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第2話:初めての魔法による爆発
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僕が「魔法使い」になってから三日が過ぎた。
その間、ネットやテレビでニュースをチェックしていたが、頭が爆発した女のニュースは一切無かった。
僕の記憶と現実が乖離し、別の世界線に迷い込んだかのような時間が流れていた。
現場であった公園にも一回だけ行った。
確かに桜の木の枝は折れていた。枝を失った部分には生々しい裂け目があった。
が、ただそれだけだった。
砂場の砂は元に戻っていたし、肝心の女の死体は見当たらない。あれだけ流れ出した血の跡もなかった。
不思議ではあったが、僕はそれをそのまま受け入れるしかなかった。たとえ記憶の中のクオリアとの相違があったとしても。
スマホは僕の手元に確実に存在していたし、それ以外は些末なことに思えた。
アパートでテレビを漫然と見ている。惰性で所有している古いテレビだった。普段、テレビはあまり見ない。
ニュースだった。
海外の町並みが映っていた。ロンドンだった。イギリスのEU再加盟について市民にインタビューしていた。
ふと思う。
僕はロンドンで何かを爆発させることもできる。世界中のどこでも何でも爆発させることができるはずだった。
バッキンガム宮殿を爆破するか? 大きなニュースにはなるだろう。世界的な。
ただ、それを想像しても今ひとつ高揚する物がなかった。
僕の生活圏からあまりにも離れていた。遠すぎる。物理的にも心理的にも。
そもそも、世界のどこかにある悲劇であっても喜劇であっても、僕には何も関係ないし心が動かない。
僕はまだ「魔法」を使っていないが、使うならやはり国内だと思っている。
真っ先に大学でも爆発させようかと思った。跡形もなく爆破し粉砕することを考えると気持ちが良かった。
僕の生活の中心でありながら、苦しみを生み出す元凶であり、形の上で所属し依存さえしているからこそ疎外を強く感じざる得ない場所。それが大学だった。
「人がいっぱい死ぬだろうな」
愉悦が僕の胸の内に満ちてくる。想像するだけで楽しい。細胞レベルで笑ってしまいそうだ。
冷蔵庫から安い発泡酒を出して飲んだ。炭酸の刺激が喉に気持ちい。飲みなれた安酒が旨く感じるのも気分がいい証拠だろう。
キャンパスのど真ん中で大爆発を起こす。それは、阿鼻叫喚だろう。地獄絵図だろう。
陰惨で惨たらしい光景が脳裏に広がる。黙示録のラッパを鳴らすのは僕だ。楽しい。
テレビの映像が変わった。スポーツニュースとなった。プロ野球の自主トレの様子。興味が無い。
僕は発泡酒の残りを一気に喉に流し込んだ。空になった缶をテーブルに置く。
「身近すぎるかな……」
思考が言葉になって漏れた。大学を爆破することに躊躇はない。
ただ、毛先ほどの懸念はあった。
あまりにも身近すぎるということだ。
大学が木っ端微塵に吹き飛べば大事件だ。事故、犯罪――どちらに思われようが、警察が捜査をするだろう。
結果として「魔法が原因」という超常的な結論に行き着くとは思えない。
しかし、大学に所属しているということで、僕は関係者となる。望ましい状況ではない。
スマホのアプリで自在に爆発を起こせるなど、常識の埒外であり、言ってしまえば「不能犯」だ。
丑の刻参りで誰かを呪い殺そうとする。そして相手が死んだとする。それでも呪いを行った者を法で裁くことはできない。
科学的に因果関係が証明できない。現実問題として、呪いで人が死ぬなどということは起きないからだ。
状況は相似形だが――。
「そんな素直に話が進むかどうか」
僕の場合、すんなりと「不能犯」で片が付くと思うのは楽観的にすぎるのかもしれないし、考えすぎなのかもしれない。
仕組みは分からない。今の僕には分からないし、永久に分からないかもしれない。
けれども、スマホのアプリで爆発を起こせるという点について因果関係は確実に存在している。
僕はその魔法を目撃した。目で見たものが全て真実であると言い切るほど、初心でないし、頭を破砕された女の死体も消えている。
僕が狂気に侵されている可能性はあるのかもしれないが、それを疑っても仕方ない。疑い考えるための器官が狂っているのでは正解などでるわけがない。無意味だ。
自身で自身の正気は誰も担保できない。
だから、狂っていようがいまいが関係なく、僕は魔法の存在に確信を持っている。
僕は立ち上がり、箪笥の引き出しを開けた。一番上だ。
スマホを取り出し、横のボタンを押した。液晶画面が白い光を発する。炎を模したオレンジのアイコンが目に入る。
アイコンをタップしアプリを起動させた。起動させるのは初めてではない。もう何度か起動だけはさせている。
椅子に座り、スマホを操作する。
アプリを使って爆破させる手順はいたって簡単だ。おそらく。
アプリを起動すると「至近」、「遠隔」というボタンが表示される。
僕は「至近」をタップする。
画面がカメラモードに切り替わる。
爆破させたい対象物をカメラで写す。そこでタップすればそれが爆発の起点となる。
爆発の大きさは、横に表示される「つまみ」をスライドさせることで制御できる。
上にスライドさせれば最初に指定した起点を中心に円が大きくなっていく。
逆に、下にスライドすれば、円は小さくなる。
円――つまり爆破規模――を決めると、「決定」というボタンがアクティブになる。
多分、これをタップすれば、爆発するのだろう。マニュアルもチュートリアルもないが、直感的に理解はできる。
元のメニュー画面に戻り、僕は「遠隔」をタップする。画面は地図に切り替わる。現在地が起点となっている。
これも爆破したい場所の指定は簡単だった。
テキストで住所を指定してもいいし、地図をスライドさせタップして爆破地点を決めることもできるようだ。爆発規模の大きさを指定するのは「至近」と同じだった。
操作性は「Google マップ」に似ている。凶悪さでは全くもって比較にならないが。
地図をスライドさせ、大学を表示させる。無駄に広いキャンパス。建物は図形で表示されている。
キャンパスの中心をタップした。
「ちゅどーん!」
僕はそう言って椅子の背もたれにだらしなくもたれかかった。乾いた笑いが狭い部屋に響く。別の誰かの声のようだった。爆発はさせなかった。
大学を爆発させることは、非常に魅力的だ。抗いがたい思いがある。けれども、それを選択した場合、非常に面倒なルートに入り込んでしまう可能性があるように思えた。
「何も初っ端でなくてもいいか」
楽しみは後に残しておくという考え方もある。僕の中では結論はその辺で落ち着きそうだった。
◇◇◇◇◇◇
僕はこのところ機嫌がいい。それが理由ではないだろうけど、大学に足を運ぶことが多くなった。
風がなく天気がいい。冬であることを忘れさせるような陽気だった。
葉の無い桜並木を通り抜ける。青空に黒い毛細血管を張り巡らせているように見える。
カフェテリアに入った。昼にはちょっと早い時間でまだ混雑はしていなかった。
窓際の席に座り、自販機で買った缶コーヒーをテーブルに置いた。
外には一二階ある研究棟が見える。この建物はよく目立つ。
この研究棟だけでも爆破したらさぞ爽快だろうと思う。だが、今はやらない。それにやるなら遠隔でやる。
当たり前だが、大学には学生たちがいる――、それを見ているだけでも楽しくなる。愉悦が止まらない。
「君たちの生殺与奪権は僕が握っているのだよ」と、口の中で声にならない声を転がす。
基本的に他人には興味がないので憎しみも嫉妬もない。
僕が外部の世界に対し宇疎外感を抱えて生きていたのは誰のせいでもないのは理解している。そして、僕の自身のせいでもないことも。
誰のせいでもないからこそ宿痾は深く暗かった。
しかし、今の僕は確実に世界と関わりをもてる。支配と被支配という関係であるけども。
五感から脳に集まる情報によって構成されるクオリアが今までになく新鮮だった。
こんな気分は――感覚は――生まれて初めてかもしれない。
僕はどう世界に向き合うのか? どんな気持ちで世界を爆発させるのか。
そこには怨嗟の念は微塵もないし、ただ人を超えた超越者として清々しいほど透明な気持ちがあった。
僕はニュートラルな気持ちで爆発を起こせる。殺すことができる。大量に大量に、これ以上ないくら数多の命を奪える。
何の目的も理由もなく、結果としての死屍累々を現出させることができる。無意味に無駄に不条理に。そして理不尽に。
頃合いだった。爆発を夢想し愉悦に浸るのは楽しかったが、そろそろ現実としての破壊を行うべきだった。
そもそも、僕は想像の世界を楽しみすぎた。
僕はコートのポケットからスマホを取り出した。爆発魔法のアプリが入っているスマホだ。アプリを起動させる。
「至近」「遠隔」の選択メニューが浮かび上がった。
さて、どこを爆発させるべきか?
今は大学で爆発を起こす気はない。魔法を使う気はない。外国は僕の実感の範囲外だ。魔法は行使できるが、やる気はない。やるなら国内限定だ。今のところは。
最初から派手にいくべきだろうか?
一つの都市を一瞬で地図から消す。それはそれで爽快だろう。
しかしだ――
最初から核爆発級の物を持ってくるのは無粋な気もした。世界に与える衝撃が大きすぎ、多くの人が思考停止になってしまうかもしれない。
それはそれで、面白味に欠けるだろう。非日常の世界に引きずりこむとしても段階というものがあっていい。
現実的な、言い換えるならば個人の犯罪者が行える可能性のある爆破規模がちょうどよかった。面白味があるのはそっちだった。
爆発に対する想像の翼が羽ばたこうというものだ。誰がやったのか? どうしてやったのか? まあ、魔法に行きつく者はいないだろうが。
僕はコーヒーを少し口に含む。少しぬるくなっていたが味は悪くない。
「遠隔」のボタンをタップした。最初の爆破の場所は決まった。
僕は魔法を使った。指先に爆発の振動が伝わってくるかのようだった。
◇◇◇◇◇◇
すでに日は低くなっている。冬の短い夕方という時間。僕はアパートに帰る前に食事を済ますつもりで店に入った。
寂れた商店街の中でもひときわ寂れた雰囲気のある店だった。個人経営の大衆食堂だった。チェーン店でないのは最近珍しかった。
客は僕しかおらず、中年女性の店員(店主の奥さんだろうか)が無言で水を置いた。店の中は外観から想像するよりはずっと清潔だった。昨今の飲食店としては当然であろうけども。
ラーメンを注文した。機械的に注文を復唱する店員。店にはテレビがあった。
「今日はどこも特番だな」
別に店員に話しかけたつもりはない。ほぼ独り言のようなものだ。
それでも店員は「酷い事故だったわね」と言った。
「事故なんですかね」
「あら、事故じゃないの?」
「爆破テロかもしれないですよ」
「そうなの。怖いわねぇ~」
人と話すのは久しぶりで、声が出にくい感じがした。ただ気分はいい。上機嫌であると言ってもいい。
テレビ画面の中ではレポータが悲痛な表情で定型的なセリフを言っていた。バカの極みのように見えるのも可笑しみがあった。
『――死者二〇四人、負傷者四四五人という悲惨な現場は今も生々しい雰囲気で包まれています。事件なのか事故なのか捜査当局は両面から――』
画面がスタジオに戻り鉄道の専門家が何かを言っていた。興味はない。
僕が爆破したのは、線路だった。東海道新幹線の線路を狙った。テレビを見なくとも結果はスマホ(正規の自分の物)のニュースで知っていた。
爆発はレールを粉砕するのに十分な威力を発揮した。そして運がいいのか、悪いのかは知らないが、自動列車停止装置(ATS)が働く間のないタイミングで爆発が起こった。
レールは引きちぎれ、そこに突っ込んだ車両は脱線大破となった。
二〇〇五年の宝塚線で起きた事故の記録を抜く死者数だった。
出だしとしては中々好調かもしれない。
いずれ、事故ではなくなんらかの爆発が起き、線路が破断されたという結論に至るだろう。
そして、僕を除く世界が疑心暗鬼となって、いろいろな想像をするのだろう。楽しい。
今、僕は世界と関わっているという実感を得られている。
誰がやったのか?
どうやってやったのか?
何のためにやったのか?
さあ、考えろ。答えを見つけろ。
「はい、ラーメンお待ち」
それなりに旨そうなラーメンが来た。
僕は次の爆発をどうするか考えながら、ラーメンをすすった。
その間、ネットやテレビでニュースをチェックしていたが、頭が爆発した女のニュースは一切無かった。
僕の記憶と現実が乖離し、別の世界線に迷い込んだかのような時間が流れていた。
現場であった公園にも一回だけ行った。
確かに桜の木の枝は折れていた。枝を失った部分には生々しい裂け目があった。
が、ただそれだけだった。
砂場の砂は元に戻っていたし、肝心の女の死体は見当たらない。あれだけ流れ出した血の跡もなかった。
不思議ではあったが、僕はそれをそのまま受け入れるしかなかった。たとえ記憶の中のクオリアとの相違があったとしても。
スマホは僕の手元に確実に存在していたし、それ以外は些末なことに思えた。
アパートでテレビを漫然と見ている。惰性で所有している古いテレビだった。普段、テレビはあまり見ない。
ニュースだった。
海外の町並みが映っていた。ロンドンだった。イギリスのEU再加盟について市民にインタビューしていた。
ふと思う。
僕はロンドンで何かを爆発させることもできる。世界中のどこでも何でも爆発させることができるはずだった。
バッキンガム宮殿を爆破するか? 大きなニュースにはなるだろう。世界的な。
ただ、それを想像しても今ひとつ高揚する物がなかった。
僕の生活圏からあまりにも離れていた。遠すぎる。物理的にも心理的にも。
そもそも、世界のどこかにある悲劇であっても喜劇であっても、僕には何も関係ないし心が動かない。
僕はまだ「魔法」を使っていないが、使うならやはり国内だと思っている。
真っ先に大学でも爆発させようかと思った。跡形もなく爆破し粉砕することを考えると気持ちが良かった。
僕の生活の中心でありながら、苦しみを生み出す元凶であり、形の上で所属し依存さえしているからこそ疎外を強く感じざる得ない場所。それが大学だった。
「人がいっぱい死ぬだろうな」
愉悦が僕の胸の内に満ちてくる。想像するだけで楽しい。細胞レベルで笑ってしまいそうだ。
冷蔵庫から安い発泡酒を出して飲んだ。炭酸の刺激が喉に気持ちい。飲みなれた安酒が旨く感じるのも気分がいい証拠だろう。
キャンパスのど真ん中で大爆発を起こす。それは、阿鼻叫喚だろう。地獄絵図だろう。
陰惨で惨たらしい光景が脳裏に広がる。黙示録のラッパを鳴らすのは僕だ。楽しい。
テレビの映像が変わった。スポーツニュースとなった。プロ野球の自主トレの様子。興味が無い。
僕は発泡酒の残りを一気に喉に流し込んだ。空になった缶をテーブルに置く。
「身近すぎるかな……」
思考が言葉になって漏れた。大学を爆破することに躊躇はない。
ただ、毛先ほどの懸念はあった。
あまりにも身近すぎるということだ。
大学が木っ端微塵に吹き飛べば大事件だ。事故、犯罪――どちらに思われようが、警察が捜査をするだろう。
結果として「魔法が原因」という超常的な結論に行き着くとは思えない。
しかし、大学に所属しているということで、僕は関係者となる。望ましい状況ではない。
スマホのアプリで自在に爆発を起こせるなど、常識の埒外であり、言ってしまえば「不能犯」だ。
丑の刻参りで誰かを呪い殺そうとする。そして相手が死んだとする。それでも呪いを行った者を法で裁くことはできない。
科学的に因果関係が証明できない。現実問題として、呪いで人が死ぬなどということは起きないからだ。
状況は相似形だが――。
「そんな素直に話が進むかどうか」
僕の場合、すんなりと「不能犯」で片が付くと思うのは楽観的にすぎるのかもしれないし、考えすぎなのかもしれない。
仕組みは分からない。今の僕には分からないし、永久に分からないかもしれない。
けれども、スマホのアプリで爆発を起こせるという点について因果関係は確実に存在している。
僕はその魔法を目撃した。目で見たものが全て真実であると言い切るほど、初心でないし、頭を破砕された女の死体も消えている。
僕が狂気に侵されている可能性はあるのかもしれないが、それを疑っても仕方ない。疑い考えるための器官が狂っているのでは正解などでるわけがない。無意味だ。
自身で自身の正気は誰も担保できない。
だから、狂っていようがいまいが関係なく、僕は魔法の存在に確信を持っている。
僕は立ち上がり、箪笥の引き出しを開けた。一番上だ。
スマホを取り出し、横のボタンを押した。液晶画面が白い光を発する。炎を模したオレンジのアイコンが目に入る。
アイコンをタップしアプリを起動させた。起動させるのは初めてではない。もう何度か起動だけはさせている。
椅子に座り、スマホを操作する。
アプリを使って爆破させる手順はいたって簡単だ。おそらく。
アプリを起動すると「至近」、「遠隔」というボタンが表示される。
僕は「至近」をタップする。
画面がカメラモードに切り替わる。
爆破させたい対象物をカメラで写す。そこでタップすればそれが爆発の起点となる。
爆発の大きさは、横に表示される「つまみ」をスライドさせることで制御できる。
上にスライドさせれば最初に指定した起点を中心に円が大きくなっていく。
逆に、下にスライドすれば、円は小さくなる。
円――つまり爆破規模――を決めると、「決定」というボタンがアクティブになる。
多分、これをタップすれば、爆発するのだろう。マニュアルもチュートリアルもないが、直感的に理解はできる。
元のメニュー画面に戻り、僕は「遠隔」をタップする。画面は地図に切り替わる。現在地が起点となっている。
これも爆破したい場所の指定は簡単だった。
テキストで住所を指定してもいいし、地図をスライドさせタップして爆破地点を決めることもできるようだ。爆発規模の大きさを指定するのは「至近」と同じだった。
操作性は「Google マップ」に似ている。凶悪さでは全くもって比較にならないが。
地図をスライドさせ、大学を表示させる。無駄に広いキャンパス。建物は図形で表示されている。
キャンパスの中心をタップした。
「ちゅどーん!」
僕はそう言って椅子の背もたれにだらしなくもたれかかった。乾いた笑いが狭い部屋に響く。別の誰かの声のようだった。爆発はさせなかった。
大学を爆発させることは、非常に魅力的だ。抗いがたい思いがある。けれども、それを選択した場合、非常に面倒なルートに入り込んでしまう可能性があるように思えた。
「何も初っ端でなくてもいいか」
楽しみは後に残しておくという考え方もある。僕の中では結論はその辺で落ち着きそうだった。
◇◇◇◇◇◇
僕はこのところ機嫌がいい。それが理由ではないだろうけど、大学に足を運ぶことが多くなった。
風がなく天気がいい。冬であることを忘れさせるような陽気だった。
葉の無い桜並木を通り抜ける。青空に黒い毛細血管を張り巡らせているように見える。
カフェテリアに入った。昼にはちょっと早い時間でまだ混雑はしていなかった。
窓際の席に座り、自販機で買った缶コーヒーをテーブルに置いた。
外には一二階ある研究棟が見える。この建物はよく目立つ。
この研究棟だけでも爆破したらさぞ爽快だろうと思う。だが、今はやらない。それにやるなら遠隔でやる。
当たり前だが、大学には学生たちがいる――、それを見ているだけでも楽しくなる。愉悦が止まらない。
「君たちの生殺与奪権は僕が握っているのだよ」と、口の中で声にならない声を転がす。
基本的に他人には興味がないので憎しみも嫉妬もない。
僕が外部の世界に対し宇疎外感を抱えて生きていたのは誰のせいでもないのは理解している。そして、僕の自身のせいでもないことも。
誰のせいでもないからこそ宿痾は深く暗かった。
しかし、今の僕は確実に世界と関わりをもてる。支配と被支配という関係であるけども。
五感から脳に集まる情報によって構成されるクオリアが今までになく新鮮だった。
こんな気分は――感覚は――生まれて初めてかもしれない。
僕はどう世界に向き合うのか? どんな気持ちで世界を爆発させるのか。
そこには怨嗟の念は微塵もないし、ただ人を超えた超越者として清々しいほど透明な気持ちがあった。
僕はニュートラルな気持ちで爆発を起こせる。殺すことができる。大量に大量に、これ以上ないくら数多の命を奪える。
何の目的も理由もなく、結果としての死屍累々を現出させることができる。無意味に無駄に不条理に。そして理不尽に。
頃合いだった。爆発を夢想し愉悦に浸るのは楽しかったが、そろそろ現実としての破壊を行うべきだった。
そもそも、僕は想像の世界を楽しみすぎた。
僕はコートのポケットからスマホを取り出した。爆発魔法のアプリが入っているスマホだ。アプリを起動させる。
「至近」「遠隔」の選択メニューが浮かび上がった。
さて、どこを爆発させるべきか?
今は大学で爆発を起こす気はない。魔法を使う気はない。外国は僕の実感の範囲外だ。魔法は行使できるが、やる気はない。やるなら国内限定だ。今のところは。
最初から派手にいくべきだろうか?
一つの都市を一瞬で地図から消す。それはそれで爽快だろう。
しかしだ――
最初から核爆発級の物を持ってくるのは無粋な気もした。世界に与える衝撃が大きすぎ、多くの人が思考停止になってしまうかもしれない。
それはそれで、面白味に欠けるだろう。非日常の世界に引きずりこむとしても段階というものがあっていい。
現実的な、言い換えるならば個人の犯罪者が行える可能性のある爆破規模がちょうどよかった。面白味があるのはそっちだった。
爆発に対する想像の翼が羽ばたこうというものだ。誰がやったのか? どうしてやったのか? まあ、魔法に行きつく者はいないだろうが。
僕はコーヒーを少し口に含む。少しぬるくなっていたが味は悪くない。
「遠隔」のボタンをタップした。最初の爆破の場所は決まった。
僕は魔法を使った。指先に爆発の振動が伝わってくるかのようだった。
◇◇◇◇◇◇
すでに日は低くなっている。冬の短い夕方という時間。僕はアパートに帰る前に食事を済ますつもりで店に入った。
寂れた商店街の中でもひときわ寂れた雰囲気のある店だった。個人経営の大衆食堂だった。チェーン店でないのは最近珍しかった。
客は僕しかおらず、中年女性の店員(店主の奥さんだろうか)が無言で水を置いた。店の中は外観から想像するよりはずっと清潔だった。昨今の飲食店としては当然であろうけども。
ラーメンを注文した。機械的に注文を復唱する店員。店にはテレビがあった。
「今日はどこも特番だな」
別に店員に話しかけたつもりはない。ほぼ独り言のようなものだ。
それでも店員は「酷い事故だったわね」と言った。
「事故なんですかね」
「あら、事故じゃないの?」
「爆破テロかもしれないですよ」
「そうなの。怖いわねぇ~」
人と話すのは久しぶりで、声が出にくい感じがした。ただ気分はいい。上機嫌であると言ってもいい。
テレビ画面の中ではレポータが悲痛な表情で定型的なセリフを言っていた。バカの極みのように見えるのも可笑しみがあった。
『――死者二〇四人、負傷者四四五人という悲惨な現場は今も生々しい雰囲気で包まれています。事件なのか事故なのか捜査当局は両面から――』
画面がスタジオに戻り鉄道の専門家が何かを言っていた。興味はない。
僕が爆破したのは、線路だった。東海道新幹線の線路を狙った。テレビを見なくとも結果はスマホ(正規の自分の物)のニュースで知っていた。
爆発はレールを粉砕するのに十分な威力を発揮した。そして運がいいのか、悪いのかは知らないが、自動列車停止装置(ATS)が働く間のないタイミングで爆発が起こった。
レールは引きちぎれ、そこに突っ込んだ車両は脱線大破となった。
二〇〇五年の宝塚線で起きた事故の記録を抜く死者数だった。
出だしとしては中々好調かもしれない。
いずれ、事故ではなくなんらかの爆発が起き、線路が破断されたという結論に至るだろう。
そして、僕を除く世界が疑心暗鬼となって、いろいろな想像をするのだろう。楽しい。
今、僕は世界と関わっているという実感を得られている。
誰がやったのか?
どうやってやったのか?
何のためにやったのか?
さあ、考えろ。答えを見つけろ。
「はい、ラーメンお待ち」
それなりに旨そうなラーメンが来た。
僕は次の爆発をどうするか考えながら、ラーメンをすすった。
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