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その6:陸海軍航空行政と零式艦上戦闘機

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 ラバウルでは、海軍が数回にわたり、ガダルカナルに対する航空攻撃を行っているという情報も得ている。
 しかし、それはまさに予算と血税の無駄使いであると辻正中佐は思ったのである。
 
 「海軍は陸軍に吸収されるべきである」
 この結果を知った、辻正中佐はそう思ったのである。

 海軍は航空行政でも愛国心の欠片も無い。
 これは、陸軍で航空行政について一定の知識を持っている者ならば共感できる意見だろう。
 当然、辻正中佐もその意見に賛同であった。

 現在、聯合艦隊司令長官である山本五十六大将。
 そして、現内閣総理大臣の東条英機大将。
 この2人は同時期に、陸海軍の航空行政のトップであった。

 陸海軍の合同会議の中で、東条大将の発表の後に、山本大将が言ったことは以下のような物だ。
 「ほう、陸軍機もようやく飛べるようになりましたか」
 殺意を覚える。
 おそらく、自分がその場にいたら、山本五十六を殺していただろう。
 そこまで行かなくても、鉄拳制裁である。殴る。
 もしくは両手の指の本数を揃えてやってもいい。
 当然、少ない方にだ。

 辻正中佐は思っている。
 山本五十六大将の、緒戦の功績は認める。それにはやぶさかではない。
 しかし、皇国の航空行政が歪になったのは、コイツのせいであると思っているのだ。
 
 生産体制の二重化など、少ない生産力の中で、更に効率を悪化させているのだ。
 アホウである。
 
 海軍の言い分は、遅れた技術の陸軍と一緒になっても海軍に利点はないということだ。
 しかし、それは違う。
 陸海軍、協力して開発しないで、なぜ鬼畜米英をたくさん殺すことができようか?
 飛行機で爆弾を落とし、機銃掃射すれば、多くの鬼畜米英が死ぬのである。
 船など沈めることを考えるより、鬼畜米英を殺すことを考えるべきなのだ。
 
 国力の劣る皇国日本が勝つには、鬼畜米英の大量の血が必要なのだ。
 殺しまくる。徹底的に殺すこと。
 当然、機材開発もそうすべきである。
 陸軍はロスケを殺すつもりでいたが、まあ鬼畜米英はロスケより弱いので問題ないのである。

 武装、無線などの儀装の統一だけでも大きな効果があるはずだ。
 なにより、航空攻撃は数なのである。
 統一した航空機で数を揃える。それが国益であり、愛国心である。陛下の御心にそうことなのだ。
 辻正中佐は思っている。

 とにかくだ、その陸軍をバカにしていた海軍航空隊がアホウなのである。
 ラバウルから1000キロも離れたガダルカナルに航空攻撃。
 しかも、一部は燃料切れの不時着を前提にしているという。
 
 まあいい。
 それでも結果がでたならいいのである。
 その攻撃はさっぱりダメだったらしい。
 辻正中佐の掴んだ独自情報だ。確度は高い。
 しかも、この作戦で練度の高い空中勤務者(海軍では搭乗員)を消耗している。
 机上の理屈で作った作戦だ。

 これが陸軍機で統一されていれば、こんなことにならないのである。
 そもそも、陸軍機は1000キロも往復できない。
 海の上も飛ばない。合理的である。陸軍だから。
 そのかわり、海軍のアホウどもが飛ばない夜も飛べる。
 陸軍の空中勤務者が技量甲になるには、夜間単独飛行能力が必須だ。

 とにかく、陸軍の教育を受けたまともな将校であれば、ガダルカナルなどに下手に飛行場を作り、鬼畜米英を誘引するということなどしないのである。

 完ぺきであった。辻正中佐の脳内では完ぺきな解答であった。

 しかしだ――
 この辻正中佐の考えは、多少海軍に厳しすぎると言えた。

 まず、航空機機材の統一問題である。
 これは、機械的に統一できれば、辻正中佐の指摘通りである。
 しかし、組織はそうそう機械的には動かない。全ての人間が辻正中佐のような頭脳明晰ではないのだ。
 新しくできた、統合組織がどうなるかは、全く分からないのだ。
 実際に、英国のような失敗例もある。英国は有力な艦上機の開発に失敗している。
 
 さらに、組織として海軍はあまりに小さいということがあった。
 人数の問題だ。
 圧倒的な人数の陸軍に航空行政が制せらるというのは、海軍にとって許容できない面があったのは後世の視点からは理解できる。

 そして、ガダルカナルへの航空攻撃である。
 この攻撃は確かに、船舶、物資には大きな被害を与えることはなかった。
 しかし、米側の制空権を支える空母戦力に大きなダメージを与えていた。
 
 零式艦上戦闘機――
 
 いまだ、伝説をもって語られる期待。
 おそらく、今後100年たっても世界的に皇国日本がこれ以上のインパクトのある航空機を作ることはないであろう。

 後世になり、いくつかの欠点が指摘され、その評価もぶれることがある。
 「世界最強の無敵の戦闘機」、「人命無視、防御なしの欠陥機」、「艦上機としてはまあ傑作」
 また、欧米の一部には、既存米機のコピーという俗説もある。これは完全に俗説だ。

 確かに、米国の航空設計データに日本は依存していた。NASAの前身であるNACAからのデータに依存してた。
 零戦の設計者である堀越氏が、日米開戦で真っ先に心配したのが、この最新データが入手できなくなることであった。
 特に複雑な空力計算が必要となるプロペラの純国産化を行うことができなかったのである。
 
 では、この零式艦上戦闘機である。
 当時、ラバウルに配備されていた21型。
 先の大戦の序盤を支えた機体である。これは、どのように評価すべき戦闘機だったのか。

 「大きな翼に徹底的に軽く作られた戦闘機」
 言ってしまえばこれに尽きる。
 ただ、この軽量化構造実現の困難さは、戦後多くの書籍で紹介されている通りである。ここでは書かない。

 大きな翼を持ち、軽く作られた航空機は旋回をしても、あまり高度を落とさない。高度維持能力にすぐれるのだ。
 これは、機動戦でかなり有利なことだ。
 よく言われる零戦の格闘性能の良さとは、この高度維持能力であると言える。

 機材としては以上だ。
 
 指摘される欠点についてはどうか。
 防御の欠如、機体の脆弱性、急降下速度の不足、高速での補助翼の効きの悪さなどなど――

 まず、当時設計された単座戦闘機に防御がないのは異常ではない。
 むしろ、F4Fワイルドキャットが欧州戦線の戦訓により防御を追加したせいで、零戦の餌食になっている。
 実際のところ、後世の歴史家が調べたキルレシオは、かろうじて零戦の勝利であるが。
 ただ、機材以外の支援体制の差を考えると、機材の面では勝っていたといえる。

 エンジンが1000馬力程度であれば、防御の有無はそれほど生存性に影響しないといえる。
 
 機体の脆弱性については、実際にテストした米側がその強度を認めている。十分な強度があると。
 更に、急降下速度の不足は、機体が軽いことによる降下加速が悪いということだ。
 また、これにはもう一つの零戦の欠点が関係する。

 高速での補助翼の効きの悪さは、実際の戦闘速度がそこまでいかないケースが多いのである。
 むしろ、米軍機の生存性を上げるため。落とされないために自揮の速度を上げて逃げろというものだ。高速度の旋回戦闘は操縦する人間の我慢比べだ。機体の能力以上にこちらの面が大きい。

 そして、零戦の欠点には非常にまずいものがあった。
 防御力の欠如でも、期待の脆弱性でも無い。
 この機体は、横転性能が悪いのである。
 航空機は上下移動以外、期待を傾け機動する。
 横転性能の悪さは、この起動が全てワンテンポ遅れることを意味する。

 急降下性能の不足よりも、急降下にうつるまでワンテンポ遅いということが問題なのである。
 
 挙動の鈍さ。高度維持能力に優れたフワフワとした軽い戦闘機。その反面、動きはあまり機敏ではない。
 だがその点を差し引いても、この零式艦上戦闘機は傑作である。
 その評価は間違いない。

 しかしだ。
 
 そもそも、兵器とは単体の性能を比べても仕方ないのである。
 その運用体制、支援体制を含めた、「エウエポンシステム」として考えるべきである。
 
 その点、皇国陸海軍は、米英に一歩譲っていたと言わざるを得ない。

 ただ、「ウエポンシステム」の優劣により、戦場での勝敗が全て決してしまうわけではない。
 我々は、そのことを、歴史から知っているのである。

 辻正中佐と勇者中隊こそ、まさしくその見本のようなものであった。
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