黒銀の精霊マスター ~ニートの俺が撃たれて死んだら異世界に転生した~

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第六章:禁忌の島とパンゲア王国復興計画

第一〇七話:因果の血肉を喰らう者

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「この世界は、本来であれば、永遠の輪廻の中にあるべきものなのです。命ある物、その意志が因果力を生み、永遠を食いつぶします――」
 
 子どものような声音。しかし、その奥底にゾッとするような響きがある。
 とっぁさん坊やのクソ錬金術師・オウレンツの声だ。

 石造りの壁に突きだしている台座。
 その上に、オウレンツとシャラートがいる。

 シャラート。
 俺の、腹違いの姉で、護衛メイドで、先生で、そして許嫁で、俺の大事な――
 俺は、歯を食いしばっていた。ギリギリと音が聞こえてきそうだ。
 
「シャラート!」

 身の内に生じた凄まじい内圧。
 それが弾けるような叫びととなった。俺は、その名を叫んでいた。

 黒い黒曜石のような瞳。それは変わらない。ただ、その瞳はまるで、血だまりに浮いているようだった。
 白目の部分が、真紅に染まっている。

 血染めの双眸――
 それをただ、こちらに向けていた。その表情にはなんの感情も浮かんでいないように見えた。

「さて―― 開宴の時間でしょうか」

 オウレンツが小さくつぶやくと、スッとその台座が降りていく。
 その間も、シャラートはただ、ジッと俺を見つめている。

『降りるぞ。サラーム』
『分かったわ』
 
 俺も着地した。重力が体にかかるのを感じる。
 飛ぶことができるようになったのは、ついさっきだ。
 やはり、地面に足をつけていた方が、しっくりくる。
 飛びながらの体の操作には、もう少し慣れが必要な気がする。

「自由に飛べるのですね」

 オウレンツが俺をみやって言った。
 毎度のことながら、そこに「揶揄(やゆ)」の色を感じる。いけ好かない。

「飛べるよ。でもって、てめぇをぶち殺すこともできる」

「恐ろしいことを言いますね――」

 目いっぱい殺気を込めた俺の視線。
 そいつを、真正面から受け止めて、オウレンツは平然と言った。

「また、精霊を使役し、因果の力を捻じ曲げまげますか」

 まるで、俺を憐むかのような表情を見せ、オウレンツは言った。
 こいつは、本当にクソ野郎なので、俺は聞く耳をもたない。
 あー、あー、聞こえません。 なんですか? それは?

「シャラートを返せ。いいか、返してから殺されるか、殺してから返してもらうか、好きな方にしろ」

 この世界にとっての最大の災厄「滅びの【シ】」そいつの復活を計画している奴だ。
 コイツを生かしておけない理由は、普通に考えればそっちだろう。
 だが、俺がコイツをぶちのめしたい一番の理由は違う。

 俺のシャラートを……
 血が沸騰しそうになる。
 七つ魔力回路は重低音の唸りを上げて、俺の体の中を魔力で満たしていく。
 それなのに、いつもみたいな異常なハイテンションがやってこない。
 頭の芯が冷めている。
 助けるんだ。シャラートを。
 絶対にだ。なにがあっても、シャラートを助ける。

 シャラートは、オウレンツの隣に立っていた。
 黒く長い髪――
 研ぎ澄まされた刃のような、寒気がするほどの美貌。
 スラリとした体に、信じられないレベルの大きなおっぱい。
 俺専用の――
 俺だけが、揉んで、吸っていいおっぱいなのだ。大きさ、柔らかさ、弾力とも最高の至高のおっぱいだ。
 
 彼女は、真紅に染まった目以外は何も変わっていなかった。
 しかしだ――
 俺の顔を見ても、何の感情も起きてはいないのだろうか。分からない。
 
 そこらの石ころを見るような眼差しが俺に向けられていた。
 サラームの『アイン―― アンタの許嫁、もうそこにはいない』という言葉がよぎる。
 拳を握りしめる。

「くそ!! シャラート! 目を覚ませ!」

 俺の叫びは空しく響き、そしてかき消える。

「覇王神剣ドラゴンザバッシュはどうしました?」

「は?」

「持っていないのですか?」

「あれは、オヤジの剣だ。俺のじゃねぇ!」

 テメェをぶっ倒すのは、俺だ。
 精霊マスター・アインザム・ダートリンクだ。
 オヤジじゃない。

「そうですか…… すでに引き継いだものと思っていましたが……」

 オウレンツが周囲をさぐるように気を放ったような気がした。
 そして、何故か納得したかのように、唇に嫌な笑みを浮かべる。

「まあ、それが無くとも―― 方法は色々あります」

 コイツの口を塞ぎたい。
 今すぐ塞ぎたい。
 永久に塞ぎたい。

 ビリビリと帯電するみたいな感じになってきた。
 濃厚な魔力が体の中で、ギチギチと牙を鳴らしているかのようだ。
 七つの魔力回路は、臨界近くで回転を続けている。
 膨大な魔力。
 この世界最強だ。間違いなく、俺は最強だ。無双だ。無敵なんだ。

『アイン、とりあえず、皆殺しにする? 私とアインなら瞬殺だわ』

 サラームの声だ。ウキウキしている。
 この状態。いつもの俺なら『やるぜ! ひゃっはぁぁ!!』ってな感じで、調子にのって、暴走するのだ。

 しかし、今回はない。
 殺傷本能とヲタ欲求だけで存在している精霊の口車には乗らん。
  
『確認だ』

 俺は脳内でサラームに話しかけた。

『なにアイン』
『その皆殺しの中に、シャラートは入っていないよな』
『……』
『なぜ、黙る!』
『アイン…… アンタの許嫁は……』
『それ以上言ったら、アンビリカルケーブル、叩き斬って、放りだすぞ。引きこもり精霊』
『分かったわ』
『シャラートを助ける』
『うん……』

「シャラートは返してもらうぞ。クソ野郎――」

 拳を固める。
 一歩前に出た。
 まずは、このいけ好かない顔に渾身のパンチをめり込ませたい。
 
「返すとは?」

「シャラートは俺の許嫁。俺の女だ。いいか、そのおっぱいも、脚も、顔も全部、俺のものなんだよ」
 
「ほう」

 俺の愛の告白といっていい言葉。
 シャラートにも聞こえているはずだ。しかし、その顔にはどんな変化もない。
 殺意も好意も一切の感情が見えない。

 しかし、なんだ?
 7つの魔力回路がフル回転。このクソ錬金術師も、そのパワーは知っているはずだ。
 平然としてやがる。この超絶的なパワーを持ったこの俺に対峙してだ。
 
 まてよ――
 まさか……

「てめぇ」

「はい」

「まさか、シャラートの…… 俺専用の、おっぱいを触ったり、あまつさえ、揉んだり、吸ったりしていないだろうな……」

「さぁ、どうでしょうか――」

 ニヤリとクソ錬金術師が笑った。
 限界だった。
 なにかがブチ切れた。
 
「ぶち殺してやるぅぅ!!」
『やるわ! アイン! 殺しまくるわ! 楽しぃぃぃ!!』

 俺の叫びに合わせ、その場に集結していた死霊兵が、俺に殺到する。 
 まるで、堰(せき)を切ったようだ。
 干からびた肉をがい骨に張り付けたような、存在が突撃してくる。
 その数は1000を超えるか?
 いくつだ?
 シラネー!!
 くそ!!

「燃え尽きろ! アホウどもがぁ!」
『あはははは!! 燃えちゃえ!』

 サラーム経由で炎の精霊が終結する。
 具現化したかのように、俺の目にははっきりと見える。
 高温の炎をまとって、死霊兵に突撃して行く。
 
 一瞬だった。
 紅蓮の火炎。それが、死霊兵をつつむ。
 盛大な火葬だ。ザマァァァァ!!
 消し炭のようになって、崩れ落ちていく死霊兵たち。
 
 可燃ごみのように、よく燃える。

「こんな、雑魚など、10万いても、俺の前では無意味なんだよ!」

 爆炎の中で俺は叫ぶ。やばい。気持ちよくなってきた。
 テンションが上がってくるぅぅ。俺は…… 宇宙最強? ああああ、超絶宇宙大帝になる男じゃねーの?
 ああああああ――

『その調子よ! アイン、このまま、ここら一帯を廃墟にしましょう。100万年はペンペン草1本も生えない廃墟に!!』

 炎を見て、破壊衝動が高まる精霊様。
 俺も引きずられそうになっていたのが、ヲタ精霊のはしゃぐ声で正気に戻る。
 やばい。またしても、天変地異の大災害を起こしてしまう。
 俺は少しだけ、魔力回路の出力を落す。なんとか、落ちつく。
 フル稼働は精神が汚染されて、ハイテンションになってしまう。

「凄まじい力です。その力を放置しておくのは危険すぎますね」

 ちょっと痛いところを突かれた気がしたが、スルーする。
 転生して、修羅場をくぐった俺のメンタルは鋼に近いのだ。

「勇者により封印されし【シ】は、その勇者の血により解放されます。その受肉化の贄――
 いえ、新たな核となると言ってもいいかもしれません」

「なんだと?」

「意味が分かりませんか? 彼女と、アナタに新たな【シ】になってもらうと言っているのです」

「は? アホウか?」

 くだらねぇ、戯言に耳を貸す気はない。
 俺は、慎重に落した魔力回路の出力を再び上げていく。
 今は50%くらいか? 徐々に上げる。
 60、65、70……
 魔力が全身を駆け巡る。
 
 体の奥底にある、エネルギーゲージが上昇して行く気がする。
 俺の魂までが、共振して唸りを上げている気がした。

「本来の鍵―― 覇王神剣ドラゴンザバッシュの完成を待つまでもないのです。
【シ】のアストラル体のみを、この次元に転移させます。
 そして、その器となる存在を、因果の血肉より造る――
 勇者の血肉―― それが交わり、因果のほつれは、解消されます。
 強靭であり、封印をなした存在に最も近い存在――
 勇者の血をひく、姉と弟―― アナタたちです」
 
 己の言葉に酔っている狂信者の言葉。
 そんなものを聞く耳は無い。

「うるせぇ!! だまれとっつぁん坊やがぁ!」

 俺は叫んでいた。
 右拳に魔力を集めた。自然にできる。
 膨大な魔力。根こそぎだ。それを一気に放った。
 なんだかわからない。
 それは、光りの矢となり、空間を切り裂き一直線に飛ぶ。

『魔法障壁!』

 サラームの叫ぶ声が響くのと同時だった。
 俺の放った、魔力塊、力そのもの。光の奔流が弾き飛ばされた。
 
 オウレンツの前方空間に、ハチの巣を思わせる構造の空間障壁が出現していた。
 
「魔力回路を複数持つ存在―― アナタだけではないのです」

 ネットリした声が響く。深淵から響くどす黒い声。
 そして、見える。
 分かる。外から見てもそれは、分かる。
 
 奴の頭上、そして正中線に一直線にならぬライン。
 そこに、どす黒い円環上の渦が生じているのが分かった。
 その数は―― 10個――

「魔力回路…… それがか……」

「私が創りました。人造魔力回路です。どうですか? 面白いでしょう」

 目に見える。瘴気のようなものだ。
 どす黒い渦が、オウレンツの体をつつみこんでいった。

「アナタの血と肉。それを彼女に、食べてもらいます。
 愛する弟の血肉を喰らいながら、彼女は新たな存在となるのです。
 永遠の存在。
 彼女は、【シ】の核となり、その存在を宿します――」

 暗黒の瘴気のように見えるもの。
 まるで、全ての光を吸収する、粒子のような物。
 それが、オウレンツとシャラートを包み込んでいた。

「シャラート!」

『アイン! これ、やばいわ! 逃げるわ!』

「逃げる?」
 
 俺は耳を疑った。
 サラームが「逃げる」と言ったのか?
 この「殺戮・ヲタ精霊」がか?

「アイン…… これは…… 本当にまずい」

 サラームの声がふるえている。
 こんなことは、今までにない。
 
 消し炭のようになって、崩れさっていた死霊兵――
 そのからも、まるで湯気のような黒い霧が立ち上がっていた。
 その全てが、渦をなすオウレンツの周囲に集まっていく。

 黒い霧――
 黒い粒子――
 それが、徐々に形をなしていく。
 巨大な黒いなにか……

 まるで、死霊兵だった物。
 その存在が再構成されれていくかのような気がした。

 俺は見上げた。その視線の先にはまるで頭のような物が出来あがっていた。
 腕がある。
 足がある。
 細い胴体。

 異形の黒い人型――
 それは、一見、巨大な案山子(かかし)に見える。
 黒く、禍々しい案山子だ。

「なんだ、コイツは?」 

 自然とその言葉が口からでていた。
 俺の、膝が震えていた。 

「はい。私の作り上げました。【シ】の尖兵―― 死霊ゴーレムです。アナタを血と肉の塊にかえる存在ですよ」

 オウレンツの声が、絶望を呼び寄せるかのように俺の耳に響いていた。
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