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第3話:爆発列島
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昨夜から降り続いている雨は昼を過ぎても止むことはなかった。僕はアパートにいた。外に出る気もないし必要もなかった。
点けっぱなしのテレビから垂れ流される声が、雨音の部屋への侵入を防いでいた。
どの局も特集を組んでいた。
僕の魔法が生み出した恐怖を更に煽ってくれている。
魔法使いになる前はテレビをほとんど見ていなかったが、今はテレビが面白い。僕の起こした爆発により徹底的に容赦なく破壊され粉砕され壊滅し、生きとし生けるものが無駄で無意味で無価値な死屍累々の骸の集合体、あるいは統計上の数値になったことが電波で拡散される。僕は清涼感に満たされる。楽しい。
東海道新幹線の爆発を皮きりに、間をおかず僕はありとあらゆる施設、構造物を爆発させた。粉々にした。爆発した。粉砕した。
魔法は確実に作動した。不可視で不可避の精密爆撃のような物だった。僕の魔法で国家すら破壊できそうだったし、実際に大企業や工場、発電所を爆発させたときは日経平均株価が恐ろしい程に下がった。市場はパニック状態となり、一昨日から取引停止が続いている。そのニュースも流れている。
良いタイミングで空売りでもしておけば良かったと一瞬思うが、それは僕の魔法に対する冒涜ではないかと考えた。爆発による破壊の純性を損ねる。
国家という幻想の共同体は僕によって予測不能の非日常が常態化した不条理で情け容赦ない物に変質した。ある意味、狂人の夢想より歪んで荒唐無稽な世界が現出した。
僕が爆発させたのは企業だけではない。学校、病院、老人ホームもだ。一般的に社会的弱者と呼ばれ弱者であるが故に特権を持つ存在も平等に爆破した。僕は差別が嫌いなのだから。差別はこの世で最も唾棄されるべきものだ。平等は素晴らしい。
平等であるが故に強者にも厳正に厳格に手抜きなど一切行わなかった。自衛隊の基地や駐屯地もいくつか爆発させた。沖縄と横須賀の米軍基地を爆破したときはちょっとドキドキした。ときめいた。心臓が踊り出しそうだった。
在日米軍は脊髄反射のように仮想敵国に攻撃を仕掛けるかと思ったが、それどころでは無かったようだ。
横須賀を母港とするニミッツ級航空母艦が停泊中に爆沈したからだろうか。船、電車、飛行機など動き回る物を「遠隔」で爆破するのは難しい。
わざわざ横須賀まで行った。空母をスマホのカメラで捉えるところまで行った。そこで「至近」の魔法で爆発させた。
凄まじい爆発だった。それなりに距離はあったが空気が粘性のある兇器となった。濡れタオルで殴られたようだった。暫くめまいがした。しかし大規模爆発を目の当たりにしたのは、鳥肌が立つほどの高揚と興奮を僕にもたらした。爆発をリアルタイムで見るのはやはり魅力的だった。とっても魅力的だった。
更に楽しいことに、原子炉を積んだ空母が沈んだことで首都圏は大パニックになった。とにかく放射能への恐怖が本能レベルで刻まれている人たちが多いのだなと思った。
地方へのエクソダスが始まった。地方が安全というわけではないのだけど。
当然、僕は高速道路と鉄道を爆発させた。楽しい。極めて愉快で痛快だった。愉悦が沸騰し肉を突き破りそうだった。
ただ、問題もある。物流が各所で止まってしまい、食料品を含めあらゆる物品が極めて不足していた。こんな時に救援活動をすべき自衛隊も機能不全状態だった。市ヶ谷を吹き飛ばしたのが効果的だったのかもしれない。
僕は予め食料、医薬品、日用品を備蓄していた。食べ物にこだわりも無く、僕は僕の生み出した地獄、いや煉獄だろうか。とにかくその中で、そこそこ快適にすごしている。ただこの状況が長く続きすぎると僕も辛くなるだろう。文明社会という軛からは、そう簡単に逃れられないし、また逃れる必要もないのだけど。
要するに楽しいは楽しいにせよ、僕は調子にのってやり過ぎたのかもしれないということだ。楽しみの中に慎みがあってもいいはずだ。
僕はパソコンを起動する。メモリが貧弱な年代物のマシンはキイキイと軋むような音をたてる。故障を疑うような時間をかけモニターが明るくなった。ブラウザを立ち上げ、巨大SNSを見た。
「あははは」
笑ってしまう。抑え込もうとしても笑ってしまう。快楽物質であるドーパミンが脳の奥深くから無限に湧き出すようだった。溺れてしまいそうだ。僕は背もたれに体重を浴びせ、天井を見つめて笑った。心底笑った。
再びモニターに視線を移し文字を追いかける。SNSでは政府の無策を詰る書込みが目立つが、前代未聞の事態に政府を責めても始まらないという、自己責任論に準拠したような意見もある。僕の魔法が起こした爆発についての的外れな分析は一人では全てを追いきれないほどにある。
爆発について、当初は「テロだ」という言説が大きな潮流を作っていた。
声明を出す反社会で反権力の組織もあった。が、頻発し連続し同時多発的に発生し、止まらぬ爆発と反比例するかのように消えていった。便乗しても何のメリットもないことが分かってきたからだろう。
嘘の声明を出したことで国家権力に潰された組織もあったようだ。ご愁傷さまだ。
とにかくネットは屁理屈の洪水だった。数多くの陰謀論が展開され商売繁盛している。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるじゃないが、正解に近い書き込みもあった。ただ、正解自体が「爆発の魔法を発揮できるスマホが存在している」という戯言なのだからどうしようもない。
次の爆発場所を予測する書き込みも多い。僕に便乗した爆破予告もあった。ときどき予告を実現してあげた。僕が幾ばくかの優しさを持っているから。
「しかし、余裕じゃないか」
SNSに書き込む余裕のある人が、これだけいるというのは、この国の底力のように思える。他の国であればとっくに暴動や略奪が頻発しても不思議じゃない。
「素晴らしいじゃないか日本」
思わず、声を上げて称賛してしまった。日本の民度の高さは誇るべきことだ。恐るべしと言ってもいいだろう。僕は別に愛国者ではないし、売国奴でもないのだけど。
そう、僕は決して売国奴ではない。だから、日本の国難に乗じて、侵攻してくる国があれば、その軍は爆破する。その国の政府組織を含め、国家全体を絨毯的に爆破するかもしれない。僕の楽しみを妨害する輩であるし、日本国民として許しておけないという思いもあるのだ。
今のところ、そのような国はない。ネット的に「侵略的性向を持つ国家」と言われる近隣諸国も静観しているし、援助の手を差し伸べるとまでいっている。人類愛の発露であろうか?
それに対し、近隣諸国の「遠隔爆撃兵器」の攻撃だという陰謀論もある。気象兵器、地震兵器、火山兵器に並ぶ陰謀論であるのだけど、意外に真実に近いところを掠めていた。魔法のアプリを一種の兵器とみなすならば、それは正しいのかもしれない。
戦争の危機というのは今のところない。戦争には政治的に達成すべき目的があり、それが外交交渉によって片付かないときに発生する最終解決手段だ。決して良好とはいえない近隣諸国との関係であるが、即戦争になるというような軋轢は抱えていない。日本としてはそれどころではない。
とにかくだ。
爆発にも慎みが必要ではないか、というのが今のところの結論だ。ちょっと調子に乗りすぎて、楽しみを無駄に消費してしまったかもしれない。持続可能な爆発を楽しみたいのだ。結果としてすべてが灰燼に帰し、爆破されつくしエントロピーが飽和した世界となったとしても、それはある程度の時間をかけて達するのが風情があるというものだった。爆発資源の急速な消費は僕の楽しみを短くするだけで、沸き立つ血の温度を下げるものだった。
実のところ、爆発、破壊に狂奔した自分を振り返ってみると、僕と世界の関係は全てを破壊しつくした時点で元に戻ってしまうということが分かった。静止した世界の中心で僕はまたしても孤立せざるを得ない。爆発という現象から疎外された僕が残る。爆破は破壊を伴ってこそ意味がある。灰燼を爆破しても歓喜など生じないだろう。その状況になればまた違った思いもあるかもしれないが、今のところ僕は慎みを持った爆発で、恐怖を喚起したいと思っている。多くの人が共感する思いではないだろうか。
そして決定的なことがある。爆発の現場を直で見るのが楽しいという事実だ。
米空母を爆破した時の感動、愉悦、恍惚が身の内深くに刻まれていた。満載排水量一〇万トンを超える巨大空母。現代科学の粋を集め、英知を集め、世界に破壊と滅びをもたらす浮かぶ鉄塊であり、原子の力で航行し、原子の力を開放し破壊する兵器を満載した存在。一隻で地球の八〇パーセントを破壊しつくすという人類の産み出した狂気の産物。
これが全く無抵抗に爆発し、沈没していく様は筆舌に尽くしがたい快感を僕に与えた。脳のシナプスが焼き切れてしまうかのような痺れる快感であり歓喜であり法悦の極みだった。
そのとき、僕の全細胞が余すところなく、歓喜に打ち震えた。ミトコンドリアが熱暴走を起こし、細胞核内のDNA塩基配列が欣喜雀躍のあまり変化してしまったかもしれない。
とにかく爆発の現場をリアルライブで見るというのは、抗い難い魅力があった。
ただ、爆発現場の近くにいつもいるということは、不測の事態を招くリスクはあった。警察は全力を挙げて捜査をしているだろう。今のところ、手掛かりはなく八方ふさがりだとしても、諦めることはないだろう。この国の警察を舐めてる気はない。彼らの能力を下算して、希望的観測に身をゆだねることは、僕に何の得もない。
「まてよ……出来ないこともないのかも……」
やや興奮気味の僕の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。マウスを握って、ライブカメラを検索する。
「渋谷のスクランブル交差点か……ははは、それなりに人がいるな」
東京都内の各所で爆発が起きた。僕が起こしたのだけど。人死にが悲劇から統計上の乾いた数字になってしまっていることを証明しているのだろうか。多くの人が信号を待っていた。危機感を喪失したのか諦観に染まったのか思考停止し現状維持を選択したのか、それは分からないが、僕にとってはどれでもいいことだ。
僕は魔法のアプリの入ったスマホを取り出し、スマホのカメラをパソコンモニターに向ける。
モニターに映された渋谷のライブ映像が、スマホに転送されている。僕は、信号待ちをしている人間にターゲットを合わせた。三人連れで信号待ちをしている女だった。多分若い女だろう。真ん中の女の頭だった。それを爆発させるべくスマホをタップした。爆発規模は小さくて十分だった。
「どかーん!」
僕は指先で爆発させる操作をした。
瞬間、モニターの液晶画面が、爆発した。それほど大きな音をたてることなく、液晶画面が割れ、細かいガラス片が飛び散った。
「あはははは」
そうは上手くいかないものだ。当然といえば当然だ。魔法であるからモニターに映った物を遠隔で爆破できるものではなかった。そこには厳格なルールがあり、魔法という理外の法則なりに、リアルな制限というものがあったのだ。
「スマホに映ったものを爆破する」という動かしがたい原則であり法則でありルール。魔法はただこれにしたがって、パソコンモニターを破壊した。清々しいくらいに当たり前の帰結だった。
「ま。いいか」
パソコンモニターが壊れてしまった。新しい物を入手するのは可能だろうか?
駅前の量販店はまだ開いていたはずだし、日用品とは言い難いモニターなら在庫はあるかもしれない。まあ、よしんば無いとしてもスマホ(普通の自分の物)で代用は可能だった。
「よっこいせ――」
僕は椅子から立ち上がり、キッチンで湯を沸かす。備蓄のカップ麺を取り出した。ささやかな夕食の準備だ。
僕は僕の愉悦ために、爆発の現場をリアルタイムで見ることを望んでいる。それはどうしても止めることのできない渇望になっていた。
点けっぱなしのテレビから垂れ流される声が、雨音の部屋への侵入を防いでいた。
どの局も特集を組んでいた。
僕の魔法が生み出した恐怖を更に煽ってくれている。
魔法使いになる前はテレビをほとんど見ていなかったが、今はテレビが面白い。僕の起こした爆発により徹底的に容赦なく破壊され粉砕され壊滅し、生きとし生けるものが無駄で無意味で無価値な死屍累々の骸の集合体、あるいは統計上の数値になったことが電波で拡散される。僕は清涼感に満たされる。楽しい。
東海道新幹線の爆発を皮きりに、間をおかず僕はありとあらゆる施設、構造物を爆発させた。粉々にした。爆発した。粉砕した。
魔法は確実に作動した。不可視で不可避の精密爆撃のような物だった。僕の魔法で国家すら破壊できそうだったし、実際に大企業や工場、発電所を爆発させたときは日経平均株価が恐ろしい程に下がった。市場はパニック状態となり、一昨日から取引停止が続いている。そのニュースも流れている。
良いタイミングで空売りでもしておけば良かったと一瞬思うが、それは僕の魔法に対する冒涜ではないかと考えた。爆発による破壊の純性を損ねる。
国家という幻想の共同体は僕によって予測不能の非日常が常態化した不条理で情け容赦ない物に変質した。ある意味、狂人の夢想より歪んで荒唐無稽な世界が現出した。
僕が爆発させたのは企業だけではない。学校、病院、老人ホームもだ。一般的に社会的弱者と呼ばれ弱者であるが故に特権を持つ存在も平等に爆破した。僕は差別が嫌いなのだから。差別はこの世で最も唾棄されるべきものだ。平等は素晴らしい。
平等であるが故に強者にも厳正に厳格に手抜きなど一切行わなかった。自衛隊の基地や駐屯地もいくつか爆発させた。沖縄と横須賀の米軍基地を爆破したときはちょっとドキドキした。ときめいた。心臓が踊り出しそうだった。
在日米軍は脊髄反射のように仮想敵国に攻撃を仕掛けるかと思ったが、それどころでは無かったようだ。
横須賀を母港とするニミッツ級航空母艦が停泊中に爆沈したからだろうか。船、電車、飛行機など動き回る物を「遠隔」で爆破するのは難しい。
わざわざ横須賀まで行った。空母をスマホのカメラで捉えるところまで行った。そこで「至近」の魔法で爆発させた。
凄まじい爆発だった。それなりに距離はあったが空気が粘性のある兇器となった。濡れタオルで殴られたようだった。暫くめまいがした。しかし大規模爆発を目の当たりにしたのは、鳥肌が立つほどの高揚と興奮を僕にもたらした。爆発をリアルタイムで見るのはやはり魅力的だった。とっても魅力的だった。
更に楽しいことに、原子炉を積んだ空母が沈んだことで首都圏は大パニックになった。とにかく放射能への恐怖が本能レベルで刻まれている人たちが多いのだなと思った。
地方へのエクソダスが始まった。地方が安全というわけではないのだけど。
当然、僕は高速道路と鉄道を爆発させた。楽しい。極めて愉快で痛快だった。愉悦が沸騰し肉を突き破りそうだった。
ただ、問題もある。物流が各所で止まってしまい、食料品を含めあらゆる物品が極めて不足していた。こんな時に救援活動をすべき自衛隊も機能不全状態だった。市ヶ谷を吹き飛ばしたのが効果的だったのかもしれない。
僕は予め食料、医薬品、日用品を備蓄していた。食べ物にこだわりも無く、僕は僕の生み出した地獄、いや煉獄だろうか。とにかくその中で、そこそこ快適にすごしている。ただこの状況が長く続きすぎると僕も辛くなるだろう。文明社会という軛からは、そう簡単に逃れられないし、また逃れる必要もないのだけど。
要するに楽しいは楽しいにせよ、僕は調子にのってやり過ぎたのかもしれないということだ。楽しみの中に慎みがあってもいいはずだ。
僕はパソコンを起動する。メモリが貧弱な年代物のマシンはキイキイと軋むような音をたてる。故障を疑うような時間をかけモニターが明るくなった。ブラウザを立ち上げ、巨大SNSを見た。
「あははは」
笑ってしまう。抑え込もうとしても笑ってしまう。快楽物質であるドーパミンが脳の奥深くから無限に湧き出すようだった。溺れてしまいそうだ。僕は背もたれに体重を浴びせ、天井を見つめて笑った。心底笑った。
再びモニターに視線を移し文字を追いかける。SNSでは政府の無策を詰る書込みが目立つが、前代未聞の事態に政府を責めても始まらないという、自己責任論に準拠したような意見もある。僕の魔法が起こした爆発についての的外れな分析は一人では全てを追いきれないほどにある。
爆発について、当初は「テロだ」という言説が大きな潮流を作っていた。
声明を出す反社会で反権力の組織もあった。が、頻発し連続し同時多発的に発生し、止まらぬ爆発と反比例するかのように消えていった。便乗しても何のメリットもないことが分かってきたからだろう。
嘘の声明を出したことで国家権力に潰された組織もあったようだ。ご愁傷さまだ。
とにかくネットは屁理屈の洪水だった。数多くの陰謀論が展開され商売繁盛している。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるじゃないが、正解に近い書き込みもあった。ただ、正解自体が「爆発の魔法を発揮できるスマホが存在している」という戯言なのだからどうしようもない。
次の爆発場所を予測する書き込みも多い。僕に便乗した爆破予告もあった。ときどき予告を実現してあげた。僕が幾ばくかの優しさを持っているから。
「しかし、余裕じゃないか」
SNSに書き込む余裕のある人が、これだけいるというのは、この国の底力のように思える。他の国であればとっくに暴動や略奪が頻発しても不思議じゃない。
「素晴らしいじゃないか日本」
思わず、声を上げて称賛してしまった。日本の民度の高さは誇るべきことだ。恐るべしと言ってもいいだろう。僕は別に愛国者ではないし、売国奴でもないのだけど。
そう、僕は決して売国奴ではない。だから、日本の国難に乗じて、侵攻してくる国があれば、その軍は爆破する。その国の政府組織を含め、国家全体を絨毯的に爆破するかもしれない。僕の楽しみを妨害する輩であるし、日本国民として許しておけないという思いもあるのだ。
今のところ、そのような国はない。ネット的に「侵略的性向を持つ国家」と言われる近隣諸国も静観しているし、援助の手を差し伸べるとまでいっている。人類愛の発露であろうか?
それに対し、近隣諸国の「遠隔爆撃兵器」の攻撃だという陰謀論もある。気象兵器、地震兵器、火山兵器に並ぶ陰謀論であるのだけど、意外に真実に近いところを掠めていた。魔法のアプリを一種の兵器とみなすならば、それは正しいのかもしれない。
戦争の危機というのは今のところない。戦争には政治的に達成すべき目的があり、それが外交交渉によって片付かないときに発生する最終解決手段だ。決して良好とはいえない近隣諸国との関係であるが、即戦争になるというような軋轢は抱えていない。日本としてはそれどころではない。
とにかくだ。
爆発にも慎みが必要ではないか、というのが今のところの結論だ。ちょっと調子に乗りすぎて、楽しみを無駄に消費してしまったかもしれない。持続可能な爆発を楽しみたいのだ。結果としてすべてが灰燼に帰し、爆破されつくしエントロピーが飽和した世界となったとしても、それはある程度の時間をかけて達するのが風情があるというものだった。爆発資源の急速な消費は僕の楽しみを短くするだけで、沸き立つ血の温度を下げるものだった。
実のところ、爆発、破壊に狂奔した自分を振り返ってみると、僕と世界の関係は全てを破壊しつくした時点で元に戻ってしまうということが分かった。静止した世界の中心で僕はまたしても孤立せざるを得ない。爆発という現象から疎外された僕が残る。爆破は破壊を伴ってこそ意味がある。灰燼を爆破しても歓喜など生じないだろう。その状況になればまた違った思いもあるかもしれないが、今のところ僕は慎みを持った爆発で、恐怖を喚起したいと思っている。多くの人が共感する思いではないだろうか。
そして決定的なことがある。爆発の現場を直で見るのが楽しいという事実だ。
米空母を爆破した時の感動、愉悦、恍惚が身の内深くに刻まれていた。満載排水量一〇万トンを超える巨大空母。現代科学の粋を集め、英知を集め、世界に破壊と滅びをもたらす浮かぶ鉄塊であり、原子の力で航行し、原子の力を開放し破壊する兵器を満載した存在。一隻で地球の八〇パーセントを破壊しつくすという人類の産み出した狂気の産物。
これが全く無抵抗に爆発し、沈没していく様は筆舌に尽くしがたい快感を僕に与えた。脳のシナプスが焼き切れてしまうかのような痺れる快感であり歓喜であり法悦の極みだった。
そのとき、僕の全細胞が余すところなく、歓喜に打ち震えた。ミトコンドリアが熱暴走を起こし、細胞核内のDNA塩基配列が欣喜雀躍のあまり変化してしまったかもしれない。
とにかく爆発の現場をリアルライブで見るというのは、抗い難い魅力があった。
ただ、爆発現場の近くにいつもいるということは、不測の事態を招くリスクはあった。警察は全力を挙げて捜査をしているだろう。今のところ、手掛かりはなく八方ふさがりだとしても、諦めることはないだろう。この国の警察を舐めてる気はない。彼らの能力を下算して、希望的観測に身をゆだねることは、僕に何の得もない。
「まてよ……出来ないこともないのかも……」
やや興奮気味の僕の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。マウスを握って、ライブカメラを検索する。
「渋谷のスクランブル交差点か……ははは、それなりに人がいるな」
東京都内の各所で爆発が起きた。僕が起こしたのだけど。人死にが悲劇から統計上の乾いた数字になってしまっていることを証明しているのだろうか。多くの人が信号を待っていた。危機感を喪失したのか諦観に染まったのか思考停止し現状維持を選択したのか、それは分からないが、僕にとってはどれでもいいことだ。
僕は魔法のアプリの入ったスマホを取り出し、スマホのカメラをパソコンモニターに向ける。
モニターに映された渋谷のライブ映像が、スマホに転送されている。僕は、信号待ちをしている人間にターゲットを合わせた。三人連れで信号待ちをしている女だった。多分若い女だろう。真ん中の女の頭だった。それを爆発させるべくスマホをタップした。爆発規模は小さくて十分だった。
「どかーん!」
僕は指先で爆発させる操作をした。
瞬間、モニターの液晶画面が、爆発した。それほど大きな音をたてることなく、液晶画面が割れ、細かいガラス片が飛び散った。
「あはははは」
そうは上手くいかないものだ。当然といえば当然だ。魔法であるからモニターに映った物を遠隔で爆破できるものではなかった。そこには厳格なルールがあり、魔法という理外の法則なりに、リアルな制限というものがあったのだ。
「スマホに映ったものを爆破する」という動かしがたい原則であり法則でありルール。魔法はただこれにしたがって、パソコンモニターを破壊した。清々しいくらいに当たり前の帰結だった。
「ま。いいか」
パソコンモニターが壊れてしまった。新しい物を入手するのは可能だろうか?
駅前の量販店はまだ開いていたはずだし、日用品とは言い難いモニターなら在庫はあるかもしれない。まあ、よしんば無いとしてもスマホ(普通の自分の物)で代用は可能だった。
「よっこいせ――」
僕は椅子から立ち上がり、キッチンで湯を沸かす。備蓄のカップ麺を取り出した。ささやかな夕食の準備だ。
僕は僕の愉悦ために、爆発の現場をリアルタイムで見ることを望んでいる。それはどうしても止めることのできない渇望になっていた。
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