正中佐は短く命令した。

 黒ずくめの服を着たシラウオ一等兵はなにやら言い出した。
 詩吟か?
 木の杖を握りしめて詩吟を始めた。殺すか? こいつ。

 軍刀を抜きかける辻正中佐であった。

 「我はもとめ、うったえる―― 永劫の闇よりきたる絶対の冷気よ。その力をもって、眼前の存在全てを凍てつかせ、撃ち滅ぼさん。アブソリュート・ブリザード!!」
 
 しかし、シラウオは呪文詠唱を終えた。もう少し遅かったら、中佐の軍刀の錆になっていたかもしれない。

 白い雷跡を引いてやってきた魚雷の前方に、巨大な氷の塊が出現した。
 見る見るうちに大きくなってくる。小さな氷山である。
 
 ドガーン
 ドガーン
 ドガーン
 ドガーン

 連続する4初の爆発音。
 魚雷が氷山にぶつかり、爆発したのだ。

 なにが起きたのかわからず、双眼鏡を握りしめ、アホウのようになっている船員。
 
 辻正中佐は、冷静に海面を見つめている。
 このドイツ人たちは、このような力を持っているのか……
 
 その明晰な頭脳は目の前の現象に対し、合理的な解釈を開始する。
 
 ドイツ人は登戸研究所の秘密兵器かなにかを運用している。あの木の杖か?
 もしくは、人間そのものが改造されているのか?
 確か、ドイツでは人間そのものを改造し、胴体に30ミリ機関砲を備え付けた軍人を東部戦線に投入したという噂もあった。
 未確認情報であるが。

 こいつらも、そのような改造兵士なのか?
 ドイツと登戸研究所の共同研究による何らかの兵器なのか?
 
 分かった。
 要するに、このドイツ人たちは「イセカイ村」の田舎者であり、ドイツとの共同研究で実戦データをとるために、自分が運用を任された新兵器なのであろう。そうだ。そうに決めた。
 
 明晰な頭脳の分析であった。その物語は彼女の脳内では完ぺきに正論だった。彼女脳内には反論する者はいないのだ。

 「面白い……」
 にぃぃっと口元に笑みを浮かべる辻正中佐であった。
 殺せる。
 コイツらを使えば、鬼畜米英の死体を量産できる。
 なんと素晴らしいことなのか。

 しかし――
 まずは、この自分たちを攻撃した不遜な鬼畜米英の潜水艦である。
 コイツを沈める。
 完全に沈める。潜水艦なら沈めれば全員死ぬ。

 ああ、なんと甘美なことなのか。
 闇の中、電池の発生する有毒ガスと濃厚な二酸化炭素の中、迫りくる確実な死を味あわせてやるのだ。全員、おぼれ死んで、魚の餌である。

 全滅である。
 当然、降伏など許さない。
 浮上して、白旗上げても見えない。もう絶対見ないことにした。
 こっちを攻撃しておいて、死にそうになったら、白旗とか、ふざけるなということだ。
 本当の戦争。民族の殺し合いを味あわせてやるのである。

 浮上などしようものなら、接舷して切り込みである。
 全員切り殺す――
 
 お前らの潜水艦が鋼の棺なのである。

 その口元に、悪魔のように美しい笑みを浮かべる辻正中佐であった。
 鬼畜米英の死を思うと、甘美なしびれが全身を貫くのであった。
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みんなの感想(1件)

生際防衛隊
2015.04.19 生際防衛隊

元ネタを上手く活かした上での設定が絶妙ですね。あまり言及すると夢の国の存在が怖いので具体的な事は言えませんけど。

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