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第七章:ぶち抜け!アストラル体!シャラートを救え!
第一〇九話:まだ俺たちは戦うことができるんだ
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お姫様抱っこだ。
俺はシャラートを抱きながら宙に浮いていた。
突き抜けるような青い空。二人きりだった。
俺は、この世界に転生したばかりの小さなころを思い出した。
彼女は俺が生まれた時から、ずっと俺の世話をしていた。
最初は姉かなぁと思って、まあそれが正解だったわけだが。
チャクラムを操る武装幼女メイドとして、俺のメイドだった。
教育係でもあった。
で、俺は何度もシャラートにはお姫様抱っこされていた。
今は、俺が彼女をお姫様抱っこしている。
初めてか? シャラート、俺がシャラートをお姫様抱っこするのは。
柔らかく細い身体。至高の大きなおっぱいが俺の指に触れている。
弾力、柔らかさとも変わらない。最高だった。
今にも目を空けて「ああ、アイン、私は我慢できそうにありません。アインの遺伝子をいっぱい注ぎ込んで欲しいのです」と言いだしそうな気がした。
そして俺の唇を求めてくる――
でも、その唇は閉じたままだ。微動だにしない。
俺に抱かれているシャラートの体は、どこにも力は入っていなかった。
風が吹いた。
黒い艶のある長い髪が、その流れにのって青い空の中を揺蕩(たゆた)うように揺れている。
陽光の中、キラキラと光る黒髪が。
『アイン、降りないの』
『サラーム』
変に優しげな声音が頭の中に響く。
いつもの傍若無人で空気など一切読まない精霊の言葉とは思えなかった。
こんなときに、優しげに――
くそ、いつもみたいに――
俺はシャラートの体を真っ直ぐにした。対面するような形で抱いた。
彼女の頭がカクンと傾き、肩に当たった。流れる髪が頬に当たった。
ギュッと抱きかかえた。多分、もう何度も肌を合わせこうやって抱きかかえていたのかもしれない。
でも、俺の記憶が途切れているので、明確に覚えていない。アホウなのか? 俺。
服の上からでも、彼女の温度が自分に染み込んでくるようだった。
それは、思いのほか冷んやりしていた。
俺は風をまとってゆっくりと降りた。
風砂が巻き上がり着地する。
まとっていた空気がつむじ風のようになり、俺の体をはなれて行った。
「「アイン!」」
俺の名を呼ぶ声。俺はゆっくりと、その声の方を向いた。
エロリィとライサだ。俺の許嫁。
なんだ?
なんで、そんな顔しているんだ?
俺をジッと見て、なんでそんな悲しそうな顔してるんだよ?
俺は笑おうとした。なんだ、顔の筋肉が動かねぇ。どうするんだ? 笑うって?
緋色の長い髪をしたライサが、スッと前に出てきた。
ルビー色の瞳の視線がすっと動いた。
「おい、クソ乳メガネ――」
ライサはシャラート呼んだ。いつもの呼び方。でも、その音が震えていた。
シャラートは、俺に抱かれ、肩にしなだれかかりながらその声を風の中に流すにまかせるだけだった。
「てめぇ、クソ乳メガネ……」
絞り出すようにライサが言った。肩が震えている。
「クソがぁ、てめぇ、勝ち逃げする気かよぉぉ! ぶち殺してやるから起きろぉぉ!」
おい、ライサ――
なんだ、それは? その緋色の瞳から流れているの?
涙か?
おい、泣いているのか?
なんでだよ……
なんで、泣く?
あははは、俺がシャラートを抱っこしているからか?
ライサだって好きなだけ抱っこするよ。
でも、今はな……
「もうね、アンタね、アインの心を独り占めしたまま、勝ち逃げするのはゆるさないのよぉぉ!」
エロリィだ。
チョコンとした八重歯をむき出しにして吼えるように絶叫。
金色のフォトンをまとった長いツインテールが揺れている。
彼女のオヤジさんが造り上げた魔力ブーストの服「聖装衣・エローエ」がパタパタと翻る。
きわどい部分の肌色が見えそうになる。
おい、エロリィ。碧い瞳からポロポロと、そんなにこぼすなよ。
地面にポタポタたれてるぜ。
泣くなよ、な。
だって、泣くようなことは何もないんだ。
ほら、シャラートは戻ってきたんだ。
あれか、嫉妬か? カワイイな…… エロリィは。
「大丈夫だよ。大丈夫」
俺の口から、その言葉が出た。誰か別の奴の言葉に聞こえた。自分の声なのに。
なんか、色々言いたいことはあったんだ。
グチャグチャとした言葉にならない、なにかが頭の中をぐるぐる回っているんだ。
でも、大丈夫――
なにが、大丈夫なんだ?
分からない。分からない。分からない。
だって俺は「精霊マスター」だ。回復の水だって――
だけどな、ちょっとなんっていうかな。
俺の中に棲んでいる精霊にそれを訊くのが怖いっていうかな……
ちょっとな。ああ、なんか返ってくる言葉を聞きたくないっていうかな……
ライサもエロリィも黙った。
ただ、俺を見つめている。緋色と碧い瞳の美しい少女が――
今まで見たこともない表情で俺を見ていた。
『アイン……』
『なんだ? サラーム』
俺の中に引きこもり中の精霊様が、話しかけてきた。
『まずいかもしれない……』
『まずい? なにがだ』
今がもう最悪にまずい事態じゃないのか?
どうなんだ? これ以上あるのか?
このクソ精霊。
心がささくれてくるのを感じながらも俺はそれを抑え込む。
『まだ、生きてるわ――』
「なんだとぉぉぉぉ!!」
生きているのが、なぜまずいのか? そう言った問題はあるが、今はいい。
とにかく「生きている」って言葉だ。それが重要だ。
「アイン、どうしたの?」
「もうね、いきなり声あげてびっくりしたのよ」
思わず声がでてしまった。
俺の声にビクッと反応したライサとエロリィだ。
今は説明できない。とにかく、サラームだ。こいつの話を訊くのが最優先だ。
『生きている? シャラートがか!?』
『…… 生きているわ。生きている。辛うじてだけど。死んではいない―― でも……』
俺はシャラートの大きなおっぱいに耳を当てる。
柔らかで極上の弾力をもったおっぱいに俺の耳が沈み込む。
手首ももった。
聞こえた。辛うじてだ。弱々しいが確かに心臓の音だ。
消え入りそうな音だけど、微かに聞こえている――
「心臓が、動いてる―― シャラートの心臓が動いている……」
俺はシャラートを抱きしめながらつぶやいていた。
俺たちは飛んだ。
エロリィの転移魔法で、一気にパンゲア城まで戻ったのだ。
肉体(からだ)が生きている。それだけで十分だ。
助けるんだ。
俺はシャラートを助ける。
◇◇◇◇◇◇
「シャラート様はお休みになっております」
パンゲア城の一室。その沈黙の中に流れる声。
なんの感情もこもっていない平坦な声。実用化以前の機械音声のような声だ。
セバスチャンだった。
俺のじいさんであるパンゲア王国の国王・ガルタフ3世の侍従長だ。
こんなときは、この男がいつも通りというのが救われる。
下手に、感情のこもった声だったら、悪夢だ。
「分かった」
返事をしたのは、俺のオヤジだった。
雷鳴の勇者・シュバイン・ダートリンク。俺のオヤジでもあるが、シャラートの実の父親でもある。母は違う。
この部屋には、俺と俺のオヤジ。そして俺の母親であるルサーナもいた。
ルサーナも俺をスリスリする余裕がない。真剣な顔をしていた。
シャラートはルサーナにとっても、娘のようなものだ。下手すればそれ以上かもしれない。
「アイン、シャラートは大丈夫です。なにか方法があるはずです――」
ルサーナが俺に言った。俺を元気づけようという言葉だが、残酷だ。
大丈夫だという根拠などなにもないことを俺がよく知っているからだ。
俺は、歪んだ笑みでルサーナを見たんだと思う。俺の顔をみて、ルサーナは唇をかみしめていた。
空気が重い。同じ部屋にいる俺の許嫁、エロリィもライサも黙っていた。ずっとだ。
「御決断は早い方がいいですな。このままでは、復興途上のパンゲア王国―― いえ、大陸が滅びますな」
セバスチャンが淡々と事実だけを告げる。腹も立たない。それは分かっていることだからだ。
サラームが言った「まずいかもしれない」という言葉の意味だ。
それは、シャラートの体の中で【シ】が育っているということだった。
サラームは『アイン、この女の中に、なにか嫌なものがいるわ…… あの嫌な感じがする』そう俺に言った。
シャラートは生きている。
正確には――
【シ】に寄生され、生かされているのかもしれない。分からない。
ただ、オヤジもシャラートの体にその種の異変が起きていることを察知している。
オヤジは【シ】と対決し、それを封じた勇者だ。エキスパートといっていい。
その判断に反論することは、俺にはできなかった。
あのクソ錬金術師――
もしかしたら、ここまで折りこんでの計画だったのか。そんな事すら思う。
しかし――
助ける。助ける。助けたい。絶対にだ。
すぅぅっと息を吐く音が聞こえた。
エロリィだった。
トンと、弾むように椅子から立ち上がった。
「心気クサいのよ。もうね、行くわよ」
深い碧を湛えた瞳をこちらに向け、エロリィが言った。
「どこに?」
「乳メガネのとこなのよ。もしかしたら、なんとかなるかもしれないのよ」
禁呪のプリンセスはそう言ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
シャラートはベッドの上に寝かされていた。
注意深く見ても、呼吸をしているかどうかも分からない。
ただ、死んではいないという意味において、その肉体はまだ生きている。
『アンタの許嫁の、ロリビッチはなにする気なの? 嫌な予感しかしないわ』
いつも、人に嫌な予感しかさせない言動をかます精霊様がのたまった。
「おい、ビッチロリ姫、手があるのかよ?」
ライサの言葉をスルーして、エロリィはシャラートにかかっていた毛布をはいだ。
寝ていても崩れない大きなおっぱい。
エロリィは小さく「チッ」と舌打ちした。
「この、乳牛ホルスタインメガネの中にいる異物を全部殺すのよ。もうね、それをやるしかないのよ」
エロリィは俺専用のシャラートのおっぱいを乱暴に掴んでブンブンと振った。
「殺す? 乳メガネの中の異物を? どーやって?」
ライサがもう片方のシャラートのおっぱいをグッと掴んだ。彼女の指が柔肌に喰いこんでいく。
「アストラル体に同調するのよ! で、アストラル体に連結された肉体に侵入して、皆殺しなのよぉ!」
シャラートのおっぱいを振りまわすエロリィ。プルンプルンと震える大きく柔らかい俺専用のおっぱい。
「あはッ、よーするに、メガネ乳の体の中に入って、暴れまわって、手当たり次第殺すのか? 皆殺しか?」
ライサのルビー色の瞳が光をとりもどしていく。「殺す」「皆殺し」というワードが美少女殺戮兵器を正常起動させていた。
「アストラル体への同調―― そんなことが出来るのか。人の精神結界は、他の精神の侵入を許さない」
オヤジだった。親父も転移魔法の使い手だ。おそらく、その種の魔法に関しては詳しい。俺よりもずっと詳しい。
なちゅーか、俺は魔法の技術的なことなど、何も知らん。
魔法に関しては、サラームを子分にして、使いたい放題使っているだけだから。
「もうね、私に破れない結界はないのよ! 人の精神結果も破るのよぉ! この乳メガネのアストラル体にでも転移できるのよ! キャハハハハハハハ!!」
おっぱいを掴んで震わせながら、哄笑するエロリィ。なんか、いつもの空気が戻ってきたような気がした。
「あはッ、難しいことは分かたないけど。殺せばいいのか? なあ、アインそれでいいんだろ?」
「ああ、まあ、そんな感じだな」
ライサの質問になんとなく答える俺。
俺自身も、エロリィの言っていることの全部が分かる訳じゃない。
アストラル体とは、確か人の精神の核というか、実体とかそんなもんだったような気がする。
で、それは肉体と繋がっているのか……
アストラル体を経由して肉体に入り、でもってシャラートの中にいる【シ】を倒す。
『無茶苦茶だわ。そんなことして、戻ってこれなくなったらどーすんの』
『危ないのか?』
サラームが危険といった。
いつもは危険なことが大好きというか、自分以外を危険な目にあわせるのになんのためらいもない精霊だ。
『危ないわよ―― アストラル体を経由して実体のある肉体に入って、またアストラル体に戻って、外に戻る―― バカの考えだわ』
『バカでもいい』
『はぁ? アインねぇ――』
『可能性があるなら、バカでもいいんだよ』
『そんなことしても、1パーセントも…… って、これフラグじゃないの! もう!』
日本産のアニメにどっぷり浸かった精霊。1%の可能性というのは成功を100%保障するというお約束に気づいた。
まあ、現実とアニメは違うけどな。
「エロリィ」
「ん、なによアイン」
金糸で作られた精緻な細工のようなツインテールをゆらし俺を見つめるエロリィ。
俺専用のおっぱいを弄りながらだ。
「できるのか? 本当に」
「出来るのよ! もうわかったのよ。この女の精神(アストラル体)の固有震動数も分かったのよ!」
エロリィはそう言ってシャラートのおっぱいから手を放した。
なに?
精神(アストラル体)の固有震動?
もしかして、それを計測するために、おっぱいをプルンプルンさせてたの?
つーか、まだ揺れているけど。
「もうね、私の禁呪に不可能はないのよ! こうなったら、準備するのよ! この乳牛ホルスタインメガネの中に突撃するのよぉぉ!」
「よし! 分かった! シャラートの中に入るぞ」
「あはッ! 分かりやすい話しになったじゃねーか!」
希望だった。
まだ、俺たちには希望がある。そうだ、まだ俺たちは戦うことができるんだ。
シャラート――
俺は横たわる、許嫁を見つめていた。
俺はシャラートを抱きながら宙に浮いていた。
突き抜けるような青い空。二人きりだった。
俺は、この世界に転生したばかりの小さなころを思い出した。
彼女は俺が生まれた時から、ずっと俺の世話をしていた。
最初は姉かなぁと思って、まあそれが正解だったわけだが。
チャクラムを操る武装幼女メイドとして、俺のメイドだった。
教育係でもあった。
で、俺は何度もシャラートにはお姫様抱っこされていた。
今は、俺が彼女をお姫様抱っこしている。
初めてか? シャラート、俺がシャラートをお姫様抱っこするのは。
柔らかく細い身体。至高の大きなおっぱいが俺の指に触れている。
弾力、柔らかさとも変わらない。最高だった。
今にも目を空けて「ああ、アイン、私は我慢できそうにありません。アインの遺伝子をいっぱい注ぎ込んで欲しいのです」と言いだしそうな気がした。
そして俺の唇を求めてくる――
でも、その唇は閉じたままだ。微動だにしない。
俺に抱かれているシャラートの体は、どこにも力は入っていなかった。
風が吹いた。
黒い艶のある長い髪が、その流れにのって青い空の中を揺蕩(たゆた)うように揺れている。
陽光の中、キラキラと光る黒髪が。
『アイン、降りないの』
『サラーム』
変に優しげな声音が頭の中に響く。
いつもの傍若無人で空気など一切読まない精霊の言葉とは思えなかった。
こんなときに、優しげに――
くそ、いつもみたいに――
俺はシャラートの体を真っ直ぐにした。対面するような形で抱いた。
彼女の頭がカクンと傾き、肩に当たった。流れる髪が頬に当たった。
ギュッと抱きかかえた。多分、もう何度も肌を合わせこうやって抱きかかえていたのかもしれない。
でも、俺の記憶が途切れているので、明確に覚えていない。アホウなのか? 俺。
服の上からでも、彼女の温度が自分に染み込んでくるようだった。
それは、思いのほか冷んやりしていた。
俺は風をまとってゆっくりと降りた。
風砂が巻き上がり着地する。
まとっていた空気がつむじ風のようになり、俺の体をはなれて行った。
「「アイン!」」
俺の名を呼ぶ声。俺はゆっくりと、その声の方を向いた。
エロリィとライサだ。俺の許嫁。
なんだ?
なんで、そんな顔しているんだ?
俺をジッと見て、なんでそんな悲しそうな顔してるんだよ?
俺は笑おうとした。なんだ、顔の筋肉が動かねぇ。どうするんだ? 笑うって?
緋色の長い髪をしたライサが、スッと前に出てきた。
ルビー色の瞳の視線がすっと動いた。
「おい、クソ乳メガネ――」
ライサはシャラート呼んだ。いつもの呼び方。でも、その音が震えていた。
シャラートは、俺に抱かれ、肩にしなだれかかりながらその声を風の中に流すにまかせるだけだった。
「てめぇ、クソ乳メガネ……」
絞り出すようにライサが言った。肩が震えている。
「クソがぁ、てめぇ、勝ち逃げする気かよぉぉ! ぶち殺してやるから起きろぉぉ!」
おい、ライサ――
なんだ、それは? その緋色の瞳から流れているの?
涙か?
おい、泣いているのか?
なんでだよ……
なんで、泣く?
あははは、俺がシャラートを抱っこしているからか?
ライサだって好きなだけ抱っこするよ。
でも、今はな……
「もうね、アンタね、アインの心を独り占めしたまま、勝ち逃げするのはゆるさないのよぉぉ!」
エロリィだ。
チョコンとした八重歯をむき出しにして吼えるように絶叫。
金色のフォトンをまとった長いツインテールが揺れている。
彼女のオヤジさんが造り上げた魔力ブーストの服「聖装衣・エローエ」がパタパタと翻る。
きわどい部分の肌色が見えそうになる。
おい、エロリィ。碧い瞳からポロポロと、そんなにこぼすなよ。
地面にポタポタたれてるぜ。
泣くなよ、な。
だって、泣くようなことは何もないんだ。
ほら、シャラートは戻ってきたんだ。
あれか、嫉妬か? カワイイな…… エロリィは。
「大丈夫だよ。大丈夫」
俺の口から、その言葉が出た。誰か別の奴の言葉に聞こえた。自分の声なのに。
なんか、色々言いたいことはあったんだ。
グチャグチャとした言葉にならない、なにかが頭の中をぐるぐる回っているんだ。
でも、大丈夫――
なにが、大丈夫なんだ?
分からない。分からない。分からない。
だって俺は「精霊マスター」だ。回復の水だって――
だけどな、ちょっとなんっていうかな。
俺の中に棲んでいる精霊にそれを訊くのが怖いっていうかな……
ちょっとな。ああ、なんか返ってくる言葉を聞きたくないっていうかな……
ライサもエロリィも黙った。
ただ、俺を見つめている。緋色と碧い瞳の美しい少女が――
今まで見たこともない表情で俺を見ていた。
『アイン……』
『なんだ? サラーム』
俺の中に引きこもり中の精霊様が、話しかけてきた。
『まずいかもしれない……』
『まずい? なにがだ』
今がもう最悪にまずい事態じゃないのか?
どうなんだ? これ以上あるのか?
このクソ精霊。
心がささくれてくるのを感じながらも俺はそれを抑え込む。
『まだ、生きてるわ――』
「なんだとぉぉぉぉ!!」
生きているのが、なぜまずいのか? そう言った問題はあるが、今はいい。
とにかく「生きている」って言葉だ。それが重要だ。
「アイン、どうしたの?」
「もうね、いきなり声あげてびっくりしたのよ」
思わず声がでてしまった。
俺の声にビクッと反応したライサとエロリィだ。
今は説明できない。とにかく、サラームだ。こいつの話を訊くのが最優先だ。
『生きている? シャラートがか!?』
『…… 生きているわ。生きている。辛うじてだけど。死んではいない―― でも……』
俺はシャラートの大きなおっぱいに耳を当てる。
柔らかで極上の弾力をもったおっぱいに俺の耳が沈み込む。
手首ももった。
聞こえた。辛うじてだ。弱々しいが確かに心臓の音だ。
消え入りそうな音だけど、微かに聞こえている――
「心臓が、動いてる―― シャラートの心臓が動いている……」
俺はシャラートを抱きしめながらつぶやいていた。
俺たちは飛んだ。
エロリィの転移魔法で、一気にパンゲア城まで戻ったのだ。
肉体(からだ)が生きている。それだけで十分だ。
助けるんだ。
俺はシャラートを助ける。
◇◇◇◇◇◇
「シャラート様はお休みになっております」
パンゲア城の一室。その沈黙の中に流れる声。
なんの感情もこもっていない平坦な声。実用化以前の機械音声のような声だ。
セバスチャンだった。
俺のじいさんであるパンゲア王国の国王・ガルタフ3世の侍従長だ。
こんなときは、この男がいつも通りというのが救われる。
下手に、感情のこもった声だったら、悪夢だ。
「分かった」
返事をしたのは、俺のオヤジだった。
雷鳴の勇者・シュバイン・ダートリンク。俺のオヤジでもあるが、シャラートの実の父親でもある。母は違う。
この部屋には、俺と俺のオヤジ。そして俺の母親であるルサーナもいた。
ルサーナも俺をスリスリする余裕がない。真剣な顔をしていた。
シャラートはルサーナにとっても、娘のようなものだ。下手すればそれ以上かもしれない。
「アイン、シャラートは大丈夫です。なにか方法があるはずです――」
ルサーナが俺に言った。俺を元気づけようという言葉だが、残酷だ。
大丈夫だという根拠などなにもないことを俺がよく知っているからだ。
俺は、歪んだ笑みでルサーナを見たんだと思う。俺の顔をみて、ルサーナは唇をかみしめていた。
空気が重い。同じ部屋にいる俺の許嫁、エロリィもライサも黙っていた。ずっとだ。
「御決断は早い方がいいですな。このままでは、復興途上のパンゲア王国―― いえ、大陸が滅びますな」
セバスチャンが淡々と事実だけを告げる。腹も立たない。それは分かっていることだからだ。
サラームが言った「まずいかもしれない」という言葉の意味だ。
それは、シャラートの体の中で【シ】が育っているということだった。
サラームは『アイン、この女の中に、なにか嫌なものがいるわ…… あの嫌な感じがする』そう俺に言った。
シャラートは生きている。
正確には――
【シ】に寄生され、生かされているのかもしれない。分からない。
ただ、オヤジもシャラートの体にその種の異変が起きていることを察知している。
オヤジは【シ】と対決し、それを封じた勇者だ。エキスパートといっていい。
その判断に反論することは、俺にはできなかった。
あのクソ錬金術師――
もしかしたら、ここまで折りこんでの計画だったのか。そんな事すら思う。
しかし――
助ける。助ける。助けたい。絶対にだ。
すぅぅっと息を吐く音が聞こえた。
エロリィだった。
トンと、弾むように椅子から立ち上がった。
「心気クサいのよ。もうね、行くわよ」
深い碧を湛えた瞳をこちらに向け、エロリィが言った。
「どこに?」
「乳メガネのとこなのよ。もしかしたら、なんとかなるかもしれないのよ」
禁呪のプリンセスはそう言ったのだった。
◇◇◇◇◇◇
シャラートはベッドの上に寝かされていた。
注意深く見ても、呼吸をしているかどうかも分からない。
ただ、死んではいないという意味において、その肉体はまだ生きている。
『アンタの許嫁の、ロリビッチはなにする気なの? 嫌な予感しかしないわ』
いつも、人に嫌な予感しかさせない言動をかます精霊様がのたまった。
「おい、ビッチロリ姫、手があるのかよ?」
ライサの言葉をスルーして、エロリィはシャラートにかかっていた毛布をはいだ。
寝ていても崩れない大きなおっぱい。
エロリィは小さく「チッ」と舌打ちした。
「この、乳牛ホルスタインメガネの中にいる異物を全部殺すのよ。もうね、それをやるしかないのよ」
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シャラートのおっぱいを振りまわすエロリィ。プルンプルンと震える大きく柔らかい俺専用のおっぱい。
「あはッ、よーするに、メガネ乳の体の中に入って、暴れまわって、手当たり次第殺すのか? 皆殺しか?」
ライサのルビー色の瞳が光をとりもどしていく。「殺す」「皆殺し」というワードが美少女殺戮兵器を正常起動させていた。
「アストラル体への同調―― そんなことが出来るのか。人の精神結界は、他の精神の侵入を許さない」
オヤジだった。親父も転移魔法の使い手だ。おそらく、その種の魔法に関しては詳しい。俺よりもずっと詳しい。
なちゅーか、俺は魔法の技術的なことなど、何も知らん。
魔法に関しては、サラームを子分にして、使いたい放題使っているだけだから。
「もうね、私に破れない結界はないのよ! 人の精神結果も破るのよぉ! この乳メガネのアストラル体にでも転移できるのよ! キャハハハハハハハ!!」
おっぱいを掴んで震わせながら、哄笑するエロリィ。なんか、いつもの空気が戻ってきたような気がした。
「あはッ、難しいことは分かたないけど。殺せばいいのか? なあ、アインそれでいいんだろ?」
「ああ、まあ、そんな感じだな」
ライサの質問になんとなく答える俺。
俺自身も、エロリィの言っていることの全部が分かる訳じゃない。
アストラル体とは、確か人の精神の核というか、実体とかそんなもんだったような気がする。
で、それは肉体と繋がっているのか……
アストラル体を経由して肉体に入り、でもってシャラートの中にいる【シ】を倒す。
『無茶苦茶だわ。そんなことして、戻ってこれなくなったらどーすんの』
『危ないのか?』
サラームが危険といった。
いつもは危険なことが大好きというか、自分以外を危険な目にあわせるのになんのためらいもない精霊だ。
『危ないわよ―― アストラル体を経由して実体のある肉体に入って、またアストラル体に戻って、外に戻る―― バカの考えだわ』
『バカでもいい』
『はぁ? アインねぇ――』
『可能性があるなら、バカでもいいんだよ』
『そんなことしても、1パーセントも…… って、これフラグじゃないの! もう!』
日本産のアニメにどっぷり浸かった精霊。1%の可能性というのは成功を100%保障するというお約束に気づいた。
まあ、現実とアニメは違うけどな。
「エロリィ」
「ん、なによアイン」
金糸で作られた精緻な細工のようなツインテールをゆらし俺を見つめるエロリィ。
俺専用のおっぱいを弄りながらだ。
「できるのか? 本当に」
「出来るのよ! もうわかったのよ。この女の精神(アストラル体)の固有震動数も分かったのよ!」
エロリィはそう言ってシャラートのおっぱいから手を放した。
なに?
精神(アストラル体)の固有震動?
もしかして、それを計測するために、おっぱいをプルンプルンさせてたの?
つーか、まだ揺れているけど。
「もうね、私の禁呪に不可能はないのよ! こうなったら、準備するのよ! この乳牛ホルスタインメガネの中に突撃するのよぉぉ!」
「よし! 分かった! シャラートの中に入るぞ」
「あはッ! 分かりやすい話しになったじゃねーか!」
希望だった。
まだ、俺たちには希望がある。そうだ、まだ俺たちは戦うことができるんだ。
シャラート――
俺は横たわる、許嫁を見つめていた。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
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